第二話
かろうじて男性の声だと分かる。壁越しに聞こえてくるような違和感を覚えるが、気配を感じない。
「え?はっ!?ええええっ!」
セシルにはフィンのことしか見えてなかったようだ。謎の声に諭されて、羞恥に顔が赤くなっていく。
フィンは突然響いた声にビクッとしている。俺と同じように周囲を見渡してるけど、声の出所がさっぱり分からん。
「今の、見てた?」
『見てないわけがないだろう』
うーむ。なんて応えればいいか迷っていたら、謎の声が助けてくれた。
いい人そうだな。
セシルはいよいよ真っ赤に染まったが、咳払いを始める。
「それでは、始めましょうか。ここが――」
『ようこそ、我が天空都市へ』
三度謎の声が響いた。相変わらずキョロキョロと辺りを見渡すが、誰もいない。
セシルは出鼻を挫かれたせいで不機嫌顔だが、先ほどまでの失態のせいで強く出れないようだ。
俺は謎の人が口にした内容に興味を持つ。
「我が?」
「彼はこの天空都市の管理者なのよ。もっとも、彼の姿を見たことがある人はいないけれど」
隣のセシルがこっそり教えてくれた。だが――
「見たこともないのに、何で管理者って分かるんですか?」
「すぐに分かるわ」
当然だと思える疑問に、セシルは意味深な笑みを浮かべる。
どーゆーことだろう?
『さて、君の名前を教えてもらえるかね?すまないが、私の名前は明かせないのだが』
疑問符を浮かべる俺に対して語りかける管理者は、教師っぽい口調のようだ。
「レヴィですけど……」
『なるほど。レヴィ君は竜人族で相違ないな?』
「はい」
管理者は少々沈黙する。やがて、
『竜人族は君が二人目だよ。一人目はもうこの天界にはいない』
無意識に身構えた。それは、つまり……
「死んだってことですか?」
『いや、下界へ降りたという意味だよ。その後は知らないな』
思わず硬くしていた身体が弛緩する。じゃあ、どこかで隠居してるのかな?
だが、管理者はそれ以上語る気がないのか、次の話題へ移る。
『君は半獣化できるかい?』
急な話題転換だと思ったが、まぁいいか。後で調べてみるとしよう。
返事は行動で示した。
心の奥底へ潜るような感覚。
そこへ到達し、枷によって封印された扉を目の前にする。枷を解除し、その中に眠る本来の力を解放する。
そのために、心の中で枷を解き放つ鍵となる言霊を示す。
我が身に宿りし銀皇竜よ。秘められし力を解き放て。
ここまで一瞬。だが、体感時間だと十秒くらいにまでなる。
変身した。
それも一瞬。
周囲の鏡で変身前と比較する。
銀の髪、蒼の瞳。少しやせ気味の気がするが、とりあえず中肉中背と言えるだろう。
服装は旅人のような格好だ。鎧はもちろん、防具と呼べるものを何も装備していない。
そこは変わらない。というより、一カ所しか変わってない。
頭部に一対二本の角が生えていた。銀の長い角が。
変化はそれだけ。
背後のセシルから、驚愕に息を呑んだ気配がした。
『ほぉ……』
管理者も驚嘆のため息をつく。声が聞こえるだけかと思ってたけど、どうにかして姿も確認しているらしいな。
俺は精神の集中を中断する。それだけで半獣化は強制的に解除される。
半獣化は極限の集中を維持しなければならないから、結構疲れる。
ふと視線を感じて、そちらへ顔を向ける。すると、セシルが俺を凝視していた。
あれ?フィンじゃなくて、俺なの?
よく分からなかったので、肩をすくめてみせた。
「こんな感じでいいですか?」
『うむ。見事としか言いようがないな。では、君の命綱となる武器を提供しよう』
「はい?」
武器?どっかで買わずに済むってことか?
俺がポカンと口を開けていると、中央の台座が自動的に沈んでいく。
「……どういう仕掛けなんでしょ?」
今度は、セシルが肩をすくめてみせた。五芒星の人員でも分からないのか。
やがて、一度停止したような音があったかと思うと、また上昇してきた。最初の定位置まで戻ったかと思うと、台座の上には剣の柄のようなものが乗っていた。
どう見ても、剣の柄にしか見えない。黒一色で統一されている。
「これが、武器?」
「それを持って、刃をイメージしてみて?半獣化できるあなたなら問題ないはずよ」
疑問に思ったものの、セシルに言われた通りにする。柄を持ち、剣の刃をイメージする。
幸いなことに、失敗することはなかった。
俺の身体全体から、何かの力が右手に集まる。それは柄の先から銀の光となって噴出し、渦を巻く。やがて収束し、刃の形となる。
淡い輝きを放つ銀の剣が完成した。その間、一秒にも満たない。具現化するまでは軽かったが、今は相応の重みがあった。
「おぉ!」
俺は素直に感嘆して、何度か素振りをしてみた。すんごい技術だ。どうやってこんなことを実現したのか、見当もつかないけども。
ただ、問題も発生する。
肉体的にも精神的にも少し疲れたのだ。刃を創り出してからだ。
試しに刃を消してみる。もう一度創ってみた。
すると、さっきまでの疲れが倍増した。
「その剣は、あなたのオーラをエネルギー源として生成されるの。だから、あなたの生命力が尽きれば刃は消えるし、出せなくなるわ」
生命力。つまり、体力も精神力も尽きた時だろう。
セシルの説明に、感心しながらも了解の意を返す。
とりあえず、感覚的に理解した。どうすれば刃を消せるか。あるいは創り出せるか。
「これを他人に奪われた場合、奪った奴が使えるようになるんですか?」
ふとした疑問には、管理者が答える。
『いや、最初にそれを扱った者のオーラが認識され、他者には使えなくなる。私がリセットしない限り』
一つ頷く。
ってことは、これを奪われる心配はしなくてもよさそうだな。
しっかし、リセットとはさすが管理者だな。もう驚く気も失せてきたけど。
「もう一つ、疑問なんですが。これを下界へ持って帰ることはいいんですか?」
『それは許可しない。それは、この天界で所持することを前提として譲渡しているのだ』
管理者の言葉を、セシルが補足する。
「そして、星覇者を退職した場合も返却が義務付けられてるわ。ちなみに、下界に降りる場合は、五芒星から身体検査されるから」
そうですか。まぁ、ただでもらえる武器だからこそ、取り扱いは注意しなきゃならないってわけか。
と、ここで先ほどの会話を思い出す。
「なるほどー。これほどの武器を惜しげもなく提供する。そんなことができるのは、管理者しかいないってわけですね?」
俺の問いかけに、セシルが大きく頷く。
『本来なら、私が提供する武器は一つだけだ。しかし、半獣化できる君は将来有望だ。もう一つ、進呈しよう』
思いがけない言葉だったが、セシルはそれほど驚いていない。前例があるんだろう。むしろ、俺が半獣化できたことの方が驚いていたな。
「無条件でいただけると言っても、そこまでされると逆に不安になるんだけど。見返りを要求されることはないんですかね?」
『私の要求は、ただただこの天界の安定だけだ。それを成し遂げるために、君のような半獣化できる人材は貴重な戦力だ。武器は安いものではないが、期待する相手には惜しまないのだよ』
褒められると悪い気分ではないけど、よく知らない相手に言われても戸惑いを隠せないな。正直なところ。
「はぁ」
『だが、無理強いする気はない。不要であれば、やめておくが?』
「いただきます!」
もらって損はないから、即答した。
管理者の笑い声が響き、再度台座が下降し始める。
再び戻ってきた時には、台座の上に奇妙な物体が乗っていた。
「何だ?これ」
表現できない形だった。俺が知ってるいかなる武器にも似てない。なので、予想もできない。
『それは銃という遠距離武器だよ』
「銃?」
そんな単語は聞いたこともない。弓のようなことができるのかね?
『まず最初に言っておくが、それは立派な凶器だ。天空都市の内部では使用しないように。試したい場合は外で使ってくれたまえ』
忠告とともに、銃を慎重に受け取る。
その後、管理者から一通りの操作説明を受けた。剣と同じく、銃と呼ばれる武器も闇色だった。
正直、頭に思い浮かべられないから、説明もあまり理解できなかった。後で実践してみよう。
『その他に知りたいことがあれば、そこの愉快な女に聞けばいい』
俺は曖昧な表情で頷いた。
「ちょっと!その微妙な表情は何なのッ!?」
「いや、別に深い意味は……」
セシルが突っかかってくるが、無難だと思った答えを返した。
なのに、彼女の眉がはね上がる。
「へぇ……つまり、そのままの意味だと」
「ま、そうですね」
がっくりと項垂れるセシル。
『では、すまないが私は失礼しよう。多忙な身なのでな』
「あー、はい。ありがとうございました」
管理者が微笑んだ気がする。
「最後にすみませんが、管理者さんの種族は?」
『……私の前に現れてくれればお教えしよう。顔を合わせる日を楽しみにしている』
「了解です。天界のどこかにいるなら、そのうち会いに行きます」
実際行こうとすると、とてつもない苦難が待ち受けているような気もするけど。
そうして、管理者との対話は終わった。
清々しいほどに分からないことだらけだったなぁ。しみじみと思う。
まぁいいか。時間をかけて一つ一つ知っていこう。