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第一章 -4-

愛莉のチームからタイムが要求され、しばらくして別の女子と交代する事になった。


どうやら突き指をしたらしい。




「愛莉っ」


俺と美穂、湯川さんは保健室に向かった愛莉の後を追った。




「大丈夫か?」




「うん、ちょっと突き指しただけ」


愛莉は強がって何でもなさそうに言ったけれど、なんか痛そうだ。






     ◆  ◆  ◆






「あまり酷くはないから、全治二週間てとこね」


保健室に行き、診察と処置をして貰った。


幸いにも突き指は普通より軽かったらしい。


しかし、完治するまではなるべく右手を使うなと保健室の先生に言われた。




「今日の打ち上げは無理だな」




「何言ってんだよ? やるぞ」




「はぁっ!? そっちこそ何言ってんだよ?」




「こんな突き指くらい、なんでもねぇよっ!」




「バカッ! お前突き指舐めてんじゃねぇぞっ?」




「バカって言うな! 後、“お前”って言うのも!」




「「あ、あの……二人共……」」


俺と愛莉が言い合いをしていると美穂と湯川さんが仲裁に入った。


保健室の先生も苦笑いしている。




……ガラ――ッ、


そこへ今度は千草と美希が保健室に入って来た。




「愛莉、怪我したんだって?」


「大丈夫? ……て、どうしたの? 二人共」


千草と美希は睨み合っている俺と愛莉を見て動きを止めた。




「……とにかく、絶対出るから」


愛莉は俺を睨み付けたまま言うと、保健室を出て行った――。






     ◆  ◆  ◆






スポーツ大会が終わった後――、




「嫌だっ! 絶対出るっ!」


愛莉はまだごねていた。


打ち上げが始まるまで後、十分もない。




「愛莉、その手じゃ無理だよ」


「そうよ、今日は止めておいた方がいいって」


「ライブはまたいつでも出来るじゃない?」


メンバーのみんなも心配そうに言っている。




「これくらいなんでもないってば!」




「バカッ! お前、無茶してドラムが叩けなくなっても知らないぞっ?」




「だから、“バカ”って言うな! 後、“お前”もっ!」




「今、そんな話してねぇだろっ? つーか、なんでそんなに無理してまで出たいんだよっ?」




「それは……っ」


愛莉は言葉を詰まらせ、俺から目を逸らした。




「……詩音、これが終わったらTylorに行くんだろ?」




「あぁ」


俺はこの打ち上げが終わったらTylorに専念するつもりだ。




「だったら、やっぱ出る」


「はぁっ!?」


「ヴォーカルいなくなるんだから、今度はいつライブが出来るかわかんねぇだろ?」


「……」


確かに打ち上げが終わって、ヴォーカルを捜すにしてもすぐに見つかるかどうかわからない。


もし、見つからなければ練習は出来るけどライブなんて出来ないだろうし……。




「……それなら、俺がヴォーカルやるよ」




「えっ」




「打ち上げが終わってヴォーカルが見つからない時はって事だけど」




「……いいのか?」




「そりゃ、掛け持ちは楽じゃないけど、それで愛莉が納得するなら。


 完治するまで大人しくしててくれるなら、俺がヴォーカルをやる」




「……」




「だから、もう絶対無理すんなよ?」




「……おぅ」


俺が顔を覗き込むと愛莉は小さな声で返事をした。






     ◆  ◆  ◆






打ち上げ開始時間になり、愛莉達のバンド・Happy-Go-Luckyが欠場する事になった関係で


一バンド二曲だった予定が三曲やっていい事になった。




「「「詩音、頑張ってね」」」


トシ達のバンド・Tylorで一番目に出る事になっている俺に千草達が声を掛けてくれた。


しかし、愛莉は打ち上げに出られなくなったのがショックなのか、どこか元気がなく、


ステージの上のドラムセットを見つめていた。




「愛……」


そんな彼女に俺は何か声を掛けようと思って、やっぱり止めた。




だって……、




なんて声を掛ければいいのか、わからなかったから。


今からTylorでやる曲が応援歌みたいな感じの曲なら『愛莉の為に歌うから元気出せよ』なんて


カッコいい台詞の一つでも言えたのかもしれない。


しかし、今日やる三曲はラブソングだったり、世の中に反発するような内容のとても応援歌には程遠い超ロック。


だから言えなかった。


俺達の衣装も上から下まで全部黒尽くめだし、髪の毛もちょっと立ててたりする。






そうして――、


出番直前、トシ達と円陣を組んで手を重ねた。


こういうのは前に組んでたバンドではやっていなかったから俺的には結構新鮮だ。




「俺達の初ライブ、頑張ろうぜっ!」


「「「「おぅっ!」」」」


リーダーのトシ、そして俺達メンバーの声がステージ裏に響き、気合いを入れた後、


ステージに向かって一歩踏み出すと――、


「……頑張れよ」


愛莉の声が聞こえた。


すごく小さな声だったけど、確かに聞こえた。




少しだけ俺が振り向くと愛莉はプイッと顔を背けた。




(意外と可愛いトコあんじゃん)






     ◆  ◆  ◆






「詩音っ!」


演奏が終わって舞台袖に下がると美穂が駆け寄って来た。




「お疲れ様! すっごくカッコ良かったよ!」




「え……あ、ありがと」




「こっちのバンドの時とは全然違ってて、ちょっとびっくりしちゃった!」


美穂はやや興奮気味に言った。


確かに俺はTylorとHappy-Go-Luckyではヴォーカルのキャラというか歌い方というか、そういうのを使い分けていた。


まぁ、それは単純に二つのバンドでやっている曲調がまったく違うからだけど。




そして美穂の後から千草達も「お疲れ様」と来てくれた。




ただ、愛莉だけは俯いたままだったけれど――。






     ◆  ◆  ◆






打ち上げが終わって――、




軽音部の部員全員で機材の後片付けをして部室に戻る途中、


渡り廊下で千草達Happy-Go-Luckyの元ヴォーカル・俺の前任者に会った。


初日に愛莉とケンカをして部室を出る時、俺とぶつかりそうになったあの“シン”とか言う奴だ。




「よぉ、久しぶり。今日は打ち上げ出てなかったんだな? もしかしてヴォーカルまだ見つからないのか?」


そいつは少し俯いて歩いていた愛莉に口端を上げて話し掛けた。




「いや、今日はあたしが怪我したから出られなくなっただけ」




「ふーん、でも、どうせまだヴォーカル見つかってないんだろ?」


シンは愛莉の右手に視線をやりながら軽く鼻で笑った。




(“どうせ”って……)


まるでケンカを売っているような言い方。


愛莉の隣にいた俺はややムカついた。




「ヴォーカルならお前が抜けた後、すぐに見つかったけど?」


愛莉もムカついたのか不機嫌な様子で言い返した。




「へぇー、俺以外にお前ンとこのヴォーカルをやるような奇特な奴がいたんだ?」




「なんだよそれ?」




「お前について行ける奴なんて、そういないと思ってたって事だよ」




「ふんっ、御生憎様。ちなみにお前の言うその“奇特なヤツ”ってのがこの隣にいる奴だけどな」


シンの言葉がよっぽどムカついたのか、愛莉は隣にいる俺を親指で差した。




(おいおい、俺はもう一応TylorのヴォーカルでHappy-Go-Luckyのヴォーカルじゃねぇぞ?)




「あ? でもコイツ、さっき違うバンドで出てたじゃん」




「掛け持ちでこっちのヴォーカルもやってんだよ」




「ふーん」


シンは俺の顔を一瞥すると、


「ま、精々この新しいヴォーカルくんに逃げられないようにな」


捨て台詞を残してスタスタと去って行った。




(つーか、もう逃げつつあるんだけどな)




「……」


愛莉は『言いたい事だけ言ってさっさと行きやがって』と言う顔で、シンの後姿を睨むように視線を投げ掛けた後、


再び俺と一緒に歩き始めた――。






「……」




「……」


俺と愛莉は黙ったまま歩いていた。


どうにも気まずい……。


しかし、特に話題もなくただ黙々と部室に向かって歩いていると、


「……ごめん、勝手に“うちのヴォーカル”なんて言って」


愛莉がぽつりと言った。




「……いいよ、別に……俺もなんかアイツの言い方にちょっとムカついたし」




「なんで?」




「なんでって……そりゃ、何もあんな言い方しなくったっていいと思ったから」




「でも、確かにアイツの言う通りだよ。千草達はともかく、あたしはヴォーカルには厳しいから、


 ついて来れる奴なんてそういないし」




「愛莉は多くを求め過ぎなんだよ」




「うん……でも、妥協はしたくないから」




「歌が上手くて、ギターが弾けて、さらにはルックスがいい奴?」




「違う」




「じゃ、何?」




「音楽が好きで、やる気がある奴」




「そんなの、その辺にゴロゴロいるだろ?」




「あたしも最初はそう思ってた。でも、実際には音楽は好きでも本気で上手くなろうっていう気がない奴ばっかだし」




「まぁ、軽音部は他の部活と違ってお気楽な感じがするからなぁー」


事実、部内にそういう奴等が集まったバンドはある。


メンバーの集まりがやけに悪いバンド、せっかくメンバー全員が揃っても練習そっちのけで喋ってばっかのバンドとか。




「あたし等は本気でやってるのに」




「確かに本気でやってるバンドにお気楽な奴が入ったら、そりゃついて行けないよなー」




「詩音はどうなんだよ?」




「俺だって本気だぞ?」


本気でやってるから掛け持ちするのが辛いんだ。




「だったら……」




「?」




「いや、なんでもない」




「何だよ?」


俺は愛莉が言いかけてやめたのが妙に気になった。


だけど愛莉は結局、「Tylorのステージ、なかなかよかったよ」とだけ言って誤魔化した――。

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