第四話
何とか逃げ切ったようだ。
「何回、死んだと思ったことか……?バトルジャンキー。二度と関わらないようにしなきゃな」
何度目か分からないため息をつく。
まったくとんでもない一日だったわ。
かろうじて、紅焔を受け切ったが、直後に破壊された。見事なまでに。
半獣化が解除された時は、かなり焦った。俺の半獣化は不完全だから、短時間しか変身できない。
加えて、竜鱗を破壊されても戻ってしまうらしい。砕かれたのなんて初めてだから、今まで知りようもなかった。
世界の広さを教えてくれたな。
まぁ、あの時はそんなことを考える余裕なんてなかった。
紅焔はかろうじて防いだが、そこから発生した衝撃波はどうにもならず結構な勢いで吹き飛ばされた。
身体の節々が痛むが、休んでられない。
とりあえず気配を消して、逃げることにした。半獣化が解除された以上、戦闘の続行は不可能。解除されてなくても戦いたくないのだから、悩むわけもない。
足音を忍ばせながらも、可及的速やかに戦線を離脱した。呼吸も止められるだけ止めた。気配の消し方なんて知ったことじゃないが、根性で何とかする!しなけりゃ、死ぬんだッ!
戦略的撤退なんて言い訳なんぞしない。完全無欠に逃げだ。あんな化け物、太刀打ちできない。
ある程度の距離を確保できた時には、心から安堵して思わず神にも感謝した。もちろん、その神は銀皇竜のことだけど。
不覚にも泣きそうになったなぁ。周りの景色が輝いて見えたし。
が、喜びも束の間。女の怒り狂った絶叫を聞いた時は、マジで肝が冷えた。
逃げなきゃいけないのに、思わず凍りつくほど恐ろしい叫び声。魔物の群れに取り残される方がまだマシだと思ったね。ありゃ。
「女ってもう少しお淑やかなイメージがあったんだけどな。これ以上ないくらい覆されたし」
俺は耳が悪いから聞こえない。何も聞こえない。必死に自分に言い聞かせて、逃亡に死力を尽くした。決して、後ろを振り返らなかった。
ある程度の距離を確保したら、死神に追いかけられてるかのように、死に物狂いで走り続けた。
疲れきって足をうごかせなくなってから、ようやく振り返った。
「あー、マジでトラウマになりそうな体験だった……」
いや。今思えば、あれは幻聴だったんだな。そうに違いない。
世の中切り替えが必要だな。世間の荒波に耐えるにはそんな柔軟さも求められてるんだろうな。
ふぅ。いい汗かいた。ってか、やべぇ。汗かきすぎてクソ暑い。
額をぬぐう。
よくよく考えれば、冷や汗が多かった気がするが、まぁいい運動になった。死ぬ思いも何度もしたけどさ。
まぁ、いいや。深く考えるのはよそう。
あの女に会わないように気をつければいいか。
「ニャー」
隣のフィンが鳴き声を上げる。
俺が地獄の戦場から生還してしばらくすると、どこからか戻ってきた。
薄情とは思わない。むしろこっちに着いてきてたら、足手まといでしかなかったから丁度いい。
「はいはい。飯の時間ね。どっかに食いに行くから、それまで待ってくれよ」
フィンは急かすように前を走り始める。
苦笑して追いかける。
また思考を巡らせる。
反省だな。
半獣化したら、気が大きくなってしまう。万能感に支配されたような、感覚的に何でもできると思ってしまう。
半獣化が解けた瞬間、なんであの化け物に強気でいけたのか自分でも不思議だ。半獣化している時は何とかなると確信していた。今じゃ、どうしてそう思っていたのか理解できない。
万能感が失せ、代わりに自分の顔が青ざめていたことだろう。
無鉄砲さに呆れ果てるよな。大した傷も負わずに戻ってこれたことは、ひょっとして奇跡だったりするかな?
半獣化は切り札だけど、リスクが低くないみたいだ。今回はうまくいったが、次回もうまくいくとは限らない。もう少し自重するべきかもしんないな。
「はぁ……」
「ニャー!」
フィンにまた急かされた。
「へいへい」
フィンを抱え上げる。
つぶらな瞳で見上げてきたが、すぐに暴れて腕から抜け出した。
忘れよう。俺には星覇者としての輝かしい未来が待っているはずだ。トラウマになりそうな女のことはさっさと忘れて、楽しい未来についてでも妄想してよう。
天空都市へ戻り始めた。後方の警戒を怠らずに。あの女に気づくかどうかで、リアルに死活問題になるしな。
天空都市に戻ってきた頃には、すでに辺りが暗くなっていた。
ふぅ。野宿とかにならなくてよかったぁ。
門番には多少怪訝そうな顔をされた。ボロボロでやつれた顔をしてたと思うから、しょうがないな。
まぁ、原因が魔獣じゃなくて、同じ星覇者なんて言えないな。
門番は特に何も言ってこなかったので、星覇者が帰還した時は大体こんな感じなのかな?
門をくぐり、都市内部へ移る。
さっきまでの死闘というかなんというかで店を探す気力が残ってないので、昼に食事したところと同じ店へ行く。
ありがたいことに空席があった。そこに座って注文する。フィンも右隣に礼儀正しく座る。顔は厨房の方に釘付けだけども。
「ふぅ~」
ようやく一息つけた。あー、疲れた。足を伸ばして首をほぐす。
猫用の餌は調理する必要がないから、フィンの分は即座にきた。
運ばれてくる餌を首を長~くしてガン見してる。駆け寄ろうとしないのは、躾がうまくいってる証拠か?そうだと思いたい。ろくに躾けた記憶ないけどさ。
と思ってたら、足元に置かれた皿に向かって突進した。
「待て」を言う暇もなかった。
まぁいいか。ペットじゃなくて、家族的な位置づけなんだし。疲れてたし、素直に諦めた。
ウェイトレスは一心不乱に食べ続けるフィンの姿に和んでるみたいだ。
俺の分を忘れてないよな?
ちょっと不安になったけど、ウェイトレスはすぐに引っ込んだから大丈夫だな。
しばらくしてから、俺の料理も運ばれてきた。
激しい運動したから、すんごい腹減った。肉料理を大盛りで頼んでしまったよ。
かっ込み始めた。うまし!
地獄から生還したことも手伝ってか、昼よりも絶品料理に思える。
ふと隣が静かになってたので視線を向ける。
フィンは満腹になって満足したのか、腹を出して寝転がっている。つぶらな瞳で見上げてきてるよ。この子……
ホント、君は単純でいいですね~。
ため息をつきたくなるが、まぁ動物なんだからしょうがないか。
やれやれと首を振りながら、食事を再開する。
俺も飯が終わったら、宿行って一眠りするかね。
あっという間にたいらげた。うまい飯は早食いにかぎりますな!
「あ~、食った食った」
完食。満腹。大満足。
ふと、今日一日の出来事を思い出す。
しっかし、元々美人だったけど、半獣化した時の姿は神々しさがハンパなかったなぁ。
剣で会話してなかったら、目を奪われてただろう。そこだけが残念だった。
なぜか外が気になって、ふと視線を向けた。なぜか知らんが、ざわめきが起きていたからだ。
赤い髪の女が入ってきた。
反射的に顔を前に戻した後、呻き声を押さえられなかった。
「マジかよ……」
鳥人族の、あの女だった。
俺のとんでもない一日はまだ続きそうだ。
本気で泣きそうになった。
銀皇竜よ。俺はあなたによろしくないことをしましたでしょうか?
もしかして、俺には受難の日々が待ってたり?