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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第三部
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第百十四話

廃案にしたい怒涛の説明パート。見るのもたるいレベル。

クロノの術式の話とか入れたかったけど入りませんでした。

やっと迷いの森入れるよ、やったね。

『汚い戦力』は、正直もう出てるから隠す意味もない。

 術式魔法――。

 人間が本来起こすことの出来る事象を遥かに越える魔法。ものによっては人智を超えたと呼ばれる力。

 その歴史は、有史以前に始まり、有史以前で終わってしまった。現代では失われた魔法ロストマジックに分類される。

 現代においては、その様な認識だけが一人歩きしているだけで、その製法について知る者はいない。

 歴史の闇に消えた技術。

 それでも存在が知られているのは、現代においても使用されているからだ。――隷属の首輪という形で。

 奴隷制の根幹にある、隷属の首輪は新たに作られることはない。いや、作れない。現代で使用されているのは、過去の遺品を再利用しているに過ぎない。

 隷属の首輪の内に刻まれた見るだけで酔いそうな幾何学的な紋様。それが術式であるということまでは知られている。

 ――だがそこまで。そこまでしか分からない。その紋様を形作る線は、どうやって刻まれたものなのかが分からない。

 真似をして同じ紋様を刻むだけなら簡単だ。その道の職人に頼めば寸分違わずやってくれるに違いない。

 しかし、そうして同じ紋様を刻んだところで隷属の首輪としての効力は発揮しない。ただ変な模様のついた首輪になるだけだ。

 何かの作り方が違う。まず、最初の結論としてそこに行き着く。

 調べた結果、首輪自体は何の変哲もないものだった。つまり鍵はその紋様。

 ただ刻むだけでは駄目。何か特別な方法が必要だ。

 紋様の刻み方。これが術式研究においての最初の課題とされ、同時に最大の難関とされる。

 

 そして現在、クロノの目の前に提示されたのは、その答え。紋様の刻み方。全属性を混ぜて、物理的な線を刻む。

 今までの話を脳内で総合する。無属性の存在を隠す理由は、全属性を揃えさせないため。揃えた場合に出来ることは、術式を刻むこと。

 ようするに、全ては術式を使わせないためのことらしい。

 

「無属性を隠すのは、術式を他人に使わせないためか」


 確認するとあっさりと返答が返ってきた。


「まあ、せやね。そんで、秘匿するのに無属性を選んだ理由は、本当に隠しやすいってだけっていうのも理解出来た?」


 隠しやすいというのはクロノにも分かる。自分自身、幼少期には気づけなかった。今振り返ると、兄からの攻撃の受け具合や、奴隷商からの脱走の時など、レベル1の兆候はあったが、あくまで見た目より動けるなくらいで微々たるものだ。誤差の範囲に過ぎない。完全に気づいたのは迷いの森で何度か死にかけた後、朱美から教えてもらってからだ。

 一般的に無いとされている先入観も手伝って、普通に暮らしていては気づけないだろう。

  

「それに無属性って数少ないやん? そもそもレアで、全体の3%くらいやし」


 クロノに具体的な数値は分からないが、数少ないということは分かる。自分のように、純粋に魔力なし判定を受けた人間の多く――いや、もしかしたら全員が無属性かもしれない。魔力なしの判定を受ける人間も、確か30人に1人くらいだったか。

 しかし――


「隠し通せるか……? 俺は偶然だが、自分で気づく人間がいないとも限らない。これだけの力、一度気づいたら嫌でも目立つようになる」


 この千年の間、これほどの力に誰も自力で気づけなかったのか。気づいた人間を口封じするにしても限界があるだろう。

 クロノの疑問に、メイは心底驚いたような顔をした。


「……なんだ。案外知らんことも多いんやね」


 悔しいが言い返せない。内心ぶすっとした顔でメイの言葉を待つ。


「クロノは前提から間違ってる。これだけの力って言ったけど、無属性だからって全員が全員レベル5まで辿りつけるわけないやん? 無属性だって、属性の一つや。他のと同じように才能の差はある。――いや、もしかしたら他の属性よりもその差は大きいかもしれん。簡単な話、レベル4とレベル5の壁は厚い。越えられないくらいに」

 

 クロノの脳裏に浮かんだ、先ほどのユウとの戦闘。勝敗を分けたのは決定的な速度の違い。そこに工夫の余地はない。ただただ埋めようの無い単純な速度の差だけがあった。その差はたったレベル1分の違い、それでもあそこまで差がつく。

 

「大半の人間は無属性なんてどう頑張ってもレベル1までしか行けない。そこが限界。レベル1なんて微々たるもんや、普通に暮らしてて気づかない。レベル2まで行ける人間なんて、何十年に一人。それですら人間として許容範囲内の力。そもそも無属性は母数が少ない。その中からクロノ並みの力を持った人間が生まれてくる確立なんて、考えるだけで気が遠くなる。異世界人関連ウチら以外でレベル5まで行ける人間なんて、歴史上見ても、クロノ入れて二人しかおらんよ」


 母数の差。数少ない無属性の中で天才が生まれてくる確立は他の属性よりも更に低い。もしいたとしても、気づかないで一生終える可能性もある。

 そう考えると隠蔽は難しくない。レベル1が大半ならば、特別な隠蔽などせずとも気づかれないで済む。見た目より少し力が強いただの人間というだけだ。

 メイが示した二人という言葉にも心当たりがあった。自分以外で、歴史上という単語に当てはまる、もう既に死んでいるであろう人間。

 無属性、魔法、遺伝、容姿、血。それらのキーワードに当てはまりそうな人間は一人しかいなかった。

 

「ちなみにクロノ以外のもう一人は――」


「言わなくていい。何となく分かる」


 言いかけたメイを手で制す。大方の見当はついていた。

 今日知った事実は、少々刺激的なものではあったが、比較的事実としてすんなり受け入れられた。有り得ない話ではないし、今までの自分の経験とは矛盾しない。


「まあ、完全に隠し通せてるとは言い難いんやけどね。さっき話に出てきた『アレ』の彼とかは、自力で術式の改良に成功していたわけやし」


「無属性の存在に気づいてたのか?」


「多分ちゃうね。別に無属性に気づいてなくても、術式の作成には魔力のない人間も必要だっていう認識でも良いわけで。魔力のない人間に、他の人間と同じように魔力を流し込むイメージさせてたんだと思う。現に彼のいた空き家からは、隷属の首輪つきの無属性含めた全属性分の人間がおった。……それでも、魔力自体を線として刻むのは普段やらない分コツも必要やし、全属性持ちと違って寸分違わず全員のタイミングを合わせないといけないから、結構難しいはずなんやけどな……」


 メイにここまで言わせるとは、その彼とやらの発想が凄いというべきなのだろうか。

 話の中だけで聞いた永遠に会うことのない彼とやらは、性根こそ腐っていれど優秀な人間ではあったのかもしれない。

 ここで本日何度目か分からない疑問がクロノに生まれる。

 それは――なぜ、ここまでして術式魔法を使わせたくないのか? という疑問。

 理由は様々考えられる。術式は便利であり強力。使い方を間違えれば、手のつけられないところまで行く可能性を孕んでいる。更に戦闘に置ける利便性も計り知れない。戦争というもの自体がもっと凄惨な惨禍を残すようになる。

 現存する隷属の首輪ですら、人間の尊厳という観点から使用反対派はいる。現にこの国では使用禁止になっている。術式というものが広まれば、それ以上のものが出来上がるかもしれない。

 簡単に言えば――人間には過ぎた力。だから、公にはしない。

 と、こんな風に隠す理由付けはいくらでも出来る。

 だが――


――それだけか?


 予感や確信があるわけではない。話の中で矛盾があったわけでもない。単純に疑問に思っただけだ。

 

「お前らはなんで――」


 疑問を口にしかけて、クロノは自分で口を止めた。

 脳みそが高速で回転を始めていた。

 回るキーワードは、千年、建国、歴史、術式、消失。

 連想ゲームのようにそれらを関連付けていく。

 この大陸には千年以前の歴史がない。ごっそり消失している。術式の製法も何時の頃かに消失している。この国の建国が丁度千年ほど前、歴史に残っている最古の記録。

 もし、歴史が消えたのではなくて、消されたのだとしたら――。術式も同様だとしたら――。

 それらを行なったのは誰か?

 勿論、普通は不可能なことだ。こんな論を言っても不可能だと一笑に付されることだろう。

 歴史を消すということは、言葉にするよりも遥かに難しい。国などの纏まりを消すのは勿論のこと、それを見て語り部となる一個人すらも消さなければならない。極端な話、大陸の歴史を消すとなると、少なくとも大陸に存在する人間の半分以上は消すことになるだろう。むしろ半分で済めばいい。

 術式の製法の消失だって同じ事。現存する隷属の首輪の量を鑑みるに、一箇所の場所でつくられていたわけではないだろう。大陸全土に広まっていたはずだ。製作していた全ての場所を消すというのは、どれだけ難しいことか。

 ――しかし、クロノは知っている。それが出来ると。大陸に存在する人間を半分以上消すことなど、この国の建国当初であれば、容易いことだと。

 なぜなら、この国を造ったのは、この世界に存在する全ての人間を凌駕する魔力を持った存在だからだ。それも複数人。

 有り得ない、あってはいけない規模の大量虐殺。

 脳内が回転の末導き出した答えは、人を殺し慣れたクロノですら素直に戦慄を覚えるものだった。

 言いかけたクロノの口は、新たな問いを投げかけるために動き出す。

 まだ、まだだ。まだ、これは憶測の域を出ない。


「お前らの先祖は、何人殺した……?」


 クロノの脳内など見えていない他人からすれば、唐突過ぎる話題の転換だろう。何か言いかけたかと思えば、数秒固まって、何の脈略もないことを聞いているわけだ。

 しかし、メイは慌てる素振りなど見せず、小さく息を吐いて、何でもないような顔で答えた。


「約95%」


 通常は答えとして相応しくない回答だった。何人と問うて、違う単位で返ってきている。

 だが、クロノにはこの答えの意味が分かる。この%の意味が。

 それは同時に、クロノが考えていることをメイが見越していることを示していた。そして、それが実際にあったということも。


「いや~、人間ってスゴイわよね。千年でここまで回復するんだから」


 想像するだけでおぞましい事実。

 クロノは眼を見開いて、メイを見つめたまま言葉を失った。


「……なんでそんなことをしたんだ? って顔してる。――訊きたい?」


 クロノの心中を見透かしたような言葉。その言葉に視線で早く答えろ、と命令するように強く睨む。

 

「憎かったから、この世界が。だから消した」


 憎かったから、たったそれだけの言葉こそが理由。

 良心の呵責など軽々と吹き飛ばして、この世界を消そうと思わせ、実行させるほどの憎悪とはどういったものなのか。

 疑問に答えるようにメイは語り出す。なくなった歴史を。


「大体千年……それよりちょっとくらい前かな、術式魔法は最盛期を迎えていた。その頃の世界とやらは、今よりもずっと小国が乱立していて、どこもかしこも戦乱状態。村の寄り合いみたいな集団でも術式さえ使えれば大戦を起こせるわけだから、統一国家なんて出来上がるわけもない。まあ、術式にも制限や規則性はあるらしいけど。……そんな状態が続いたある日、とある国がある術式の作成に成功した」


「『勇者』召喚か……」


 メイは無言で頷いた。


「それ以前にも自然発生的にいることはあったらしいけど、人為的に呼ぶことが出来たのはおそらく初めて。術式最盛期においてもその力は絶大……というより術式に頼った時代の中では今よりも強かった。全属性を一人で使えて、一個人で術式の書き換えが出来るからね。今ある術式の上に線を重ねて出鱈目なものにして機能不全に出来る。そして魔力量はこの世界のどの人間より多く、書き換えられる回数はほぼ無限。術式に頼りきりの時代で、それを破られたらお手上げ。そして『勇者』を呼び出すことに成功したその国はそのまま世界を統一――――」

 

 ここでメイの表情に僅かな暗さが宿る。


「と、なればまだよかったんでしょう。残念だけどそうはいかなかった。ある日、快進撃を続けていた国に立ちふさがったのは――また別の国が呼んだ『勇者』だった。どっかから召喚用の術式の製法が漏れたのか、はたまた自力でたどり着いたか、まあおそらく前者だろうけど、そんなことはどうでもいい。問題はそれ以降召喚の術式の製法はねずみ算式に各国に広まっていくってこと。情報管理をしっかりしろと言ってやりたいわね。……対峙した二人の『勇者』に話を戻すけど、彼らは相打ちで両者死亡。――さて、重要な戦力を失った二つの国はどうする?」


 答えは考えるまでもなかった。

 

「また新たな『勇者』を呼ぶ……」


「そう、死んだら呼べばいいだけ。ううん、当時の感覚で言えば、壊れた道具をとりかえるみたいな感覚だったでしょうね。『勇者かれら』はその時、人間じゃなくて戦争の道具だった。おかしな話でしょう? この世界のことなのに、別世界の人間が戦わされ、こっちの人間は高みの見物なんて」


「『勇者』を無理矢理、力で従わせられるとは思わないが……?」


「あるでしょ? 強制出来るものが。隷属の首輪っていうね。…………あー、何を言いたいかは分かるわ。どうやってつけたかってことでしょ? 召喚してすぐ、いきなりこっちに来て混乱している最中が多かったみたいね。じゃなくても、知り合いもいない世界でちょっと優しくしたりしたら、案外簡単に人間って心を許すものよ。嘘の常識や礼儀を教えたってバレない。そうして、『勇者』を道具として扱った戦争は広まっていった」


 完全に自分のキャラ作りを忘れ、腕組をし天井の木目を見ながらメイは続ける。


「そして――何時か、何時だったか、どんな場所か、どんな拍子か、何があったのか、具体的なことは伝わっていないけど、一人の『勇者』の首輪が外れた。その一人は、望む望まずに関わらずこれまで何人もの同胞を手に掛けて戦い続けた人間。クロノは朱美さんから別世界のこと聞いたことある? 盗賊も魔物も魔法もない世界。この世界とは比べ物にならないほど平和な世界。当然、人を殺すことなんて有り得ないし、他の生物を直接殺すことも少ない世界。そんな世界出身の人間が、同じ世界の人間を殺すことを強要され続けたら、もう正常な精神ではいられない。命令されていても記憶はある。彼の心は既に死んでいた。そして残った感情は唯一つ――この世界への憎悪だけ」


 殺すことで精神が疲弊していくのはクロノにも分かる。その上、自らが望まない戦いを強いられ、同じ世界の人間を殺し続けたとなると、精神を正常に保つことは不可能に近い。

 そんな経験をした末、感情の帰結が憎悪へと向かうのは当然といえば当然のことで、クロノには何も口を挟めなかった。


「彼が行なったのは、理不尽な戦いを強要し続けたこの世界の人間の殲滅。それと、同じような異世界の人間の救出。彼はその二つを一週間でやってのけたらしいわ。95%っていうのは、この大陸じゃなくて、この世界の人間の中でってこと。残った5%はどこから出てきたのか知らないけど、俗世から離れて未開の地で暮らしてた人たちでしょうね。それが今ではこんなに増えちゃったけど。その後、救出された人間は、何とか元いた世界に帰ろうとしたけれど、そんな術は用意されてなかった。元々使い捨ての予定だもの、帰る為の術式なんて残されてるわけないわよね。しょうがなく彼らは国を造り、この世界にとどまることにした。そこで長に指名されたのが私の先祖」


「その彼とやらか」

 

 今までの話からして長に指名されるのに相応しい人物は一人しかいないはずだが――

 メイは首を振った。


「ううん、違う。彼は――消えたわ、忽然と。全員救った後行方不明。必死に探したらしいけど、彼は未だに遺体すら見つかっていない。目的を果たしたからなのか、何かに巻き込まれたのか、消えた理由は今となっては分からない。元々『忍』っていうのは、彼を捜索するのが主題で作られた部隊なの」


 忽然と消えた彼とやらは、何を思って最期の時を過ごしたのか。やりきった達成感か、目的を失った喪失感か、或いは壊れた心では何も思えなかったか。

 その胸中を想像するだけで、クロノはさきほどとは別の戦慄を覚えた。


「残された彼らは、二度とこんなことが起きないように術式の痕跡を一切合財消し去って、僅かに残った歴史を知る人間が騒ぐたびに消し続けた。そうして今この世界があるの。この世界に来て幸せになる人間なんて誰もいない。だからこそ、私たちは術式を隠す。術式があっては遠くない未来に同じことが起こってしまうから」


 誰も幸せにならないという単語で脳裏に浮かんだのは、自らを育ててくれた存在。最期の時以外、口にこそしなかったが、朱美の言葉の端々にはこの世界への憎悪が見てとれた。

 クロノは朱美の身に何があったのか、詳しくは知らないが、彼女がこの世界を嫌いだということは分かっている。だからメイの言うことは間違いではないと思う。


「隷属の首輪はどうして残っている?」


「単純に数が多すぎて、隠されたものを探しきれなかったというのが真相ね。いずれ全て消し去るわ。私にはその義務がある。二度とあんなことが起きないようにする義務が」


 ここまでメイが言っていることは分かるし、賛同も出来る。歴史を消した経緯も、術式を隠す理由も、クロノには責められそうになかった。虐殺すら、されてもしょうがないなと思ってしまった。それほどにこの世界の人間が行なった行為は罪深い。

 が、あることが引っかかった。


「お前らが術式を隠してきたって言うなら、なんでかーさんや今回の『勇者』はいるんだ」


 隠してきた無属性に気づき、術式研究の末にたどり着いたとは思えなかった。少なくとも、自分がいた7年前には無属性の存在には気づいていなかったはず。

 メイは苦々しげに頬を歪ませながら、悔しそうに声を漏らした。


「……分からない。分からないの。術式研究も進んでいないはずなのに、なぜかあの国は再び成功させた。こんなこと有り得ないはずなのに……。特に今回は『勇者』の行動から、なにから何までおかしなことが多すぎる……」


 

同時刻


「そりゃあ、この世界のルールとして、最低別世界の人間が二人いないといけないからねー。いなくなったらこの世界が補充するだけ。それは変えられない原則さ。誰が決めたんだか知らないけど、はた迷惑なルールだね。まっ、最低二人はルールじゃなくて、この世界の意思かもしれないけどさ。もしかしたら決まってるのは最大二人以下ってことだけで、0でもいいのかもね。それにしても、まだ千年前の彼を捜索してるのかー。絶対見つからないと思うけどなー。なんて言えばいいのか、燃え尽き症候群? をリアルでやっちゃった人だから。燃えたのとはちょっと違うけど、死体は原形も留めない感じで消えちゃったし」


 丸い赤鼻がトレードマークの道化師は、決して届かない解答をだだっ広い一室に響かせ、解答を求めていない人間の耳へと流し込む。

 人が優に百人は入りそうなこの部屋は、昼間だというのにカーテンが閉め切られ、深夜と変わらない暗さを演出していた。

 内装は多くの人間が一目見て「ああ、この場所は自分の様な人間がいる場所ではないな」と判断するような豪華さ。

 天蓋付きのベッドに白いクローゼットにソファー、柔らかすぎて歩くのに緊張しそうな絨毯。出入り口のドアに付けられた取っ手は、取っ手と呼ぶのがおこがましく思ってしまうほどに重厚。

 しかしクラウンはそんなことお構いなしに、まるで我が家のようにソファーに寝そべっていた。

 不気味に暗い室内にはどこからのものか、メイとクロノの声が響いていたが、クラウンが手を叩くとすぐさま聞こえなくなった。


「――っていうのが、大まかな歴史だね。訂正する箇所としては、術式最盛期ってとこくらいかな? 個人的に最盛期は225回目の終盤かなー。364回目の終盤なんて、僕が経験した364回の内10位以内にも入らないや。ああ、後は道具って表現かな。どっちかと言えば、ゲームのモンスターに近いね。『勇者』の中でも優劣はあるし、戦争後期になるとゲームで言う固体値を厳選する作業も行なわれていたし」


 室内には陽気な声だけが響き、他の物音は聞こえそうにない。

 

「君だって二百年前のことは知ってるだろ? 王都壊滅の理由は、代々この『偽りの王家』だけに戒めとして伝えられていたわけだから。それを破って、術式研究に手を染めちゃあねえ……。まあ、研究の成果として白井君を呼べたわけではないけどさ。この世界がここに呼んだら面白くなりそうだな、って判断したからにしろ、戒めを破るのは駄目だねえ。それじゃあ今の君の現状もしょうがないことだ」


 クラウンはソファーから飛び上がって、天蓋付きのベッドの上で虚ろな表情をしている老人の首筋につけられた首輪に手を当てた。


「ああ、声は出せないんだっけ? 言わなくても僕には分かるからいいや」


 老人の身体からは明らかに生気というのものが失われ、極端にやせ細った腕と足はまるで骸骨のようだだ。


「ディック・レ……いや、その先の名前は相応しくないか、君は偽りだから。ん、薄いけど思考は出来るみたいだね、偽りの意味かい? 考えれば簡単さ。二百年前、彼女の怒りの矛先が真っ先に向いたのは、自分をここに呼んだ王とその一族。直系が生き残るわけないだろ? あそこでこの国の王の血は完全に断絶したんだ。あの日、王都で生き残ったのはただ一人、たまたま余所から来ていた大道芸人だけ。それが君の先祖だよ。いやー、彼の執念も中々だったねぇ。当時の王は幼少期の怪我で顔に火傷の痕があってその影響で左目は失かったんだけど、それと成り代わる為に大道芸人の彼は自分で顔を焼いて左目を抉ったんだよね、アハハッ。王が火傷の顔を隠す為につけてた仮面で細かいところはごまかせたし、本当上手くやったもんだよ」


 老人の耳にその声は届いているのかいないのか、表情は微塵も動きそうにない。動く気力すらないのかもしれない。

 それでもクラウンは続ける。


「あーあ、せっかく君の先祖が『勇者』によって起こされた悲劇を伝えてくれたのに、それを無視しちゃうなんて馬鹿だねえ。隷属の首輪を使う発想は褒めてあげるけど、逆に自分がつけられてちゃ世話ないよ」


 首筋につけられた隷属の首輪を一度撫で、道化師はくるりと踵を返す。


「さーってっと、そろそろ行こうかなー。君も残り少ない人生……具体的に言うと多分後一週間くらい「殺される」までの人生を謳歌するといいよ。じゃあね、また今度、会う機会はないと思うけど」


 消える直前、クラウンは何気なく独り言を呟いた。


「飽くなき欲望には繰り返す裁きを。繰り返してこの世界が滅ぶこと364回。学ばないなぁ本当に」



 

「今までの話からして、お前らは異世界あっち側の味方のようだが、今回俺はアイツを殺すぞ?」


 この国は異世界の人間がまた呼ばれないように造られた国で、本来は異世界側の味方なはずだ。


「言ったでしょ? 今回は特に異常なの。『勇者』は従わされてるんじゃない、何かあったわけでもなく、正気で潰しに来ている。あれはただの殺人鬼よ。殺人鬼にむざむざ殺されてやるほど、お人よしじゃないわ」


 今回の『勇者』の異常性は、今までの常識から遥かに外れている。

 あの男は根本的に狂っている。崇高な理念もなく、ただ楽しいからやっている。たった一回の戦闘でまざまざとクロノはそのことを実感出来た。

 クロノは座布団から立ち上がって言う。

 

「お前らが術式を隠す理由は分かった。協力はしてやる」


 協力と言っても、元々朱美に無属性は隠すように言われていたのでやることは変わらないのだが。

 更に但し、と付け加えてクロノは続ける。


「――お前らに言われたからじゃない。俺はかーさんに言われた通り今まで通りやるだけだ。その結果がお前らの目的と同じってだけの話」

 

 完全に素直になれない人間の言い分だったが、メイはそれで納得したのかそれ以上何も言う事はしなかった。

 障子の外に眼を向けると、既に真っ赤な夕陽が空を支配しており、時間の経過を示していた。

 これ以上話もなさそうなので、終始どこかへ行ったり庭で遊んでいたリルを引き連れて、部屋を出ようとする。

 そんなクロノに背後から声が掛けられる。


「最後に一つ――」


――ああ、ちょっとした情報とか言ってたっけ。


 冒頭の会話を思い出し、どうせ今までのことに比べたらどうでもいいことだろうと思いながら、振り返らずに言葉を待つ。

 次の瞬間飛んできたのは、多くの人間には先ほどの話よりも重大ではないであろう話で、クロノにとって今までのどの話よりも重要な話だった。

 

「ドラ君の骨は巨竜退治という『勇者』の武功の一つの証明として、城内に飾られる予定らしいわ」


 その言葉は今までの話を瞬間的に忘却の彼方へと吹き飛ばして、クロノの中心に鎮座する。

 自然に顔が歪むのを自分でも感じた。リルの手を握っていない右手が拳の形を作り、血が出るほど爪が食い込んだ。奥歯がギリリと音を軋ませた。


「気持ちは分かるけど、勝手な行動は謹んで」


「お前に命令される謂れはない……!」


 今すぐこの場から全てを置き去りにして、あの国に乗り込んで取り戻したい衝動に駆られる。

 

「戦後の交渉で絶対にこっちに持ってくるから、今は『勇者』を殺すことだけに集中しなさい」


 理性と感情がぶつかり、互いに互いを削っていく。

 理性では分かっている。今行くべきではない。単身で乗り込んでも勝ち目はない。邪魔されないように『汚い戦力』を配置して、一対一の状況を作れる用にするのが先決。

 感情では思っている。今すぐにこの衝動に身を任せて、敵の全てを消し去ってしまいたいと。

 感情の制御が上手く行かない。ここ数日精神が不安定なのは自分でも自覚はしているが、今日ほどの衝動はない。

 ――そんなクロノに掛けられた声は、あどけない少女の悪魔のような囁きだった。


「クロノのしたいようにすればいいんだよ」

 

 言葉通りに受け取れば、行動は決まっている。

 だが逆にこの言葉はクロノに本来の目的を思い出させた。余計なことを取っ払って考えてみると、真にしたいことは

 

――『勇者』を殺す。


 シンプルな目的。

 それを達成するのにどんな工程が必要かを考えると、脳みそが急激に冷えていった。

 暫し呆然と天井を仰ぎ、ふう、と一息つく。


「行こうか、リル」


「うん!」


 そう言ってクロノは歩き出すが、メイには何が起こったのか理解できるわけもなく、慌てた様子で訊いてくる。


「だから乗り込んだら駄――」


「勘違いするな。俺が行くのはお前が言ってたあそこだ。今から行くから『物』を玄関に用意しとけ」


 メイを置き去りにするようにクロノが歩き出すと、玄関に行く途中でリルが訊いてくる。


「ねえ、これから行くとこってどんなところ?」


「んー、そうだね……」


 歩きながらクロノは少し考え、答えを吐き出した。


「俺の故郷みたいなとこ? 迷いの森っていうのは」




 


 

 

 

 


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