表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
112/150

第九十九話

 莫大な光を放つ球体が、熱と共に一体の龍の目の前に出現する。

 その光はどこまでも白く眩しく、まさに真昼の太陽を思わせた。

 

創造太陽クリエイト・ラー


 かつて全ての龍の頂点に立った彼は、今一度昔へと遡る。

 捨てたはずの名前。唯一太陽ラーの名前を冠することを許された龍の王にして神。

 里どころか、一つの国を滅ぼしてなお余りある人知の及ばぬ力。それは最早攻撃ではなく、神の裁きにすら見える。

 そんな強大な力を向けられるのは、ただ一人の人間。


「ハッハハハ!!! オイマジかよ! ヤッベェ、超ワクワクしてきた!!」


 この言葉さえなければ、善の『勇者』が悪の龍と戦っているように見えるかもしれない光景だが、既に台無しである。

 光の球体は、『勇者』自身がジャンボジェットくらい、と言ったドラの何倍も膨れ上がり肥大していく。

 これ以上見ていると失明しそうなほどに輝きを増し、君臨する平原の温度が急激に上がった。

 やがて、重苦しく厳かな声が夜とは思えない明るい空に響く。

 

「墜ちろ天」


 その言葉を合図に、莫大で強大な太陽が地上へと、ただ一人の人間を殲滅するために――墜ちた。

 視覚も聴覚も閃光と轟音に遮られ、感覚機能が正常に機能しそうにない。

 天変地異。そういった言葉が当てはまりそうな現状。世界の終わりにすら見えた。

 太陽は落下する。天は地に墜ちる。

 全ての人間が生物が恐れ慄き、恐怖に身を震え上がらせる。

 ただ一人を除いては――。

 

「スゲェよ!! あァ、スッゲェ!!」


 笑いながら『勇者』は一人で墜ちる太陽に立ち向かう。まるで全ての生物を守るかのように。その姿はまさに『勇者』だった。

 墜ちる太陽は迫っている。


「でもな――」


 閃光が平原を包む。全ての人間の眼が眩み、瞬間的に誰も視認出来ない空間が出来上がる。

 終わった――。大体の人間がそう思った。

 しかし、『勇者』だけは――どこまでも不遜に傲慢に言い放つ。自らの勝利を。敵の敗北を。


「全ッ然駄目だ!!!」






 閃光の後、一人の人間が眼を開けた。いや、開けることが出来た。つまるところ――その人間は死んでいない。

 生き残った彼は別段、強くも弱くもなく、特別な力を持っているわけではない。兵士として極めて平均的な能力を持っている存在だ。

 そんな彼でも生き残った。この事実が示すところは何か。

 恐る恐る周りを見渡した。そこには――以前までと変わらない暗闇と、焼けた平原が広がっていた。   それはあまりにも、先ほどと変わらな過ぎる光景。何ものも消えていない。

 今自分がいるここが夢なのか、それとも太陽が墜ちてきたのが夢なのか、何が現実で何が夢なのか分からなくなってしまう。そんな光景だった。



 ドラは結果を見るまでもなく悟っていた。自分の敗北を。

 太陽が墜ちる直前、見えてしまった――光の壁。幾重にも重なったそれらが、自らの放った太陽を包む姿。それによって衝撃を抑え込むつもりだろう。それらを何百何千と割ったところで、敵は何千何万といくらでも増していくだけだ。

 明らかに足りない。強い故に見えてしまう勝負。

 異世界あちらの人間とは実にデタラメだ。

 そう、心の中で悪態をついた。

 閃光が消え去った平原は、何も無くなってはいない。

 やはり、と言う気も起きなかった。

 自分の死は間違いなく迫っている。カウントダウンは10を切ったところだろう。

 ドラはそこまで簡単に予想出来てしまう自分に半ば呆れた。 

 9。

 完全に閃光が消え去って、太陽の影はどこにも見当たらなくなった。

 8。

 眼下には人間らしき無数の黒い点が、身の安全に気づいたのか蠢きだした。

 7。

 微かに地面を蹴る音が聞こえた。

 6。

 ここでようやく力を使い果たした脱力感が襲ってきた。

 5。

 不自然な風を身体に感じた。

 4。

 一つの点が迫ってきているのが見えた。

 3。

 熱かった身体が急速に冷え込んでいくのが分かった。

 2。

 点の輪郭が見えてきた。

 1。

 眼前に光剣が見えた。

 0。

 首が――落ちた。



「よっと」


 『勇者』は風を操作し、舞い上がった身体を無事、固い地面へと着地させた。


「よっと、ってオッサンかよオレは……まだ25なんだけどなァ…」


 自分で言っておいて勝手に沈んでいるその姿は、とても『勇者』には見えない。それに25と言っても、張りのある肌や、通常時ならば、比較的整った部類の顔のせいか年齢よりも幾分若く見える。

 着地して少しすると、今度は地響きのようにドスンと重い音が、血の雨と共に平原に響いた。

 音の正体は、空から降ってきた、首が切断された龍の死体。

 顔面に生温かい血を浴び、ぺろりと舌で舐めて落胆したのか顔を顰める。


「旨いわけじゃねェな…。人間のと大して変わんねェ…」


 血が美味しいか、と聞かれればそれは甚だ疑問というか、この場に普通の人間がいたならば、そもそも食べるものじゃないというツッコミが返ってくるだろう。

 しかし残念なことに、普通の感性を持っているであろう彼の部下は未だ眠ったままだ。

 それを確認してから、物言わぬ死体と化した龍に語る。


「確かにお前のは凄かった。けどな、お前はオレに時間与えすぎだ。あんだけ時間ありゃいくらでもなんとかなる。もし、本物の太陽なら放射能で死んでただろうし、大きさ的に出来上がった時点でオレは熱で蒸発してた。どっちもなかったってことは、結局、太陽のように見える何かってだけだ。んなんじゃ足んねェよ」


 当然、返答はない。

 吐き出したその言葉は一つの例外もなく夜の闇の中に消えていった。

 


ギール王城内


 一人、王は玉座に鎮座して報せを待っていた。

 人払いはしてある。こういう時は一人でいるのがいい。

 どうにも他人がいると、緊張が目に見えて、こちらまで浮き足だってしまいそうになるからだ。一人で静かに待つのが一番だ。

 白を基調とした空間内にはカーテンが締め切られ光など点っておらず、昼の厳かな静寂とは対照的な別種の不気味な静寂が漂っている。

 歯がゆい。何も出来ない自分が。

 待つことしか出来ないのだ。実力とかそういった理由ですらなく、王であるというだけで戦場には立てない。王を戦場に立たせるのは国の恥で、諸刃の剣だからだ。

 時間がとても長く感じる。ここまでの数時間が、今までの人生と同じくらいにすら思えた。

 やがてやってきた、ノックの音。

 このノックはどちらだろうか。凶報か吉報か。

 祈っても結果は変わらないと分かってはいるが、祈らずにはいられない。

 

「入れ」


 不気味な暗い部屋にドアの向こうからランプの明るい光が差し込んだ。

 だがそこにあったのは、光とは対照的に暗く沈んだ人間の顔。

 最早、内容は訊くまでもなかった。

 

「クロノ殿は負傷し戦闘を離脱。突如として現れたドラゴンも、『勇者』に敗北しました…」


 クライスはその言葉に動揺を見せず、一言「そうか」とだけ言った。

 連絡係の男は沈痛な面持ちになったまま、それ以上言葉を発しない。

 クライスはおもむろに玉座から立ち上がる。


「どちらへ…?」


「避難するだけじゃよ」


「でしたら護衛を……」


「いらん。それより、城に残った者を逃がすのに尽力せい」


「ですが…」


「くどい。落ち合う場所はこれに書いておるから、一時間くらいしてから開け」


 クライスは連絡係の言葉をピシャリと遮って、手に持っていた紙を渡すと、追いすがる男を無視して、そのまま無駄に広い城内へと消えていった。 



 クライスに敗北の報せが届いてから一時間後。


「負け……か…」


 敗北の報せはナナシのところにも既に届いていた。

 城内にいたナナシはその報せを聞いて、騎士団の修練所内に来ていた。

 現在敗走をしている騎士団が戻ってくるとしたらここだろうと踏んだからだ。

 誰もいない修練所内に一人でいると、ふと昔の記憶が蘇ってきそうになる。


「あれ? 負けるのってこんなに悔しかったっけ…あはっ……」


 一人でそんなことを呟いていると、突如として扉が開いた。

 すぐさま顔の表情を繕ってそちらを向くが、当然誰かは分からない。足音からして一人だ。

 

「誰?」


「私です…」


 声に聞き覚えはある。確か、陛下に連絡をしにいったやつだ。

 息遣いが荒い。よほど急いできたのか。心なしか声が震えている気もする。


「あのこれを見てください…」


「いや、私眼見えないんだけど…」


 一瞬嫌味かと思ったがすぐさまその考えを頭から消した。流石にこんな時にふざけている馬鹿はいない。

 紙を広げたような音がしたことから、おそらく見せたいのは紙の内容だろう。


「悪いけど口頭で」


 内容を話すよう促すと、堰を切ったように一気に喋りだした。

 とても聞き取りづらい速さだったが、重要なところは理解出来た。だからといって、今更どうにもなりはしない。聞いたところ、一時間前の話らしい。時間的にもう追いすがることは不可能だろう。どこの地下通路を使ったかも分からない。方角からして今回使っていないどこかであろうが、それにしても間に合わない。

 そこまで考えていたナナシの耳に、再び扉が開く音がした。

 今度は足音からして集団。どんな集団かは考えるまでもない。

 ナナシはそちらに顔を向けて、やってしまったという顔で、絶望的なこの国の「最強」の情報を、呟くように告げた。


「陛下、地下通路通って、一人で戦場に行ったってさ……」

 



 レオンハルト側の兵士の一人は進んでいた。

 ギール帝国の思わぬ反撃にはあったが、結局は勝ち戦だ。その証拠に敵は敗走して、こちらが追い詰めている。

 気分は高揚している。

 ここからは狩りだ。獲物を狩るだけの戦ですらない狩り。

 殺してはいけないなんて制限は今回ない。民間人はこんな場所にいないからだ。

 思うが侭に全てを蹂躙する。

 それだけ――のはずだった。

 先を進む兵士の目の前にふと、人影が見えた。

 気になって近づくと白髪頭の老人だった。とても軍人には見えない。かといって民間人ではなさそうだ。

 左手には変わった形の帽子らしきものが見えるが、暗くて全体像が把握できない。

 その老人は、低く重い声で、凛とした顔で、言った。


「ギールクライスという者じゃが、そちらの大将と少々お話をさせてくれないかの?」


 

次回は炎の建国記書いて、百話目で戦争編第二部終わり

ラストは第三部戦争編:シュガーでようやく終わりかな




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ