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第一章 -5-

翌朝――。


登校している時にやけに女の子達の視線が気になった。




(寝癖は直したし、顔は出掛ける前に鏡でちゃんとチェックしたし、ズボンのファスナーも


 大丈夫なはずだし……後は何だ?)




女の子にヒソヒソ話をされる理由がまるでわからないまま学校に向かっていると、


「ねぇ」


後ろから声を掛けられた。




「ん?」




「昨日の打ち上げで一番最初に出てたバンドのヴォーカルの人だよね?」


……と俺に声を掛けてきたのは、駅からずっと後ろをついて来ていた五人組の女子のうちの二人だった。




「そうだけど?」


俺がそう答えるとその女の子達は「きゃあ♪ やっぱりーっ」と顔を見合わせた。




「今度はいつライブがあるの?」




「まだ決まってないけど」




「そうなんだー」


彼女達はがっかりした様子で言うと、


「決まったら絶対教えてね。観に行くから」


俺に手を振った後、後ろにいた残りの三人と合流した。


どうやら二人が代表で俺に訊きに来たみたいだ。


「やっぱりあの人、シオンくんだったよー」とか「まだ次のライブ決まってないんだって」とか


後ろで言っているのが聞こえた。




さっそくファンが出来たみたいだ。






     ◆  ◆  ◆






――放課後。




「ちょっと、いい?」


俺とTylorのメンバーが部室の向かい側の教室を借りてミーティングをしていると、部長のヒロが入って来た。




「うん」


俺達メンバーが返事をすると、ヒロの後ろからもう一人男子生徒が入って来た。




「今日、新しく軽音部に入った一年の四ツ谷。昨日の打ち上げ見てバンドやってみたくなったんだってさ。


 でさ、Happy-Go-Luckyの方で音合わせをしようと思ったんだけど愛莉が怪我してるし、


 どうしてもTylorとやってみたいって言うから、ちょっと歌わせてやって」




ヒロが連れて来た四ツ谷は俺も校内で何度か見かけた事があったから顔は知っていた。


音合わせの時点でHappy-Go-LuckyじゃなくてTylorを指定したという事は、


こいつは“Tylorのヴォーカル”がやりたいのかもしれない。




「なんか歌える曲ある?」


トシに歌詞を見なくても今すぐに歌える曲があるかと訊かれた四ツ谷は、


「昨日の一曲目でやってたヤツとかなら」


と答えた。




「じゃ、俺のギター使う?」


あの曲はヴォーカルもギターを弾きながら歌う。


だが、俺がギターを貸そうと立ち上がると「あ、俺、ギター弾けないからいい」と言った。




(ヴォーカルオンリーか)


まぁ、そんなのはよくいる。


実際、軽音部のヴォーカルの半分くらいはそうだ。






「んじゃ、やってみようか」


セッティングが終わり、トシがカウントを刻んで演奏が始まる。




四ツ谷が慣れた様子でマイクを持つ。


この曲はいつもカラオケで歌っているんだとか。




だが、彼はバンド経験がないらしく、歌い出しがよくわからなくて出遅れた。


発声も見ていると腹式呼吸がまったく出来ていない。


だから声量も小さく、サビの部分でもあまりよく聴き取れないくらいだった。


しかし、声質は悪くない。


どちらかと言うとこの曲調には俺の声より合っていると思う。






演奏が終わり、ヒロに「どう?」と訊かれた四ツ谷は笑って「うん」とだけ答えた。


でも、その表情はすっかりTylorが気に入った様子だった。




「ヴォーカルとしてはまだまだだけど、俺はいいと思うよ」


「うん、詩音の声より低いって事からしてもこの曲には合ってるんじゃね?」


「ギターも別に弾けなくても俺等んトコはツインだから問題ないし」


「うん、俺も同じ意見」


Tylorのメンバーも満更でもなさそうな様子だ。


その言葉を聞いた四ツ谷は「じゃ、俺このバンドに入るっ」と大声で宣言した。




「待てよ、そんな勝手に“入る”とか言っても、Tylorのヴォーカルは詩音だぞ?」




「いいよ、ヒロ」


軽く四ツ谷を睨んだヒロを俺は止めた。




「俺がTylorから抜ければ全て丸く収まるんだから」




「でも……」




「元々、Tylorのヴォーカルになったのだって掛け持ちだったのをどっちか選べって言われたからだし。


 だから、Happy-Go-Luckyに戻るよ……て言っても、千草達もそれでいいって言ってくれたらだけど」


俺はギターとカバンを持って教室を出た。






部室に行くと千草達が雑談していた。


そして俺がドアを開けると同時にぴたりと話が止み、無言になった。




「……」




「……」




「……」




「……」




“静寂が訪れる”というのはこういう事を言うのだろう。


そんな事を思った。




しかし、その“静寂”はすぐに千草によって打ち破られた。


「え、と……音合わせ、どんな感じだった?」




「……」


そんな事を訊かれて「結果、俺の方がクビになりました」とは、とてもじゃないが言い辛い。


すると、そこへヒロが来た。




「四ツ谷、こっちのヴォーカルになんのか?」




「あー、いや……」


愛莉の質問にヒロは曖昧に返した。




「四ツ谷は、Tylorのヴォーカルになった」


俺がそう言うと千草達は短く「えっ」と声を上げて驚いた。




「で、でも……Tylorのヴォーカルは詩音なんじゃないの?」


美穂の言うとおり、俺はついさっきまではTylorのヴォーカルだった。




「うん、けどさっき音合わせして四ツ谷がTylorに入る事になったから」




「じゃあ、詩音こっちに戻って来てくれるのっ?」




「う、うん……みんなが、いいなら……だけど」




「もちろん、いいに決まってるじゃないっ」


美穂は嬉しそうな顔でそう言うと、千草達の方に目をやった。




うんうんと笑みを浮かべ、頷く千草達。


だけど、やっぱり愛莉だけは笑っていなかった。




「じゃあ、詩音も戻って来た事だし、さっそく練習しようよ!」




「無理」


妙にはしゃぎながら言った美穂に俺は愛莉の右手を指差した。




「あ、そっか」


美穂は愛莉の怪我の事をすっかり忘れていたみたいだ。




「別に平気だぞ?」


しかし、愛莉はドラムスティックを持ち、スネアをチューニングし始めた。




「バカ、無茶はしないって約束したろ?」




「だから、“バカ”って言うなよ」




「昨日約束したばっかの事忘れてんだから“バカ”だろ」




「なんだとっ?」




「とにかく、せめて一週間……いや、十日でもいいから大人しくしてろって。


 とりあえず俺はまたHappy-Go-Luckyのヴォーカルやる事になったんだし、焦んなくてもいいだろ?」




「じゃあ、今日はライブの事を考えてそろそろ次にカバーする曲を決めようよ」


すると千草が俺と愛莉を宥めるように間に入った。




だけど、俺は正直どうでもよかった。


TylorをクビになってまたHappy-Go-Luckyに戻っただけ。


千草達はともかく、愛莉はとりあえず俺が戻る事を承諾しただけだ。




「……カバーする曲はそれぞれやりたい曲をピックアップして明日にでも音源と一緒に持って来ればいい。


 ライブの話もライブハウスのスケジュールを調べないとわかんねぇし……つーか、俺今日はもう帰るわ。


 バイトが入ってたの忘れてた」


本当はバイトなんてこんな時間から入っていない。


けど、今日はもうバンドの事は何もしたくなくて俺は嘘を吐いた――。






     ◆  ◆  ◆






――あれから二週間……、




結局、俺はその間ずっとバイトだと嘘を吐いて部活に出なかった。


それでも愛莉の手が治らないとまともに音合わせも出来ないから誰からも文句は言われなかった。


カバーする曲も千草達だけで決めて貰い、連絡事項は全てメールで済ませ、音源や楽譜なんかは美穂から受け取った。




「詩音、今日から部活出るんでしょ?」


愛莉の手が完治したというメールが来た翌日、美穂は朝からご機嫌だった。




「あぁ」


しかし、俺はどうにも乗り気がしない。






そして放課後、約二週間ぶりにHappy-Go-Luckyの音合わせをしている時、


歌詞もコード進行もろくに覚えていないまま適当に歌い、何もかもが中途半端で腑抜けた俺に愛莉がキレた。


「てめぇ、詩音っ! やる気あんのかっ?」




「「「……」」」


演奏を途中で止めた愛莉に千草達は思わず振り返った。




「……別にやる気がない訳じゃねぇよ」


けど、本当はまったくやる気なんてない。




「だったら、ちゃんとやれよ!」


「やってんだろっ?」


「やってねぇからこんなグタグタな演奏になってんだろがっ」


「仕方ねぇだろっ? バイトで忙しかったんだから!」


「そういう事を言ってんじゃねぇよ!」


「じゃあ、なんだよっ?」


「コード進行とか歌詞を覚えてない以前の問題だって言ってんだよ!」


「……」


そりゃそうだ。


俺は何も言い返せなかった。




「まぁまぁ、二人共……」


千草が仲裁に入り、美希と美穂も俺と愛莉の顔を交互に窺った。




「やる気がないんなら辞めろっ!」


しかし、愛莉は完璧頭に血が上っていた。




イラついていた俺は愛莉のその一言にキレた。


「わかったよ! そんなに俺のヴォーカルが気に入らねぇなら、お望み通り辞めてやるよ!」




「し、詩音っ」


千草達は慌てて俺を引き止めた。




だけど俺は結局、そのまま帰った――。






     ◆  ◆  ◆






――翌日。




俺は部活にも出なかった。


すると夜、美穂から電話が掛かってきた。


着信履歴を見た瞬間、態と出ないでいようかとも思ったけれど、今日も学校でずっと俺に話し掛けようとしていたし、


ここで出なくてもどうせ明日学校で捕まると思った俺は五回目のコール音で通話ボタンを押した。


「もしもし」




『……美穂、だけど』




「うん、何?」




『詩音、ホントにバンド辞めちゃうの……?』




「別にヴォーカルは俺じゃなくてもいいし」




『そんな事ないよ』




「いいよ、お世辞は」




『お世辞だなんてそんな……私は……』


「ごめん、キャッチ入った。んじゃ」


俺は美穂が全部言い終わらないうちに無理矢理電話を切った。


本当はキャッチなんて入っていない。




嘘まで吐いて美穂の事を拒絶して……、


(……俺って最悪)






     ◆  ◆  ◆






――それから更に三日が経ち、俺はまた部活に出なくなった。




HRが終わるとすぐに学校を出て楽器店やライブハウス、練習スタジオを回って


バンドメンバー募集の掲示板をチェックしていた。


もちろんインターネットでもメンバー募集のBBSを毎日のようにチェックしている。




教室では相変わらず美穂が話し掛けたそうにしていた。


だけど、俺はそれにも気付かないフリをして今日も楽器店にでも寄って帰ろうとHRが終わったと同時に立ち上がると、


「……詩音」


躊躇しながら俺を呼び止める声がした。




「……」


無言で振り向くとやっぱり美穂だった。




「詩音、部活一緒に行こう?」




「俺、今日用事あるし」




「バイト?」




「別になんだっていいだろ?」


我ながら流石にちょっと冷たい言い方しちゃったかな?




「……」


美穂はちょっと俯いて、それでもまだ俺に何か言いたげにしている。




「……じゃな」


そして俺が教室を出ようと歩き出すと、今度はHappy-Go-Luckyのメンバーが目の前に立っていた――。

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