第八十九話
ふざけた騎士団の話
事変とか名前適当
騎士団詰所 入り口前
ナナシが粗方の説明とも言えぬ説明を終えると、ほぼ全員がすぐさま出立の準備をし始めた。準備と言っても大抵の武器は普段から手入れしているので、さしてそれに時間はかからない。食糧は最低限。もともと篭城戦ではないのだ。
それでも時間がかかるのは、死んだ時に家族などに宛てた最期の手紙を書いていたりする為だ。最初から敗北を考えているわけではないが、命が無事という保障もない。それに、勝てたとしても、少なからず死人は出る。それが誰であるかは分からない。
これはある意味でこの騎士団の伝統とも言える。昔は特に死人が出易かった。その頃の名残である。
ナナシは耳の奥に聞こえる雑音でその様子を窺いながら、まったくそれをやる様子がない隣に突っ立っている男に声を掛けた。
「アンタはやんないの?」
「書かねえよ。今までいくら無駄に書いたと思ってんだ。今更新しく書く必要もねえだろ。今まで書いた分だけで一冊の本になるわ」
騎士団の中で、最も多くの修羅場をくぐり抜けて来たであろう男は、うんざりといった調子でそう言った。
――ちょっと読んでみたいかも……。
内心そう思ったが、今はそんなことをしている場合ではないし、言ったところで見せてはくれないだろう。書いた手紙自体、赤の他人に見せるものではない。自分も騎士時代に書いた手紙を見せろと言われたら――
――いや、見せられるね。
よくよく考えれば真面目に書いた覚えがない。なぜなら、死ぬ気などしなかったからだ。自惚れでもなんでもなく、客観的に見て自分は強かった。だから、死ぬ前提で手紙など書いたことはない。
実際には、家族自体いなかったというのもあるかもしれないが、ナナシはその事を理由から排除した。いたとしても多分書かなかったであろうし、結果は変わらないからだ。
一旦そこまで考えてから再び耳を澄ますが、未だ騎士団の準備が終わる気配はない。
次はどんな話題を振っておちょくってやろうかと考えていると、逆に向こうが口を開いた。
「……お前こそやる事ねえのかよ?」
「それがぜーんぜんでさ。始まったら私がやる事ほぼないし。今回の防衛戦だって、時間稼ぎってだけなら何もしなくても数時間は稼げるからね。私はここにいるだけさ」
「意外だな……お前って何もしないって事が出来ないタイプだろ。今回もその身体で、前線に出るとか言いそうだと思ってたが」
そんな風に自分は思われていたのか。
あながち間違いではないなと思いながら、しかしナナシはそれに反論する。非常に残念そうに。
「流石にこんな身体で出て行くほど私は馬鹿じゃあないさ。戦場で荷物になるだけ。それに、軍にとって不利益なことをするなって陛下に釘さされたし。あーあ、アンタで遊ぶのは戦争終わってからになりそうだ」
「たりめーだろ」
「それにしても酷いと思わない? 任命書の注意書きにも書かれたからね? 『但し、国にとって重大な損失を与える過失を犯した場合にはこれを剥奪する』ってさ。どんだけ信用ないんだって話だよ」
ナナシは納得していないという風に口を尖らせる。
実際それくらいの事は分かっているつもりだ。自分はどれだけ常識がないと思われていたのだろうか。
しかし、どうせ彼の事だろうから「お前……自分に常識あるなんて思ってたのか!?」なんて答えが返ってきそうだ。
ある程度予測しながら、ナナシはその先を待った。
だが、返ってきたのは言葉ですらなかった。
「…………」
沈黙。
それは時間にすれば、ほんの一瞬――その程度のものだった。しかし、それでも確実に沈黙であった。
ナナシからギルフォードの顔は見えない。どんな表情なのか分からない。故にナナシには、今、彼がなぜ沈黙したのかが分からなかった。
一拍置いて、ギルフォードが沈黙を破った。
「お前……自分に常識あるなんて思ってたのか!?」
予想通りの回答。これだけならナナシは違和感を感じなかっただろう。しかし、一拍置いた事によってナナシの疑念は拭えないものとなっていた。
ギルフォードは言った後、どこかへと歩き出す。足音で自分から離れていくのが分かった。
「どこ行くのさ?」
「久々に手紙でも書きに行こうかと思ってな」
ナナシの問いにギルフォードはそう答えると、そのままどこかへと消えてしまった。
⇔
各々準備を終え、騎士団の面々は続々と集まってきていた。
団長とナナシの一部始終を見ていた彼らは、小声で目の前で起きた事について話し合う。
(……珍しいなオイ……)
(団長が手紙…!?)
(つーか、あの人家族いないじゃん)
(何書くことあんだよ)
(ていうか、ナナシっていう人、団長とどういう関係なんスか?)
(俺も気になります)
(あ、新入り共は知らねえのか)
(この前来た時に訊けよ)
(この前はいきなり現れて訊ける雰囲気じゃなかったし…)
(なんていうか……団長の痴話喧嘩相手…?)
(だな)
(ですねー)
(なんスかそれ…)
(痴話喧嘩ってことはあの人女なんですか? それとも男?)
(あの無乳が女に見えんのか?)
(いやいや、そういう女性もいますよ)
(うっわ、この女誑し、女だったら手出す気だよ)
(誰もそんな事言ってないじゃないですか……)
(そういえば、魔導隊のやつもコイツに女寝取られたとか…)
(最低だな)
(引くわー)
(同期だけど気を付けよう…)
(………まあ……そんな事はどうでもいいじゃないですか……)
(以前な、魔導隊の奴がナナシに向かって『美しいお嬢さんですね』って言って次の日、アレが潰れて発見された事があってな……)
(あー、あったな…)
(懐かしい)
(…………)
(それ以来ナナシの前で、そういう話題はタブーだ)
(実は団長が独身なのは、そっちの気があって、その対象がナナシだからとか……)
新入りが深く頷き、眉唾な噂に苦笑した。と、同時に光剣が馬鹿な話し合いをしていた彼らを襲った。
「聞こえてんだよ馬鹿共がああああぁぁ!!」
数分後。
「なんでお前らそんな服ボロボロなんだ?」
「…ちょっと……はりきって模擬戦やりすぎちゃって……」
「張り切るのはいいが、程ほどにしとけよ」
これでも彼らは騎士団だった。
⇔
ギール東方陣内
「ユーリの隊は出れないのか」
「損害があまりにも酷く、今暫く出れないと。その分の戦力減少を考えると、今回は少し厳しい戦いになるかもしれません」
「なら、今回は俺が先頭に立って全部叩き潰すことにしよう。それが確実だ」
「しかし……」
「大丈夫だ。俺は死なない。信じろ」
「………」
「行くぞ。ギール王都攻略戦の始まりだ」
⇔
「どう転ぶっかなー。今回の対抗馬はクロノ君か。どっちが勝つんだろうねえ」
⇔
かくして、戦争前の僅かな小休止は終わりを告げる。
これより始まるのは、後世に名を残す騒乱。ギール王都事変は、こうして幕を開けた。
次回から戦争スタト




