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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
110/150

第九十七話

思いの外会話パート

歪んだ勇者様の考える平和の実現方法

 ドラと別れたリルは、どこまでも広がった闇の中を飛んでいた。

 自分が今出せる最高速を出し、それでいて慎重にクロノを運ぶ。傷口が開いたりしたら厄介だ。

 決して余裕はない。揺さぶられた心は、未だ悪夢の中にいるような感覚。魔力も、力任せに使ったお蔭で大分減っている。

 それでも飛ぶことを止めはしない。

 自分よりも遥かに苦しいことをしている者を知っているから。この程度で音を上げていては、一人残った彼に顔向けが出来ない。

 互いに知っていた。残った方は確実に死ぬであろうと。

 自分が残ると言いたかったけれど、その言葉は喉を通過する前に彼に止められて、吐き出すことは叶わなかった。

 その時、全ての反論を許さない小柄な少年は、どこまでも気丈に笑っていた。

 だが、リルは知っている。僅かに少年の身体が震えていたことを。その震えが何を意味していたのかを。

 しかし、少年はそれでも譲らなかった。

 生かされた自分の使命はクロノを確実に安全な場所まで運ぶこと。

 絶対にそうしなればいけないのだ。少年の決意を無駄にしない為に。

 リルは、自分に残された搾りかすの如き魔力を振り絞って、更に速度を速めた。


 それからどれくらいの時間が経った時だろうか。川の周辺に黒い点が見えてきたのは。

 黒い点は近づいてよく見ると人で、王都側に固まった人の集団だった。大きく動いてはいない。戦っているというわけではなさそうだ。

 視線は全員、圧倒的光に照らされた龍へと向いていた。

 リルは一旦そこで足を止め、慎重に地面へと降り立った。

 突然の来訪者に気づいた一人の兵士は驚きの声も上げられず、案山子のように立ち尽くす。

 そんな兵士にリルは掴みかかり、ドラの最後の伝言を掠れ声で叫ぶように伝えた。


「ギルフォードって人に伝えてよ……! クロノは戦線を離脱するって……! それと…ッ……ドラ君からの伝言……死にたくなかったら全員王都まで避難しなってさ……!! 分かった……!?」


 しかし、兵士は突然の出来事の連続に混乱しているのか返事がない。

 目の前の兵士が役に立たないと判断したリルは、別の人間を見るが――全員が同じような案山子に見えて、どうやっても伝わらない気がした。

 諦めかけたリルに、唐突に声が掛けられた。


「オイ、本当かそれ?」


「本当だよ…ッ!!」


 リルに声を掛けたギルフォードは、背後にいるクロノを視認して、少女の言っていることがどうやら嘘ではないらしいと判断する。それは同時に、クロノの敗北――ひいては自軍の敗北を理解するということでもあった。

 リルは一層、縋るように叫んだ。


「早く! 最後なんだよ…! ドラ君の……最後の言葉を無駄にしないでよ……」


 


 ドラと『勇者』の戦いは続いていた。続いていたと言っても、差がないわけではない。

 傷を見つけるのすらも困難な『勇者』と、深紅の血を大量に巨躯から流れさせている龍。

 両者の力量差は素人でも傷を見れば一目瞭然である。

 一撃目はほぼ確実にかわすが、連撃になると最後までついていけない。単純な速度の差が傷となって如実に現れていた。しかも、『勇者』の数少ない傷はドラがつけたものではなく、全てクロノによるものだ。

 それだけ差があっても勝負がついていないのは、ドラを賞賛するべきところだろう。

 『勇者』が超人的な速度で地面を蹴った。凛とした姿がドラの視界から消える。

 瞬間。ドラは龍化を解き、少年へと姿を変える。

 少年の姿へと成り変わる時、どこを「軸」にするか決めておく。少年の姿と龍の姿では大きさが違い過ぎる。龍の状態の姿を基本に、子供の姿になる為にどこを中心として身体を伸縮させるかを決めるのだ。別段、龍の身体の中心を指定する必要はない。身体であれば足だろうが手だろうが可能だ。

 右手を「軸」に指定すると、そこを中心に伸縮が始まり、龍の状態であった時の右手の位置に少年として姿を現す。

 巨大だった身体は突如として小柄な少年になり、相手は標的を一瞬失う。

 それはまるで、殴ろうとした風船が、いきなり空気が抜けて小さくなるような現象。殴ろうとした手はそうなるとほぼ空振りする。

 一撃目は、身体の伸縮でほぼかわせる。問題はそれ以降だ。

 風ごと全てを切り裂くような斬撃が容赦なく襲ってくる。

 また大きくなったとして、的が大きくなるだけ。速度は遥かに負けている。筋力も同様。 

 足りない。全てが。

 どうにもならない無理難題が、ゴミ山のように山積していた。

 


 ここでドラは、痛みに耐えながら一つの問いを投げかけた。

 

「――ひとつ訊きたい…」


 それはこの戦いが始まってから、初めての言葉。肉を裂くような音ではなく、紛れもない言葉が平原の闇に消えていった。

 『勇者』は驚いたのか、一瞬黒々とした眼を大げさに見開くと、ドラの視界から姿を消した。

 戦いに無用な言葉は不要だ。

 そんな、クロノや自分と同じ考えなのかと思い、来るであろう攻撃にドラは身構えた。

 だが、いつまで経っても攻撃はやってこない。

 

「?」


 不思議がるドラの目の前に、再び『勇者』が姿を現した。その手には、金髪の若い青年――ディルグの姿。意識がないのか、首がだらりと下を向いていて、どうにも生気を感じさせない。生きてはいそうだが、暫く目は覚ましそうにない。

 『勇者』はディルグを平原の中に放り投げた。それはまるで邪魔だと言っているようで、乱雑で粗雑な行為に見える。

 驚くドラを余所に、『勇者』は先ほどのおぞましいまでの表情とは打って変わって、実にフランクな口調で謝罪の言葉を口にした。


「悪ィ悪ィ。あの馬鹿が近くにいたら真面目に話せないんでな」


 どうやらわざわざ、人に訊かれたくないが為に部下を気絶させにいったらしい。


「それにしてもアレだ。お前って「喋るタイプ」だったのか。実はオレもなんだよ」


 仲間を見つけたように饒舌に語る『勇者』の顔はどこか嬉々とした表情に見える。

 

「殺し合いに無駄なお喋りはいらない。冥土の土産なんて喋ってる間に、いきなり刺されるかもしれねェし、懐から取り出した拳銃で脳天ブチ抜かれるかもしれねェ。分かってる。――でも喋りてェんだよ。なんかこう、気分的にな? 分かるだろ?」


 どこか勘違いしている自分に気づくことなく、ドラへと同意を求めるが、返答を待たず更に『勇者』は語る。


「話聞いてくれなさそうな奴にはやんないけどな。話すら聞いてくれない相手との会話なんて、一人で寂しく喋ってるのと変わんねェ。さっきの奴とか、まさにそんな感じだった。全然話聞いてくれそうになかったから、アイツとは喋んなかった。お前もアイツみたいなタイプかと思ったんだが、違ったんだな」


 アイツとはクロノのことだろう。確かにクロノは戦闘中無駄な会話は一切しない。

 遠くで二人の会話を聞いていたとある道化師は、ぐさりと何かが刺さった自分に言い聞かせるように呟いた。


「ぼ…僕は一人じゃないし……セーフセーフ……だよね…?」


 ここまで一気に語った『勇者』は「なんの話だったっけ?」という風に小首を傾げてから、思い出したのか、両手を目一杯広げて言った。


「訊きたいことがあるなら一つといわず、いくらでもウェルカムだ。オレの気分次第で真面目に答えてやんよ」


 ふざけた調子で告げた『勇者』の顔は、どこか爽やかで――逆に恐ろしさを与える。

 隙だらけに見えるが、ドラにはどう考えても勝てる未来が浮かばない。

 ドラは相手が話に応じる気になったことを確認してから、戦闘が開始してからずっと思っていた疑問を投げかけた。


「なぜ、クロノを追わなかった?」


「クロノ……? ああ、アイツ名前クロノっていうのか。なんでってそりゃ……お前が邪魔したからだろ?」


「違うじゃろう? 貴様が儂を置いて追えないはずがない」


 速度からいって、『勇者』はドラを置いてクロノを追えたはずだ。無論、意地でも止めるが。

 しかし、『勇者』にはそもそも追う素振りが見えなかったのだ。


「いや、それ以前に、貴様ほどの人間がクロノを殺し損ねるわけがない。一撃で息の根を止められたはずじゃ。他にも疑問はいくらでもある。無駄に時間をかけているじゃろ? 儂だってリルだって、もっと早く殺せたはずじゃ」


 『勇者』は、ここまでの問いに対しての回答をするよりも先に――笑った。


「アハッ……ははははは!! スゲェな! んだよ、そこまで分かってんのか」


 一頻り笑った後、何とか堪えるようにして回答を吐き出した。 


「まあ、簡単に言うと、時間稼ぎだな。アイツ……クロノ? ってやつが離れるまでの」


「元から逃がす気だったと…?」


「半々だな。お前らが現れなきゃ、そのまま殺すつもりだったけどよ。丁度よく、お前らがアイツを連れ去ってくれただろ?」


 どうして逃がす気になったのか、という問いをドラが訊くよりも先に『勇者』は見透かしたように語る。


「麻薬……って言っても分かんねェだろうし、今回はちょっと違うな…。………アレだ。オレにとって殺人は食事みたいなもんだ。しないと餓死して死んじまう。それが今回アイツを殺す時、そこのクソボケが邪魔しやがった。食事を他人につまみ食いされた気分だ。オレはそれが我慢ならない。他人の手のつけた食いもんなんか、食いたくねえんだよ。それなら、また仕切りなおして一から始めようかと思っただけだ」


 長々と自分の歪みきった価値観を語る『勇者』。

 ようするに、他の人間が自分の戦いに手を出したことが気に食わないらしい。

 ここでドラはふと、疑問を覚えた。


「クロノの傷は即死とはいかんまでも、放っておいたら死ぬものだったぞ?」


「死んだらそれまでだ。しょうがない。一応下の人間が見てる中で、易々逃がすわけにもいかないだろ」


「つまり、儂は無駄死にか。助けが来たら始めから逃がす気だったんじゃろ?」


「そうでもないぞ? 誰か残ってオレと戦う気じゃないなら、しょうがないから追って全員殺しただろう。そうしなきゃどっかのクソボケに咎められるからな。でも、お前が残ったことで追わない大義名分が出来た。あっちの小さい女よりも、お前の方が都合がいい。「ドラゴンに阻まれて追えませんでしたー」なら面子は立つしな。ついでに、今回の被害も全部お前のせいにしとけば、オレの監督責任も問われない。おお、なんだ。良いことばかりじゃないか。ドラゴンって便利だな」


 言葉の端々には自分が負けるなんてことを全く考えていない自信が滲んでいた。

 気休めにもならないことを、楽しげに語る『勇者』をドラは鋭く睨む。


「貴様は何がしたい? 何のためにこんな戦争をしている?」


「王命でしょうがなくさ」


「この期に及んで下らん嘘を吐くな」


「つまんねェヤツ……」


 『勇者』は不満そうにわざとらしく口をすぼめると、今度は小首を傾げた。 


「……ベターに世界征服? も、違うな。それはあくまで過程だ。……あァ、思いだした。『夢』の為だな。子供染みた『夢』を実現する為だ」


 夢。

 普通に考えれば、実に希望的な言葉だ。持つことによって人は努力し、自分を磨く。負の響きなどどこにも見当たりそうにない。

 だがなぜか、目の前の男が言うと、どうしても絶望的な言葉に聞こえる。


「『夢』とは中々粋なことを言うな」


「なんだよ。意外そうな眼で見るなよ。オレは案外ロマンチストでドリーマーなんだぜ?」


 苦笑しながら話す『勇者』に、ドラは意識を切らさない。

 知っている。きっと、その『夢』とやらは、碌でもないものであろうと。


「オレの『夢』が実現した後に、結果として残るのは平和だ。そこには、どんな人間の不平不満もなく、絶対に戦争なんて起きない。素晴らしい世界だと思わないか?」

 

 言葉だけなら、それは素晴らしい世界だろう。ほぼ全ての人間が望んで止まない夢だ。

 それでも、目の前の人間は違う。

 そう思わせる空気がどんよりと漂っている。


「幾多もの人間が望んでは挑み、敗れ続けてきた平和の実現が、貴様のような人間に出来るとは思わんがな」


 ドラの言葉に『勇者』は、何とも『勇者』らしく力強い希望の言葉を返した。


「簡単だ。絶対出来る。オレの『夢』が実現すれば、とっても簡単だ。オレの世界で言っていた環境破壊とか、地球温暖化も全部解決出来る」


 言葉に嘘はない。『勇者』の顔はどこまでも爽やかに眩しいほどの輝いて見える。

 この男は信じきっている。自分の『夢』が平和を築けると。

 ドラは、そんな『勇者』を訝しみながら核心を問う。


「では問おう。貴様がそこまで平和を実現出来ると信じきる『夢』とはなんだ? 何をすれば、貴様の言うような平和が訪れると思っている?」


 そして『勇者』は爽やかな笑顔のまま、自分の夢を語る。

 それは、本当に発想だけなら簡単なことではあるが――ほぼ全ての人間が思いつかないことで――思いついたとしても決して口にしないことで――ましてや、実行するなんて馬鹿げているとしかいいようがないことで――確かに『勇者』の言う平和は実現されるであろうことだった。


「簡単だ。人間を全部殺せばいい。オレの『夢』はこの世界の人間を全て殺して、最後に自分を殺すことだ」






ドラの戦闘パート飛ばしたいな

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