第百十話
クロノはロリコンのようです。
短め
次回はユウ君無双ぶっこんでスタト
何とかといった体で、ビッグマウンテンにたどり着いたクロノは、中に入って真っ先に目についた人間に困った顔で声をかけられた。
「早くないかにゃぁ……。明日って言ったけど、まだ10時だよぅ?」
「おはようユイちゃん!」
「むぅ……おはよぅ」
外見だけならユイは、リル以下なので、リルにはちゃん付けで呼ばれている。
二人の少女のやりとりを見ていたクロノは、後でリルにユイの年齢でも教えようか、などと考えたが、ふいにユイの視線がおそろしさを増した気がして止めた。
周囲を見渡すと、人の影どころか気配すらも感じられない。クロノだって、この宿屋が混んでいるという事実は聞いている。だが、これはどういうことか。
宿屋に入ってすぐのユイのホームポジション――受付のカウンター奥の椅子に座りながら、ここの主はクロノの疑問を見透かしたように言う。
「……他の人なら結構出てったよぅ……。根性ないにゃぁ。てわけで、今はかなり空き部屋があるのです。泊まってくぅ? まあ、元々クリョニョンとリルちゃん用の部屋は、通常客とは別に用意してるんだけどねぇ」
「……有り難くない特別扱いだな」
クロノはそう言葉を吐き捨ててから、顔を黒いフードで覆ったまま無愛想に続ける。
「……今日まで待ってやったんだから、早く詳しいこと教えろ」
「急いてはことをし損じるよぅ?」
「……下らん問答に付き合う気はない」
ぴしゃりと会話を終わらせようとするクロノに、ユイは口をすぼめ不服そうに声を漏らす。
「むぅ……なんというぶっきらぼう……。どっちにしろ『試験会場』はここじゃないんだよぅ」
「『試験会場』?」
聞き慣れない単語に素で訊き返した。
してやったりと言わんばかりに、メイが微笑む。
「にゃはっ、良い顔が見れたよ。『試験会場』はユウ君の所。まっ、クリョニョンとリルちゃんは試験するまでもないけどさぁ」
おちょくられているな、だからユイは苦手だ。
と、そんな憂鬱を隠し、露骨に舌打ちをした後、ユイに背を向けて早速宿屋を出ようとした。訊きたいことは山ほどあるが、今はユウの所に行くのが先決だ。
―――が、どうにも右手に握ったリルの手が動かない。何やら不安そうに俯いている。
眼を合わせて見ると、これまた不安そうな顔を覗かせて言った。
「私、勉強苦手だよ……?」
数秒後、大笑いするユイを尻目に、リルの手を強引に引っ張って、酒場――センターフィールドへと向かった。
⇔
建国からずっと存在しているなどという、眉唾な噂が残る酒場は、朝方ということもあって、寂々としていた。夜中の騒がしさはどこにもない。少なくとも――一階は。
煤けた色の一階建ての木造建築。度々改修はしているので、おそらく当初の面影はないだろう。
通常、この酒場は一階しか見えない。客が立ち入れるスペースは、更にその中の一部。一階の半分だけ。奥の厨房には入れない。
だが――この街の住人には密やかに噂される。『教育』はどこで行なっているのか。実は、隠されたスペースがあるのではないかと。
クロノは、『試験』という単語に怯えたリルを引き連れて、人のいないはずの酒場に来ていた。
入り口にある両開きのドアを開くと、軋んだような音が誰もいないであろう暗い店内に響いて、言い知れぬ不気味さを覚えた。
暗い室内に入り口から差し込んだ光は放射上に広がり、中にいるこの店の主を照らす。
「こんにちは、ぐらいですかね時間帯は。クロノさん」
柔和な笑みを携えたユウは、大仰に頭を下げ、手でこちらに来てくださいと促す。
促されるまま近づいていくと、今度は背を向けて店の奥へと入っていった。どうやら、ついてこいということらしい。
夜中とは違うホールは、まるで違う空間のように思えた。
ほとんど光のない店内を奥へ進み、厨房らしき場所へついたと思ったところで、ふいにガタンと重く低い音がした。音の発生源は足元から。
足元からは光の穴が見えていて、平べったい石のようなもののシルエットが映った。穴を何かで塞いでいたらしい。
「ああ、踏み外さないように気をつけてください」
言いながら、ユウが光の穴の中に入っていったので、二人も中に入った。
下っていく石段の途中には、壁際にランプがついていた。これが光の正体のようだ。
「地下室か?」
「ええ、そうですね」
「ちょっと怖いかも……」
不安そうなリルの手を軽く握り返すと、途端にリルの鼓動が早くなり顔を赤らめる。
そうして数十秒下りたところで、質素な扉が見えてきた。
先導していたユウが扉を開けると、まず階段に比べて眩しい光が飛び込んでくる。
地下室の下は土の地面。広さは地下にしてはかなり広く、四方20mほどはありそうだ。高さは5mくらいか。天井が丸いことから、ドーム状になっていることが想像出来た。
入ってきた扉とは反対側にも扉が二つほどある。内装は殺風景なもので、一人用の椅子が唯一つポツンと置かれているだけ。
中には20人ほどの男女(というかほぼ男)がいた。空気はなんとも殺伐としていて、多くの人間が新たに入ってきた二人を舐るように見てくる。
特に視線を浴びるのはリルだ。どう見ても、この場には似つかわしくない少女。
多くの視線を感じたその時――クロノにはなぜか、微かにある感情が浮かんだ。
それは――怒り。本当に微かなものだが、確実に腹の底が煮えるのを感じた。
自分で不思議に思った。視線なんて今更の話だ。もう受けなれているはず。
しかし、次に心中に浮かんだ言葉は、怒りの理由はそうではないと言う。
――汚い目でリルを見るな。
自然にそんな言葉が出てきて、クロノは心中で首を更に傾げる。なんだろうか、これは。
クロノが自分自身に混乱していると
「大丈夫クロノ?」
という声が聞こえて、ようやくクロノは我に返った。
「大丈夫」
何とかといった様子で答えを返し、平静を保つ。
そんなクロノを無視して、ユウは笑顔のまま、二人から視線の注目を奪うかのように、集団の中心にある椅子の前へ。
「さて、そろそろ説明でも始めましょうか」
ここでクロノは思い出す。そういえば、戦争の傭兵募集場所に来ていたのだと。
もう頭は冷静だ。何となく、リルを覆うようにして前に立ち、ユウを見つめた。一斉に皆の注目がユウにひきつけられる。
「本日は第一次募集にお集まりいただきありがとうございます」
ユウはいつもより恭しく頭を下げて説明を語り出――さない。それよりも先に質問を投げかける。
「説明を始める前に一つ、皆様に御聞きしたことがございます。この中で――『勇者』と戦いたい方は、挙手をお願いします」
最初にどよめきが集団に広がった。
どういう意図があるのかは分からないが、クロノはおそらく多くの人間がそれが目的であろうと踏んでいた。
客観的に見て、この国に勝ち目はない。軍事力だけを見てもその差は歴然で、いくら傭兵を雇ったとしても勝ちの目はない。
つまり――参加するメリットがない。むしろ、大国を敵に回すことによって死ぬ可能性は高まる。
ではなぜ、ここにいる人間は参加しようと思ったか。
おそらく彼らは有象無象の存在で、『勇者』を殺すことによって名を上げようとしているのだろう。または、単純に馬鹿か。
そんな読みが正しいのか、おずおずと手が挙がり始めた。
途中でクロノも手を挙げて、周囲を見渡すと、リル以外に手を挙げていない人間は一人しかいなかった。
「俺は興味ないんだが」
短く切りそろえた茶髪をめんどくさそうに搔きながら、言い切った男。
どこかで会ったなと、記憶を探ると、何週間か前、盗賊団壊滅を手伝った男だった。名前はアレクだったか。本日は、銀髪の女性――アンナは連れていない。
ユウは周囲を見渡して、ほぼ全員の手が挙がったのを確認してから、笑顔のまま言う。
「手を挙げなかった方は、とりあえず見ていてください。挙げた方は今から少々『試験』を受けていただきます」
『試験』の単語が聞こえた瞬間、集団に疑問符が浮かんだ。つまりどういうことなのか。
「『勇者』相手に、何人もいてもしょうがないんです。人が多ければ多いほど良いってわけじゃないんですよ。ある程度の実力に満たない方がいては、邪魔になりますので」
確かにその通り。力のない人間が無駄によってたかっても、『勇者』には敵わない。むしろ邪魔になるだけ。
今度は怒りが集団に見える。自分たちでは力が足りないと言われているようなものだ。
クロノは、器用に感情表現を見せる集団を背後から見て、冷静にユウへと視線を移し、問いかける。
「で、『試験』内容は?」
「そんなに難しくありません。とっても簡単」
ユウは笑顔を崩さず、自らの背後にある只一つの椅子に腰かけて、実に簡単な合格条件を告げた。
「私に一撃加えて下さい。そしたら合格です」




