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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
102/150

第九十話

短め

こっから戦闘しかありません

 ハイノ平原。

 王都東方にある、東西に広がった平原だ。

 平原の中央を北の山から流れる三つの川が遮り、下流ではそれらが合流し、また別の国の領土に三角州を形成している。この川がときたま、些細な領土問題の種にもなるが、ここまで目立った問題は起きていない。

 北の山からはこの平原が一望出来る。そこからみて見ると、多くの人間が平原の奇妙な色合いに気づく。

 西側――王都側は瑞々しい草たちが、とても元気良く目一杯広がっており、その美しい緑はそこだけを切り取って額縁に収めたいほどである。

 というのに、東側はというと、色が剥げたような、何ともつまらない渇いた枯れ草のような草ばかり。草がないところは完全に地面が露出しており、焼けたような硬い地面に覆われている。緑の草がないわけではないが、西側と比べるのは、比べる方が心を痛めてしまいそうだ。

 ここまで東西で差が出ると、それはそれで一種の芸術とも言えるかもしれない。

 元からこんなに差があったわけではない。

 ハイノ平原というのは、灰の平原というそのままの意味である。

 言葉通り、ここは一度灰になった。

 建国前、この平原には盗賊が大規模な村を作っていた。二百年ほど前のある出来事により、前統治国家がなくなったこの場所は、そういった人間が集まるには丁度良かったのだろう。

 だが、とある人間が現れ、この平原を盗賊ごと根こそぎ燃やし尽くしたのだ。

 数年前から始めた緑化活動により、西側は改善され始めてはいるが、東側まではまだ手が回っていないのが現状である。

 



 誰に遠慮するでもなく、憚るでもなく、丸い月は堂々と自分の指定席に居座っていた。天から全てを見下ろし、堂々たる光で下界を照らし出す。

 

 何とも尊大な月明かりに照らされたハイノ平原では、草が擦れる音が微かにあちらこちらから聞こえていた。

 風が吹いているわけではない。こんなところに風車を置いても、自分の息をかけるくらいしか回す手段がないくらいには無風だ。

 だとすれば、この音は風ではなく、生物の動きによるものだろう。

 

 その音を発生させている原因の一人であろう人間は、出立前言われた言葉を思い返していた。


――『勇者』は任せると言われても……これじゃ、誰が誰だか分かんないぞ……


 王都を出立してから数時間。

 視界は暗い。近くにある草でさえ、白い幕の向こうにあるシルエット状態だ。

 月明かりだけで遠くまで見えるかと訊かれれば、クロノは迷いなくNOと答える。いくら眼がよくても、視力と夜目は別物である。

 兵力で劣るギールの部隊からすれば、夜の方が戦力差を誤魔化せるので都合がいいのかもしれないが、クロノからすれば明るい方がやりやすい。

 敵もわざわざこんな暗闇で自分の位置を報せるような真似はしないだろう。

 

 現在クロノは単独で別行動をとっている。クロノの仕事はあくまで『勇者』の撃破であって、防衛である他の部隊とは丸っきり違うのだ。途中までは同じペースで進んでいたが、適当な場所で別れた。

 よって、今すべき仕事は真っ先に勇者を見つけること。

 どの程度相手が進んでいるのかは分からないが、もう既に敵は王都へ向かって進軍を始めたらしい。

 

 纏わりつくように身体に擦れる草を置き去りにして平原を駆ける。光源は月明かりだけだ。

 一つ目の川を跳び越え、二つ目の川に差し掛かる。

 三つ目の川も飛び越え少し歩を進めると、一旦足を止めた。流石にそろそろ敵の先頭部隊とぶつかるはずだ。

 じっと暗闇の中を見つめる。


 やがて、音が聞こえてきた。先ほどまでの自分と同じような、がさがさと草が擦れる音。

 暗闇の向こう――その先にいる人物が輪郭をはっきりと現した。

 それは、余りにもはっきりとした輪郭。それは、はっきりとしすぎた輪郭。

 気づくと周囲から暗闇は既に消え去っていた。

 これは、確固たる自信故か。それとも、単純に馬鹿なのか。

 何はともあれ、クロノは確信する。目の前の人間が自分の相手だろうと。

 この世界の全ての闇を振り払うような、月よりも神聖めいた光を伴った男が、まるで散歩するかのように威風堂々とそこにいた。

 


 

 時は少し遡る。

 暗闇の中の行軍を始める前――その直前。

 『勇者』は、敵の動きを考えていた。

 これから行くのは王都だ。敵の本陣。何も備えていないわけはない。様々な作戦が考えられる。

 見通しの悪い暗闇。伏兵や奇襲をかけるには絶好の条件だ。対策も様々考えられる。

 だが、あえてそこは何も対策を立てない。

 必要がないからだ。どうせ、先頭に立つのは自分なのだから。正面から相手の全てをぶち壊してねじ伏せる。それだけだ。

 しかし、こう暗いと相手がどこにいるか分からない。

 そこで彼は考える。

 であれば、自分から場所を報せればいい。夜、光に群がる蛾を捕まえるように。

 

 そんなサディスティックな欲望を隠しながら『勇者』は堂々と、一歩一歩、敵の本陣に向けて歩き出した。

 背中に光る翼を携えて。


 結果として、その光で彼は己の存在を、この戦場に存在する全てに誇示することとなった。




――敵だ。


 クロノにそれ以上の考えは必要なかった。

 敵ならば殺す。実にシンプルな解答。

 固い地面を蹴る。先手必勝だ。張り詰めた緊張感なんてものが出来る前に叩く。

 目の前にいる男が勝手に光源を発生させてくれているので、視界には困らない。敵の背後にはどこまでも並んだ部下であろう人間たちが見えるが、まったく関係はない。頭を潰せばそれで終わりだ。

 闇と光が入り混じった地面を駆け抜ける。

 『勇者』らしき男の目の前にたどり着くと同時に、エクスなんたらを頭の上から振り下ろした。

 剣速で明らかに人工的な風が中途半端に明るい平原に吹く。その風は男の後ろにいる部隊の最後尾にいる人間まで届いた。

 クロノの手にエクスなんたらを通して感触がやってくる。そしてやや遅れて聞こえる甲高い金属音。

 見たところ、男が右手に持った剣で払うようにして、エクスなんたらを弾いたらしい。

 

「あ?」


 ギロリと、男の黒々とした眼がクロノを捉えた。その眼は今まで会った誰とも違う、内に秘めた僅かな狂気を必死に隠そうとしているように感じた。

 金属音が聞こえたことで、ようやく男の背後の人間たちはクロノに気づいたらしく、擦れる草による耳障りな合唱を響かせる。

 クロノはそれらを無視して、第二撃目を加えにかかる。魔法を使わせる暇を与えたら負けだ。それくらいの事は経験上知っている。

 純粋な肉弾戦に持ち込まなければならない。だからこそ、手を休めはしない。

 踏み込んだ二撃目。

 顔を真っ二つにしようと、顔の中心を横一文字に斬った。

 相手は瞬時に後ろへと跳んだ。

 感触は僅か。そして微か。相手の鼻先を掠っただけ。

 暗闇にフェードアウトしていく血を最後まで見送る暇もない。

 この時、男の背後の人間はようやく動き出したようだった。


 

戦闘中に会話って無理じゃね?

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