第九話
ここは森の中。俺はフェリシアと並んで進んでいく。奥の方へと。
右を向いても木、左を向いても木。前後は言うに及ばず。まさに大自然。
動物や鳥たちの声が聞こえてくる。魔獣以外に動物もいるんだな。よく生き残ってると感心する。
武器も持たず、俺だったらどうにもならないな。逃げ切れたら人生最大の幸運って感じだ。
フェリシアがどんどん先へ進む。今日の彼女は長い髪を後ろでまとめている。女性が髪型を変えるのは好きだ。しばらくの間でもいいから見守っていたい。
と、フェリシアが急に立ち止まる。
「魔獣の生態についてどこまで知ってる?」
会話を始めるってことは、この近辺に魔獣はいないってことだろうな。いたら、戦闘態勢に入ってるはずだし。
「全く」
「やけにアッサリ言うのね?」
「命に関わってくる質問に、知ったかぶりなんてできないですよ。それのせいで死ぬとか嫌だし」
「それはとてもいい心構えよ。じゃ、始めましょうか」
フェリシアが一つ頷き、再び歩き出しながら、説明を始める。
「魔獣には人間と隔絶するほどの違いが一つあるの。それは異常なまでの繁殖力と成長力よ」
「それ、二つじゃ……」
思いっきり睨まれたので、高速でそっぽを向いた。危ない危ない。何気ないツッコミが俺の寿命を縮めてる気がする。
フェリシアがわざとらしく咳払いする。
「続けるわよ!あれは初期の頃ね。荒野で、星覇者が数十人単位で魔獣の大規模掃討があったのよ。その結果、魔獣の大部分が討伐されたんだけど」
強気な態度でごまかしたな。
彼女の話によれば、その大掃討の直後は落ち着いていたらしい。ただ、少しずつ魔獣の姿が散見されるようになり、ひと月も経つと丸腰では進めないくらいの規模になったらしい。
それが事実なら、確かに繁殖力が恐ろしいほど高いと思うけど。
「その数十人は、ホントに魔獣を倒したんですかね?」
実はでっち上げだった。そうじゃなくても、誇張していた可能性はないのか?
「広場の掲示板に、星覇者の魔物討伐数が表示されるわよね。それで第三者も確認したのよ」
「あー、そんなものもありましたね!」
すっかり忘れてたけど。それがあるなら、大部分が討伐されたことに異論は出ないんだろうな。
ってことは、他のエリアから渡ってきた可能性についても、当然考慮されてるんだろうな。
「でも、それだけだと繁殖力しか考えられないような?」
フェリシアが我が意を得たりと頷く。
「その通り。だけど、異常すぎる成長力を裏付ける事例があるのよ。それを知ったのは偶然だけど」
口を挟まずに先を促す。
その事例とは、とある星覇者が一体の魔獣を取り逃がしたことに起因する。
その魔獣は明らかに幼生だった。戦っている最中に頭部に傷を負わせることに成功したものの、止めを刺す前に逃げられてしまった。
そして、大規模討伐からひと月が過ぎ、再び相見えた。
頭部の特徴的な傷はそのままに、しかし成体に成長していた。大きさでいえば、ひと月前の倍以上になっていた。
その事例については何人も目撃者がいるため、信憑性が高い。
「導き出される結論は一つ、魔獣には圧倒的な成長速度がある。全ての魔獣かどうかはまだ不明だけど」
「そうですか……」
そんな返事しかできない。
ため息が漏れる。
何なんだ?魔獣って。
圧倒的な繁殖力と成長力を誇る?
明らかに自然界の法則を無視してる。
知れば知るほど、歪な存在だって思えてくる。
「まだ仮説の域を出ないけど、ある程度は実証されてるのよ」
ってことはつまり、
「その仮説が真実の場合、魔獣を完全に駆逐するのは不可能に近いってことですか?」
「残念ながら……ね」
マジですか……さすがに暗澹たる心境になる。もしかしたら、星覇者って凄まじく危ういんじゃ?
「ちなみに、今の話は他言無用ね。王クラスにしか開示されてない情報だから」
言ってることは納得できる。誰もが知っていたら、パニックになるかもしれない。星覇者をやめる奴だっているだろう。ただ――
「なんで、俺に教えてくれたんですか?」
そこだけが分からない。
「不利な情報を話さずに後でギクシャクするのは嫌だし。全部納得したうえでパートナーになってほしいし」
パートナーになる前提で話を進めているってツッコミはおいといて。
彼女は信じてもいいのかもしれない。漠然とそう思えた。
会話を続けるまま、先へ進む。
俺は予想外の内容のために周囲への警戒が散漫になっていたりしたけど、フェリシアにそんなことはなかった。
隣を歩いている俺が、彼女の隙を見出せない。
これが一流の星覇者。戦闘だけでなく、索敵をもこなし、魔獣の造詣も深い。
これから成長する余地はあるんだろうけど、接するうちに自信が薄れていく。
「と、お話はここまでね」
彼女は自然体でいるが、すでに剣を構えている。刃はいまだ実体化してないけど。
魔獣が現れた。
魔獣の数は三体、いずれも同種だ。
竜人族が信奉しているドラゴンを小型化したような姿だ。色は銀ではなく、灰色だけど。
「何あれ?」
「知らないの?ガーゴイルよ」
フェリシアがわずかに呆れを含んだ感じで教えてくれた。
信奉神と似ている外見をしているせいで、少し不快感を抱く。嫌悪を覚えずにはいられない。
少なくとも、竜に似ているから攻撃できないなんてことはないな。敬虔な竜人族だったら合掌でもしてたかもしれないが。いや、ないな。魔獣なんだ。
翼を広げればまた印象が変わるだろうが、俺の身長の胸くらいまでしかない。
口元から鋭い牙が見え隠れする。あんなんで噛まれたら、肉を裂かれ骨を砕かれる。常人ならゾッとするだろう。
四肢は強靭な筋肉が発達し、見る者を威圧する。
尻尾はドラゴンと違い、細く長い。
尻尾の先端、両角、翼の先端が槍のように尖っている。
捕食者を思わせる黄色の眼光が俺を射すくめようとするが、俺は耐える。こんな魔獣と戦いに出てきたのだから。
フェリシアの時には感じなかった、濃密な死の気配。何だかんだでフェリシアは殺意を振りまいたりしなかった。
けど、今回は違う。三体のガーゴイルは殺気を隠そうともしない。殺して食らおうとしているのがよく分かる。完全に殺し合いだ。
恐怖を感じる。だが、委縮しない。
星覇者になると決めた時から、この場面は何度もイメージしてきた。それでも思いは変わらず、今は念願の星覇者となった。
いざ本番となったからって、パニックになったりしない。逃げたりしない!
やってやる!
心を思いっきり奮い立たせる。
さて、どう動く?
ガーゴイルの目は、明らかに俺を獲物として狙い定めている。撤退しても追ってくるだろう。
だから、戦い、勝利しなければならない。
「レヴィ」
「はい?」
フェリシアの方へ振り向くと、真剣な眼差しが返ってきた。
「私は自分に向かってくる敵のみ対処するから、基本はあんたが全部倒しなさい」
「了解」
動じてないってことは現れた魔獣はここによく出現し、その強さも問題ないってことか。
俺の経験を積むために手を出さないってスタンスなんだな。元々一人でやってくつもりだったから、俺としても問題ない。
俺自身、手を出さないでくれと頼むつもりだったから、ちょうどいい。
面白い。俺の実力がどの程度通用するのか?
「確かめさせてもらおうか」
右手に銃を、左手に剣を構える。
深呼吸を繰り返す。
幸か不幸か、三体が俺に狙いを定める。
次の瞬間、三本の矢のような物体が俺に飛来した。