第一章 -6-
千草と美希は素早い動きで俺の両腕を取ると、愛莉が俺のネクタイを引っ張って先頭を歩き始めた。
「ちょ……っ、何だよっ!?」
(犬じゃあるまいし!)
カバンを落としそうになりながら愛莉を睨む。
すると、今度は美穂にカバンを取り上げられた。
「詩音、大人しくついて来ないとカバン返してあげないからねー?」
なんとも素晴らしい連携プレイだ。
「つーか、これじゃあ、逃げらんねぇって!」
……で、結局俺はHappy-Go-Luckyのメンバーに無理矢理部室に連れて行かれた。
というか、“拉致”られた。
「この前、本気でやってるって言ったのは嘘だったのか?」
壁際に俺を座らせ、目の前に愛莉と美穂、両サイドに千草と美希が座り、完全に逃げられないように俺を囲むと
愛莉が怒ったように口を開いた。
「嘘じゃねぇよ」
だって……本気でやってるからとりあえずのヴォーカルじゃ嫌なんだ。
「だったら、なんで部活に出て来ねぇんだよ?」
「……」
「なんでだ?」
口を閉ざした俺に愛莉が威圧感たっぷりに再び訊ねた。
「別に俺じゃなくたってヴォーカルなんていくらだっているだろ?」
本気でヴォーカルをやりたいって奴だってたくさんいる。
「とりあえずヴォーカルがいるならノリに掛け持ちでも頼めばいいだろ?」
ちなみにノリとは先日、Tylorのヴォーカルになった四ツ谷の事だ。
名前が紀仁だから“ノリ”。
「誰がそんな事言ったよ?」
愛莉の片眉がちょっとだけ上がった。
「“とりあえず”のヴォーカルでいいなら、もうとっくにそうしてる。でも、あたし等はそれじゃ嫌なんだ」
「だったら……なおさらだよ。俺の事はもう放っておいてくんねぇ?」
「あたし等とやるのが嫌なのか?」
「違う……俺は、俺のヴォーカルじゃなきゃ嫌だって思ってくれるメンバーとやりたいだけ」
“俺の歌”がいいって言ってくれるメンバーとやりたいだけなんだ……。
「そう思ってるよ」
ここで俺と愛莉の話を黙って聞いていた千草がやっと言葉を発した。
「でも……愛莉はそうじゃないんだろ?」
「っ」
愛莉は俺と視線が絡み合うと少し驚いた顔になった。
「“そうじゃない”って……一体、お前はあたしがどう思ってるって言うんだよ?」
「だから……やる気がある奴なら“とりあえず”誰でもいいんだろ?」
「違うっ、あたしはお前の事“とりあえず”だなんて思ってない!」
「っ」
俺が言った事を即否定した愛莉に今度は俺が驚いた。
「Happy-Go-LuckyとTylorの掛け持ちでキツかったにも拘らず、いつもちゃんと練習して来てたし」
「掛け持ちするって言ったからには、両方のメンバーに迷惑掛かんないようにするのは当前の事だろ?」
「全然弱音とか吐かなかったし」
「そういうのはカッコ悪いと思ってるから」
「ヴォーカルのキャラも使い分けてたし」
「それぞれのバンドでやってる曲調が違うんだから当たり前」
「……で、でもっ、あたしはお前の事、いいヴォーカルだと思ってる!」
愛莉が顔を少し赤くしながら言った言葉に俺はさらに驚いた。
「声だっていいし、歌もギターの腕も悪くない。それでいて真剣にバンドやってんだから
誰がどう見たっていいヴォーカルだっ! だから戻って来てくれ!
それともお前もシンと同じで女ばっかのメンバーは嫌なのかっ?」
「そんな事ないよ。俺は自分のヴォーカルを認めてくれるメンバーとやりたいだけ。
……てか、そんな事、今まで一言も言わなかったじゃんかっ」
「こんな事、照れ臭くて面と向かって言えるかバカッ」
「バカってお前……っ」
「と、とにかくっ、あたし等は全員、お前のヴォーカルじゃないと嫌なんだ!
だから……また一緒にバンドやろう?」
顔を真っ赤にした愛莉が俺を真っ直ぐに見つめていた。
「……うん」
そして俺はまたHappy-Go-Luckyに戻った。
正式なヴォーカルとして――。
◆ ◆ ◆
――翌日の放課後、
「そろそろ、本気でライブの事考えてみない?」
部室にメンバーが揃ったところで千草が切り出した。
「今から決めるとなると早くても夏休みの真っ最中だなー」
「チケット捌けるかな?」
夏休みじゃなきゃ携帯番号を知らないクラスメイトにも直接教室で声を掛ける事も出来る。
後は先日声を掛けてくれたあのファンの子とか。
しかし、夏休みに入ってしまうとそうもいかない。
「それがね、良さそうなライブがあるのよ♪ このライブイベントなら出場バンドの数が多い分、
持ち時間がちょっと少ないけど、チケットノルマも無いからいいと思うんだけど」
俺達がチケットノルマを心配している中、千草がカバンの中から出したのは
アマチュアバンドがよく出ているライブハウスのチラシだった。
「おー、チケットノルマが無いのは助かるなぁ」
「八月七日の土曜日、募集は七バンドで持ち時間はセッティング込みで二十分」
「てことは、約一ヵ月後かー」
「二十分なら四曲くらいだし、手始めにはこれくらいがちょうどいいかも」
「じゃあ、これに決めちゃう?」
「「「「OK!」」」」
ライブの日程は意外にすんなり決まった。
後は今までずっとサボってた分、練習をするだけだ――。
「ところでさ、カバーする曲って詩音はホントにこれでいいのか?」
ライブの日程も決まり、いざ練習開始……というその時、愛莉が俺に言った。
「なんだかんだで結局、詩音抜きであたし等で勝手に決めた曲だから、
本音のところはどうなのかと思ったんだけど」
「俺はこのバンドも好きだし、全然いいよ。けど、愛莉達の方こそいいのか?
なんか俺がヴォーカルになってからポップなのやってるけど、シンとやってたのって王道のロックなんだろ?
俺は王道なのも好きだし、みんながそういう路線のをやりたいんならそっち系の曲でもいいと思ってるんだけど」
「確かにシンとやってたのはちょうど今、Tylorがやってるような曲だけど、
あたしは王道なのよりポップスの方が好きだし、
詩音の声質ならこういう曲の方が合ってると思うから全然いいよ?」
なんか、この時初めて愛莉とまともに意見を交わした気がした。
今までは“とりあえず”のヴォーカルのつもりでいたから、カバーする曲なんて何でもいいって思っていたけれど。
「私も愛莉と同じ意見。王道なのも嫌いじゃないけど詩音とやるなら、やっぱりポップスがいいかなって思う」
「あたしも同じ」
「私はそのシンって人の事は知らないからわかんないけど、詩音の声ならポップスがいいと思う」
そして、美希や千草、美穂も同じ様に言った。
「そっか」
(みんな、ちゃんと俺の事、考えてくれてたんだ……。
なのに、一人で拗ねたりなんかして悪い事しちゃったな……)
“Tylorをクビになってよかったのかも”
Happy-Go-Luckyのメンバーのおかげでそう思えるようになった――。
◆ ◆ ◆
数日後――、
「明日から夏休みだけど、みんな予定とかどんな感じ?
あたしは昼間は練習出来るようになるべく空けてるけど」
練習が終わった後、機材を片付けながら千草が言った。
「あたしは基本的にバイトは夕方からで、友達とちょいちょい遊ぶ予定が入りそうだけど都合は合わせられるよ」
「私もバイトのシフトはなるべく夕方にして貰ってる」
愛莉と美希が片付けの手を休める事無く答える。
「私はバイトしてないから、みんなに合わせられるよ」
しかし、美穂だけはアルバイトをしていないらしい。
バンドをやっていると何かと金が掛かるが、それを全て親が出してくれているという事は
どうやら、わりと“お嬢様”のようだ。
「俺もバイトは基本的に夕方からだから合わせられるよ」
「へぇー、でも、デートの予定とか入ってるんじゃないの?」
美穂はにやりと笑った。
「ないよ、そんなの」
一体、何を根拠に言っているのやら。
「だって、あの打ち上げ以来、詩音のファンになった子もいるみたいだし」
確かに美穂の言うとおり、Tylorのヴォーカルとして打ち上げで演奏して以来、
校内で声を掛けられたりする事もある。
同じクラスの美穂は他のメンバーよりもそういう場面を見ているからこんな事を言ったのかもしれない。
「つーか、『ファンです』って言われてすぐデートって事にはならないだろ?」
「でも、シンはそういうのあったみたいよ?」
……と、美希。
「……俺、アイツとは違うし」
「まぁ、確かに詩音はそんな軽い奴には見えないね」
すると、意外にも愛莉がそんな事を言った。
「シンは“彼女”もよくコロコロ変わってたからねー。可愛い子に告られれば即OKみたいな」
千草は苦笑いしている。
「“可愛い子”って……顔で選んでたって事?」
呆れた様に美穂が言うと、
「そうそう、だから付き合ってる子より可愛い子に告られたら、告った子と付き合ってたよ」
美希も苦笑いしながら答えた。
「俺は……」
言い掛けてやめた。
中学の時も何度か告られた事はあった。
あったけれど……
俺はもし、また誰かに告られたらどうする――?
(……て、誰からも告白されてないのに考えてどうすんだよっ)
「まぁ、とにかく俺はデートの予定もないし、昼間は空いてるから、
なるべく練習の時間が取れるなら練習しようぜ」
とりあえず、そう言って誤魔化した――。
◆ ◆ ◆
翌日――、
俺達はさっそく昼間に練習を入れた。
夏休みと言っても運動部やブラスバンド部、それに先生達も来ているから学校の中は普段と同じ様に騒がしかった。
「おいっすー……、お?」
部室には既にみんな来ていた。
当たり前だけど全員私服だ。
それがなんだか新鮮でちょっと驚いた。
「詩音の私服初めて見たー」
そう言って笑みを浮かべた美穂は淡いブルーのミニスカートで女の子らしい格好をしている。
千草と美希もキャミソールやスカートだ。
ただ愛莉はというと、俺と同じ様にTシャツにジーンズだった。
「なんか……もう一人男がいるみてぇー」
「これが一番楽なんだよ。ドラム叩くのにスカートなんか穿けっか」
愛莉はちょっとムッとした口調で言った。
「それもそうだな」
確かに愛莉はいつも練習の時も制服のスカートから体操服のジャージに穿き替えている。
女の子ばっかりならともかく、俺がいるしな……。
そのあたりは愛莉が面倒臭い思いをしているのかもしれない――。