第一章 -7-
そして、ライブ当日――。
この日は偶然、Tylorも出る事になっていた。
それは、つい先週の事だった。
練習が終わって部室を出たところにノリが現れて、
「来週、ライブがあるから観に来て」
と、言ったのだ。
しかし、日時と場所を聞いてびっくり。
俺達が出演するライブと一緒だったのだ。
ライブハウスのスタッフに挨拶をした後、楽屋に入ると、
「おいっすー」
ノリがいた。
「うぃーす、て……他のメンバーは?」
楽屋の中にはノリ以外のメンバーの姿はなかった。
「まだ来てないよ」
「え、現地集合っ!?」
「うん、そう言うお前等はわざわざどこかで待ち合わせして来たのか?」
「いや、すぐそこのスタジオで最終調整と言うか、軽く練習して来たんだ」
「へぇー、熱心だな」
――と、そんな会話をしているとトシが来た。
「お? お前等んトコはもう全員来てんのか。早いな?」
「いや、すぐそこのスタジオで軽く練習して来たから」
俺は数秒前にも言った台詞をもう一度言った。
「へぇー、熱心だな」
すると、トシはこれまた数秒前にノリが言った台詞を返してきた。
「ははは……」
(あのままTylorに残留しなくて良かったかも……)
十五分後――、
出演の順番を決める為に、七バンドそれぞれのリーダーが集まってくじ引きをした。
「二番目になったー」
ちょっと微妙な顔で帰って来た千草。
「まぁ、初っ端よりはマシだよ」
俺がそう言うと他のみんなも「そうそう」と頷いていた。
そしてTylorはと言うと、俺達の次、つまり三番目になった。
◆ ◆ ◆
逆リハが始まり、俺達が客席で見学をしながらチューニングと指慣らしをしているとTylorがステージに上がった。
「もうTylorの番?」
美穂はバンド経験がなく、こういったライブも初めてだからリハーサルの短さに驚いたようだ。
「今日はバンド数も多いし、リハって言っても各バンドの音のバランスを見るだけだから」
俺の説明にも「そうなのー?」と驚いた様に返す。
Tylorのリハが始まり、ノリがマイクの前に立つ。
しかし、その姿を見てももうあの場所に戻りたいとは思わない。
(ノリ、喉の調子が悪そうだな)
ノリが歌い始めてすぐに感じた。
喋っている時は気が付かなかったけれど、少し声が掠れている。
それにまだ腹式呼吸がちゃんと出来ていない。
本番では緊張で思ったよりも喉が絞まったりするから、変に喉を痛めなきゃいいけれど……。
Tylorのリハが終わって、俺達の番。
「愛莉、OK?」
フロント陣のセッティングが終わり、千草が愛莉の方に視線をやると何やら梃子摺っている様だった。
「んー、ちょっと待って」
どうもスネアの高さを調節しようとスタンドと格闘しているみたいだ。
トシが使った後だから、ネジがきつく締めてあってスティックで挟んで梃子の原理で緩めようとしているけれど、
それでも愛莉の力では緩める事が出来ないようだ。
「俺がやろうか?」
「う、うん」
愛莉は意外にも素直に返事をした。
ギターを置いてネジに手を掛けて回す。
すると思っていたよりもあっさりネジを緩める事が出来た。
「サ、サンキュ」
愛莉はちょっと照れ臭そうに言った。
「うん」
(やっぱり“女の子”だな)
普段男っぽい口調や格好をしていても力は“女の子”だ――。
◆ ◆ ◆
そして、あっと言う間に開演時間――。
一番目のバンドがステージに上がり、それを袖から覗いて客席の様子を窺う。
今日のお客のノリはそこそこ。
良くも悪くもなく……と言ったところだろうか?
しかし、客席の中に知っている顔があった。
(湯川さん、来てくれたんだ)
それは愛莉の友達の湯川さんだった。
それに俺のクラスメイトやファンだと言ってチケットを買ってくれた女の子達も来てくれていた――。
(よっし! 頑張ろうっ♪)
一番目のバンドの演奏が終わり、幕が降ろされる。
「お疲れっしたー」
「はーい、頑張って下さーい」
そんな言葉を交わして入れ替わりにステージに上がる。
セッティングを済ませ、みんなの顔を見回すと美穂の表情が少し強張っていた。
どうやら、かなり緊張しているみたいだ。
「美穂、楽しもうぜ」
“頑張ろうぜ”じゃなくて、ここは敢えての“楽しもうぜ”。
「うん」
美穂は少し不思議そうな顔をしながら返事をした後、その意味がわかったのか表情を柔らかくした。
そうして、千草がライブハウスのスタッフにOKのサインを出すと、ゆっくりと幕が上がり始めた。
美希のベースから演奏が始まり、俺が歌い始めると同時にピンスポが当てられて客席が見えなくなった――。
◆ ◆ ◆
気が付くと俺達のライブは終わっていた。
でも、湯川さんやクラスメイト、後はファンの女の子達のおかげでMCの時も反応は良かったし、
すごく気持ち良く歌う事が出来た。
自分的には“大成功”だ。
「今回の客はなんかノリがいいな」
ステージを降りる時、Tylorのギターの一人、ユウが言った。
「かも。頑張れよ」
そう言って声を掛けると、Tylorのメンバー達は余裕のある顔で笑った。
この様子ならそんなに緊張もしてなさそうだから心配はない。
そう思っていた。
だが……――。
Tylorの演奏は正直、酷いものだった。
まず、ヴォーカルのノリが緊張していてやはり喉が絞まっていたのか、全然声が通っていなかった。
それにバックの音がやけに前に出ている。
リハーサルの時とは大違いだ。
だから、ノリは必死で声を出そうとしているけれど返ってそれが喉に負担を掛けて音程が微妙にズレて汚く聴こえた。
せっかく良い声をしているのにもったいない。
結局、Tylorのライブでは客席の反応はいまいちだった――。
◆ ◆ ◆
――翌日。
部室で昨日のライブの映像を見ながら反省会をしていると、
「「「「詩音っ」」」」
ノリ以外のTylorのメンバー四人が入って来た。
「んっ!?」
突然の事で驚いた。
「「「「戻って来てくれっ!」」」」
「え……?」
しかも、いきなりそんな事を言われ、もっと驚いた。
「「「「……」」」」
千草や美希、愛莉、美穂も驚いた表情で固まっている。
「ちょっと待てよ」
すると、今度は部長のヒロがノリと共に現れた。
「「「「「???」」」」」
俺達、Happy-Go-Luckyのメンバー五人は訳がわからず、ただただ首を捻った。
「お前等、ノリをクビにするって本気なのかっ?」
ヒロの口から出た言葉に俺達メンバーは眉根を寄せた。
(ノリをクビって……?)
こいつ等はノリの事を気に入ってTylorの正式なヴォーカルとして迎えたはずだ。
それが何故……。
「……だって、Happy-Go-Luckyの演奏の時は盛り上がってたのに、俺達の演奏の時は全然だった。
それってやっぱ、ヴォーカルの影響が大きいんじゃないかと思う」
そう言ったのはTylorのベース・要一だ。
「昨日のライブを観に来てくれた子に訊いたら、ヴォーカルが全然聴こえなかったって言ってたし」
「ヴォーカルが聴こえないんじゃ、そりゃ盛り上がるものも盛り上がらないよな」
「やっぱ、いくらカラオケで上手く歌えてもライブで歌えなきゃ駄目だって気付いた」
「だから詩音、やっぱ、お前がいい」
まったく……好き勝手な事を言ってやがる。
「詩音……」
美穂は不安そうな顔を俺に向けた。
「お前等、本気でそんな事言ってんのか?」
「あぁ……」
俺の問いにTylorのリーダー・トシが答えた。
「Happy-Go-Luckyか、Tylorかって言われた時、俺達の方を選んでくれただろ?」
「ノリはHappy-Go-Luckyに入る気がないみたいだし、それなら当分こっちと掛け持ちでもいいから」
「それにお前ならギターも弾けるし」
「詩音だって、本当はこっちの方がいいんだろ?」
Tylorのメンバーが畳み掛けるように言う。
「待てよ、そんな勝手は部長の俺が許さない。メンバーの入れ替えやパート替えはそれぞれのバンド内で決める事だが、
部内の輪を乱すような好き勝手な行動は見逃せない。ノリは軽音部を辞めるつもりなんだぞっ?」
それをヒロが鋭い口調で制した。
「ちょっと待った。ノリが辞める必要ないよ、俺はHappy-Go-Luckyを抜けるつもりも、
Tylorに戻るつもりもないんだから」
俺がはっきり言うと、その場にいた誰もが驚いた顔をした。
「俺は俺のヴォーカルを認めてくれてるHappy-Go-Luckyを抜ける事は考えていない。
それと、俺よりノリの声に惹かれたお前等の所に戻ろうなんて思っていない」
別にあの時の事を根に持っている訳じゃない。
「確かに昨日はノリの声は全然通っていなかった……だけど、それはお前等にも原因はあると思う。
ノリの声量に合わせてPAがバックの音量を調整してたのに、それを無視して手元でボリュームを上げてただろ?」
「「「……」」」
ギター二人とベースの三人はまったくもってその通りと言わんばかりの顔で俯いた。
「それに、ノリは喉の調子も悪かったと思う。リハの時から少し声が掠れてたし、本番では緊張して喉も絞まってた」
俺の言葉にノリはハッと顔を上げた。
「そういうの、全部わかってて言ってんのか?」
「「「「……」」」」
Tylorのメンバーはばつが悪そうな顔をした。
「あの時だって別にギターが弾けなくてもいいって言ったのはお前等の方だし、
俺もノリの方がTylorのヴォーカルに合ってると思ったから身を引いたんだ」
「どういう事だ……?」
愛莉が怪訝な顔で俺とヒロ、Tylorのメンバーに鋭い視線を向けた。
「さっきから聞いてりゃ、『やっぱり詩音がいい』とか詩音が身を引いたとか……、
だいたい“あの時”って、いつの事を言ってんだよっ?」
「ノリが入部してTylorと音合わせした時の事だよ。こいつ等、詩音よりノリの声の方がいいからって詩音をクビにしたんだ」
愛莉の質問にヒロが答える。
「なんだってっ?」
Tylorのメンバーを睨み付ける愛莉。
「あれは……クビにしたって言うか……、詩音の方から……」
「そうだよ、それにノリがTylorに入るって宣言したんだし」
「今だって別に俺達の方からノリにクビって言った訳じゃないし」
「ケンカになって、そしたらノリが辞めるって言うから……」
「ふざけんな! 詩音の事もノリの事も二人が自分から『辞める』って言わなきゃ、お前等の方から
“クビ宣告”してただろうがっ!」
愛莉は完全にブチ切れていた。
いつもは愛莉を宥めている千草も黙ったままムッとした顔をしている。
美希と美穂も何か言いたげだ。
「とにかく、俺はHappy-Go-Luckyを抜けるつもりも、Tylorに戻るつもりもない。
つーか、ノリだって本当は辞めたくないんだろ?」
俺がノリに視線を移すと、ノリはコクンと頷いた。
「お前等だって、俺に戻って来いって言ったのだって“とりあえず”なんだろ?」
「「「「……」」」」
Tylorのメンバーは俺の問いに答えない。
いや、答えられないのだろう。
「俺はTylorのヴォーカルはノリしかいないと思う。昨日のライブを見て改めてそう思ったよ。
ノリにギターを弾いて欲しいなら練習して覚えて貰えばいいし、それに腹式呼吸がちゃんと出来る様になれば
もっと声が出るようになるぞ? 俺だってバンド始めた頃はノリくらいの声量しかなかったんだぜ?」
「え、マジで?」
ガラガラに枯れた声でノリが言った。
「マジ。つーか、声メチャメチャ枯れてんじゃんかよ。これでもノリは頑張ってないって言えんのか?」
「そんな事ないけど……」
トシがノリに視線を移す。
「昨日は対バンにガールズバンドが二バンドもいたし、そいつ等の客も俺等を観に来てくれた客も
女の子が多かったから余計にTylorみたいな重めのロックの受けが悪かったんだと思うぞ?」
「……うん……そうだな。ごめん、ノリ」
トシがそう言ってノリに謝ると、他のメンバーも「ノリ、ごめんっ」と頭を下げた。
すると、ノリも「うん……俺もごめん……」と掠れた声で呟いた。
それから――、
Tylorのメンバーはノリと仲直りをした。