第一話
天空都市の内部にはかつての繁栄を象徴するかのように、様々な彫刻が要所に配置されている。いくつかは魔獣によってか砕かれていたが。
広場を中心として理路整然と区画分けされており、迷子の心配は必要なさそうだ。ちなみに、区画としては居住区、商業区、行政区、生産区などがあるらしい。
元々は長い年月放置されていたせいもあって荒廃していたらしいが、この数か月で整備やら修復やらをを完了させたらしい。恐るべし職人パワー。いや、素直に感謝だな。
天空都市には五芒星の本部が置かれている。行政区の一画に設けられたらしい。
とりあえず広場へ赴いた俺は、早速本部へ向かった。
迷うことはない。遠くからでも五芒星の看板が見えるからだ。
天空都市は、天界の始まりの都市といえる。
「すっげー混雑ぶりだなぁ」
通りは行き交う人々で賑わっている。田舎育ちの俺としては、こんなに大勢いると圧倒されてしまう。
隣の猫、フィンも委縮しているようだ。ま、元から臆病な性格だからしょうがないけど。
フィンは俺の家族のようなもので、三年くらい一緒にいる。
二百年くらい生きるらしい、長寿な猫だ。スノウフォレストという希少種で、子猫の頃に出会った。まぁ、今も子猫だけど。
猫としては大きめで、身体は全体的に白いが、顔と耳、四肢、尻尾がブラウン。
普段は大人しいが、エサを要求する時だけは自己主張が激しい。
あと風呂に入れる時は、元気いっぱい暴れるから困ったもんだ。一度だけ、見事な三本線を腹部に刻まれた。
臆病であるが、裏を返せばそれは危機管理能力が非常に高いことを示す。実際、地上で動物に襲撃されそうになっても、フィンが気づいたおかげでしっかり迎撃できた。
フィンはソッコーで安全な場所まで逃げたけど。
今も俺の傍に寄り添いつつも、いつでも疾駆できるように忍び足になっている。
そんなフィンの姿に苦笑しつつ、俺は周囲に目を向ける。
残念ながら、俺と同じ竜人族は見当たらないが、他の種族は普通に見つかる。
誰がどの種族かは髪と瞳の色で分かる。
竜人族は銀の髪、蒼の瞳。
馬人族は白の髪、赤の瞳。
鳥人族は赤の髪、翡翠の瞳。
狼人族は金の髪、琥珀の瞳。
魚人族は蒼の髪、黒の瞳。
肌の色が変わることはあっても、遺伝によって髪と瞳の色が変わることはない。そのため、誰がどの種族かはすぐに判別がつく。
パッと辺りを見渡しても、銀髪は見当たらなかった。
逆に俺が物珍しいのか、ジロジロ見られてる気もする。
竜人族は閉鎖的な種族だから当然か。実は、俺が把握してないだけで、誰か来てるんじゃないかと期待してたけども。
不躾な視線のせいで、フィンが縮こまっちゃったから可哀想だ。さっさと五芒星の本部に行くか。いつまでもこうしているわけにもいかないし。
無一文ってわけじゃないけど、あまり金の余裕もない。さっさと星覇者という職を得ないとな。
俺とフィンは歩き出した。
残念なことに視線が途絶えることはなかった。ただ話しかけてくる人もいない。
ようやく、五芒星本部の入り口に到着した。
デカい建物だ。五階建ての立派な建築物で、横幅も相当ある。
ここから入るでいいんだよな?
何人かが俺を横目にその入り口を使って中に入るのを確認して、俺も続いた。
建物内部もまた広かった。目の前には受付があった。受付事態がいくつかあることから、多分複数の用途に応じてのものだろう。
さて、どうすりゃいいのでしょう?
邪魔にならないよう入り口から脇に寄ってぼんやりと周囲に視線を投げるが、どこへ行けばいいかさっぱりだ。何せ初めての場所だし。
悩んでいると、俺に近寄ってくる足音が聞こえる。視線を向けると、やたら胸がデカい女性だった。
魚人族の年上女性みたいだ。
腰まで届くほどの長くウェーブのかかった蒼の髪と、大き目の黒い瞳が魚人族の特徴を表している。
五芒星の制服を着用していることから、どこかの受付担当だと思う。
一言で表現すると、妖艶っぽい美女だ。
「あら、坊や。星覇者の登録かしら?」
「あ、はい。そうです。どうすればいいですか?」
彼女は先導するように歩き出した。
「こっちへおいで。星覇者となるための部屋へ案内するわ」
素直に従う。
「あ、はい。フィン、こっちだぞ」
俺の後ろに隠れながら様子を窺っていた子猫を呼ぶ。
セシルには俺の姿しか見えてなかったらしい。振り返ると、フィンの姿を凝視していた。
「へ、へぇ。可愛い相棒ちゃんがいるのね」
多分、撫でようとしたんだと思う。手を伸ばしたところで、驚異の瞬発力で逃げられてしまう。
「あー、すみません。こいつ、ちょっと臆病なところがありまして」
「い、いえ。大丈夫よ。大丈夫……」
目に見えて傷ついた様子のセシル。
分かりやすい態度に触れないように気遣いながら、先へ進む。
そして、何事もなかったかのように、セシルの自己紹介が始まった。
「私は総合受付のセシルよ。よろしくね。あなたのお名前は?」
「レヴィです。なれたら、新人の星覇者です」
案内といっても、すぐ奥の部屋へ連れてかれただけだった。なので、お互いの自己紹介しかしていない。
そこは、周囲が鏡張りの部屋だった。
何だ?この部屋は。
あれ?聞かなきゃならないことができたような。
「あのー、星覇者には誰でもなれる。試験とか別にないって伺ったんですが」
俺がここで試験させられるかもって不安な表情を見せてたら、セシルが笑う。
「その通りよ。別にここで試験や面接を受けさせるわけじゃないわ」
安堵のため息が漏れた。
「よかった~」
「五芒星の職員になるには各種試験や面接をパスしなければならないけどね。星覇者になるだけなら、誰にでもできるわよ」
ん?なるだけなら?
「っていうと?」
セシルは出会ってから初めて、真剣な表情を見せた。
「まずは、生き残ること。星覇者として生活する以上、魔獣との戦闘は不可避だから。力及ばず死亡する星覇者は少なくないわ」
「……」
さすがに俺も真顔になる。
「次に、星覇者としての生活を継続すること。星覇者や五芒星職員は天空都市の宿泊施設を無料で利用できるけど、ある程度の結果を残さないと星覇者の資格が剥奪されるの」
厳しいと思うかもしれないが、仕方ないか。そうしないと、ただ飯ぐらいが出てくるだろうし。
ただ――
「結果っていうと、具体的にどんな?」
「未開エリアの調査と魔物の討伐ね。あとは、五芒星から緊急の依頼が出ることもあるわ。それらを指定期間以内に毎回こなすこと」
なるほど、と納得する。
中央に台座が配置されていて、そこへ向かうように指示されたので、言われるがままそこまで移動する。
セシルはその三歩後ろくらいの位置で立ち止まる。
周囲には俺とセシルが映っている。
セシルがソワソワと落ち着かない。隠しているつもりだろうけど、何度もフィンをチラ見してる。
妖艶を演じているが、フィンに触りたくてたまらない様子だ。傍目で見てても丸わかりなくらいだ。
妖艶の演出が台無しだと分かってるんだろうか?
鋭敏な感覚の持ち主であるフィンも当然気づいていて、困ったことに怯えてる。
俺が気づいてるんだから、鋭敏なフィンが気づかないはずがない。
セシルが何気なくを装ってフィンに近づこうとして、フィンが逃げる。
フィンは警戒感マックスで、中腰になっていつでもダッシュできるようにしてる。
そのあからさまな姿に、セシルはショックを隠せない。距離を詰めてはションボリしてる。
俺がいること忘れてるな。
そう思っていたのは俺一人じゃなかったみたいだ。
『セシル君、そろそろ初めてもいいかね?』
謎の声が響いた。