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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
111/150

第九十八話

短め


 『勇者』が言った『夢』は本来、馬鹿げていると笑い飛ばすもので、子供の夢想の中でだけ存在するようなものだ。仮に思ったとしても実現が出来ない。唾棄すべき『夢』。

 『勇者』の平和への実現方法は、実際には何の意味もない。

 例えば、炎と水が隣あっているとしよう。

 『勇者』の平和への実現方法とは――炎のせいで水が蒸発しそうだ、だから蒸発しそうな水を全て炎にぶちまけて消火しよう、というのと同義だ。炎を消したのは、水が蒸発しそうだからであるというのに、守るべき水を犠牲にしている。これでは本末転倒だ。平和を享受する存在自体を消してしまう。

 だが、とても厄介なことに『勇者』は本気でそれをする気であって、更にそれを成し遂げるられるだけの馬鹿げた力を持っていた。

 故に、ドラは笑い飛ばせない。どれ程馬鹿げていても、実現出来ると思ってしまう。

 

「貴様は……本当にそんなことをする気なのか…!? 貴様の『夢』の先には何もないだろう!? そんなことに何の意味がある!?」


 憤りを覚えたようにドラはそう叫んだ。

 『勇者』の『夢』が達成された世界の先には何もない。ただ、無が残るだけだ。

 しかし『勇者』はあまりにもあっさりと、心底意味が分からないといった調子で答えた。


「なんも。なんも残らねェよ。何を残す必要がある? 意味はあるさ。オレが楽しい。それだけだ。それ以上に何もいらねェだろ?」


 もう半ば、この話し合いに意味はないことは分かっている。

 それでもドラは糾弾する。目の前の人間は絶対的悪であると。


「貴様一人の都合で他の全てを滅ぼすことが許されると!! 正しいと思っているのか!!?」


 ピクリと『勇者』の眉が、ある言葉に動いた。

 言葉に熱が篭っていくドラに対し、『勇者』は極めて冷ややかに告げた。


「ぜーんぜん。正しいとか、思ってねェよ。でも、悪いことだとも思ってない」


 『勇者』は独自の価値観を朗々と語る。


「本来――全ての物事や事柄に悪も善もないんだ。人間を殺すな。まあ、人間の社会では悪いことだな? ではなぜ悪いのか。悲しむ人がいるからとか、困る人がいるからとか、色々理由はある。でもな――悲しませて何がいけない? 困らせて何がいけない? 結局、最後まで突き詰めると全ての物事に根源的善悪はない。あるのは、誰かが勝手に決めたこれは悪いことだという、アホらしい常識だけだ。そんなものに縛られるなんて、馬鹿みたいじゃないか?」


 絶対的に会話がかみ合わない。

 会話をする以前の問題で、かみ合っていないのだ。

 会話を成立させるためには、相手が言葉を理解しているとか、ある程度の前提条件が必要だ。

 価値観が全員同じということはありえないが、根底の部分で善悪の区別は大まかにある。人を殺したらいけないとか、泥棒はいけないとか、大体の人間に共通しているはずだ。

 それらは言わなくても分かることで、わざわざ理由なんていらない。何となく、本能的に分かっている。絶対的にそれらは悪いことなのだ。

 全ての事柄になぜ? をつけると、全てに意味も理由もなくなってしまうのだ。 

 だからこそ、ある程度のところで理由もないような、絶対的価値観が必要だ。

 だが『勇者』はそこから破綻している。基本的な前提条件から違う人間と、話がかみ合うわけもない。

 

「だから、オレは思うままに生きる。オレの行動は他人の言動や価値観に左右されるんじゃない。全てオレによって決定されるんだ。解り合おうとか思うな。オレはお前らから見て絶対に悪だし、永遠に更正なんて不可能だ」


 ドラは、長々と語った『勇者』をじっと怨むように睨み続けている。

 『勇者』は自分の価値観の一部を吐き出して満足したのか、とたんに笑顔を作り、これまでの全ての会話を無駄にする言葉を口にした。


「……で、オレに長いこと喋らせてる間に策は思いついたか?」


 ドラは厳しい表情を崩し、困ったというように首を振る。

 

「それが全然でな、ほとほと困り果てているところじゃ」


 その言葉に熱は篭っておらず、今までの全てが演技であったことを示していた。

 『勇者』はニヤリと笑い、会話の最初の頃のようなフランクな口調で訊いた。


「でも、魔力は十分溜めてんだろ?」


 今度は本当の動揺がドラの顔に浮かんだ。


「最初ッからお前は、「喋るタイプ」じゃねェなとは思ってた。そんなお前が話しかけてきたんだ。だとすれば、理由は時間稼ぎしかないだろ? 魔物と人間の魔力放出構造は割りと近いらしい。特に人間の姿にもなれるお前なら尚更。人間はでかいの撃つには大分時間がかかる。つまり――一撃必殺の為の魔力を溜めてるってわけだ」


「…知ってて、なぜ乗った?」

 

「見たいっていうのもある……けど、最大の理由は、お前の夢も希望も――お前の全てを殺してから殺してやりたいっていうのがあるからだな」


 どこまでも不遜で傲慢な考え。

 それ以上ドラは何も言わなかった。本来、戦いに言葉はいらないと思っているからだ。

 瞬く間に少年の姿から緑青色の龍へと変貌を遂げる。風格すら感じさせるその身体から流れていた血は既に渇いており、『勇者』は「傷の治癒もあったか」などと呟いている。

 渇いて変色した黒い血が付着した翼をはためかせる。平原には暴風が吹き荒れ、眼も開けることすら困難なほどだ。

 『勇者』はそれでも何もせず、子供のようにワクワクしながら待った。

 龍は風に乗って、一気に上空へと舞い上がる。

 それでも『勇者』は何もしない。

 相手の姿が米粒ほどにしか見えなくなったところで、『勇者』はぼんやりと呟いた。


「おー、こうしてみるとジャンボジェットよりでかいんじゃね?」


 『勇者』の言葉が正しいかどうかはさておき、対流圏の中間まで届いたところでドラは止まった。

 ドラは一度思い出す。昔の自分を。里が壊れるからと、戦わず王座についた頃の自分を。

 じっくりとイメージを固めるために、ルーチンワークとして久々に詠唱のような呟きを始める。

 

「其は全ての上に君臨するもの――其は全てを浄化する神聖たるもの――」


 暗闇に光がとある深海魚のように漂い、徐々に形作られていく。

 不確かな光はドラの口元に集まり輝きを増していく。形は四角から球体へ。

 創るのは自分の昔の名前に刻まれたあるモノ。



 ハイノ平原から数百キロ離れたところで、最近ドラゴンを見たある商人は、突然の輝きに目を覚ました。

 

 孤児院から馬車に乗ってアースへと向かっていたヘンリーは、ふいに光を感じて幌の端から外を覗いた。

 

 退却を始めていたギルフォードは、突然の光に眼を眩ませた。


 そして全員が空を見上げると――そこに闇は一かけらも存在せず――圧倒的な輝きを放つ球体が存在していた。

 全員が昼と夜が逆転したような錯覚を覚えた。

 ある人間が言った――あれは太陽だ。

 それはたとえではなく、ほぼ全ての人間がそう思った。

 次の瞬間――。


 太陽が墜ちてきた。


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