第八話
部屋に戻って鍵をかける。
それから、すぐにベッドに横になった。
起きて食事して戻ってくる。それだけなのに、節々が痛むのが辛い。我慢できないほどじゃないけど、さすがに気が滅入る。
やばいな。身体を鍛えることを当たり前にしなきゃやってけないわ。これ。
まだ疲れがとれたわけでもないので、すぐ寝入ることができた。
目が覚めたのは、窓からの日差しによってだ。太陽が天高く昇っているから、昼頃かな?
ベッドから起き上がる。
「あ、起きた」
声の方向へ視線を向けると、フェリシアがフィンにちょっかいをかけていた。フィンは警戒心を隠さず逃げ続けていたようだ。
って!?
「なんでいんのッ!?」
眠気が吹き飛んだ。
俺、確かに鍵をかけたよな?
「合鍵があるからよ。じゃないと壊して入ることになるじゃない?」
頭大丈夫?みたいな感じで返された。彼女が指差す先には確かに鍵がある。
「なるほど。確かに扉は壊されてない――じゃなくてッ!なんで俺の部屋の合鍵を持ってんですか!?」
「女将にもらったからに決まってんじゃない」
至極当たり前のことをなぜ聞くの?って感じだ。
女将……なに余計なことしてくれてんだよ!
「いやいやいや。おかしいでしょ?俺の部屋ですよ!?」
「別にいいじゃない。私たちがパートナーになったら、一蓮托生よ。そんなこと気にする必要もなくなるわ」
なんでそんな自信満々に言い切れんの?俺、異性ですよ?
ひょっとして俺の感覚が間違ってんのかな?急に自信がなくなってきた。
「いや、そうなったらそうですけど……」
「誰のおかげで、ここに泊まれるようになったんだっけー?」
伝家の宝刀を抜かれた。
グッと何も言い返せなくなる。紛れもなくフェリシアのおかげ。そこについては、反論の余地がない。
まずい。このまま事態が進んじゃうと、俺のプライベートエリアがなくなる。けど、打開策が……
このままじゃ、部屋で変なことできないじゃん!?変な物置けないじゃん!?
「何よ、狼狽しちゃって。私に見られて困る物でもあるの?」
慌てて首を横に振る。
「い、いや。まだないので……」
先に荒野のエリアに行っておいてホントに良かった。妙なもの買わなくてマジで良かった。全裸とかで寝てなくてよかった。しないけどさ。
俺、ナイス判断。自画自賛が止まらないって!現実逃避と言うのかもしれないけど。
と思ってたけど、なぜかフェリシアから意味深な笑みを向けられる。
「ふーん。まだ、ね?」
「はは……は。あれですね。今のは言葉の綾というやつでして」
失言に気づいた!しかし、うまいかわし方が思いつかず、乾いた笑みを返すしかない。
「いいわ。それは後でじっくり聞かせてもらうから」
やべぇ。これはこのまま押し切られるパターンになったような……
「そんな情けない顔しなくても大丈夫よ。そんなしょっちゅう来るわけじゃないし」
「あ、そうですか」
顔に出さないよう注意するけど、心から安堵した俺がいた。
しっかし、参った。気が休まる時がないじゃん。自分の部屋だろうと。いや、もういいや。人間、諦めが肝心だ。
そんな会話の最中も、フェリシアはフィンに構い続けていたが、子猫の方は変わらず逃げ続けていた。抱きかかえようとすると、メチャクチャ暴れて腕から逃れてる。
心底嫌がられてると分かって、悄然とするフェリシア。
あー、もの悲しい雰囲気が漂ってるよ。
とりあえず慰めることにする。
「まぁ、フィンは臆病な性格だし、初対面で打ち解けられた人なんていないんですよ」
それに、あんたは紅焔をぶちかましてくれた張本人だし。フィンが気づいてないわけがない。あんな大爆発を引き起こす奴を怖がらないわけがない。
言わないけどさ。
俺はベッドから抜け出して伸びをする。気のせいか、筋肉痛が和らいだような。これなら出られるか?
「出かけるの?」
「ですねー。昨日のようなことはできないですけど、軽めの探索くらいなら問題ないかなって」
フェリシアがフィンに構うのをやめる。改めた感じで切り出された。
「ねぇ?あんたが私のパートナーとなるために、私たちはお互いのことをよく知っておいた方がいいと思わない?」
「いや、それほどでも――ありますね!俺、フェリさんのこと知りたいデス!」
フェリシアがおもむろに剣の柄を握ったので、返答を百八十度転換した。
今気づいたが、彼女は戦闘用の服装に着替えている。どっち道俺を連れ出す気だったのか?
「ん。それでよし」
怖かった……って、なんかこんなんばっかな気がするし。
何だかんだで、俺はフェリシアと一緒にいるのが楽しくなってきた。育ての親を除けば、こんなに親密に話した記憶もないし。
巧妙な罠だな。気づいたら抜け出せなくなる。注意しておかなきゃマジでやばいな。
「じゃ、探索に行きましょうか」
そんな俺の思惑はつゆ知らず、彼女は気楽な感じで宣言した。
いいかな。結局、昨日はフェリシアの戦いを観戦して、フェリシアと戦っただけだ。星覇者の本分である魔獣と戦ってない。
今後生き残っていくために経験値を積む必要がある。
そう思った俺は、フェリシアが退室した後、手早く着替えを済ませる。剣や銃、ブレスレットなどの装備を整える。
よし。行くか!
フィンがこちらを見上げている。
「行ってくるから、少し待っててくれよ」
数回頭を撫でると、フィンは目を細める。
今回、フィンはお留守番だ。
フェリシアが同行する以上、どんな危険が待っているか不安になる。だけど、この部屋にいれば安全だ。
宿泊が決まった時点で、部屋にはフィン用の餌と水が用意されている。出かける前に補充しておいたので少しの外出くらいなら問題ない。今回は数時間探索するだけで、日付が変わるまでやるつもりはない。
ま、予期せぬ事態が発生してそうなったとしても、フィンは一日中寝てるだろうけど。
部屋を出て、フェリシアと合流する。
女将に鍵を預け、二人で宿を出た。
「行ってらっしゃ~い」
背後から女将の呑気な声が聞こえてきた。
複数の視線が寄せられるのを感じつつ、俺たちは広場の門へやって来た。
「今回は森に行きましょう」
あれ?なんか仕切られてるし。
「見晴らし悪いから、初心者の俺にはきついんですけど」
「大丈夫よ。いざとなったら、私があんたを担いで森を抜けてあげるし」
そういや、彼女の翼は飾りじゃない。
前回の戦闘では空中戦を仕掛けてこなかったと思い出す。つまり、俺に合わせて戦ってくれたわけか。
「あー、じゃあ最悪お願いします」
態度には出さないが、心中で敗北感に打ちひしがれる俺。
見透かされたかもしれないが、フェリシアは何も言ってこなかった。
森へ至る門へ入る。
次の瞬間には鬱蒼とした森林へ足を踏み入れていた。
ここにも門番が二人いた。片方の門番が口を開こうとしたが、フェリシアが素通りしてしまう。
しょうがないので、俺も会釈しつつ後に続いた。
しばらく獣道を歩く。
「いいんですか?無視して」
「いいのよ。知らない奴から声をかけられたって、いちいち律儀に応じる必要はないわ」
有名人も大変ですな。
一般人の俺には共感できないので、何も言わなかった。
二人ともしばらく無言で歩き続けた。