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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第三部
138/150

第百二十二話

この人はきっと変わらない。クロノみたくぶれない。

「――ああ、そう」


 従者からの報告にマリアは蚊ほどの興味も示さずに、淡白な返答を口にした。

 「勇者」と食事を交わした後、彼女は王都にある彼女個人の家で過ごしていた。この近辺には生家となる本邸もあるのだが、現在は弟の所有物のためそちらに出向くことは少ない。

 

「増員しますか?」


「いいわ、無駄だから。下がって」


 どうやら記憶の片隅から抹消されかかっていた諜報部隊からの情報が数日前途絶えたらしい。もう誰を送ったのかすら覚えていないが、元々失敗するだろうと思っていたので驚きはない。諜報という点においてあの国はこの国大陸のトップに君臨している。駄目で元々、感付かれて消されるのも予想済みだ。

 下がれと言われた従者は言いづらそうに、マリアの脳を刺激する一言を発する。


「それと、これは何の関係もない話ですが――あの方がアースにいるとの情報が……」


 それまでの興味なさ気の表情から一転、鋭い視線でマリアは訊ねた。


「……それは確か?」


「目撃証言からもほぼ間違いないかと」


 かと思うと、途端に興味がなくなったのか「そう」とだけ答えた。

 彼女は従者を今度こそ下がらせた後、柔らかい椅子に深く腰掛け唯一の窓へ目を向けた。

 窓からは基本的に王都を一望できるようになっている。この家自体が――城を除き――王都で一番高い住居となっているためだ。

 眼下に広がる町並みはところどころ統一性があったりなかったりで、逆にごちゃごちゃしているという印象を受ける。間に見える人間は米粒ほどにしか見えない。

 それらを彼女は見下ろしながら頭を巡らせる。


――新聞ね……。難しいか……。


 「勇者」から以前聞いたマスメディアの話。アレを使えば世論の操作は比較的容易に思える。世論の操作が出来るなら多くの事は楽に運ぶようになる。何かをするときに彼女の邪魔をするのは他の政敵ではなく、いつも頭の悪い民衆だ。自らの権利を盾に蟻のごとく群がって喚きたてる。想像するだけで虫唾が奔る。それを簡単に操作出来るのならば、こんなに上手い話はない。

 マスメディアというのは端的に言えば情報屋のようなものだ。この世界に「勇者」の世界のようなテレビとかインターネットなんてものは存在しない。現実的なところで言えば紙媒体である新聞が実現可能か。

 だが紙は高い。コストという観点から見て、民衆に広まって採算がとれる事業ではない。採算がとれる値段設定にすれば民衆は高すぎて買わないだろう。私財を投じたとしても、信頼性が高まるまで何年かかることか、気が遠くなりそうだ。

 結局、今のところは今まで通り地道に噂を流しておくくらいしか、世論操作の方法はなさそうだ。

 

――将来的懸案かしらね。


 他にも「勇者」から聞いた中でいくつか実現したいことはある。どうやら彼の世界とやらは、こちらより幾分も進んだ文明を保持していたようだ。その辺りは出来るだけ訊きだしておきたい。――彼を殺す前に。

 何時か、そう遠くない将来、あの男はこちらを殺しに来る。互いにそう思っていることを互いに知っている。互いに待っている、殺すタイミングを。

 違うことがあるとすれば、こちらは準備しているのに、あちらは気づいていながら何も対策を講じないということ。それが自信か傲慢かは後の結果だけが語る。何をしていようが、何をしていまいが、結果的に勝てばいい。例えばあの男が何か罪を犯したとして、誰が罰せられるというのか。罰する側がやられてしまうのがオチだ。単細胞的言葉だが、勝てば全てが許されるのだ。だからあの男は何もしないのだ。罠があると分かっていようとも、何の対策もとらないのだ。その全てに勝ってしまえばいいのだから。勝ってしまえるのだから。

 物思いに耽っていると、窓の外に一際大きな集団が目に映った。三十人ほどの――マリアから見て――みずぼらしい服装の集団は何かを喚きながら貴族街を堂々と闊歩する。ここには不釣合いなその集団の正体はすぐに見当がついた。

 

「戦そー反たーい!」


 などと蟋蟀の合唱の如く耳障りに喚き散らしている。五月蝿いことこの上ない。

 この虫共は民衆の中にいる戦争反対派の連中だ。先の戦で兵士が火達磨になる等の被害を負ったことを建前に戦争を止めろと騒ぐ馬鹿。

 あの程度の被害で止めろとは、頭が悪いとしか言いようがない。たかが兵士が何人か使えなくなっただけだ。あんなレベルの代えなどいくらでもいる。大体あの程度で怖気づく軍隊など意味はない。

 しかも何やら弾幕のようなぼろきれを持っており、戦争反対者一覧と書かれたその上にはマリアの名前が示されていた。噂の上ではそういうことになっているのだが、実際そんなことはない。


――羽虫如きが私の名前など使って欲しくはないのだけれど。


 不愉快さを内に秘めながら、民衆にまで噂が広まっていることにため息を吐いた。

 彼女はとにかく民衆が嫌いだった。政敵より何よりも民衆という存在に嫌悪感すら抱いていた。何の責任も持たず私利私欲のために行動し、それを訊きいれて失敗したら国のせい。行わないなら行わないで蜂起する。ふざけた話だ。

 更に近頃人権派とかいう馬鹿げた団体が、民主制の復活を掲げ始めてきた。愚としか言いようがない。民主制なんて、人間が作り出した最も愚かな制度だとマリアは吐き捨てる。

 三百年ほど前にこの大陸で隆盛を極めた民主制は、現代に至り綺麗さっぱり消えうせた。理由は簡単で、そのどれもが内部の腐敗だった。国民が代表者を選ぶ民主制で有利なのは口の上手い詐欺師だ。口八丁手八丁で都合の良い情報だけを与えれば国民はころりと騙される。もし国民が物事の本質を見極められる賢人ばかりであるならば、民主制でもいいだろう。だが現実、賢人1割愚者9割で占められる彼らではどう足掻いても愚者に軍配が上がってしまうのだ。

 口の上手さだけで代表になった詐欺師共はというと、私利私欲のために動き国の腐敗を招いて、最後にはどこかへと高飛びする。国民は自分が選んだという責任を忘れ、残った善良な官僚共に怒りを向ける。残された国は見事に終焉を迎えるわけだ。ああ、なんて馬鹿な話なんだろうか。そんな歴史も知らないで、民主制だなんだと騒ぐ彼らはやっぱり愚者じゃないか。

 民主制を行えるのは国民全員が正しく本質を見極められる賢人ばかりの国だけだ。「勇者」の国は民主制だったらしいが、文明のレベルから考えるとさぞかし賢人ばかりであったのだろう。この世界では不可能に近い。

 窓の外に見えるその全てを見下ろして、哀れむようにたった一言呟いた。


「ああ、なんて――愚」


 

⇔ 


「自分は選ばれた人間なんだ」


 それは子供時代、多くの人間が抱く妄想。自分だけは特別で、他人は自分より幾分も劣った存在。世の中が馬鹿ばかりに見えてしょうがない。

 そういったことを思うのは異常なことではない。世間における自分の立ち位置を知らない子供は、何でも出来る気になって、周りの大人や他人を馬鹿にする。自らにつけられたこの翼でどこまで行ける、そんな錯覚を覚える。

 それが間違いだと気づくのは、社会が大分近づいてくる年代の頃か、それよりも早いか。


「ああ、この世界で自分は選ばれた人間じゃないな」


 年をとるにつれ、多くの人間と出会うようになり、その中で身の程を知る。上には上がいるのだと。自分がどうやってもたどり着けぬ地平にいる人間を。どこまでも飛べると思っていたその翼が幻覚であったことを。完全に社会に出る頃には、多くの人間が自分がとるに足らない凡百の存在であると気づくのだ。


 マリアという少女もそんな例に漏れず、幼少期の頃に自分は選ばれた存在であり、他人は皆愚かという考えを抱いた。

 ただ、彼女が一般的な人間と違ったのは――――間違いなく、彼女は選ばれた存在であったということだった。

 彼女は生まれながらに人生というものに勝利していた。やろうと思えば大体のことは出来たし、欲しいと思えば大体のものは手に入った。家柄も地位も財産も容姿も才能も、その全てが誰よりも勝っていた。何もしなくても、生まれ持った幸運で一生を楽に過ごせる。そういう種類の人間だった。

 かといって、彼女はそれにかまけて何かを怠ったりしない。勉強などしなくても一生を過ごせるとしても、彼女はしっかりと勉学に励んだし、戦いなど必要がなかったとしても、あえて自ら軍に入った。

 他人が馬鹿に見えるからこそ、彼女には馬鹿共がやっていることがどうにも無駄に思えてしょうがなかった。もっと早く、もっと別の方法があるはずだ。彼女にとって他人がやることは自分がやった方が上手く早く終わる。他人がだらだら愚かなことをやっているのを見るのは嫌いだった。だから彼女はひたすらに上を目指した。権力の上を。

 愚かに見えるのは家族とて例外ではなく、幼少期の頃政敵のつまらない攻撃に悩んでいる父を見て、その瞬間ひっそりと思った。


「こいつは切ろう」


 そして現在、彼女の父親は隠居という名の幽閉により、僻地へと追いやられてしまった。父親が消えてすぐに、彼女の家は有数の名家から筆頭の地位まで上り詰めることとなった。

 彼女は人を見下しているわけではない。ただ、正しい位置から見下ろしているのだ。

 当然そんな彼女に近寄る人間は少なく、孤高と呼ばれるには十分なくらいだった。上辺だけの付き合いならば人間の指を全て足しても足りないくらいなのだが、こと友人となると一人しかいなかった。

 その一人は唯一自分と同格であると認めた人物だった。聡明で才能に溢れたその人間は、しかし年をとるにつれ愚に堕ちて行き――今はもういない。もう二度と出会うことはないだろう。

 寂しいと思ったことはない。ただ他人は馬鹿だと思って見て来ただけだ。きっとこの先、彼女が変わることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

さって、とっとと終わらせよう。

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