第十話
最初の戦闘なんだから、雑魚がよかった。できれば一対一で戦いたかった。
だけど、現実は甘くない。いきなり三体と戦う羽目になった。ガーゴイルの強さは分からないが、見た目強いから気が抜けない。
三体が同時に襲い掛かってきた!
半獣化しているならともかく、今の俺が三体の攻撃を一片に受けるわけにはいかない。
なので、ガーゴイルが交わる斜線上から急いで退避した。
三体はぶつかることなく器用に旋回し、追撃に移る。
対する俺は、魔獣の間合いから逃れた後、一体に狙いを定めて銃を撃つ。放たれたオーラの弾はガーゴイルの胸部に着弾した。
成果を確認することもなく走り回る。絶対に足を止めない。立ち止まると格好の標的になってしまうから。
ガーゴイルは撃ち落としたものの、わずかに肉を削いだだけだった。
硬いな。
本当にドラゴンの劣化版といえるかもしれない。さすがに竜鱗ほどの防御力はないみたいでよかった。
それでも一体の追撃は阻止できた。大したダメージを与えられなくても、衝撃は相殺されない。
残る二体のうち一体はやり過ごす。もう一体には具現化した剣を横薙ぎに振るう。
躱された!
「チッ!」
舌打ちするも、即座にバックステップで下がりながら、躱した相手に銃弾を一発浴びせる。それは避けられず当てることができた。
次いで、やり過ごしたガーゴイルにもお見舞いする。
結果的に三体とも撃ち落とすことができた。ただ、これで倒せるほど弱くない。
空中にいるなら、地べたに落とすことは可能みたいだな。
その後、攻防を続ける。
常に一対一でやり合える状況を作り出す。
基本姿勢は逃げだ。三体のいない方へ逃げる。あるいは木々を盾にする。そして、銃で牽制する。
今さらながら荒野じゃなくて森が戦場でよかった。木々を障害物にできるおかげで、多少は余裕が生まれる。
「ガアアアアアアアアアアアッ!」
おぞましい叫びを上げながら突進してくるガーゴイルを剣でいなす。
さっきから剣の攻撃は斬るではなくぶっ叩くって感触だし。
ガーゴイルたちはなぜかフェリシアには仕掛けないを気のせいか避けているようにも見える。
分からないが、考えたところで結果は変わらない。
戦闘に集中する。
一瞬だけブレスレットに視線を移すと、「365/450」と表示されていた。
どうする?
今のまま続けてもジリ貧だ。
一定の距離を保ちながらも、思考は進める。
何とか渡り合っているけど、この武器じゃ相手に大して効かない。
武器のせいにしているわけじゃない。剣も銃も、下界の武器屋とかで売ってる代物とは比べ物にならない。
単純にガーゴイルの身体が硬すぎるだけだ。俺の斬撃が打撃になってしまってる。
半獣化するか?ただ、半獣化はオーラを「100」も消耗する。連発はできないから、するかどうか躊躇してしまう。
半獣化が切れた後にオーラが残り少なかったら、悲惨な結末しか待ってないだろうしな。
そもそも半獣化したところで、俺の特殊能力、竜鱗は防御型だ。奴らの爪牙をいくら防げても、こっちが反撃できなきゃ話にならない。
どうすりゃいいんだ?
「いや、分かり切ってるか……」
ガーゴイルがどれほど強靭な肉体を誇ろうと、その翼は柔軟性がないと飛べない。だから、翼は斬り落とせるはず。貫通できるはず。
それに、目や口の中は脆い。いくら魔獣が異常な生物でも、それは当たり前だろう。一突きすればいいだけだ。それか、銃で狙い撃つ。
それだけだ。
できるか――?
いや、やってやるさ!
別に英雄願望なんてない。自分の力を過信してるわけでもない。
ただ、俺が死んだら、フィンの面倒を見れなくなる。そうなれば、フィンは餓死してしまう。
ひょっとしたら、フェリシアが面倒を見てくれるかもしれない。あるいは、誰かいい飼い主に拾われるかもしれない。でも、そんな希望的観測は抱かない。
そんな中途半端な気持ちでフィンの面倒を見ようなんて思っちゃいない。
あいつを拾った時に決意した。最後の最後まで面倒を見ようと。俺が老いて死ぬまでかフィンが俺から離れていくまでかは知らんけど。とにかく最後までも面倒見る。
帰る部屋にあいつがいる。俺は帰らなきゃならない。
「さぁ、来いよ。相手してやる」
弱点はすでに把握した。実は俺って天才か?
まずは翼を切断する。
続いて大地に落とす。
銃の扱いに不安があるので、基本は剣で両目と口中を貫く。その手順を三回繰り返せばいいだけだ。
「始めるか!第二ラウンドを」
念のため、耐久度が減ったかもしれない剣を解除して、再構成した。これで、新品同様だな。
だが、このタイミングでガーゴイルが全て予期せぬ行動をとってしまった。
一斉に上空へ上昇する。一定の高度に達したら、俺に目も暮れずに森の奥の方へ移動していく。
「……………………はぁ?」
俺の口から間の抜けた声が漏れた。
徐々に小さくなっていくガーゴイルたちを呆然と視線で追う。小さな三つの点になり、やがて見えなくなった。
俺は呆然自失といった感じだっがが、何とか答えを出せた。
「逃げられた……?」
鮮やかすぎる逃亡劇だった。
昨日、俺自身がフェリシア相手に使った手だが、まさか俺がやられるとは思ってなかった。
意味が分からない。
何で俺が覚悟を決めた段階で、飛び去ったんだよ?
混乱が治まらない。
と、そこで今まで傍観していたフェリシアが口を開く。
「レヴィ。魔獣は自分より弱い獲物しか相手にしない。彼我の強弱は本能によって察知するから。あんたが自分たちより強いと認識されてしまったようね」
「さっきまでは普通に襲い掛かってきてたのに、どうして?」
フェリシアは肩をすくめる。
「さあ?理屈じゃないのよ」
正論だな。魔獣相手に理屈が通じるわけはないか。
撃退したことになるが、達成感は得られない。むしろ、虚無感のようなものに囚われる。こんなんじゃ、何も成果もないし。ただ疲れただけだ。
剣を解除する。ため息が抑えられない。
「魔獣は人肉を求めて襲ってくる。けれど、奴らに知性はない。本能に従い、本能のままに生きてる。だから、自分が敵わないと本能が叫んだら、即座に撤退するのよ」
「……」
「人間だったら打算が働くだろうけど、奴らは一切の迷いなく逃亡に徹する。だから、止めを刺せなかった時点で、この未来は決まってたわ」
魔獣について分かっていたと思っていた。けど、本当の意味では分かってなかった。今の一幕で否応なく痛感させられた。
悔しさに歯噛みする。
「あんたには魔獣と戦っても、生き残るだけの実力がある。でも、敵を倒しきるだけの技量がないと言わざるを得ないわね」
「別に言葉を選ばなくていいですよ。事実だし。後、上げて落とすって結構きついんですけど……」
ふて腐れると、フェリシアがゴメンゴメンと謝ってきた。
星覇者がより上位へ上るためには、未開エリアの発見なんて例外もあるが、基本的には魔獣の討伐が必須だ。それができないと、報奨金が手に入らない。
今の俺は報奨金を得られない。その事実が重くのしかかる。セシルの期限はいつまでなのか、真剣に聞かなきゃならないな。これは。
「だから、逃がさないために星覇者がやることは、大まかに三つかしらね。一つ目は、罠を張ったりなんて策を巡らせる。二つ目は徒党を組む」
一人じゃ無理だから、自分と組めって言いたいのか?
そう思ったけど、無様な姿を晒したから何も言い返せない。何を言ったところで、負け犬の遠吠えにしかならないし。
「で、三つ目。必殺を手に入れる」
俯いていた俺は、思わず振り向いた。
フェリシアは微笑している。
「それさえできれば、今回のようなことはないわ。何せ逃げられる前に、必ず殺すんだから」
「それを教える条件は?」
フェリシアが満面の笑みを浮かべる。
「後でジックリお話しましょ!」
今日の探索は終わりとする。
元来た道を戻りながら、フェリシアが声を出す。
「ガーゴイルが私に見向きもしなかったのは、勝てないと悟ったからよ」
「逆に俺は、獲物としか見られなかったわけですね……」
もちろん落ち込みましたよ。今日何度目か分からないけど。
こうして、俺の最初の探索は、虚無感を抱く失敗に終わった。