第六話
熾天使フェリシア。
相手は、多分誰もが知ってるような有名人。しかも美女。
その申し出を受けるか否か?
「で、答えは?」
「やめときます」
たまらなく魅力的な話だったけど、リスクがでかい。入って早々にそんな危ない橋を渡りたくない。
フェリシアの眼差しが鋭くなる。
「何でよ?そんなにイヤ?」
「イヤじゃないですよ。ただ、俺もまだ死にたくないんで」
フェリシアは少しの間沈黙する。
「そうね。ちょっと性急すぎたわ。生死に関わることだから、すぐにイエスとはならないわね。じっくり考えてみて」
今の内容に、さっきの断りがなかったことにされた感があるが、とりあえず頷いておいた。
「そういえば。あんた、初日なんでしょ?」
「ええ、まぁ――って、なんで知ってんですか?」
今日が俺が天空都市に来た一日目。何とも密度の濃い一日だった。先行きに不安を感じる。ってか、不安しか感じない。
まぁそれはおいとこう。なぜそれを知ってる?
フェリシアが何でもないように、
「あの後、本部に用事があったの。そしたら、セシルとばったり会って。で、教えてもらったのよ」
あの後ってのは、やっぱり死闘のことだよな……
そっちに触れないよう話題転換を試みる。
「はぁ。セシルさんと知り合いなんですね?」
「そうね。一緒に食事したり、買い物行くくらいは仲いいわよ」
そうですか。ご友人であらせられましたか。
「それはそうと。あんた、宿はもうとったの?」
「あー、まだです」
そもそも宿屋がどこかも分からない。居住区のどっかだろうけど。
探そうと思ってたら、目の前の女に連行されたんだけどさ。
「じゃあ、私のところに来なさい」
「はい?」
これは、ルームメイトというやつですか?
「私が使ってる宿はまだ部屋が空いてるらしいから。部屋や食事の質は保証できるわ」
そりゃ、そうですよね。残念な気持ちが湧き上がらなかったといえば嘘になる。
「私と同棲したいなら、手伝ってもらわないとダメよ?」
彼女は見透かしたかのように笑みを浮かべる。
「へいへい。ただ、諦める気はないんですね?」
「当然」
見事なまでに言い切られて、嘆息する。
「考えさせてください」
「ええ。命に関わるからね。じっくり考えて、それから『はい』と答えなさい」
頷きかけて、急停止した。
「どう考えても未来は変わらず?」
「そうね」
言い切られてしまったよ。
その後、彼女に案内されて宿屋にたどり着いた。当分、お世話になることが確定してるらしい。
まぁ、今さら独力で宿を探すのもめんどいから、よしとしよう。ここなら、フィンを連れてても大丈夫らしいし。
「ちょっと待ってなさい。空き部屋について確認しておくから」
そう言って、女主人のもとへ足を運んだ。そのまま何やら話し合っている。
受付にいる金髪の女将、狼人族だな。みたところ中年のおばちゃんだ。恰幅のいい体型で、それにふさわしい威厳が感じられる。一家の主的な?
彼女は、フェリシアの紹介ということで、こちらを時折探るような視線を送ってくる。
「大丈夫みたいよ。ちょうど私の隣の部屋が空いてるって」
「はー、そりゃ助かります」
ともあれ、フェリシアの助けを借りながら受付を済ませ、フェリシアの隣の部屋を借りれることになった。
去り際に、「しばらくお邪魔します」と言い残しておいた。
すると、愛想笑いのような笑みが返ってきた。
「じゃ、女将さん、部屋にはもう水を用意してもらえた?」
「もう終わってるよ!」
なぜか二人で目配せし合ってる。
水?何のためだ?まぁいいや。フェリシアのためなんだろう。
部屋が隣なのは、彼女が露骨な勧誘に――もとい、遊びに来る口実になってしまいそうだけど、そこしか空いてないならしょうがないな。
そこからは、彼女に案内してもらった。階段上って、三階の部屋だった。
「あっちの角部屋が私の部屋で、ここがあんたの部屋ね」
フェリシアは角部屋か。いいなぁ。
フェリシアが俺の部屋の鍵を取り出して、ドアを開ける。開けた後、鍵を渡してくれた。
「なくさないでよ」
「ほい」
が、フェリシアはそのまま俺の部屋へ入っていく。
……なんで?
「どうしたの?早く入ってきなさいよ」
俺の部屋だよな?一応、俺が主になるはずだよな?首を傾げながらも、これから寝泊りする部屋へ足を踏み入れた。
広い。
ベッド。ソファ。本棚。チェスト。テーブルとイス。
それだけの家具があるのに、まだスペースがある。
嘘ぉ!?星覇者ってこんないい暮らしができるの?
感激だよ!これ……
と、俺の感慨に見向きもせず、フェリシアはとある一室へ入っていった。
迷いのない様子だから、自分の部屋と同じような間取りなのかね?
「えーと、何を?」
「ここが浴室よ」
はぁ。部屋に浴槽があるんですか。驚きが冷めないって。
続いて入ってみると、確かに浴室だった。間違いなく。
「水よ」
まぁそうだろう。湯気も出てないし。
ただ、水がどうしたんだ?ま、まさか、色気のある展開か?
「それで――」
何をするつもりか聞こうと思ったら、途中で止まってしまう。
彼女の背から、真紅の翼が生えていた。
いきなり半獣化され、硬直してしまった。呆気にとられる。
ただ、戦闘時のような熱波は感じられない。威圧するような猛々しさでなく、穏やかで力強い印象だ。
俺とは違って、半獣化を使いこなしている。内心、感嘆した。
どうやらさっきの続きを始めようってわけじゃないな。
いくら何でも部屋の中で戦うなんてあるわけないと思うけど、いきなり半獣化されるとそんな馬鹿げたことまで思い浮かぶ。
彼女は掌を浴槽に向ける。小さな火球が放たれた。
劇的な変化が起きる。水が瞬間的に沸騰してお湯になった。
「はい。まだ熱いから、少ししたら入れるわよ」
ポカンと口を開けた。
第一印象が最悪だったフェリシアが、優しくなった。これがツンデレ効果ですか?笑顔を見せられるとやられそうだって……
「あ、ありがとうございます」
感謝の言葉に満足そうに頷く。
「私のパートナーになれば、毎日やってあげる」
流し目された。
心が動いたのはしょうがないと思う。
潔癖ではないけど、風呂に入れるもんなら毎日入りたいし、フィンだって、水よりはお湯で洗ってやりたい。体調崩したら問題だし。
ま、水だろうと湯だろうと洗おうとしたら、暴れるんだけどさ。
「じゃ、私は部屋に戻るわ」
「あ、はい。おやすみなさい」
フェリシアが手を振って出て行く。
「おやすみ。また明日ね」
ドアが閉まる。
ん?また明日?
明日も仲間になれって言われ続けるのか?
ちょっとげんなりしながら、部屋を見渡す。
まぁとりあえず。せっかくだから、風呂に入ろう。
散々動き回ったし、汗もかいたし。
で、風呂に入った。いい湯だった。ちょうどいい湯加減って最高だと思う。
さて、これからどうするか?今後の方針でも考えるか?主に、フェリシア対策を。
と思ったけど、疲れたからもう寝よう。
ベッドに入る。フカフカのベッドですさまじく寝心地がいい。
すぐに俺は意識を手放した。
そうして、ハードだった一日はようやく終わりを告げた。