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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第三部
134/150

第百十八話

久々更新。遅れの戦犯新生活。

今回は前後半で雑さ変わらないからへーきへーき。

安定の何言ってるかワケワカメ

 クロノが隣で寝息をたて始めた頃――

 リルはクロノの胸にうずめていた顔をゆっくりと上げた。

 ベッドの間に設けれた仕切りの向こうからは、獣の唸り声かと思うようないびきと、それに混じった微かな寝息が聞こえている。

 普段からは想像も出来ないが、大きないびきがユウで、小さな寝息がユイだと思う。

 もし逆だったら? と考えかけてリルは止めた。逆だったら色々とマズイ気がする。

 顔をゆっくりとクロノへ向ける。

 クロノはすっかり寝入っているようで、穏やかな顔で眼を閉じている。

 リルはその顔を見て愛おしく思いながら、二つの会話を思い出していた。一つは先ほどクロノと交わした会話。もう一つは――風呂場でユイと交わした会話だった。

 時刻は二時間ほど前に遡る。



 この家には、この世界の一般とはかけ離れた風呂場というスペースが存在する。

 内風呂と外風呂があり、しかもその風呂場に流れているのは、地下から無理矢理引っ張ってきた天然の温泉というおまけつき。

 無理矢理というのは、少なくとも普通の人間には出来ない手段で掘り当て、有り得ないほどの力を使いここまで引っ張ってきたという意味である。

 

 寝室に入る前に先に風呂に入ろうということで、女性陣は先、男性陣は後に入ることとなった。


 白い湯煙舞う露天風呂。景色は不気味な森が見えるばかりであるが、上からの月光と合わせて見ると風情があると言えるかもしれない。風呂の周りは石で囲まれ、温泉宿と言っても通用しそうだ。

 泉質はぬめり気の多い重曹泉で、いわゆる美肌の湯などと言われるタイプの温泉である。

 が、温泉に微塵も興味のないリルにそんなこと分かる訳もなく、「なんだかぬめぬめする温泉だな」程度にしか思わなかった。

 

「どうよ? クリョニョンとの関係進んだ?」


 ユイは寛いだ様子で温泉の中で足を伸ばし、浴場を囲う石を背もたれにしながら訊いてくる。


「な、なんで?」


「ここ最近二人の仲が目に見えておかしいなぁーってね」


 にやついた笑顔のユイ。

 言われてみれば思い当たる節はいくつもある。普段こんな長い間ずっといることは少ないし、こんなにべたべたしていたらクロノが途中でどこかへと逃げる。

 そういったことを出来るようになったのは、自分の立場からすれば喜ぶべきことなのだろう。クロノが自らを受け入れてくれたということに違いない。

 しかし、今のリルはそれを手放しで喜べなかった。


「何か不安ごとかにゃー?」


 いつの間にか近づいていたユイが懐の辺りから覗き込んでいた。

 

「表情に出てるよぅ?」


「そ、そう……?」


「うん、丸分かり」


 自分でどんな表情をしていたのかリルには分からなかったが、ユイの接近に気づいていない時点で相当上の空だったのだろう。

 慌てて湯煙立ち込める水面を見てみると、そこにはいつも通りの自分の顔があるだけだった。

 

「とか言いつつカマ掛けただけなんだけどなー。様子的に図星ー?」


 ユイにケラケラと笑われたところで、リルはようやく嵌められたと気づいた。


「ふむふむ、どうせクリョニョン絡みなんだろうけど」


 こちらも図星。見事なまでのクリーンヒット。

 ユイはよくこういうところがある。人が思っていることをずばずばと当てていく。

 年端もいかぬこの顔で表と裏を使い分け、それでいて、自分の思っていることは他人には悟らせない。掴みどころのない雲の様な性格。それがリルのユイに対する印象だった。

 きっとこの容姿通りの年齢ではないのだろうとリルは密かに思っている。

 当然このことを本人に言いはしない。それくらいの分別は付く。

 

「そうだにゃー……たとえばクリョニョンが他の女の子に目移りしないかなーとか?」


「……違うよ?」


 気にはなるが、流石にこの状況でそのことについて悩んだりはしない。本当に気にはなるが。


「なるほど悩んでるのは事実っと。――まあ冗談はさておき、悩みっていうのは現在のクロノの精神状況か、クロノとの関係かなー」

 

 今度こそ完全にリルは顔に動揺の色を浮かばせる。提示された二択の内一つはまさにその通りだった。

 一方ユイは非常に軽い調子で、ずばずばと心の奥底まで入り込んでくる。


「うーん、両方ではあるけど、どっちが気になってるかと言われれば……状況? それとも、関係?」


 クロノと同じ、珍しい黒い瞳でじっとこちらを覗き込むユイ。その瞳に全てを見透かされてしまうような気がして、咄嗟に眼をそらした。

 が、このネバーランドの住人にはそんな小細工通用しないようで


「ん~、関係……かな?」


 と、ここまでのどこにそこまで絞り込める要素があったのかと問い質したくなるほど、寸分の狂いもない正確な解答を出されてしまった。ここまで来ると寒気すら覚える。

 

「……なんで分かったの?」


「仕事上、色んな人と接する機会が多いのさー、その経験ってやつ? あと、女の勘かな? まっ、絶対に読めない例外もいるけど」


 馬鹿げた返答をリルは無意味だと判断してスルーした。そんなことで人の心が読めるなら世の中の宿屋は化物だらけである。


「さてさて、ぶっちゃっけ言っちゃうと、リルちゃんの不安は間違ってないと思うよ」


 不安の内容についてとか、最早疑問を投げかけるのも無駄に思えて、リルは何も言わなかった。こういう人間だと割り切らねばやっていられなそうだ。


「クロノにとってリルちゃんは代わり――ドラ君の「代わり」さ」


 リルは水面に顔を落としながら短く「知ってる」とだけ答えた。


「ずっと隣にいた彼がいなくなった。じゃあ「代わり」に誰か置こう。それが今の現状だよ。――本人はそんな自分の深層心理には気づいていないだろうけど」


「……知ってる、知ってるんだそんなこと」


「知っているのと受け入れるのは別の問題だ。「代わり」に見られるのが不満?」


「不満じゃない――わけない。でも、しょうがない――今は。そうしないと、クロノが持たないんだから」


 ただ一人の誰かを想いながら、年不相応に悟ったようにリルはそう言った。


「ユイちゃんは分かってないよ、根本的に私とクロノの関係を、クロノから見た私を。……「代わり」に見られるのは慣れてるんだ。最初からそうだったんだから」


 自分よりも背の低い少女が眉を顰めるのを見下ろして、リルは続ける。


「出会った時からそうだったんだ。私と同い年のクロノの妹、私はその「代わり」として拾われた。クロノもそんなことは言ってた、「代わり」とは言わないまでもね。だから今回は、何の「代わり」かが変わるだけ。妹かドラ君か、それだけの違いだよ」


「存外……冷めてるんだね。私はもっと悪い意味で年相応に純粋な子だと思ってたよ」


「子供が純粋だなんて勝手な大人の思い込みだよ。子供だって、物心つくころには平気で嘘を吐くようになってるんだから」


 この時水面に揺れた顔は、温かい温泉とは対照的に、ユイが言うような温度のない冷めた眼をしていた。


「……不満じゃない、とすれば何が不安?」


 冷めた表情から変わって、不安げという感情を灯しながらリルはゆっくりと答える。


「…………このままでいること……かな。今「代わり」として見られるのはいい。――でも、この先一生誰かの「代わり」としか見られないんじゃないかなって、ずっと私を見てくれないんじゃないかなって――そんなこと思って、こんな状況でも結局自分のことを考えてる自分が嫌になる」


 クロノと一緒にいられるようになったことを手放しに喜べないのは、それが自分を見てのものではなく、「代わり」として――ドラの役割としてのものだからだ。

 出会ったときから「代わり」として見られていたのだとすれば、これから先もそのままかもしれないという不安と、自己中心的考えが渦巻く自分への嫌悪。

 その二つがリルの不満ではない不安。

 ある程度は仕方ないと受け入れられる。それでも怖い、自分という存在を見てくれないことが。

 伏し目がちに心中を吐露したリルに、自称永遠の12歳は湯に身体を浮かばせ星散らばる夜空を見上げながら言った。


「一生「代わり」かー、私はそうならないとおもうけどなー」


「え……?」


「初めこそ妹の「代わり」だったとしてもさ、途中から「リル」という存在はクロノにとって特別だったはずだよ。正直、リルちゃんとクロノの妹って性格全然似てないし、妹の「代わり」としてっていうのは途中から無理が生じるでしょ。途中からはあくまで妹のような、であって妹の「代わり」ではなかったと思うよ。今回だってドラ君がいなくなったから急遽その「代わり」として一時的に扱われてるけど、いずれその違いにも無意識で気づくようになる」


 顔を伏せていたリルにずいっと近づいて、下からリルの唇に人差し指を当てながらユイは続ける。


「大体さ、クロノにとって誰かの「代わり」になれる時点でリルちゃんは特別なんだよ? 他の人間じゃ「代わり」にすらなれないんだから。朱美さんのこともあるにしろ、クロノは根本的に人嫌いで他人と関わろうとしないから、周りにいられるってだけで十分特別な存在ってことだと思うよ」


 元気付けようと言っているのだろうが、リルにはそれでも十分だった。人間、お世辞だと分かっていても嬉しいものは嬉しいものだ。

 表情が少し緩んだのを見て、ユイはいたずらっぽくうっすらと微笑んだ。


「個人的には二人のこと応援してるよ? リルちゃんは友達、クロノは友達の子供だしね! その二人が家族になるっていうなら、私としては祝福してやるのだぜ?」


 ユイはびしっと指を突きつけて勢いよくそう言い切った後、頬を紅潮させるリルに少し落ち着き払って付け加える。


「まあ、クロノのことでまだ気になることがあるっていうなら、本人に訊けばいいんだよ。リルちゃん相手なら嫌な顔ひとつせず答えてくれるでしょ。そのためのお膳立てはしてあげる」


 そのお膳立てとやらが、風呂上りに勃発したあの無駄に見えるベッド論争である。無益な争いの狙いは二人きりの空間を作るということらしい。結果として簡単にクロノが挑発に乗ってくれたのでそこまで労することはなかった。

 

 

 時間は戻り――現在。

 気になっていたことは訊けた。返答はあっさりとしたもので、ただ一言「殺すよ」。ユイのような長年の経験のようなものがあるわけではないが、答え方からしておそらく言葉に嘘はないと思う。

 ――ただ、その後の顔がどうにも気になってしまった。答えた後のクロノの笑顔が。血の繋がりに意味などない、と言ったときの自然な笑顔が。

 あの顔を見てリルが抱いた感想は一つ。


――そこは笑う場所?


 気を使って無理して笑うではなく、あくまで自然に見せた笑顔。

 きっと自分の過去を思い出して辛そうな顔をするか、あるいは平静を装う場所だと思う。

 だが――クロノは笑った。まるでなんでもないことのように。

 家族がどういうものかなんて、経験のないリルには微塵も分からない。それでも、話に出てくる家族にはよく家族の絆やら家族愛やらなんて言葉が当てはまることくらいは知っている。

 その家族を平然と否定して、あんな自然に笑えることがおかしいと思った。自分のように家族を知らないのではなく、知った上で笑顔で否定出来ることが。

 きっとあの笑顔はなんでもないことだという証明なのだ。なんでもないことだから笑えるのだ。

 血の繋がった家族だからって馬鹿みたいに信用するものじゃないと、だからあれは、あの仕打ちはなんでもないことなのだと。きっとそう思うことにしたのだ。クロノにとって血の繋がった家族とはそういうものなのだ。そう思わないと理不尽に耐えられなかったのかもしれない。

 クロノがその考えに至るまで――あの笑顔が出来るまでの経験を想像して、リルは背筋が寒くなった。

 同時にあの笑顔は、どこまでも傷だらけのものなのかもしれないとも思った。あの笑顔は幾多もの経験という傷の上に成り立った傷だらけの笑顔なのだろうと。

 そんな風に笑えるようになってしまったクロノが、とても悲しく思えた。

 今、穏やかに寝息を立てているクロノにはどこにもそんな影が見当たらなくて、それがより一層リルの心を抉る。

 そしてリルは密かに決意する。何時かあの傷だらけの笑顔を消してしまおうと。辛い記憶を消してしまうほど幸せになって、今度こそこの人が無傷の笑顔を浮かべられるように。

 

 そんな静かな決意を胸に、リルは再びクロノの胸の中で眠りに落ちていった。




「……このいびきは来る前にお酒飲んで来ましたね……」


 

 

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