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追放された少年  作者: 誰か
戦争編 第二部
100/150

『正しい差配』

騎士団の話

いらないっちゃいらない話

 通常騎士団と言えば、他国では、格式高く地位も高い高貴なイメージがあるが、この国は最初違った。設立当初の騎士団は、騎士団とは名ばかりの捨て駒だった。

 ギールという国は比較的新興国で、建国は百五十年ほど前。騎士団が出来たのはほんの三十年前。百二十年かかって、ようやく格式にまで気を使う余裕が出来たので組織されただけ。国にとっては騎士団を持つのが一種のステータスなのだ。

 当初は名ばかりであるゆえに、騎士団はとりあえず人数を集めようと、選考基準が緩かったらしい。職にあぶれた浪人ばかりのごろつき集団と化した。

 そんな騎士団に重要な仕事など回ってくることはなく、徐々に捨て駒としての扱いが増していった。

 捨て駒としての扱いが増していくということは当然、死に易い。徐々に人気はなくなっていった。

 

 それが俺――ギルフォード・アックスフォードの団長就任時期まで続いていた。俺が22という若さで団長に就任したのも、前任がいきなり死んだからだ。貧乏くじを引かされたともいえた。

 就任した頃は人が大幅に減り、30代まで生きていれば奇跡と呼べるくらいの脅威の死亡率。

 なぜ、俺がそんな所に入ったのかというと、別に好きで入ったわけでもなく、若気の至りだ。


 最初の俺の希望は魔導隊だった。

 魔導隊はこの国で最も戦力になる、誉れ高い隊である。基本的にどの国にもあり、その魔導隊の実力で戦争の勝敗が大方決まるとされている重要な隊でもあった。そして給料も良い。

 最初、俺はそこの試験を受けに行った。

 魔導隊は一定レベルの魔法を使えるのが条件である。属性によって様々だが、たとえば風属性なら30秒間飛べれば合格といった感じだ。飛ぶこと自体高等技術である。一般の人間は飛ぶほどの強い風を発生させるほどの魔力など持っていない。

 結果は、まあ、落ちた。魔法が使えないわけではなかったが、魔力量が決定的に足りなかった。

 それはどうしようもない才能の壁。努力の介在する余地のない世界。


 失意の中、試験会場を去ろうとした俺に、話しかけてくる人間がいた。

 それは試験官を手伝っていた一般の兵士らしき人物だった。

「国の為に騎士団になってみないか?」

 これだ。この言葉が始まり。

 おそらく、人員が足りなくなった騎士団の補充の為だったんだろう。

 当時の俺は安っぽい愛国心を持っていたし、他に行く宛てもなかった。

 馬鹿だったと思う。若気の至りだ。この国を守るなんて言う、少年時代抱いた幻想に魅せられてしまった。

 こんな甘言に惑わされ、俺は騎士団に入った。

 

 二年で同期の半分が死んだ。ゴミみたいな死に様だった。

 四分の一は消えた。ぼろ雑巾のように使われる現状に耐えかねた失踪だった。

 俺を含めた同期数人は生き残った。

 更に一年が経つと――同期はいなくなっていた。

 死んで逝ったヤツと俺に、そんな大した実力の差はなかったと思う。単純に運がよかっただけだ。死ぬのはきっと誰でも良かったのだ。

 同期が全員いなくなってから、俺は怯えた。次に死ぬのは確実に自分だと。もう、同期という身代わりはいない。

 ここで俺は自分の浅ましさに気づいた。俺は同期を身代わりとして見ていたのだと。

 死にたくなかった。でも、逃げ出したところで行く宛てはない。必死に強くなろうとした。

 魔法が完全に使えないわけではないのだ。何かある筈だと、無い脳みそを使って考えた。

 

 そして一年後――団長が死に、俺にその役目が回って来た。

 地位などなく、先陣を切れと他の隊に言われる団長。所詮、他から見ればその程度の存在なのだった。

 だが、チャンスはあった。むしろ、この地位にしかチャンスはなかった。

 名ばかりの団長とは言え、一応、ある程度の会議には呼ばれる。通常、そこでの発言は暗黙の了解として許されないが、そのタブーを破る。それも、陛下がいる、出席できる中で最も大きい会議で。

 騎士団団長の会議での役割は嫌味を言われること。それが他の隊の上にいる人間のストレス発散らしい。

 それを利用した。

「騎士団如きでは、私の隊の一番下の者にすら勝てないでしょうなあ」

 ある会議で陛下以外の人間は笑った。

 挑発に乗るだけなら、他の人間のでもよかったかもしれない。だが、俺はあえて、かつて落ちた魔導隊の総轄者の言葉に噛み付いた。ここら辺は本当に子供だった。きっとこれはつまらない意地だったのだろう。


「では、やってみましょうか?」


 場の空気が変わるのを感じた。視線が俺に一極集中し、突き刺さる。

 まさか、こんな小型犬に噛み付かれるとは思っていなかったのだろう。ザマアみろ。

 会議がぎゃあぎゃあと喚くうるさい大型犬の声で支配された。

 その中で陛下は言った。


「やってみればいいではないか」


 会議が静まった。内心、ありがとうございますと叫んだ。こういう性格だからこそ、陛下のいる会議を選んだかいがある。


 そこからはトントン拍子で事が運んだ。

 城内の修練場での一騎打ち。当然魔法は有りだ。

 相手は下っぱ――ではなく、小隊長クラス。聞くところによると最初は総轄者自身が出ようとしたらしいが、最初に下の者と最初に発言した為それを陛下に止められ、しょうがなく小隊長の階級を一時的に剥奪するという、何とも強引な手段を使ったらしい。

 そして、一騎打ちが始まった。

 始まると同時に俺は、始まる前から溜めていたありったけの魔力を唯一出来ることに使った。俺の魔力はどうやっても、相手を攻撃出来るほど強いものではなかった。勝つ手段は一つしかない。

 俺が放ったのは、何でもない、単純な閃光。ただの光だった。正確にはそれくらいしか出来ない。

 目眩まし。

 それに怯んだ相手。光の中、目を閉じながら相手の方向へ進んだ。

 この日に備えて俺がやったことは、眼を閉じながら真っ直ぐ走るということ。

 光が止むよりも早く剣を抜き、顔であろう場所に向けて思いっきり振ってやった。見えるようになってからでは遅い。当たった感触はあった。

 ようやく視界が戻ると騎士団の方から微かな歓声が沸いて、勝ったことを実感した。

「騙まし討ちだ」

「子供騙しだ」

「やり直せ」

 なんて、敗者の戯言があちこちから聞こえたが、このルールを決めたのはそっちだろう。刃ではなく、剣の表面を使ってやったのだから感謝して欲しいくらいだ。

 そんな言葉も陛下が一喝すると、途端に静まり返った。本当に頭が下がる思いだ。

 後に陛下に訊くと、最近魔導隊が調子に乗っていたので良い薬だと笑っていた。


 この一件以降、騎士団の地位は向上していった。特に陛下には重用されるようになり、嫉妬の眼差しすら向けられるようになった。

 待遇も良くなり、お蔭で新入団員にもそこまで困らない。捨て駒として使われることもなくなった。



 そんな事があった後、ソイツは現れた。


「とっととアンタをそこから引きずり降ろして、扱き使ってやるんでよろしくお願いします!」


 六年前――団員を集めた修練場内。新入団員に自己紹介しろと言ったところ、やけに張り切って手を上げたソイツは、そんなふざけた事を言う、女の様な顔をした馬鹿だった。言葉の向く先は言うまでもなく団長である俺。

 張り切るのは悪いことじゃない。最近の若いのは覇気がないと嘆いていたところだ。少々言葉過ぎるが、これくらい言う度胸は面白いと思った。自己主張出来るというのは重要な資質だ。それが出来る分、他のオドオドした新入団員よりは幾分か上等だろう。

 野心があり、物怖じしない度胸もあるが、それに似合わない優男。

 これが俺の、ナナシという人間に対する最初の印象。

 

 当時の俺は、団長に就任して三年目。そこそこ真面目――どころか大分しっかりやっていたはずだ。

 引きずり降ろすということは、俺の退任や殉職を待つのではなく、そのまま降格させる気らしい。

 

 ナナシは騎士団の中でも反発にあった。どうやら、団員は俺が行なった業績を必要以上に尊敬しているらしく、そんな俺に引きずり降ろすなんて言ったことが許せなかったらしい。

 正直、俺自身もナナシの言葉に不快感は少し抱いていたので、特に団員によるいじめを咎める気はなかった。俺は聖人ではないのだ。

 だが、ある日気づくと、ナナシは完全に団員を掌握していた。何があったのか、さっぱり分からなかった。今でも正直分からない。

 

 ナナシは色々と飛び抜けていた。頭も良く、回転も速い。魔法だって、魔導隊に入れるほどだった。今でも魔導隊の方が待遇が良いのは変わらない。

 なぜここにコイツが来たのか不思議なくらいであった。

 この頃になると、騎士団は魔法を補助にして、メインは剣で戦うという戦闘方法を確立していた。元々、魔導隊に入れなかったやつが来る場所だ。魔法は補助にしか使えない。

 魔法を放つには、イメージと抽出が必要で、特に抽出には時間かかる奴が多い。一撃目を意地でも交わして、抽出してる間に速攻で潰す。それが基本的な騎士団の戦法。

 しかし、それがコイツに必要なのか、甚だ疑問だった。

 

 優秀なのは間違いない。ただ、上への態度にはいくつか問題があった。

 俺には


「アンタより絶対上手くやれるから、早く降りてくれません?」


と言ったり、他の部隊の奴には

「無能ですね」

「早く退いた方が良いですよ」

「下の―――さんにでも譲ったらどうですか?」

と、まあ言いたい放題である。その度、俺が謝る羽目になった。

 こうやって騎士団を貶めて、俺を降ろす気なのかと訊いたら、真っ向から否定された。


「そんな事で降ろす気はないですって。少なくともアンタは軍の関係者ではそこそこ有能な部類ですよ。ただ、私がアンタより有能過ぎるだけで。アンタじゃ、騎士団はこれ以上、上には行けない」


 嫌味な言い方だが、これでもナナシには最大の賛辞らしい。

 

 だが、流石にナナシの言動は目に余った。下の者に、とってつけたような敬語でそこまで言われるのは俺の腹に据えかねた。

 

 そして、二年前あの事件が起きた。


 騎士団の仕事には、国の治安維持もある。

 俺の元にやってきた仕事――村に巣食った盗賊の討伐。

 誰を派遣するか考えるまでもなく、そこには最初から団長である俺の名前が指定されていた。相手はそこそこ強いらしく、騎士団の中で一番強い俺に上が決めたらしい。魔導隊との混合で行くとのことだ。予定は一週間。

 だが、俺はここで汚い考えを思いついた。

 ナナシを行かせよう。

 直接戦ったことはないが、おそらくアイツはまだ俺には及ばない。ここら辺でちょっと強い敵と当てて身の程を知って貰おう。魔導隊と一緒なら死にはしないだろうと。

 色々手を回して、俺の代わりにナナシを派遣した。これであの生意気な口が少し静かになればいい。そう思って。


――一週間後。アイツはまだ帰って来なかった。予定通りには行かなかったのだろう。

 翌日。アイツはまだ帰ってこなかった。まあ、誤差の範囲だ。

 翌日。アイツはまだ帰ってこなかった。まだ、誤差の範囲だ。

 翌日。アイツはまだ帰ってこなかった。少し遅い。

 翌日。アイツはまだ帰ってこなかった。四日過ぎた。流石に遅い。

 翌日。アイツはまだ帰ってこなかった。五日目。魔導隊も帰ってきてはいない。最悪の結末が少し過ぎった。

 翌日。アイツはまだ帰ってこなかった。六日目。遅い。遅すぎる。最悪の結末が現実味を帯びてくる。

 翌日。アイツはまだ帰ってこなかった。翌日。アイツはまだ帰って来なかった。翌日。アイツはまだ翌日。翌日。翌日。翌日。翌日―――


 翌日。アイツは帰ってきた。予定より三十日遅れていた。帰ってきたのはナナシ一人。


 そしてナナシは――女の様だった顔には惨たらしい傷跡を残し、眼が二つ消え、鼻が潰れ、右腕と左足がなくなった状態だった。

 話では、他の人間は全員死亡。ナナシは剣を杖代わりに歩いていたところを商隊に保護されたらしい。

 そして、それを行なったのは盗賊などではなく――ドラゴンだった。突如として現れた黒龍は一瞬で全てを吹き飛ばし、為す術無く人間は死んで逝ったらしい。

 ナナシが言った現場には、巨大な爪痕がまざまざと残されていた。


 俺は今でも後悔している。なぜ、あの時、ナナシを行かせたのだろうか。そのまま自分が行けば、ナナシはこんな事にならなかったはずだ。余計な事を考えなければよかった。

 光属性の治癒は自然治癒力を高めるもので、失った腕は生えてこない。どう足掻いても、ナナシはこの先そのまま人生を歩むしかないのだ。


 帰ってきたナナシに、俺は全て話した。派遣は悪意によるものだったと。お前をそんな身体にしたのは、自分だと。

 覚悟した。罵倒を。いくら罵られてもしょうがない。


 だが、返ってきたのは――賞賛だった。


「間違ってないさ。アンタの判断は。アンタだったら死んでたよ。私だから生き残ったんだ。他の誰でも駄目。私を行かせたのは正解さ。失われる筈だった一つの命を守ったんだ。誇れ。どんな個人感情が混ざっていようとも結果が全てだ。アンタ以外には下せない正しい差配だった」


 そんな事を言われた。それでも、俺は責任をとって辞めようとした。こんな人間に組織の上に立つ資格はない。

 しかし、アイツに止められた。


「ふざけんな。アンタを引きずり降ろすのは私だ。それ以外での退任は許さないよ。命さえありゃ、私はいくらでもやり直せる。そうだな……三年だ。三年で、私はまたここに戻ってくる。それまで絶対に辞めんな。私に悪いことしたと思ってんなら尚更な」


 

 そして現在――アイツは臨時ではあるが、二年で戻ってきた。

 どうやったのか、訊いても答えてはくれないだろう。まあ、それでもいい。アイツが戻ってきたという事実だけで十分だ。

ナナシは色々どうでもいい裏設定あるけど、書く機会はない

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