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第一章 -37-

「うちのお母さん、長い間子供が出来なくて、それで仕方なく愛人ていうか、お祖母ちゃんが


 お父さんに宛がった女性の子供を正式に認知して籍に入れたの」


少しだけゆっくりとした口調で話し始める美穂。




「“宛がった”って……お袋さんに子供が出来ないから態と別腹を作らせたって事か?」




「うん」


シンの言葉に頷いて答えた美穂。


これが老舗の跡継ぎ事情ってヤツなのか?




「お祖母ちゃんは、お父さんにお母さんと離婚して、お兄ちゃんを生んだ女性と結婚させようとしたみたいだけど、


 お父さんはそれだけは絶対に嫌だって言ってその女性に慰謝料を払って縁を切ってしまったの」




「「「……」」」


俺達は言葉も出なかった。


普段の彼女からはそんな事情がある事など微塵も感じられない。


だから、余計に驚いた。




「お祖母ちゃんはお兄ちゃんの事を跡取りとしてとても大切に育てて、いろんな英才教育をしてたんだって。


 でも、お兄ちゃんが五歳の時にお祖母ちゃんが亡くなって……そしたら、そのすぐ後に私が生まれたの。


 それで私も中学まではおせんべい屋さんの女将修行というか、それなりの英才教育を受けてたんだけど……、


 私が中学を卒業する前に正式に家業はお兄ちゃんに継がせることにしたってお父さんに言われて……、


 私としてはじゃあ、今まで受けてきた英才教育は何だったのかって思って……、


 だって、音楽は嫌いじゃなかったけど私はピアノより歌やギターを習いたかったし、


 日本舞踊よりジャズダンスが習いたかったし、英会話を習ってる暇があるなら、


 他の友達と話をしていたかったし……だから、本当は香澄さんと同じ音楽高校に進学するはずだったんだけど、


 それも止めて滑り止めで受けてた今の高校に行く事して、ちょっとだけ反抗するつもりだったの。


 けど、その反抗心で飛び付いたバンドが面白くて、今に至るって感じかな。


 それに、今はお兄ちゃんに継いで貰う事になって良かったって思ってる」




「なんで?」




「だって、そのおかげで私は自由になれたんだし、もしも私が結婚する時に相手の男性が


 詩音みたいな一人っ子だったら婿養子に来て貰えないから困るでしょ?」


そう言って、美穂は明るい笑みを浮かべた。




「そんな問題っ?」


シンは少し呆れている。


だが、これが美穂の性格なのだ――。






     ◆  ◆  ◆






「ねぇねぇ、次はどれに乗る?」


レストランで早めの昼食を終えた後、ボートで探検に出るアトラクションや、


ロケットで宇宙に飛び立つ設定のジェットコースターに乗った後、美穂が楽しそうに言った。




「ティーカップは?」


そんな美穂に東野先輩も楽しそうに言った。




「わぁ、それにしましょう♪」




「では“姫”、お手をどうぞ」


シンはそう言うとスッと美穂の前に掌を差し出した。




(姫扱いかよっ!?)




美穂は少し驚いたような顔をした後、シンの掌にそっと自分の手を重ねた。




(つーか、普通に手繋いじゃってるよっ)


俺の中でシンはとてもクールなイメージがある。


だから正直ヤツがこんなキザな台詞を言いながら美穂と手を繋ぐだなんて思わなかった。


いや、本当はこんな奴なのかもしれない。




以前のシンは人当たりがとても悪く、壁を作っているというか誰にも自分の本性を見せなかった。


それが今はこうだ。


本当は人が好きで優しい性格なのだろう。


現に腹違いとは言え姉の為に彼女が楽しめそうな場所に連れて行っているんだから。




「神谷くん?」


先に歩き始めた“シン王子と美穂姫”の二人を唖然としながら見つめていると真横から


東野先輩が俺の顔を覗き込んでいた。




「あ? ああぁぁ、す、すいません」




「シンくんて渡瀬さんと仲が良いのね」


俺が反応すると先輩はクスッと笑って、前を歩く二人の後を追うようにゆっくりと踵を上げた。




「でも、美穂は俺と同い年だし、Happy-Go-Luckyに入ったのも俺の一日後だから、


 シンとはまったく面識がなかったんですけどねー? 話すようになったのも去年の今頃からですし。


 それに先輩と会う前のシンって、そりゃもう酷かったんですよ? 特に女子に対しては」




「そうなの?」




「えぇ、今もクール系のキャラは基本的には変わってないと思いますけど、以前は心を


 閉ざしてる感じでしたからねー」




「じゃあ、渡瀬さんには心を開いてるのかな?」




「先輩にも開いてると思いますよ?」


――そんな話をしながら再び視線を前に戻すと、“シン王子と美穂姫”が俺と東野先輩に


早く来いと激しく手招きをしていた。






「よぉ~し、回すよ~♪」


四人でティーカップに乗り込み、美穂は立ったまま両手でがっしりハンドルを掴むと、勢い良くグルグルと回し始めた。




「「わぁっ!?」」


「「きゃあっ!?」」


いきなり激しく回転を始めたティーカップに俺達の体がついて行かず、みんな一斉に大きく傾く。




「こ、こらっ、美穂~っ!」




「ごめーん!」


……と、更にぐるぐるとハンドルを回す美穂。




「一旦ハンドルから手を放せ~っ!」




「えーっ! 放したらコケちゃいそーっ!」




「なら、せめて回すのやめろーっ!」




「止めるのって逆に回せばいいのーっ?」


そう言って今度は逆にハンドルを回す美穂。




「「のゎぁっ!?」」


「「きゃっ!?」」


そしてまたみんなの体が逆方向に傾く。




「逆に回したら逆回転になるんだよっ! いいから、手を放せ~っ!」




「つーか、逆に回したら止まるってどんな発想だよっ?」


ここで思わずシンも突っ込みを入れる。




先輩はもう目が回りかけている様子だ。


これはまずい。




「美穂、シンと両側から支えてやるからハンドルから手を放せ」


体勢をなんとか立て直しながらシンと一緒に立ち上がって美穂の背中を支える。




「もう放していい?」




「いいよ」


シンは苦笑いしながら美穂の体を支えていた腕にグッと力を入れた。




美穂はゆっくりとハンドルから手を放した。


そこから徐々に回転スピードが落ちていくティーカップ。




そうして、ようやく落ち着きを取り戻すと、周りから失笑が聞こえた。




「ご、ごめ~ん……」


ちょっとばつが悪そうに俯く美穂。




「ま、俺等もよくわかんなかったしな」


シンは優しい口調で言った。




「確かに、ちょっと目が回ったけどこれはこれで面白かった……てか、先輩、大丈夫ですか?」


俺の隣では東野先輩の焦点が定まっていない様子だった。




「え……えぇ……」


反応はあったものの、どうやら昇天しているようだ。




「わぁぁんっ、ごめんなさいぃーっ」




「だ、大丈夫ー、少ししたら落ち着くと思うからー」


申し訳なさそうに言った美穂に先輩は目を泳がせながら答えた――。






「香澄さん、落ち着きました?」


ティーカップを降りた後、近くのベンチに移動して一休み。


暖かい紅茶を飲んで、ほぅーっと息を吐いた東野先輩に美穂が声を掛けた。




「うん、もう大丈夫」


彼女は心配そうにしている美穂に柔らかい笑みを向けた。




「はぁ~、だけどもうティーカップは懲り懲り……」


先輩が落ち着くと今度は美穂が今更ながらに疲れたように息を吐いた。


その様子にシンはクツクツと笑っている。




「回る系はもういいかも……」


美穂は余程懲りたようだ。




「じゃあ、観覧車もやめとくか?」


そんな美穂にシンが態と意地悪そうに言う。




「えっ、やだぁ、観覧車は絶対乗るもんっ」




「けど、あれも一応“回る系”だぞ?」


俺もここぞとばかりに少し意地悪く言ってみる。




「あれはそんなに激しく回んないから平気」


美穂はそう言って甘そうなココアを一口飲んだ。




「なら、これ飲み終わったら観覧車に乗ろうぜ」


シンは小さく笑みを浮かべた。






それから俺達四人は、観覧車に乗る為に行列に加わった。


気が付けばもうすぐ黄昏時。


きれいな夕陽が見られるこの時間からは観覧車に並ぶ人が増える一方だ。




「四人だと観覧車の中が狭くなるから二手に分かれよう」


そう提案したのはシンだった。




「うん、そうだな」


この時俺は特に何も考えずに賛成し、俺と東野先輩、シンと美穂の二組に別れて並んだ。






しばらくして俺達の順番が回ってきた。


先にゴンドラに乗り込んだ俺は先輩に手を差し伸べた。




「ありがとう」


俺の掌にそっと手を重ねた先輩。


少し強い力で先輩の手を引いてゴンドラの中に入れると外側からドアにロックが掛けられた。




……カチャン――ッ、という音が狭いゴンドラの中に小さく響く。




そして、すぐ隣のゴンドラに目をやるとシンも美穂の手を取ってゴンドラに乗せていた。




「やっぱり二人ずつに分かれて正解でしたね。四人入るとちょっと狭苦しいかも」


二人きりの密室の空間にドキドキしながらそれを誤魔化すように言う。




「ふふ、そうね」


東野先輩は笑いながら外の景色に目をやった。




「先輩って、柳沢さんといつもどんなデートしてたんですか?」




「んー、映画を観たり、オーケストラやオペラを聴きに行ったりとか……かな」




「それじゃあ、先輩はともかく柳沢さんは俺達のバンドのライブは面白くなかったんじゃないですか?」




「ううん、そんな事ないわよ? 彼、神谷くんのバンドの曲とか好きだし」




「そうなんですか?」




「うん、クラシックはやってるけど慎くんのバンドも嫌いじゃないし、音楽全般好きなのよ」




「へぇー」


そんな話をしているうちに徐々に高度を増すゴンドラ。




「先輩、高い所平気なんですか?」




「……ん、平気だと思うけど、ちょっとドキドキして来たかも」


先輩は不安そうに手摺に掴まっていた。




「大丈夫ですよ、そうそう落っこちる事なんてないですから」


とはいえ、結構大きな観覧車だから相当な高さまで上がる。


高所恐怖症の人間じゃなくても多少は恐怖を感じるだろう。




「先輩、見て下さい。海が見えますよ」


下ばかりを覗いている彼女に俺は少し遠くに見える海を指差した。




「わぁ……っ」


東野先輩は顔を上げて海が視界に入ると目を輝かせた。


その彼女の横顔をあの日と同じ様に真っ赤な夕陽が照らす。




「綺麗……」


夕陽を見つめながら微笑む先輩。




「本当に……綺麗ですね」


でも、俺は先輩の横顔を見つめながら言った。


日が傾くと共に俺の気持ちも東野先輩へと傾く。




しかし……、




「賢悟さんにも見せてあげたいなぁ……」


彼女の気持ちは柳沢さんへと傾いていた。




(ですよねぇ……)


ゴンドラが上昇して行く中、俺と先輩の想いも上昇していた。


但し、それぞれ違う相手にだった。






そして、俺と先輩を乗せたゴンドラが頂点に達すると黙ったまま夕陽を見つめていた先輩が


不意に俺の顔を見上げて言った。


「今日、神谷くんに連れて来て貰って良かった……ありがとう」




その柔らかい笑みに俺の胸が締め付けられる。


だって、先輩が“連れて来て貰って良かった”って言ったのは、きっと今度は自分が柳沢さんを


連れて来て、この綺麗な夕陽を二人で一緒に見ようと考えているからだってわかったから。




だから、その“ありがとう”なのだ。




「……先輩が喜んでくれてよかったです」


俺は複雑な気持ちを押し殺して笑みを浮かべた――。






ゴンドラが下に到着し、外から掛けられていたドアのロックが外されて二人だけの空間が終わった。


シンと美穂もゴンドラを降りて俺達に近づいて来る。


……しっかりと手を繋いで。




そして――、




「俺達、付き合う事になったから♪」




「「えぇぇっ!?」」


シンが満面の笑みで言った一言に俺と東野先輩は素っ頓狂な声で驚いた。




(この二十分足らずの間にゴンドラの中で一体、何が――?)




俺と先輩は違う相手に想いを上昇させていたけれど、シンと美穂の想いは一つになって上昇したようだ――。

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