第二話
銀と紅の刃が何度も打ち合わされ、剣戟の音が響く。
女が剣を具現化させると、俺も迷わず銀の剣を出現させた。
躊躇ったら、打ちのめされる。そんな確信を抱かされるくらい、女の瞳が本気だった。
一度、距離を取った。追撃してくるかもと思って構えは解かずだったが、何もしてこなかった。ただじっくりと俺のことを観察している。
「はぁはぁはぁ」
短時間しか動いてないが、呼吸は荒い。
実戦経験がそんなにないことに加え、相手が格上だって事実がより疲弊させてくれる。
肉体ではなく、精神がやばい。まして、さっきまでの女の眼光は悪夢に出てきそうなほど怖いし。自業自得だけども。
女は手を抜いてるわけじゃないだろう。ただ、余裕がある。それは間違いない。
遊ばれてるな。
悔しいとは思うけども、だからといってこの状況を引っくり返せる打開策も見出せない。
「参ったな」
銃は使えない。
まず当たらないだろうし、相手の斬撃に打ち込んで止めるなんて芸当もできるとは思えない。
それに、万一相手に当たったりしたらまずい。
星覇者になって一日目で殺人者とか冗談じゃない。
もっとも、あっちにそんな心配はいらないんだろうけど。素人が考慮しなけりゃいけないことだな。
多少なりとも、荒れた息が静まってきた。
「そろそろ、いいわね?」
小休止は終わりか。休ませてもらったってわけだ。
もはや認めざるを得ない。どう足掻いたところで、勝てるわけがない。
が、潔く諦める気はない。弱者らしく、足掻き続けてやるさ。
今度は俺の方から攻撃を仕掛けるため、距離を詰める。
その行動に、女は多少驚いたようだ。といっても、それで体が停滞するようなことはなかったが。彼女の方も突進してきた。
二本の剣が激突し、持ち主は互いに衝撃を押し殺す。
その後、二度目の攻防を再開した。
数合打ち合う。
そこまではよかった。
ただ、突如として向こうの攻撃が止む。
不審に思うものの、俺は攻撃の手を休めなかった。
女は、俺の渾身の薙ぎ払いを跳躍で躱す。
「上ッ!?」
そして、全体重を乗せた一撃が降ってきた。
相手は高く跳んでいたので、迎撃のために剣を戻すことができた。
俺は斬り上げで迎撃したが、重力、腕力を混合させた振り下ろしに敵わなかった。見事に弾かれて吹き飛んだ。
「チッ!」
右腕が痺れた。
優雅に着地した女が勝ち誇る。
「ふふん。身の程が分かったかしら?これが実力差よ」
かろうじて左手を地面について止まった俺は、歯噛みする。
「くっ。体重を上乗せされた攻撃がこんなにも重いとは。女は身軽だと思い込んでたことが俺の敗因だな」
我ながら、よくもまぁこんなに口が回るもんだと感心する。
女がまたも睨んでくるし。
射殺さんばかりの睨みに、腰が引けそうになるがかろうじて耐える。
さっきの発言をすぐさま後悔するが、過去は変えられない。
「……生まれてきたことを後悔させてやる」
地獄の番犬も逃げ出すだろう、絶対零度の声音。
心が折れてしまいそうだ。いっそ折れて楽になりたいと思えてきた。
土下座して謝るか?いや、あの眼はもう何をしても許してもらえないな。
口は災いの元。生きて帰れたら、この教訓を次から活かしていこう。生きて帰れたら……
どうにもならなそうだから、もう突っ走ろう。
「悪い。いくら事実だからって、少しはオブラートに包むべきだったな」
「死ね!」
簡潔な一言を吐き捨てるとともに、女が疾風と化す。
あ、やばいって。目が血走ってる。マジで殺る気満々だ。殺気がどういうものか肌で感じ取れるし。
残像を残すほどの加速力を発揮し、一気に俺の眼前まで到達する。
バックステップで振り下ろしを回避する。
一瞬たりとも停滞しない。第二撃が速い。回避が間に合わないので、薙ぎ払いを剣で防ごうとする。が、弾かれる。
俺の方が力は上だが、女は加速力を利用し、弾けるように絶妙な角度で刃を当ててきた。
技量が圧倒的に違う。経験も雲泥の差だ。俺の防御が見極められたのだから。
彼我の強弱を思い知らされた。何とか目で追い切れるのが不幸中の幸いか。
「やべ……」
態勢が崩された。第三撃を防げない。間に合わないッ!
極悪な笑みを浮かべて一言。
「歯ぁ食いしばれ」
剣の腹でぶっ叩くつもりみたいだから、斬られるわけじゃない。滅茶苦茶痛いだろうけど。
腹を決めた。半獣化するしかない。
セシルと話した結果、人前であまり半獣化しない方がいいとなっていたけど、さすがに激痛を甘んじて受け入れる気はない。そんな趣味はないし、何かに目覚めたくもない。
心の中で枷を解き放つ鍵となる言霊を示す。
我が身に宿りし銀皇竜よ。秘められし力を解き放て――
半獣化することで、どうやって斬撃に対処するのか?
実は、何もしない。
ただ、女の顔が驚愕に染まる。そして――
剣が直撃したかと思うと、弾かれる。さっきとは真逆のパターンだ。
「なっ!?」
一転して警戒の表情を張り付けたまま、大きく距離をとる。
俺は何もしていない。半獣化によって自動的に特殊能力が発動しただけだ。
五種族はそれぞれ特殊能力を持っている。半獣化することが発動条件となるが。
竜人族の特殊能力は、防護である。鋼のごとき竜鱗にて万物を防ぐ皇竜ドラゴン。その眷属である竜人族の特殊能力は――
「へぇ。それが竜人族の特殊能力、竜鱗かぁ。初めて見たわ」
女が感心したような声を上げる。
半獣化した俺の頭には一対二本の角ができてるだろうが、今はそれだけじゃない。半透明だが銀色の蒸気が、俺の身体を包んでいる。
これが、竜鱗。我が身を守護する盾であり、鎧でもある。
この竜鱗が先の斬撃を跳ね返したわけだ。
初見なのも当然だな。五芒星の竜人族は俺で二人目だし、一人目で見てなかったらそりゃ初見だろう。もっとも、一人目が半獣化できる前提だけど。
一人目の竜人族が誰なのか、少し調べてみるか。もしかしたら、既知の人物かもしれないし。
なんて、雑念を考えられるほど余裕ができた。戦闘中なのに、さっきまでとはエラい違いだ。
ともあれ、これで形勢は逆転だ。
と、思ったのも束の間。即座に、俺の考えは破綻する。
「あんたも半獣化できるのね」
嫌な予感がした。というより、嫌な予感しかしなかった。これで戦いは終われるかと思ってたのに。
「も?」
フェリシアがチェインメイルを脱いだ。
「なるほど。露出狂の気があると」
対するフェリシアは、もはや激昂しない。俺がこれから起こる現象を危惧していると、確信しているんだろう。
「さあ、どうかしらね?」
女が笑みを深める。嬉しくて仕方がない様子だ。
「私もするわね。まだまだ楽しめそうで嬉しいわ」
何を?聞かなくても分かるが、違う答えを返してほしい。
心からそう祈ったが、通じなかった。
ようやく生まれた余裕は、ごく短い時間で消失してしまった。もう少し優越感を味わわせてくれてもいいだろうに。
結論、女も半獣化した。
鳥人族である女の変化は背中だ。霊鳥フェニックスを信奉する鳥人族に、どんな変化が現れるのかは無知な人間にも容易に想像がつくだろう。
一対二枚の真紅の翼が出現した。一枚一枚の羽先が陽炎のように揺らめいてる。
チュニックが敗れる音がしないことから、後ろは大きな切れ込みが入っていて開かれるのかね?いや、わりとどうでもいいことか。
「はぁ」
俺は露骨にため息をついた。
もう飽きた。疲れた。終わると思ってたのに、まだ続くと分かって落胆が隠せない。
勘弁してくれよ。
女が宣言した。
「それじゃ、第二ラウンドといきましょうか」