第三話
「終わったんですかね?」
「ええ。こうなったら、いくら呼びかけても応答してくれないわ。どういう理屈かはいまだに分かってないけれど」
天空都市へ着いて早々に得難い体験をしたもんだなぁ。
とりあえず、確認したいことがあるので聞いてみる。
「俺は星覇者として認定されたと思っていいんでしょか?」
「ええ。その武器は星覇者の証でもあるから、なくさないようにね」
おー、そうですか。とりあえず、つまづくようなことがなくて良かった。良かった。
が、もう一つ聞いておかなきゃならない。
「あと、結果を残すまでの猶予ってどれくらいなんですか?」
資格が剥奪されるまでの期間だ。さすがにこっちも生活が懸かってるから、行き当たりばったりなんて真似はできない。
俺だけでなく、フィンの面倒もみなきゃならないし。
「それについては、しばらく考えなくていいわ。レヴィ君は半獣化できるんだし」
「……はぁ。ありがとうございます」
なぜかさっぱり分からない。分からないが、折角そう言ってくれてるんだから、そのままにしておこう。下手につついて、考え直されちゃたまらないしな。
とりあえず受付まで戻ろうとすると、セシルに引き留められた。
「っていうか、そんなに若いのに半獣化できるのね!お姉さん、驚いちゃった」
ふざけた調子だったが、目が爛々と輝いている。獲物を狙う捕食者のように錯覚してしまう。
若干、引き気味になっちまったのはしょうがないと思うんだ。
「あー、まー、一応は」
適当過ぎる返事だったが、彼女は気にしない。
「おー!自慢せずに謙遜なんて、すっごくいいわね。そんなレヴィ君に、登録が終わったばかりでなんだけど、頼みがあるのよ」
「なんですか?」
個人的に女性と仲良くなれるなら大歓迎だが、セシルの表情は真剣そのもの。真面目な話なんだろうな。さっきまでの興奮状態は続いてるようだが。
俺が押され気味になってるのに全く気づいてない。ヒートアップしてるし。
「さっき管理者が言ってた通り、あなたは二人目の竜人族。一人目がここを去っているから、実質的に竜人族はあなた一人だけ」
「そうみたいですね」
閉鎖的な種族だと自認していたが、これは……さすがに気まずい。もっとも、セシルに責めるような意味合いはないみたいだけど。
「だから、五芒星といっても、種族代表の会議は四名しか出席しなかった。今までは……」
「俺が竜人族の代表として、その会議に出席する未来があるかもしれない?」
思ったよりもずっと大事の話だった。
「そう!問題は、そこなの――」
セシルは大仰に振り向こうとして、俺に突きつけようとした右の人差し指が台座に激突した。
うわっ……あれは痛い……
当たってもいないのに、俺が顔をしかめる。
「~~~~!?」
セシルは指を押さえてうずくまっている。
多分、芝居がかった仕草で振り返って、俺に指を突きつけようとしたんだろうなぁ。大正解的な感じで。
どうやら、彼女は集中すると周りが見えなくなる性質らしい。
彼女の身をもって教えてもらった。
「あー、大丈夫ですか?」
見なかったことにしてあげるのが優しさかもしれないが、さすがに二人きりで話してる状態でそんなことはできない。
でも、彼女はなかなか立とうとしない。あー、相当強くぶつけたのね。
「大丈夫。折れたわけじゃないし。突き指だと思う」
フーフーと指に息を吹きかけるセシル。
あーあ。第一印象の妖艶が木端微塵になっちゃったよ。
今は、残念な人だ。
ようやくこっちに振り返ったが、めっちゃ涙ぐんでた。俺より年上だよな?
「と、とにかく!非常に重要な話だと分かってもらえたわねっ」
「あー、それはもう痛いくらいに……」
思ったことをそのまま口にしたら、睨まれた。ただ、涙目だったから怖くない。むしろ憐れみを誘うだけなんだけどなぁ。
気を取り直して、セシルが強引に話を進める。
「さすがに、すぐってことはないわ。新人だし、しばらく経験を積まなくちゃ。でも、そのあなたが半獣化できると知れ渡ったら、すぐさま出席を義務付けられるはず」
俺は顔をしかめた。半獣化できることがそんなに重要なのか?よく分からない。
「めんどくさそうですね。ってことは、俺の半獣化は伏せておいた方がいいってことですか?」
「そう。それが私の頼み」
セシルが深く頷く。
「まぁ、俺もそこまで目立ちたいわけじゃないですから、伏せますか。ただでさえ、竜人族ってだけで目立っちゃいますし」
髪と瞳の色でどの種族かはすぐにバレてしまう。外見は変えられない。
俺には別に目的なんてない。ただ、星覇者としてのらりくらりやってければいいと思ってるだけだ。
セシルはホッと安堵していた。
とりあえず二人の方針が一致したところで、さらに話を進める。
「では、魔獣と幻獣の違いを説明するわね」
「はい?天空都市には化け物が二種類いるんですか?」
軽く驚いた。
「ええ。多分、あなたが想像しているのが魔獣ね。それに加えて幻獣というのがいるのよ」
「どう違うんですか?」
「幻獣は対魔獣として、管理者が創造した人形のようなものよ」
彼女の説明から次のことが分かった。
一つ、普段は動かないけど、侵入者を発見したら攻撃してくる。
一つ、管理者の命令しか受け付けない。
一つ、倒されると消滅する。存在が幻だったかのように。
「幻獣は強力な魔獣の抑えとして配置されているから、幻獣の傍には強い魔獣がいるというのが五芒星の共通認識ね」
「それって本当なんですかね?実は、星覇者に近寄られたくない場所に配置してるとかは?」
懐疑的な俺の問いかけに、セシルは神妙な顔になる。
「もちろん、そう考えている人も少なくないわ。ただ、前例がいくつもあるの。試しに幻獣を倒してみたら、強力な魔獣がいた」
そして、今のところの前例はそれしかないらしい。
じゃあ、いいか。別に今考える必要はない。幻獣と出くわしたら、じっくり考えよう。
「分かりました。まぁ、俺はそもそもそんなに早く幻獣や魔獣と遭遇することはないと思うんで。遭遇したら、避けるようにします」
結論が出ると、俺たちは受付まで戻っていった。
それから星覇者としての諸注意全般を受ける。
その後、武器を携帯するための装備品、ホルスターを受け取った。
右利きなので、剣は左腰に、銃は右足に装備することにした。
「そして、これ。天界の探索時には必ず装着してもらうものよ。利き腕じゃないほうがいいわね」
セシルから黒いブレスレットを差し出された。その色から、剣や銃とのかかわりを連想させられる。
「はぁ。なんでですか?」
とりあえず、言われた通りに左手に装着してみる。腕にピッタリとなじむ。腕を振ってみても、ずれたりしなかった。
真っ黒なブレスレットだと思ったが、外側に白色で「320/450」と表示されていた。
「それはオーラ総量の計測器よ。左が残量、右が総量」
なるほど。そういうことですか。目に見えないオーラの総量を計測するなんて、どういう仕組みなんだって疑問はすぐに破棄した。そういうものなんだって納得しよう。って、あれ?
「なんか減ってるんですけど?」
セシルが我が意を得たりと大きく頷く。
彼女によると、さっき武器を使用したから減ってしまったらしい。
剣の具現化で30、銃弾の発射で5、半獣化で100のオーラが消費されるらしい。これは、どの種族でも共通する。種族の違いによって、消費量が増減することはない。
さっき、剣の具現化を一回、半獣化を一回やったから減ったわけか。なるほどね。
「ちなみに、一般人のオーラが200、一般の星覇者が300から400、超一流の星覇者だと500以上。こんな感じよ。レヴィ君はどうだった?」
「450でした」
セシルが少し驚くが、すぐに納得したような顔になる。
「さすがね。半獣化できるのは伊達じゃないわね」
すでに受付に戻っているから、チラホラと人影が見える。セシルは小声で話しかけてくる。
俺も一般より上の扱いだから、文句なんてあるはずもない。
「そのブレスレットは盾を具現化することもできるから、試してみてね」
はぁ、そんなこともできるのか。頷きながら、銃と一緒に試してみることを頭に留めておく。
「セシルさん、オーラ総量が変わることについて教えてほしいんですが?」
「半獣化を会得すると一気に増加する。老化が始まると下がる。体力と精神力を向上させれば、多少上がる。そんな感じよ」
「へぇ。ありがとうございます」
俺の総量は450か。銃を弾数に換算すれば九十回か。
「では、これにて星覇者の登録が完了よ」
「助かりました。ありがとうございました」
これで晴れて星覇者となれた。ちょっとだけ感慨がわいてきた。何もしてないも同然だけどな。
今の時刻は昼過ぎだ。昼食を食べた後、銃でも試してみるかな。
「最後にすみません。セシルさん、ここらでうまい飯屋と、銃を試せる安全なフィールドってどこか教えてもらえません?」
「それくらいならお安い御用よ。そうね――」
それぞれの場所を教えてもらい、俺たちは別れた。