第三話
熾天使フェリシア。
星覇者の最高位である王の称号に変わってから、そう呼ばれるようになった。
最初期から星覇者として活躍している、自他ともに認める超一流の星覇者。それが私だ。
孤高の星覇者とも言われているが、単に独力で成し遂げることができただけだ。
今まで誰かに頼ることなく、様々なエリアを探索できた。魔獣との戦闘も勝利してきた。
だが、壁に突き当たってしまった。
今の探索しているエリアにおいて、一人では敵わないと思える強敵が待ち受けていたのだ。
何でも一人でできると自惚れているわけじゃない。
ただ、今まで一人でやってこれたから、誰とも深い付き合いがなかった。
すでに他の星覇者はチームを結成していて、そこに割り込む余地はなかった。
彼女を勧誘してくる輩もいたが、彼女の名声か身体目当てが分かるほど露骨だった。そんな奴らの誘いに乗るわけもない。
心から信頼できる仲間がいない。
このままじゃ私は先へ進めない。誰も見たことのない景色を見ることも、誰も到達したことのない高みへ登ることも。
現状、仲間として迎えられそうな候補は見当たらない。
寄ってくるのは、変わらず勧誘に来るウザいアホどもばかり。
冷たくあしらっても、強制的に排除しても一向に減らない。
いい加減イライラが最高潮に達しそうだ。
ストレス発散のために、魔獣に八つ当たりしていた。一人になろうと荒野を歩いていたら、魔獣が群がって来た時には獰猛な笑みを浮かべたと自分でも思う。
そんな感じでイライラしていると、竜人族の男と出会った。あまりいい出会いじゃなかったけど。
最初はストーカー紛いの星覇者だと思った。
だけど、出てきたのは見知らぬ男、しかも銀髪、驚くべきことに竜人族だった。
最初期から星覇者として活動してきたが、一人目の竜人族と関わることはなかった。どんな容姿かもぶっちゃけ分かってない。
改めて、その竜人族を見つめる。
若い。おそらく、一人目とは違うだろう。
剣や銃を所持していることから、間違いなく星覇者だ。ただ、竜人族が五芒星に入ったなんて聞いてない。
少年というよりは青年といえるかな?
イラついていたことも手伝って、突っかかってしまった。
私のことを知らないのね。じゃなきゃ、あそこまで言ってくるはずがない。もっとも、熾天使なんて恥ずかしすぎて、自分からは絶対に名乗らないけど。
この二つ名をつけた管理者には、殺意さえ湧いたわね。そういえば。
最初は、こんなものかと物足りなさを感じつつも、納得する。
素人がいきなり私と対等に渡り合えるわけがない。当然と言えば当然だけど、一縷の望みを抱いていたことに気づいてしまった。
少し、焦ってるわね。
舐めた口をきいてくる竜人族に引導を渡してやろうとしたら、予想外の事態に発展した。
そいつの実力は、私の予測を遥かに超えていた。半人前だと思ってて、見抜けなかった。
まさか、この若さで半獣化できるなんて思わなかった。
さっきまでは憎まれ口を叩いていたものの、何とか凌いでいた感じだった。間違いなく余裕なんてなかった。
それなのに、半獣化した竜人族の青年は、先ほどまでとは同一人物と思えないくらい変貌した。
それは姿の話ではない。外見なんて角が生えただけだ。問題なのは、中身の方だ。
人格が変わったのかと思える。
さっきまでのヘタレっぷりが幻かと錯覚するほどの変貌だった。
上に君臨し、周囲を睥睨する王者。纏っている雰囲気は、まさにそれだ。
覇王の威圧にさらされながら、私は高揚を感じてきた。
私もすぐさま半獣化した。
我が身に宿りし紅霊鳥よ。秘められし力を解き放て――
背中に一対二枚の紅い翼が生えてた。
少年が疲れたように首を振る。
「できるのか……」
「ええ。正直、する必要がないと思ってたけど、見くびってたようね。謝罪するわ」
私の半獣化もこの男にしたら面倒といった程度なのか。少し嫌そうに顔をしかめただけだった。
動揺を微塵も見せずに、泰然としている様は、こっちの感嘆を引き出させた。
さっきまでの評価を百八十度転換する。もううなぎ上りだ。
半獣化したものの、敢えてさっきまでと攻撃方法を変えずに戦闘を続行してみる。
竜鱗に阻まれても一切気にせず、無数の斬撃を生み出し続ける。
「無駄だ」
「どうかしらね?」
相変わらず竜鱗を突破できない。
でも関係ない。
続けるうちに、本気を出してもいいと確信していく。
次第に加速していく。常人なら目で捉えることも不可能な速さで、竜人族の前後左右から刃を浴びせ続ける。
次第に笑みを浮かべるようになる。
楽しい。
ああ。戦いを心から楽しめるなんて何日ぶりだろう。
私がこれだけ攻撃しても、まだ相手は倒れない。まだ続けられる。戦いを楽しむ時間がある。
弱すぎず強すぎず、対等な相手。
「……楽しそうだな?」
「ええ!心からね」
苦笑されちゃったけど、気にならない。戦いに夢中になってるから。
しばらくすると、さすがに疲れてきたので休むことにした。
結果は変わらず、私の斬撃は悉く防がれた。これが竜人族の特殊能力、竜鱗の防御力ってわけね。
竜人族の彼は、徹頭徹尾動かなかった。私だけ動き回って道化を演じてたように見えてるけど、楽しいからどうでもいい。
「見事ね。私の攻撃がまるで届かないなんて」
「俺の不可視領域はまだ破られたことがないからな」
呼吸を整えながらも、笑みを深める。
「なら、私が最初の破壊者になってあげるわ!」
剣の刃を解除する。
私の最大最強の攻撃をお見舞いしてあげる!
竜人族に竜鱗があるように、鳥人族にも特殊能力がある。
鳥人族の特殊能力。紅焔。
フェニックスの荒ぶる火焔が敵を焼き尽くす。
私は両手をかざし、紅焔を創り出した。
私の胴体を覆えるほどの火の玉が浮かび上がる。
さすがに相手の顔色が変わる。
でも、私に殺す気など毛頭ない。ただむしゃくしゃしてただけ。
まぁ、何度か憎まれ口に頭が沸騰して、ぶっ飛ばしてやろうと本気を出したけど
でも、今ではもう苛立ちは霧散している。
ただ、残念ながらこの楽しみは共有されていない。
それに若干の切なさを感じながらも、相手を狙い定める。
この男なら受け切るだろう。なぜか、そんな確信があった。
「もう十分じゃないか?」
「いーえ!」
満面の笑みを浮かべて返答すると、彼は天を仰いだ。眼差しを私に向け直すと、達観した顔つきになってた。
いい顔ね。覚悟を決めた彼は、まさに精悍だった。
「いくわよッ!!」
竜鱗に直撃した。
次の瞬間、大爆発が起きた。
私のとこにまで爆風が届く。予想してたことだから、踏ん張ってこらえたけど。
辺りに煙が立ち込める。
ふと違和感を覚えた。少し考え、その正体に気づく。
さっきまでの威圧感が消えている。半獣化は解除したのか?
紅焔によって生じた煙に紛れて、どこからか攻撃してくるのかしら?剣だけじゃなく、銃の警戒も必要ね。
「さて、どう出るかしら?」
気配の消し方は完璧だ。私に居場所を全く悟らせない。会った時には気配がダダ漏れだったというのに、この短時間で気配の消し方を覚えたわけ?
只者じゃないわね。もしかして、天才?
終焉を迎えるかと少し危惧していたけど、まだ楽しみは終わらないようだ。
これから、あの男がどう奇襲を仕掛けてくるか、ワクワクしてくる。
煙が晴れてきた。
まだ攻撃してこない?攻撃のチャンスがなくなってくわよ?
相手の意図が見えなくなって、少し不安に思ってきた。
「ちょっと!どこ行ったの?」
あの男の姿が見えない。もちろん、どこかに倒れ伏しているわけでもない。影も形もない。
つまり、結論は一つしか残っていない。
逃げられた……。
さっきまでの高揚感が消え失せ、代わりに湧き上がってくるのは激情。
抑えきれない怒りの感情に任せて体が震える。次の瞬間、絶叫した。
「あんの野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
私は一人虚しく戦場に取り残されていた。