第一章 -8-
「まったく……自分等で追い出したヴォーカルに説得されて仲直りって……」
Tylorのメンバーとヒロが部室を出て行った後、ブチ切れていたはずの愛莉が呆れた様に言った。
もう怒る気もなくなったようだ。
「でも、まさか詩音がTylorを追い出されたなんて思わなかった。
だからこっちに戻って来た時、拗ねてたんだ?」
……グサ――ッ、
“追い出された”という美穂の言葉が胸に突き刺さる。
「み、美穂……その……“追い出された”って言うのは……やめてくれ……」
「あ、ごめん、そんなに気にしてた?」
「いや……まぁ……一回音合わせしただけでノリは『声が良いから』って言われて入ったから、
なんて言うか、その……」
「でも、そのおかげで詩音が戻って来てくれたんだから♪」
千草は慰めるように俺の肩をポンポンと軽く叩いた。
「そうそう、“追い出されて”正解って事で!」
愛莉が追い討ちを掛けるように意地悪そうに笑みを浮かべた。
「愛莉、てめぇー……」
「まあまあ、それよりさ、新しいカバー曲を決めようよ」
またケンカになりそうな俺と愛莉の間に美希が入った。
“ケンカ”と言っても最近はもうじゃれ合いみたいなもんで前みたいにトゲトゲしいものじゃない。
だけどその“じゃれ合い”が始まると、話が前に進まないのだ。
「ところで、カバーもいいんだけどオリジナルは今まで作った事はないの?」
俺はふと疑問に思った事を口にした。
「オリジナルか……そう言えば、そんな話、今までした事なかったなー」
愛莉が腕組みをしながら言う。
「オリジナル、いいかも! やってみたい!」
そして美穂がそう言うとみんなも「そうだね!」と声を揃えた。
「詩音は曲とか詩とか書いた事はあるの?」
美希にそう訊かれ、コクコクと首を縦に振って答える。
「……て、言っても、まともに曲と詩をの両方を書き上げてあるのは十曲くらいだけど」
「まともじゃないのって? どんなの?」
美穂は首を傾げた。
「曲だけとか詩だけとか、そういうのが他に十曲くらい」
「へぇー、すごいじゃん! だったら、そのまともに出来てるヤツから持って来いよ!」
愛莉はすっかりやる気のようだ。
「あぁ! じゃあ、とりあえず明日練習の時に持って来るよ。
それで、みんなが気に入ったのがあればやってみよう!」
こうして――、
俺達はカバーだけじゃなく、オリジナルも作る事になった。
“とりあえず”のヴォーカルだという思いがあった時は、こんな話も切り出さなかった。
でも、俺はもうHappy-Go-Luckyの正式メンバーなんだ――。
◆ ◆ ◆
翌日――。
さっそく、今まで書き溜めていた曲を持って行った。
まずは曲と詩の両方が出来ている“まとも”なヤツ十一曲。
それを部室のMDプレイヤーに入れてみんなで聴く。
「意外とポップな曲が多いね」
「もっと重い感じなのかと思ってた」
「コード進行も小難しくないから作り易いかも」
「これ、もっとテンポを落としてバラードっぽくしてもいいね」
みんなの反応が気になっていたけれど、思っていたよりも良さそうだ。
そうして、一通り全部の曲を聴いて、その中でも作り易そうなアップテンポの曲を二曲と、
バラード一曲の計三曲をピックアップして作る事になった――。
◆ ◆ ◆
夕方――、
「あれ? 確か、お前……」
練習が終わった後、バイト先のライブハウスで思いがけない奴に会った。
「……あ」
俺の前任者・シンだ。
「まさか今日の前座って、お前等のバンド?」
シンは『そんな訳はないよな?』と言った顔をした。
(“まさか”って……)
「俺、ここでバイトしてるから」
「へぇ~、そうなんだ? まぁ、そんなトコだろうと思ったよ」
シンはそう言うと他のメンバーと共に楽屋に入った。
(感じ悪っ)
ちなみに俺のバイト先とは、ちょっと有名なライブハウスで出演するにはオリジナルが五曲以上ある事と
ライブハウスのオーディションに受からなくてはならない。
デビューしたてのミュージシャンなんかもよく使うような結構大きな所だ。
だからシンは“まさか”なんて言い方をしたのだろう。
(てか、さっき『前座はお前等か?』って言ってたという事は、今日はシンのバンドがトリか)
となると、結構上手いと見た。
「「「「おはようございまーす!」」」」
直後、今度は前座のバンドが挨拶をしながら入って来た。
「おはようございます」
俺がそう返すと、
「今日は宜しくお願いします」
メンバー全員で声を揃えてシン達とは別の楽屋に入った。
(普通はこうだよなー)
挨拶無しの横柄な態度で楽屋入りしたシンのバンド・Arrogantとは大違いだ。
だが、Arrogantのリハを見て“口だけじゃない”なと感じた。
確かにシンは歌もギターも上手かった。
愛莉がこいつに抜けて欲しくなかったのも頷けた――。
◆ ◆ ◆
Arrogantのライブは正直すごかった。
何がどうすごいって……まず、外で行列を作っていたファンが開場と共に最前列を確保しようとなだれ込んで来た。
前座のバンドのライブが終わってArrogantのメンバーがステージに上がると、
黄色い声がライブハウス中に響き渡り、さらにシンが現れると地鳴りがする程湧き上がった。
(結成してまだそんなに経っていないのに、もうこんなにファンがいるのか。すごいなー)
しかし、そんなファンの中にも大人しい子はいる。
最前列を陣取って熱狂的に踊り狂っている子達とは対照的に後ろの方に立って観ている子。
特に俺の目に付いたのは、黒いTシャツに赤いチェックのミニスカートを穿いた女の子だった。
(……て、あの子、ひょっとして……)
腕組みをして壁に凭れ掛かっている背の低い女の子――、
(……愛莉?)
キャスケットを深く被っていて顔がよくわからないけれど、背格好が彼女そのものだ。
(けど、愛莉がシンのライブなんか観に来るかな?)
円満に脱退したならともかく、あんな辞め方をした奴の新しいバンドなんか普通は観に来ようとは思わないはずだ。
◆ ◆ ◆
そしてライブ終了後――、
我先にと女の子の群れが出口へ向かう。
逸早く楽屋口へ行って出待ちをする為だ。
ほとんどの客が出て行った後、あの壁に凭れ掛かっていた女の子もゆっくりと出口に向かって歩き始めた。
「……愛莉っ」
その女の子はやっぱり愛莉だった。
ライブ中は暗くてわからなかったけれど、客席が明るくなってある部分がはっきりと見えた。
「し、詩音っ!?」
愛莉はギクッとして固まった。
「「何でこんな所にいるんだよ?」」
二人が同時に言う。
「俺、ここ、バイト……」
何故か片言になる俺。
「あ、あたし、は……」
愛莉はその先の言葉が出て来ない。
(やっぱ、シンのライブを観に来たのかな?)
「……てか、なんでバレたんだ?」
愛莉は変装でもしていたつもりだったらしい。
だって昼間、練習で会った時はいつもの男っぽいロゴだけのダークグリーンのTシャツにジーンズだったのに、
今着ているTシャツは色こそ黒だけど、でっかくて赤いハートのプリントがある“女の子らしい”ものだった。
それにこの赤いチェックのミニスカートに深く被ったキャスケット。
「ピアスでわかった」
愛莉はいつも同じピアスをしている。
小さなドクロのシルバーピアスだ。
「う……」
言葉を詰まらせて俯く愛莉。
するとそこへ……、
「愛莉」
シンが来た。
「……っ」
その声にハッと顔を上げた愛莉は『しまった!』と言わんばかりに表情を歪ませた。
「俺のライブを観に来たのか?」
「そ、そんな訳ねぇだろっ、バカッ、自惚れんなっ」
「ふぅ~ん? じゃあ、なんでそんな格好してんだ? いつもは男みてぇな格好しかしないお前が、
そんな“普通の女”みてぇな似合わない格好して……まぁ、ステージから見ててすぐにお前だってわかったけどな」
長身のシンは愛莉を見下ろして言った。
「こ、これは……っ」
「……これは、俺が頼んだんだよ」
なんとなく愛莉がとても困っているように見えて俺は咄嗟に助け舟を出した。
「実は前座のバンドの客がちょっと少なそうだったから、愛莉に観に来てくれって俺が頼んだんだ。
うちの他のメンバーにも頼んだんだけど、みんなバイトが入っててさ、愛莉しか来られなかったんだ。
んで、どうせなら俺好みの格好で来いって言った訳。俺、愛莉の弱みを握ってるから、な?」
そう言って愛莉に目をやると、
「お、おぅ……」
俺の法螺に乗っかった。
「へぇー?」
シンはまだ納得がいってなさそうだけれど、これ以上上手く誤魔化す自信がなかった俺はこの場を逃げる事にした。
「愛莉、来てくれたお礼に送って行くよ」
「え、でも、お前バイト中なんじゃ……」
「平気」
そう言って、愛莉の手を引いて踵を上げる。
背後にシンの視線を感じるが、そのままカウンターへと足を進めた。
「オーナー、ママ、今俺が一緒にバンドやってるドラムの女の子」
そしてカウンターの中にいるライブハウスのオーナーとママに愛莉を紹介した。
「お、例の“ハーレムバンド”か♪」
「いつもうちの詩音がお世話になってます」
オーナーとママはにっこりと愛莉に笑みを向けた。
「え、“うちの”ってー……」
「実は俺の両親」
そう……このライブハウスのオーナーとママは俺の両親。
つまり俺は、実家が経営しているライブハウス『God Valley』でバイトをしているのだ。
「そ、そうだったんだっ? あ、えっと……仲澤愛莉、です」
愛莉は少し緊張した様子で挨拶をしてぺこりとおじきした。
「詩音が悪い事したらすぐに言ってね? 苛められたりした時とか」
オーナー……いや、父さんは優しい口調で愛莉に言った後、意地悪そうな顔を俺に向けた。
「別に苛めたりなんかしねぇし。つーか、ちょっと送って来るから」
「「はいはーい、いってらっしゃーい♪」」
両親はやけににやにやしながら手を振った。
これは後でいろいろ訊かれそうだ。
「詩音て、ここの息子だったんだ? あたし、中学ン時からここに出入りしてたけど詩音の事、全然見掛けなかった」
『God Valley』を出て、ざわついている楽屋口を横目に俺と愛莉は駅に向かって歩き始めた。
「あぁ、中学の時は客が入る前の準備とか、キッチンの中とか表には出てなかったから」
「ふーん……」
「なぁ、愛莉」
「うん?」
「本当はシンのライブを観に来たんだろ?」
怒るかな? と、思いながら訊いてみた。
「……うん」
すると、意外にもあっさり白状した。
「あたし……アイツの事が好きだったんだ……」
さらにカミングアウトした愛莉。
俺は驚きのあまり言葉も出なかった――。