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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
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第九十一話

暫くナナシの独壇場かな

 戦場は荒れていなかった。全くといっていい程に。

 兵士たちの叫び声が聞こえるはずだった平原には、僅かな金属音が響くだけ。それ以上には何も聞こえはしない。

 その音を生み出している二人は、魔法の蔓延したこの世界にはそぐわない、何とも地味で質素な剣戟を繰り広げていた。

 だからといって、地味=弱いとか、そういった等式は成り立たない。人一人殺すのに派手な爆弾を仕掛けるよりも、拳銃で一発脳天を撃ち抜いた方が確実なのと同じだ。

 本来戦いとは地味なものである。派手な物よりも確実に殺せる物を使用し、両者の間に会話などが介在する余地はない。戦闘中の相手との会話なんていうのは、絵本や演劇の中だけでやっていればいい。

 互いにその事は十二分に分かっている。

 だからこそ、現在彼らの間にはぶつかる金属の音と地面を蹴る音くらいしか存在しないのだ。

 二人だけの空間――この場は他者が入り込むことを許さない。見ていた人間も、ぼんやりとそんなことは分かった。この二人に比べれば自分たちなど蟻以下の存在だろう。生物としての根源的なレベルが違う。

 彼らの戦いは弱者に己の無力さを自覚させる。

 ただ、それでも空気の読めない人間というのはどこの世界にも一定数いるもので。

 『勇者』の背後から一人の兵士が二人へと走り出した。

 兵士としては、きっとそれは勇気であったのだろう。

 だが、実力の伴わない勇気は勇気とは言わない。蛮勇だ。

 二人の戦闘を見て唖然としていた他の兵士たちは制止することもせず、一人の兵士は二人の間に入っていった。

 二人もそれに気づくが、クロノからすればそんな兵士などどうでもいいことだった。

 一定の範囲に入ってくれば勝手に巻き添えで死ぬだろう。

 両者とも同じ考えだった。

 

 そして、兵士は二人の想定した一定の範囲へと、足を踏み入れ――――られなかった。

 死んだ――わけではない。

 彼を襲ったのは純粋で強大な凶刃ではなく、堅い壁にぶつかったことによる衝撃。

 光の壁。それが兵士を襲った衝撃の正体。二人を覆うように四角い光の壁が張り巡らされていた。

 何時からあったのか。誰のものなのか。

 兵士が解答を出す前に、その主から声が聞こえた。


「コイツはオレがやるから、お前ら先に行ってろ!」


 こちらを向くことなく叫んだその声は、どこまでも遠くに伝播していく。

 言葉の意味を理解すると、瞬く間に行軍を開始する部隊。

 末端の末端まで波及したその言葉は結果として、荒れていなかった戦場を大きく荒らすこととなる。

 遠目で二人を確認しながら、回り込むようにして進んでいく部隊。


 やろうと思えば、クロノはこんな光の壁など壊せた。

 だが、あえてここは見送る。クロノの仕事は目の前の男を殺すことだからだ。余計なことに気をとられて死んでしまいましたではお話にならない。

 魔法を使わせる暇を与えたのは反省材料だが、自分に向けて使われていないなら関係はない。

 

――ここで確実に殺す。

 


同時刻 孤児院


 屋根の上に少女とドラゴンはいた。こういえば実に不可思議であるが、傍目から見て屋根の上にいるのは少女と少年だ。

 ぼんやりと見える空に浮かんだ星を眺めて、両者同じく、言っても意味のない言葉を吐いた。


「暇だ……」


 孤児院の中では、ユリウスと兵士たちが避難してきた民衆の誘導に尽力している。この時間帯になると流石に避難してくる人数はごく僅かだが、それでもいることはいる。

 避難が始まる前までは、何でもありの鬼ごっこなどを二人でやっていたが、避難が始まる直前「邪魔だからどっか行ってろ」と言われ、しょうがなく屋根に移ったのだ。

 ドラの方は暇を貰ってもやることがない。街には人がおらず、唯一の趣味とも言えるカジノなどやっているわけもなく、暇を持て余していた。

 リルはというと、ここまで来たのだからクロノに会わずにどこかに行くという選択肢は端からない。しかし、ここでやることも特にない。

 リルの趣味の中には、『クロノとの天体観測』もあるが、実のところそこまで星に興味はなかった。彼女にとって重要なのは『クロノと』という部分だけであって、その言葉さえあれば、たとえトイレ掃除だろうと幸福感に包まれるだろう。

 依然、空を眺める二人。

 間違いなく彼らは暇だった。

 


 行軍を開始した部隊の先頭は、王都から一番離れた川の前にいた。

 川の幅は20m程度か。深さは成人男性が入っても、膝より上が出るくらいだ。

 両端には石と砂で出来た河原。比較的上流に位置するはずだが、粒の大きい砂がやたら多い印象を受ける。河原の手前の平原まで砂が侵食し、足に纏わりつく。硬い地面よりも足へかける負担はそこまで多くはなさそうだ。

 川の上には、この深さならばそこまで必要さを感じない橋が掛けられていた。

 少し離れた場所で戦っている『勇者』の光によって、視界は色を確認とはいかないまでも、最低限物体を確認できるくらいには広い。

 だからこそ、彼らは気づくことが出来た。目の前、背の高い枯れたような草に隠れた敵の群れに。草の中に揺らめく人影。

 身構える兵士たちの中から声が飛ぶ。


「出て来い。来ないならこのまま潰すだけだぞ」


 しかし、その言葉に返答はなかった。未だ隠れられていると思っているのか。だとすればおめでたい脳みそだ。


「命を捨てる気か? あまり感心したものではないぞ?」


 諭すような語り口。

 依然、誰の言葉も帰っては来ない。

 敵の狙いは、見えない草陰からこちらを殺すこと。相手は全員息を殺して待っているはず。草の音を頼りに、こちらを狙う腹積もりだろう。

 現在人影が見えてはいるが、全体像は把握できない。草に紛れているからである。もしかしたらこれは人の影をしたダミーかもしれないが、だからといって不用意に近づいて本物でしたでは笑えない。

 兵士たちの間の共通認識はそうだった。

 業を煮やしかけていた兵士たちに、ある案が出された。


「燃やせばいい」


 草ごと燃やしたとすれば、たとえ人影が本物で生き残ったとしても、隠れる場所はなくなり、後は兵力で圧倒できることだろう。

 そう提案した兵士の案に、先頭の集団は徐々に乗り始める。


「火炎部隊用意」


 炎属性の魔導士たちが先頭に集められ、隊列を組んだ。心中でイメージを固めて、その時を待つ。

 

「一斉放射」


 小隊の隊長の合図と共に放射された赤と橙の混じった炎は、轟々と音を立て、大気中の酸素を燃やしながら渦を巻くようにして枯れ草のような草の上を、地面の上すらも這うように広がっていく。発した本人たちの想像をはるかに超えて。終いには河原まで燃えていく。

 炎の絨毯は暗い平原を明るく照らし、全ての方向に広がった。

 

「…? 待て!?」


 一人が異変に気づいた時にはもう遅かった。既に炎は彼らのコントロールを外れている。

 一度広がった炎は衰えることを知らないかのように、思うがままに全てを燃やし尽くす。それこそ、発した彼らすらも。

 聞こえる、風船から空気が抜けたような音。その度に火柱が上がる。

 続いて聞こえる多くの爆発音。

 地面が燃えていた。もっと言うならば、足元にちりばめられた砂が燃えていた。

 砂が燃える度に炎は勢いを増していく。

 漂う、腐った卵のような異臭。

 これは砂じゃない。

 最早取り返しがつかないくらいにその気づきは遅すぎた。

 炎上。

 草だけを燃やすはずだった炎の渦は、下に散りばめられた砂のような何かによって勢いを増し、うねるように、草陰に隠れた案山子ごと先頭集団を悉く飲み込んでいった。

 


数時間前


「なんだよそれ?」


 ギルフォードはナナシが手に持った黒い砂のようなものに対して訊いた。

 指でそれを弄りながらナナシは答える。


「これがこっちの今回の先鋒。火薬っていうんだけどね」


「火薬?」


「最近……といっても一年ちょっと前か。それくらい前にこの大陸に入ってきたものでさ。まあ、口で説明するよりも見たほうが早いか」


 ナナシは手に握った火薬を放り投げると、近くにいた騎士団の一人に火をつけるように命じた。

 乱雑に散らばった火薬に火が点火される。

 すると、火は勢いを増し、若干の火柱を上げて燃え上がった。


「火をつけるとこんな感じになる。これを朝方、一番遠いミナリス川を中心にひっそりばら撒いておいた。魔導隊の仕事はそれだ。砂っぽいでしょ? 特に暗闇なら」


 やりたいことは分かる。これをばら撒いて火をつければ確かに凄まじい威力になるだろう。

 そこまで考えてギルフォードは疑問を口にする。


「そんな仕事を魔導隊に任せたのか? そういう力仕事なら騎士団おれらの方が向いてそうだが……」


「実際、魔導隊なんて大して戦力になりゃしないのさ。相手との質が違いすぎる。そもそも、魔導隊に入る条件はうちの方が緩い。そうでもしなきゃ人が集まんないからね。こっちの試験で受かってる奴なんて、大半はあっちの試験じゃ落ちるやつばっかさ。母数から違うんだ。100人の中のTop10と、1000人の中かのTop10じゃ、レベルが違うに決まってるだろ?」


 大国との埋めようのない差。

 ナナシは誰よりもそれを実感している。


「それに、どちらにせよ騎士団きみたちじゃ無理な仕事なんだよ。さて、ここでクエスチョンだ。昨日の天気は? 答えられないならもうボケが始まってるね。間違いない。普段から頭を使わないからだよ脳筋。これに懲りたら少しは勉強しなさい!」


「なんで俺が答えられない前提なんだよ!? 雨だよ雨! しかも嵐だ!」


「っち、分かったかクソが……」


「残念そうな舌打ちやめろ!」


 息を切らすほどの激しいツッコミを入れた彼に対し、ナナシは極めて冷静に心を落ち着けてから言った。


「まあ、三十路迎えたオッサンの脳内年齢の話なんかどうでもいいんだけど」


「なら振る……ゴホッ……!」


「声荒げるからだよ。で、何の話だっけ? ………あーそうそう、火薬っていうのはさ、湿ってると使えないんだよ。雨の次の日の地面なんて濡れ濡れ、そんなところに撒いたら湿っちゃうでしょ? そこでだ、私は考えた、じゃあ乾かそう。湿ったものは乾かせばいいんだ。てわけで、魔導隊で火使える奴選りすぐって送った」


 火をつけるではなく、湿った地面を暖めるために魔導隊を送ったらしい。少々もったいない使い方かもしれないが、策が嵌れば威力としては十分だ。

 そのままそこに魔導隊を置いておけば、始まった時の火薬の火付け役にもなる。

  

「なら、配置はミナリス川に火付け役として、魔導隊か?」


 ナナシは首を振って否定する。


「いんや、ミナリス川には誰も配置しない。無人だよ無人。火付け役も周囲が火薬に囲まれてて危ないしね。下手したら自分も飲まれる」


「じゃあどうすんだよ。火薬が無駄になんぞ?」


「火をつけてもらうのさ。相手に。西側は緑化活動が一部にしか広まっていない。けど、その一部には背の高い葦が生えてるだろ? そこに人型の案山子をいくつか配置した。暗闇の中なら人影に見えるさ。それに、自分の火が暴れだした方が、相手は少なからずパニックに陥る。それこそ、防御するという思考を奪うくらいには」


「相手が火を使うとは限らなくないか?」


「鬱陶しい草は燃やすのがてっとりばやい。上手くいかなかったらそれまでだけど、こっちの損害は火薬だけで済む。十分だと思わない?」


 失敗しても兵士の損害はない。駄目で元々の作戦。

 自分の作戦の一部を高らかに告げたナナシは、最後にいたずらっぽく笑いながらこう付け加えた。


「ハイノ平原らしく、大胆に盛大に、そして非情に、この国の敵には灰になってもらおう」


 その言葉の下で、髪に隠れたナナシのないはずの眼がウィンクした幻視が見えた気がした。


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