第一章 -3-
それから軽音部には美穂の他に新入生が四人入ってきた。
美穂が入部した翌日にギターが二人、そして更にその翌日にドラム、最後にベースの計四人。
全員男だ。
……で、そのまま新入生でバンドを組む事になった。
これでヴォーカルが入って来なければ俺がこの新入生バンドに移る事も有り得る。
それまでは俺が掛け持ちで新入生バンドのヴォーカルもする事になった。
しかし――、
一ヶ月後。
結局、新入生の入部希望はあの四人以降来なかった……。
◆ ◆ ◆
そんなある日の昼休憩、俺は部長のヒロに呼び出された。
「詩音、お前はどっちのバンドと一緒にやりたいんだ? 千草のバンド? それともトシ?」
トシとは新入生バンドのリーダーでドラムの川崎寿和の事だ。
千草達のバンドはあのメンバーでもうずっとやっているだけあって、何の曲をやるにしても纏まりはいい。
一方、新入生バンドの方は男ばっかで勢いはあるけれど纏まりとしてはまだまだだ。
まぁ、結成して一ヶ月くらいしか経っていないんだから当たり前だけど。
「んー、俺は絶対男のメンバーがいいとかはないけど、男同士だと変に気を遣わずに済むっていう面では
トシ達のバンドの方がいいかな」
それに千草達のバンドにはあの“小動物女”もいる。
初日みたいに俺に突っ掛かってくる事はないが、他のメンバーはともかく、あいつにとっては
俺は“とりあえず”のヴォーカルだ。
「てか、やっぱ掛け持ちだとまずいの?」
「いや、特にまずくはないんだけどな。お前が大変なんじゃないかと思って」
まぁ、確かに掛け持ちは楽じゃない。
それぞれのバンドでやっている曲が違うし、曲を覚えるのも他のメンバーより多いからな。
「それと、実は今度六月の頭にスポーツ大会があるだろ? その最後にさ、軽音部の全バンドが出演する
打ち上げが体育館であるんだよ」
「へぇー、そんなのがあるんだ?」
「そ。……で、そろそろどっちのバンドで出るか決めてさ、練習しないといけないだろ?
今まではとりあえず掛け持ちしてもらってたけど、全校生徒の前で演奏するからには
どっちのバンドで出るにしてもちゃんとガッツリ練習したいだろうし」
「うん、そうだな」
「じゃあ、お前はトシ達とやりたいって事でいいんだな? 後は放課後、他のメンバーも交えて正式に決めるから。
その前にお前の本心を訊いときたかったんだ」
ヒロはそう言うと、
「んじゃ、また放課後に」
軽く手を挙げ、自分の教室に戻って行った。
◆ ◆ ◆
席に戻るとすぐに美穂が駆け寄って来た。
俺がヒロに呼び出されたもんだから気になっていたらしい。
「ヒロ、なんだって?」
「ん? あー、バンドの事。俺がどっちのバンドでやるか」
別に隠す必要もないし、正直に答えた。
すると美穂は少し不安そうな顔になった。
「……やっぱり、その話だったんだ? それで詩音はなんて答えたの?」
「んー、まぁ、一応トシの方って言ったよ」
「そしたら、ヒロはなんて?」
「後は放課後に他のメンバーとも話し合って決めるって」
「そうなんだ……でも、詩音は元々こっちのヴォーカルなんでしょ?」
シュンとする美穂。
「てか、こっちのバンドだってヒロに言われたからやってるだけで、とりあえずなんだぞ?」
「なんでこっちのバンド嫌なの? 女の子ばっかりだから? あっちは男子ばっかりでツインギターだから?」
「いや……ギターが多いのは関係ないから」
「そぉ?」
「まぁ、男同士って意味ではあっちの方がやり易いけどな」
俺がそう言うと美穂は、
「やっぱりそうなんじゃん……」
更にシュンとした。
「てか、そういう美穂は女の子のヴォーカルの方がいいとかはないのか?」
「私はバンド自体組むのは初めてだし、今のままのメンバーでやれたらって思ってる」
……と、そこまで話すと昼休憩の終わりを告げる予鈴が鳴った。
「まぁ、とりあえずその話はまた放課後。
俺達だけじゃなくて千草達やトシ達とも話してみないとわかんないし」
「……うん」
美穂はそう返事をすると、トボトボと席に戻って行った。
◆ ◆ ◆
――放課後。
千草達のバンドメンバーと新入生バンドのメンバー、そして俺とヒロが部室に集まり、
新入生バンドに俺が正式に入るという話し合いが始まった。
ヒロ曰く、メンバーの不仲で組み換えをする事もあるし、掛け持ちなんてよくある事。
イベントに出る為だけのセッションバンドを組む事もあるし、別にそんなたいして大袈裟なモノじゃないけれど、
どちらのバンドにとっても今、俺は“とりあえず”のヴォーカルだ。
この際、ハッキリどっちのバンドのメンバーかを正式に決めておきたいという事だった。
ただそうした場合、その六月の打ち上げで千草達のバンドはどうするのかが大きな問題だった。
その一 いっその事、打ち上げは出場しない。
その二 思い切ってヴォーカルがいないまま演奏。
その三 メンバーの誰かが演奏しながら歌う。
その四 新しいヴォーカルを見つける。
選択肢はこの四つ。
しかし、その一は即却下された。
そして、その二に関しても千草達の答えは“ノー”だった。
じゃあ、その三……?
だが、これもまたメンバー全員、
「コーラスなら出来るけど一曲通して歌うのは厳しい」
……と、口を揃えて言った。
なら、その四は?
……だいたい、そんなすぐに見つかればこんな話にはなってないか。
話が進まねぇ……。
「ところで打ち上げは一バンド何曲ずつやるの?」
さて、どうしたもんかと考えているとトシが口を開いた。
「いつもは三曲、でも今年は去年より一バンド多いから二曲かな」
ヒロがそう答えると「んじゃ、掛け持ちでも問題無くない?」と愛莉が言った。
(はぁっ!?)
そしてさらに愛莉は、
「詩音がいない時は各パートの粗がよく目立つからそこを直す様に練習すればいいし」
と言い、千草と美希、美穂も「あー、確かに」と頷いた。
「ちょ……っ」
(そりゃ、一つのバンドで三曲やるのも、二つのバンドを掛け持ちで四曲やるのもたいして変わんねぇけど……)
「詩音、無理?」
ヒロは俺に視線を移し、『どうよ?』と言った顔をした。
「いや……まぁ……やろうと思えば出来るけどー……」
俺がそう答えると、
「じゃあ、これで解決♪」
愛莉はにっこり笑った。
まったく……こーゆー時だけ可愛い顔をしやがる。
◆ ◆ ◆
「よかった、詩音があっちのバンドに取られなくて♪」
部活が終わって駅まで美穂と一緒に帰っていると、にこにこしながら彼女が言った。
「でも、このままヴォーカルが入って来なかったら六月以降はどうなるのかな?
俺もいつまでも掛け持ちは出来ないし」
「えーっ」
「つーか、例え俺がこっちのバンドでやりたいって言ってたとしても、他のメンバーが
“俺がいい”って言ってくれないとダメだろ」
「私は詩音のヴォーカルがいいもん」
「美穂だけがそう思ってくれててもなー」
「他のメンバーだってきっとそうだよ」
「俺はそうは思えないけど?」
特にあの“小動物女”。
「でも、さっき愛莉だって掛け持ちのままでって言ってたじゃない。
それってきっと詩音とやりたいからだよ」
「それは違うと思うぞ?」
「どうして?」
「愛莉が掛け持ちしろって言ったのは、今から新しいヴォーカルを捜すにしても、
六月の打ち上げに間に合わないと踏んだからだと思うぞ?」
「そうかなー?」
「そうだよ」
それに入部初日がアレだったしな。
美穂は知らない事だし、せっかくこのバンドで上手くいっているんだから俺が余計な事を言って
愛莉のイメージを悪くさせるのもどうかと思い、黙ってはいるが……。
「でも、今のところ新しいヴォーカル入って来なさそうだよね」
「その場合はヴォーカルだけ他校の奴になるかもな」
「そしたら一緒に練習出来なくない?」
「いや、そうとも限らないぞ。現に俺の前にいた千草達のバンドのヴォーカルは
他校の軽音部の奴等とやる事になってうちの軽音部は辞めたらしんだけどさ、
練習は毎日放課後にそいつ等の高校に行ってやってるらしい。
だから、うちの高校も他校の奴が部活の為に出入りが自由なら特に問題ないと思うけど?」
「ふーん……でも、その人なんでわざわざ他校の人と組んだのかな?」
「まあ、俺も詳しい事はよく知らないけど男のメンバーとやりたかったんだとさ」
「……やっぱり女の子ばっかりは嫌?」
すると美穂が俺の顔を覗き込んできた。
「俺はそんなに気にはしてないけど……、それ以前にメンバーの中には
やっぱ俺のヴォーカルじゃ不満だっていう奴はいると思う。
実際、俺はその前のヴォーカルより下手らしいし。
だから六月以降はそんな風に思ってるバンドと掛け持ちはしたくないってのが本音かな」
「千草達に何か言われたの?」
「……別になんか言われたとかはないけどさ」
(初日がああだったからなぁー)
「まぁ、今日は話し合いって言ったって、結局愛莉が『掛け持ちでいいじゃん』って丸く納めちゃったから、
みんなの本音が聞けなかったけど、打ち上げが終わったら俺はトシ達とやる事になると思う。
けど、今は打ち上げに向けてどっちのバンドもちゃんと練習しないとな」
「……うん、そうだね」
それから、俺と美穂は駅の改札のところでそれぞれの電車のホームに向かった――。
ホームに降りると、ちょうど向かい側のホームに美穂がいた。
ほぼ同時にお互い乗る電車がホームに入って来て、電車に乗って俺と美穂は窓越しにバイバイと手を振った。
◆ ◆ ◆
――六月、スポーツ大会当日。
男子と女子に別れてやるクラス対抗のバスケットボール大会で、最後の閉会式の後、
軽音部の全五バンドが出演する“打ち上げ”がある。
二つのバンドを掛け持ちしている俺は一番最初にトシ達の新入生バンド『Tylor』で、そして四バンド目に
千草達のバンドの『Happy-Go-Lucky』で出る事になっている。
ちなみにトリは部長のヒロのバンドだ。
「あ、やっぱりここにいた♪」
俺達のクラスの男子の方は二回戦であっさり負けた。
それで急激に暇になったから軽音部の部室でギターの練習をしていると、
これまたあっさりと美穂に見つかってしまった。
「女子の方も三回戦で負けちゃった」
「そうなんだ」
「でも愛莉のクラスは準々決勝まで行ったっぽい、今から試合だって。一緒に応援しに行こうよ」
美穂はそう言うと俺からギターを取り上げてギタースタンドに置いた。
「え、ちょ……美穂、俺まだ行くとも言ってな……」
慌てている俺の腕を少し強引に手を引きながら体育館へ向かって歩き始める美穂。
(まぁ……どうせ暇だから、いっか)
俺は観念して素直について行く事にした。
「あ、もう始まってる!」
体育館に入ると女子の準々決勝が始まっていた。
美穂は俺の手を更に強く引っ張って小走りになった。
「詩音くん」
愛莉のクラスが試合をやっているコートに行くと後ろから声を掛けられた。
「あ……えーと、湯川さん」
(だったよな?)
いつかの“小動物”の友達だ。
「愛莉の応援に来たの?」
「はい、まぁ……」
正確には“連れて来られた”んだけど。
俺と美穂、湯川さんは横一列に並び、そのまま三人で観戦し始めた。
愛莉は小さいくせに運動神経がやたらいい。
ちょこまかとコートの中を動き回り、本当に“小動物”そのものだった。
味方から回されたパスを受け取り、素早くドリブルをしながらスイスイと相手の間を潜り抜けてシュート。
更にはどこからともなく相手の前に現れ、パスカット。
しかしまぁ、背が低い分、高い位置に投げられたパスには手が届いていなかったけれど。
そして後半戦、相手チームのメンバーの一人がドリブルをしながら少し高い位置からパスを出した。
愛莉は素早くそれに反応してジャンプし、パスカットしようと手を伸ばした。
すると、ボールは愛莉の右手の指を弾いて床にバウンドした。
それを愛莉のチームメンバーが拾ってシュート。
しかし、コートの中で愛莉が動かなくなった――。