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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第三部
135/150

第百十九話

やっと夜終わったー。安定の最後の雑さ加減。説明下手だな。

ようやく朝行って森終わらせられる。


 虫の羽音すら許さない静寂の中、彼は緩やかに意識を覚醒させ始めていた。

 

――ん……?


 瞼が重すぎて開きそうにない。視界は瞼の裏の暗闇に閉ざされ何も見える気配はないのだが、それ以前に光を感じないので、もしかしたら開けても同じで瞑々たる闇が広がっているだけかもしれない。

 身体の感覚はふわふわとしていて、神経が中途半端に起きている状況。僅かに伝わる感触からして、身体は仰向けに寝ているようだ。

 少しして徐々に感覚が戻ってくる。多分寝ている場所はベッドに違いない。不思議と瞼が重いのが気になるが、起きるのにそこまで時間はかからないように思えた。

 そのときだった。ヒタヒタと近づいてくる音が聞こえたのは。

 音の主は元から近くにいたようで、少し歩いて立ち止まったのか音はすぐに止んだ。

 ここで右腕に少し感覚が戻ってきて、明らかな異常に気づく。感覚はあるが神経でも麻痺してるかのように薄すぎる。動かすことはおろか痛みすら感じそうにない。これは起きかけとかそういった部類のものではなく、何か意図的なものに思えて仕方がなかった。

 考える間もなく右腕に微かに何かが触れたような感覚がして、突如として麻痺しているはずの神経から痛みが奔った。


――なんだ、これ……っ!?


 どう足掻いても身体のどこも動きはしない。痛みに声を上げることすらも叶わずされるがまま、時間だけが過ぎていく。

 やがて痛みが消え、ようやく瞼が開くようになったので、彼は思い切り眼を見開いて右腕を見た。

 そこにあったのは――


 血に塗れた母親の顔だった。



 クロノは雷にでも打たれたかのように唐突に眼が覚めた。開いた眼に映るのは、見慣れた寝室の暗闇。この暗さでは未だ陽は上がっていないだろう。

 

「夢……?」


 特別暑くはないはずなのだが、まとわりつくような汗が背中をじっとりと伝っていた。

 夢とは記憶を整理する中で、勝手に脳が記憶の映像を使ってストーリーを作ったものだと昔母親に習った覚えがあるが、あんな出来事があった覚えはないし、あんな顔の母を見た覚えもない。記憶の中で思い出す最期の母の顔はあそこまで血に塗れてはいなかったはずだ。

 覚えはない――が、既視感はある――気がする。何とも煮え切らない話だが、見たことがある様な気もほんの少しだけする。記憶の書庫のどこを探してもその本は見つからない。それでも、違和感が拭えない。自分の記憶に鍵がかけられたような不気味な感覚。

 

「そうだ右……」


 痛みが奔った筈の右腕の感触を確かめてみると、違和感を覚えた。肘の辺りを強く打ったときのように右腕が痺れている。

 クロノが恐る恐る右腕を見ると――眠っているリルの下敷きにされていた。右腕はリルの下を潜りながら背中まで達し、左腕は逆に上を通ってこれまた背中まで達していて、その向こうで両手を合わせている。もっと分かり易く言うと、リルを抱きしめるような格好になっている


「……あ、れ?」

 

 自分でも寝相はいい方だと自負している。こんな体勢で寝た覚えはない。

 クロノは首を傾げるが、理由が分かるわけもない。なぜならこの体勢はリルが寝る前にクロノの腕をせっせと動かしたせいだからだ。当の本人はクロノに抱かれながらすやすやと眠っている。

 

――腕の方は血の巡りの問題かな。


 腕の痺れをリルの下敷きになったことによる血行不良と冷静に断定する。多分その読みは間違っていないだろう。意識して身体を強化していない時のクロノの身体など一般人と大して変わらない。

 早速抜け出そうと身体を起こすために足に感覚を集中させると、やたらリルの足と絡んでいるようで、流石に身長差の関係上足の先までとはいかないものの、膝の手前辺りまでは完全にロックされている。眠り姫を起こさずに立ち上がるのは困難そうだ。

 慎重に腕だけを引き抜こうと、痺れた神経を無理やり動かしてみるが、起こしたらという恐怖心で中々進まない。

 五回ほど施行したところで一旦手を休め息を吐いた。


――落ち着けって……。休憩、休憩。


 なぜこんなに緊張しているのか自分でも分かりそうになかった。起こしたところでリルのことだから、別段気にした様子なく笑って許してくれるに違いない。

 少しして徐々に右腕の感覚が夢ではなく正常に戻ってきた。そしてまず感じたのは――


――暖かい……。


 右手から伝わる体温。血の巡りによる僅かな動き。誰かを殺すときとは違い、一瞬で消え去らないそれら。

 体温が、匂いが、リルが生きているということを実感させてくれている。それだけで荒れていた心が落ち着くのを感じる。

 それは同時に、自分にとってこの少女が特別な存在であるということでもあった。今現在、この世界に存在する誰よりも、特別な。


 リルがクロノの中でそういった存在になったのは、別にクロノがリルのことを特別好きだとか、そういった理由ではない。

 ではなぜかというと、ただ――近くにいたから。

 クロノの世界の中にいる人間は極端に少ない、数としては僅か4人だ。逆にそれ以外の人間は現在のクロノからすればかなりどうでもいい。更に言えば、完全に心を開いたと言える人物は生涯で二人しかいない。理由としては朱美から人と深く関わるなと言われたことと、元来クロノはあまり人間が好きではないということが挙げられる。

 近くにいた人間がいなくなった、次にその席に据えるのは順当にその次に近くにいた人間。4人しかいないクロノの世界にいる人間の中で、ドラの次に近くにいたのはリル。それだけのことなのだ。

 当然のようにクロノは自分の中で無意識に行われるその入れ替えに気づかないし、気づいたならばまた無駄に悩むだろう。だから、ときに気づかないことは幸せなことなのかもしれない。

 

 リルの温もりを感じながら、クロノは昔を思い出す。きっかけはリルに家族について聞かれたこと。

 追い出されたあの日、あのとき、自分はこんな乱れた精神状況になっていただろうか? と。大切なものを失ったという意味では、現在の状況と変わらないはずだ。しかし、あのときは少し泣いただけで済んだ。すぐに切り替えることが出来た。

 あの頃から成長したどころか、精神は退化したのかもしれない。

 何かになりたくて力が欲しかったあの頃と、力を手に入れて何の目標もなくなった今の自分を見比べて自嘲気味に笑った。

 英雄になりたかった、「勇者」に憧れた。誰からも尊敬される存在になりたかった。それが、今いるこの場所はあまりにもかけ離れた郊外。あの頃の夢はこの先永遠に叶わないだろう。描いた未来と現実は永遠に交わることはない。

 ――いや、おそらく何があったとしても自分は思い描くような存在にはなれなかっただろう。

 稚拙な空想の中の「勇者」はひたすらに正義で正義で正義だった。無償で何も求めないで、困っている人間を助けてくれる。その行動には何で、とか、どうして、といった理由はいらない。助ける理由など絶対に考えないのだ。そういうことを考えてはいけないのだ。生まれながらにしてそういう存在なのだ。

 そんな人間に自分は絶対になれない。ついこの間助ける理由について考えたばかりだった。

 依頼なんて受けなくたって、金は稼げるし、金がなくたって森で自給自足出来る。だから人を助ける理由なんてどこにもない。ただひたすらにめんどくさいだけだ。

 それでも惰性でしていたのはきっと、未だ自分の中で正義への未練があったからだろう。叶わなくなった夢へのささやかな抵抗と未練。とうの昔に捨てたと思ったはずのそれが未だどこかにあったからだ。


――いらないな。


 今度こそクロノは捨てる。僅かに残ったその残滓を、己に一欠片も残さないように踏み潰す。入念に、何度も、何度も。

 このまま依頼を受け続ければ、無駄に力を知られるリスクが高まるだけだ。今まであの注意は自分のためだと思っていたが、違うということが今日分かった。自分のためではなく、かーさんが知られることを望まないのならば、自分の今までの行為が無駄になったとしてもそれに従おう。

 

――俺はこの世界にいない方がいいんだ。


 悲観ではなく、純粋にこの力を知られないためにそう思った。その方がかーさんの望みは叶うだろう。

 考えてみる、この戦いが終わった後、どうするべきかを。

 

「……ロ……ノ……」


 寝言で自分の名前を呼ぶリルを見て、あることを思いついて、心の内にしっかり留めながら、一度リルを抱きしめてクロノは寝ることにした。

  

 

 

 




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