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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第三部
146/150

第百三十話

おいおい一話一年ペースか

クロノ君、もうそういうのいいから…何回やるんだよ、似たような下り

早くすすもう?

次、白井君の価値観書いたらとっとと次進めましょうねー


 目が覚めたのは多分朝の8時くらいだろう。野営地テントの中だから正確な時間は分からないが、感覚的にそんなとこだ。寝たのが今日の5時くらいとして、3時間は寝れた計算になる。

 ここは10時出発の予定だ。幸い身体の調子は悪くないので二度寝の必要はなさそうだが。

 外の方からは声がちらほら聞こえてくる。大体はもう起きているらしい。

 ベッドに座りぼんやりと宙を眺めていると、前触れもなく入り口の幕が開かれた。一応テントの前には見張りが二人ほど立っていたはずだが。

 差し込む直射日光。自分が吸血鬼ならば溶けてしまいそうだ。そういえば昔、知り合いのニートの部屋に行ってカーテンを開けてやったら「溶けるぅぅ!」と言っていたな。ニート=吸血鬼説……ないな。

 

「見張りって役に立たねェのな。お前を止められるわけもないか」

 

「少しお話があります。よろしいですか?」


 階級からいってこいつの前には見張りなど案山子も同然だ。案山子が突っ立ているだけましか。カラス避けくらいにはなる。残念ながらキツネには無意味なわけだが。肉食獣相手には、トラ辺りの屎尿の臭いでも纏わせておけば機能するんだったか。どちらにせよそんな臭そうなものを畑に置きたくはないが。肥溜の存在を考えれば昔ならそれが普通だったのか? いやしかし、そもそも昔の日本にトラなど――。


「とりあえずそこ閉めろ。眩しい。……それでいい。後、いつも通りでいいぞ。どうせ誰も聞いちゃいない」


 それにしても、こちらがベッドに座っていることを差し引いても、目の前のキツネはデカイ。パッと見170は軽く超えている。こちらの座高も低いので、ずっと見上げていると首の骨がぽっきりイキそうだ。こうデカイのに目の前に立たれると威圧感すら感じる。無意識の女王様気質というかなんというか、生まれながらにそういう女なのだろう。

 女王様はそんなことに気づいた様子もなく、やはり高圧的に迫る。


「単刀直入に訊くわ。昨夜はどこにいた?」


「ここでぐっすり安眠して、お前が裸踊りしてる愉快な夢見てたが?」


「不毛な会話は嫌いなのだけど」


「人生に無駄なことなど一つもないのだ。お前が今不毛だと切り捨てた会話も続けていればなにかこの先役立つ情報が入ったかもしれんし、もうすでに入っているかもしれないだろ? 人間、何が役に立つかなんて、その時になってみなければわからないもんだ。だからオレは――」


 調子に乗って喋り続けようかと思ったが、そろそろ冷たい視線に射殺されそうなのでやめておいた。

 より一層首をもたげ、だらりとした姿勢になって目の前の女を見つめる。


「はいはい分かった分かった。この話はもう止めよう。いいよ、お前の好みどおり簡潔に話してやろう。――お前の想像通りの場所にいて、お前の筋書き通りのことを、お前の意思に反してした。これで満足か?」



 クロノが気づいたときにはもう朝だった。とある場所からの帰り道。昨夜リルのいる街を出てから、軽く8時間は経っている。暗いうちに帰る予定だったのだが、いつの間にか空には太陽が顔を覗かせていた。

 足元がおぼつかない。ふらふらと壁づたいに前に進んでいるような状況だ。

 はっきりと自分でも調子が悪いと自覚出来る。この身体において風邪や病気の類ということはほぼあり得ないので、精神的な要因だろう。ただ、根本的になぜなのかまでは分からない。昨夜からこうだ。

 ここに来るまで何度吐いたかも覚えていない。少なくとも胃の中に食べ物は残っていないに違いない。途中から口の中には酸っぱさしか感じられず、吐瀉物は液体ばかりになった。吐いた液体は中々刺激的な音を出して地面に穴を作った。自分が食当たりしない理由が分かった気になったのもつかの間、再び吐き気に襲われた。

 街には人がわずかに見える。活動し始める時間帯だ。

 その姿を見て――吐く。どうしようもなく気持ち悪い。口に手を当ててなんとか吐き気を抑えようとする。身体全体が内から全てを消しさるように拒絶反応を示している。視線をいくら外しても、人間の気配を感じるだけでこの動悸は治まらない。

 吐いて、吐いて、吐いて――「  」しまいたい。

 衝動が自分の全てを支配しようとしている。焦燥感が背後から忍び寄る。

 分からない。今、自分の口を抑えている手は、本当は何を抑えているのか。分からない。この手を離したらどうなってしまうのか。分からない。なぜ今こんなことを考えているのか。

 この手を離してはいけない。この手を離してなんになる? 吐くだけのはずだ。

 本当にお前は吐きたいのか? 吐き気なんてしているのか? 

 誰だお前は、誰だ俺は。自分自身に自分という誰かが問いかけている。

 心臓の鼓動が唸りをあげている。脳は回っている。回って絡まっている。おかしい、何もかもが。自分の全てが。

 逃げるように小路に入り、どこだかもわからなくなるほど曲がりくねった道をでたらめに駆け抜けた。

 朝だというのに影ばかりの袋小路でクロノは立ち止まった。周囲に人の気配は感じない。廃材の上に腰を落ち着ける。軋む音が建物に囲まれた閉塞的な空間に反響する。ここへの入り口は自分が通ってきた一つだけ。この空間にいるのはまさに自分だけであると実感出来た。

 脳が急速に冷えていく。深呼吸を数度すると動悸も収まってきた。手がようやく口元から離せた。

 それでも原因を究明する気にはならない。分かるのは早くリルの元に戻らなければならないということだけ。その理由すらも今のクロノには分かりはしない。

 既に街には入った。自分の現在地は分からないが、そこまで遠くはないはずだ。

 もう一度深く深呼吸してからクロノはゆっくりと立ち上がった。

 唯一の入り口から出て暫く薄暗い一本道が続いたかと思うと十字路が見えてきた。その道を何となく左に曲がった。深い意味は特になかった。

 曲がってすぐ足に何かがぶつかった。視線を下してみると黒猫が一匹。抱き上げようかと思ったが、とてとてと走り去ってしまった。驚かせてしまったかもしれない。そんなことを思えるくらいには、平静を取り戻していた。

 歩を少し進めると再び十字路。今度は右に曲がることにした。今回も意味は特にない。思案したところでどうせ知らない道だ。

 そしてクロノは出会った。出会ってしまった。

 曲がってすぐに先程のように先程より強い衝撃を受けた。先程のように視線を下してみると子供が一人。そして先程――とは違い、拳を振り上げた。

 一秒とたたずに脳内が塗り替えられる。平静が嘘だったかのように、けたたましい叫び声が脳内で鳴り響いた。心が叫びたがっている。

 ここに至ってようやくクロノは気付いた。根本から違うのだ、吐き気など微塵も感じない。あの右手は抑えていたのではない、右手を抑えていたのだ。そしてその先にある衝動を。

 どうしようもなく、醜く歪みきった自分が奥底から顔を覗かせた。子供のように爛々と目を輝かせて。


――殺してしまいたい

 

 こうしてクロノは出会ってしまった。自らの奥に眠る殺人衝動と。


 これまで殺してきた数は100を越えた。その中で快感を感じたことがあるかと訊かれれば、クロノはきっと首を横に振るだろう。殺人に快楽などクロノは求めていない。

 ただ――嫌いなだけなのだ。人間が、この世界が、ずっと昔から。

 当時のクロノはその思いを切り捨てた。思った上でそう思った自分をなかったことにした。本人が消してしまえばそれはなかったことも同然だ。――  」には――ないもの――ら。そうやってクロノは――さえ――――捨て――創――。

 

 このまま右腕を振り下ろせば、頭が潰れたトマトのようになって死ぬだろう。少しずらせば右の肩から先がもげて死ぬだろう。だがこの右腕はもう止まらない。

 だから止めることを諦めた。諦めて――左手で右腕を斬りおとした。

 肘から先がゴトリと音を立てて鮮血を散らしながら地面に転がる。痛みを感じる間もなく地面を蹴った。まるでバネでもついているかのように跳ね上がったその身体は、路地を作りだしていた建物の屋根の上に着地した。

 痛みがようやく襲ってくる。幸い剣を使ったお陰で、精肉店で切ったような綺麗な断面図だ。余計な損傷はないだろう。肉が蠢き再生を始めているので数分すれば治るはずだ。

 だが痛いものは痛い。空気に触れた状態で放置された右腕は際限ない痛みを訴え続ける。汗が止まらない、焦点が定まらない、息が続かない。これはきっと痛みのせいだけではないだろう。

 それでも痛みをこらえてクロノは走る。痛みなどまるで感じさせず、軽やかに屋根の上を駆け抜けていく。どこに行くべきか考えずとも分かっていた。

 ようやく――時間にして1分にして満たないほどだったが――クロノはようやく辿りついた。迷うことなく部屋に入り、その姿を認めて安堵した。

 きょとんとしたリルを見て、殺したいと思わない事実に安堵した。愛しいと思う自分に安堵した。

 まだ足りない。これでも足りない。見ているだけではこの焦燥は収まらない。もっと近くでもっと傍で。

 左腕だけでリルを抱き寄せる。体温を身体全体で感じる。それだけで呼吸が正常になり、ざわついていた心が何事もなかったかのように収まった。右手の痛みなど感じもしなかった。

 リルの身体から感じる温もりが自分を落ち着かせる。これがある限り、リルは生きて自分を愛してくれる。

 この時クロノは改めて、真の意味で、理解した。今、自分と世界を繋ぎとめているものがリルであると。この温もりを失った時、自分はもう人間ではいないだろう。生きる意味も価値もなくなってしまう。永遠にこうしていたい。他に何もいらない。これが自分に残された唯一で全てなのだから。

 


 

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