第十一話
ガーゴイルに逃げられてから二日が過ぎ去った。
あの時、後でお話するということだったが、フェリシアからは何も言ってこなかった。
あれから、次の日もその次の日も探索に出かけた。理由は、もちろん魔獣を倒すため。結論から言うと成果はなし。魔獣との戦闘は発生したけど、いずれもひどかった。
一日目は森の奥にて牛頭の巨人ミノタウロスと遭遇した。確実に仕留めようと離れて銃を乱射した。近づいてきたところで一気に懐に入り、剣を一閃させた。
そこまではよかった。だが、敗退した。俺の方が。ミノタウロスの実力を過小評価していたために、引き際を読み違えてしまった。
何とか撤退できたものの、自分の未熟さを痛感する苦い経験となった。控えめに言ってすごい落ち込んだよ。
二日目はコカトリスと遭遇した。破れかぶれ――もとい、先手必勝とばかりに半獣化したら、即座に逃げられた。
ついさっきまで獰猛に獲物である俺を狙い定めていたのに、俺が半獣化すると高速飛行で立ち去って行った。今度は虚しさに囚われたな。
一人で出ようと思ってたけど、フェリシアがついてくるって言い張ったから、二回とも同行してもらった。どこへ行けばいいか案内してくれるらしいし。
結果として、俺のダメっぷりが露見した。無理やりにでも置いてくればよかったって心底後悔したな。
けど、彼女が非難を口にすることはなかった。失望を見せない。それが逆に不気味なような……
後で何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。さすがに三日連続で失敗に終わると、疑心暗鬼にもなっちまう。
そして、今日。
懲りずに探索に出かけた。ただし、今回はフェリシアのガーゴイル狩りに同行した形だ。
不思議なもんで、筋肉痛にはなるけどあまり気にならないレベルになった。少しは身体能力も上昇してるってことかな?
今回は戦い方を教えてくれるとのことなので、素直についていくことにした。
俺が一番知りたいことだし。悔しいけど、早くも行き詰ってしまったし。
彼女は見事に倒してた。
ただ剣一本でガーゴイルと半獣化すらせずに渡り合い、終いにはガーゴイルを両断してみせた。
見せて――いや、魅せてくれた戦闘を思い返す。
切り上げで相手を打ち上げる。
ガーゴイルが空中で態勢を整える前に、斬撃を繰り出し続ける。ガーゴイルに反撃する隙を与えない。
空中戦だな。
それは、力任せではなく、身体能力に物を言わせるでもなく、鍛錬によって培っただろう技だった。
ただ、フェリシアの振り返った時のドヤ顔がムカッとした。俺へのアテツケかと帰ろうとしたら、顔の数センチ横を火球が通り過ぎた。
ドッと冷や汗が出た。
「それは、信奉する神を象徴する神業であって、ツッコミの道具ではないと思うんですが、どうでしょう?」
「大丈夫よ。ちゃんと当たらないように調整したから。思ったより近かったから、ちょっとだけ焦ったけど」
全然大丈夫じゃねーし!そもそも答えになってないし!
「俺が死んだら、パートナーになれないんですけど?」
「心配性ね。当たっても数日間火傷の痕ができるだけな気がするから、問題ないわよ」
もう反論する気も失せたよ。
「で、どうだった?私の戦いは」
「完勝でしたね。嫉妬も湧き起こらないくらい圧倒的過ぎて、悪いところを見つけることもできないです」
フェリシアが満面の笑みを浮かべる。
「素直で大変よろしい。あんたも今のをやれるようになれば、討伐数がグンと伸びるわよ」
「確かにそうですね」
そんな一幕もあって現在。時刻は夜。
宿に戻ってきた。
でもって、飯を貪っていた。いわゆるヤケ食いというやつです。
だって、もはや食わなきゃやってらんねーしー。
明日は探索に出る気はない。スランプ中だし。まさか、こんなに早くそんな状態になるとは、星覇者になる前は思わなかったわ……
だから、今日はもう食えるだけ食う。後のことなんて知ったこっちゃない。
「よく食べるわね~」
女将が呆れたように微苦笑を浮かべる。
俺の目の前にはすでに二人分の食器が並んでる。もちろんその上の料理は俺の胃袋の中。
で、まだまだ食いますとも。いけるとこまでいってやる!
本来なら、その戦意は魔獣に向けるべきなのかもしれないけど。いや、そーゆー余計なことは今日は考えない。
「女将~。こっちにも追加で!」
対面のフェリシアが対抗するように注文した。
彼女もすでに一人分は食してる。大食漢だって初めて知ったよ。これであの体型を維持してるのがすごいような。でも、あんだけの戦闘をこなせば不可能じゃないのか?
大食漢であるから、胸も膨らむのかね?あんなに爆発的に。口に出して言えないけども。
「「ごちそうさまでした」」
二人そろって合掌する。
食った食った。食いすぎてしばらく動けないや。こりゃ。
まったりと時間が過ぎていく。
俺たちに話しかける人はいない。他だったら、彼女に声をかけようとする輩もいるんだろうが、どうもここの宿泊客は女将が厳選してるらしい。
なんでそんなことをしてるのか疑問には思ったけど、まぁ面倒事が起こらないから楽でいいや。
と思ってるそばから、食堂に誰か入ってきた。
「お、お母さん」
狼人族の少年だった。金の髪、琥珀の瞳。あどけなさの残る顔立ち。成長しきっていない低い背丈。オドオドしてるから、どうにも気弱な印象になってしまう。
ここに母親がいるのか?誰だろうなぁ?
「フェリさん、お子さんが呼んでますよ?」
「よし、この世に未練は残してないわね?ないのね。じゃあ遠慮なく逝ってきなさい」
「すみません。ごめんなさい!」
冗談で済まさず、本気で席を立ったから慌てて謝罪した。
「あ、あの!違います。女将をやってるのが僕の母親です」
少年が律儀に会話に参加してくれた。
種族が違うから分かり切ってるのにさ。
なんか感動しちゃったよ。フェリシアとばっか接してたから、こんなに純粋っぽい少年と会話が楽しめるなんて。
「うん。そういえばそうだな。この人から君みたいな純朴な少年が生まれてくるわけはないな」
天変地異が起ころうともありえないだろう。そんなことが起こってしまったら、その日が世界の終わりだな。
一人で重々しく頷いてると、フェリシアが睨んできた。もちろんソッコーで謝りました。
「あら、ルカ。どうしたの?」
絶妙なタイミングで女将が寄ってきた。助かったー。
女将の息子さんはルカって名前なのか。
ふーん、お子さんがいらっしゃるのか。
「ちなみに、旦那さんは星覇者で、二か月前に亡くなっているから触れないように」
不機嫌そうなフェリシアがこっそり耳打ちしてくれた。
確かにそれは触れない方がよさそうだな。俺は彼女にだけ分かるように頷きを返した。
「あ、あの、後で話があるから」
途端に、女将の表情が険しくなった。
なんか重たい話なのか?
「……分かった。ここが一段落したら行くから、部屋で待ってなさい」
「うん」
ルカは大人しく部屋に戻っていく。食堂を出る時に宿泊客に一礼することも忘れない。
礼儀を学んでいる。すばらしいね。
女将も難しい表情のままだったが、もといた場所に戻っていく。
声をかけようかと思ったけど、家庭の事情に他人が首を突っ込むわけにはいかないなと思い直す。
再び二人きりの空間になった。
どちらからともなくため息が漏れる。
あんまり思考がまとまらない。
だって、酒もそこそこ飲んでるから。ヤケ食いにヤケ酒は付き物なのだ。
ふと気になったことを尋ねた。
「フェリさんはあれだけの技が使えるようになるのに、どれくらいかかったんですか?」
「ん~、二・三週間かしらね?」
彼女も相当酔ってるみたいだな。口調が間延びしてるし。さっきの不機嫌ももうなくなってるみたいだし。
そうかー。そんなにかかるのかー。まぁ、年単位じゃないだけマシなのかね?
「うーむ」
「で、どうなのー?私の相棒になる?」
「んー、どうしましょうかねー?」
満腹すぎてまともに考えられない。
「とりあえずなってみなさいよ。物は試しってことで。合わなかったら解消すればいいんだし」
フェリシアが好機と捉えたのか、畳み掛ける。
「そうっすね。じゃ、お願いしますか」
解消できるならまぁ問題ないだろ。
「決まりね。じゃ、お祝いに飲みましょう!」
フェリシアが一瞬だけ極悪な笑みを浮かべたような気がする。けど、すぐに表情が普通の笑みに戻った。気のせいかな?
二人して席を立った。