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第一章 -29-

それは、夏休みが目前に迫っていたある日の昼休みの事だった――。




いつものように俺が第一スタジオに入ると、アコースティックギターの練習をしていた陽子が


フッと顔を上げた。




「だいぶ、良い音が出るようになったな」




「そう、かな?」


今、思えばこの時から陽子の様子がおかしかった。


いや、正確にはこの前の日くらいからかもしれない。


何か言いたそうで、でも言い出せなくて……そんな感じだった。




「最初の頃よりはきれいな音が出てる」


俺がそう言うと、陽子は思い切ったように口を開いた。




「……ねぇ、詩音」




「うん?」




「この間、詩音と楽器屋さんを回ってる途中にファーストフードで会った人って……」


言いながら、ギターを置く陽子。




「ファーストフード?」




「そこでバイトしてた人」




「あー、佐保の事?」




「その人って……ただのクラスメイト?」




「あぁ……そうだけど」


但し、“今”は。




「でも、詩音て軽音部以外の女子の事を下の名前で呼び捨てにしてるのって……あの人だけだよね?」


陽子の言うとおり、俺は軽音部以外の女子に対しては基本的に苗字で呼んでいるし、


ファンの子に対しても『下の名前で呼んで』と言われたら“ちゃん”付けで呼んでいる。


だが、佐保だけは特別だった。




「あの人、詩音のなんなの?」


陽子にズバリ訊かれ、答えに戸惑う。




「……詩音、あの人の事が好きなの?」




「友達としてはね」




「それって恋愛感情はないって事?」




「あぁ」




「好きでもないのにスポーツ大会の時、あの人の事、わざわざ庇っておんぶまでして保健室に行ったの?」




「……見てたんだ?」




「うん」




「……佐保はね、俺の元カノなんだ」


これ以上は黙っていても、どうせそのうちHappy-Go-Luckyのメンバーか別の誰かの口から


バレると思い、素直に話す事にした。




「けど……、以前あった俺のファンクラブの会長と副会長が俺の個人情報を聞き出そうと執拗に彼女に付き纏って、


 それで精神的に追い込まれた彼女の方から別れを切り出された」




「……」




「結局、俺はその後、ファンクラブを解散させた。だけど俺はこのまま、また付き合う事になっても


 佐保の事を傷付けるだけのような気がしたから俺からは『もう一度付き合おう』とは言わなかった。


 それでも、佐保を特別扱いしてるのは否めない」




「もし……詩音に“彼女”が出来てもその人を特別扱いするの?」




「俺、今は誰とも付き合う気なんてないから」




「どうして?」




「好きでもない人と付き合ったって、相手を傷付けるだけだし」


佐保との事でそれが嫌って程わかったし。




「私は傷付かないっ」




「……え?」


以前に聞いたような台詞。


俺はなんだか嫌な予感がした。




「例え、今は詩音が私の事、好きじゃなくてもいい! 私と付き合って!」




(なぬぅーーーーーっ!?)




「私……詩音の事が好きなの……」




「よ、陽子……でも、俺は……」




「詩音が私に優しくしてくれるのは、それって私の事、嫌いじゃないからでしょ?」




「う、うん」


(そりゃ、嫌いじゃないけど……)


好きでもなかった。




「だったら、私と付き合って?」




「……」


陽子って佐保と同じタイプなのかもしれない――、


そんな事を思った。




「ごめん、陽子……気持ちは嬉しいんだけど……それは出来ないよ」




「……」




「……佐保も陽子と同じ事言った。『あたしは傷付かない』って……でも、俺は結局、佐保を傷付けた」




「私……あの人とは違うもん」




「わかってる。でも、俺は確実に陽子の事を傷付ける。それがわかってるから付き合えないんだ」




「……」


涙目になっている陽子。


それでも俺は佐保と同じ目に遭わせたくなくて心を鬼にした。




「本当に、ごめん……」


俺は居た堪れなくなって、逃げる様に第一スタジオを出た――。






「あれ? 詩音、今日は戻って来るの早いんだね?」


教室に戻ると、雑誌を読んでいた佐保が不思議そうな顔を俺に向けた。




「うん、まぁ……」




「……どうしたの? 何かあったの?」




「いや、別に……」




「詩音、嘘吐くの下手なんだから素直に言えばいいのに」


佐保は『本当は何かあったんでしょ?』と言わんばかりの顔で苦笑した。




「ぅぐ……」




「何があったの?」




「……」




「“陽子”って子に告白でもされた?」


周りに聞こえない様に佐保が小声で俺の耳元に囁いた。




「っ」


(なんでわかったんだっ?)




「その反応は図星ね?」




「……う、うん」




「『なんでわかるんだ?』って顔してるけど、それくらいわかるわよ」




(もしかして……佐保も美穂同様、読心術が使えるのかっ?)




「“女の勘”を甘く見ない方がいいわよ?」




「……」




「てかね、なんて言われたかは知らないけど、詩音にも原因はあると思うよ?」




「え、なんで?」




「詩音て優しいから、女の子が勘違いしちゃうんだよねー。


 だから、そろそろこんな事が起きるんじゃないかと思ってた」




「……」




「まぁ、そこが詩音のいい所でもあるし、あたしはそんな詩音が好きだけど……、


 詩音がもし、この先誰かを好きになって付き合うようになったら……その優しさは


 “恋人”にとっては酷だと思うな」




「そう、なのかな?」




「やっぱり、あたし、詩音と別れて正解だったのかも。あたしは独占欲が強いから、


 例え、詩音とまた付き合う事になってても、今回みたいに陽子ちゃんって子に優しくしてあげてたら、


 すごくやきもちを妬いて詩音の事を困らせてたと思う。


 今だって、別に付き合ってもないのに詩音にあれこれ訊いたり勝手に妬いたりしてるもん」




「佐保……」




「気にしないで? 今のは“元カノのぼやき”だから」




(そんな事言われても……)




「……だけど、詩音がそんな顔をしてるって事は断ったって事なんだよね……?」




「あぁ、はっきり断った」




「あたしの事があるから?」




「ぶっちゃけると、そうかな。これ以上佐保と同じ様に傷付けたくないから」




「陽子ちゃんに恨まれちゃうかな?」




「陽子が佐保に何かするとは思えないけど……でも、何かあったら俺が佐保を守るから」




「そう言う台詞は“彼女”だった時に聞きたかったなー?」




「責められてんのかな? 俺は」




「そう思うって事は少しはあたしの事、気にしてくれてるんだ?」




「うん、まぁ……」




「でも……、告白してくれないって事は、詩音の中でのあたしのランクは相当低いんだね?」




「ち、違うよっ、そんな事ないっ」




「ほら、そういうところ」




「へ?」




「こっちが期待しちゃうような事を言うところよ」




「……」


(俺は本当の事を言っているだけなのに……)




「……でも、そういうところがないと大勢のファンの相手は出来ないのかもね」




「俺は一体、どうしたらいいんだろ?」


もう、わからなくなってきた……。




「そのままでいいと思うよ?」


散々好きな事を言っておいて佐保は最終的に無責任に言う。


これだから女はよくわからない。




「だって、詩音は無意識にやってる事なんだろうから、何を言っても無駄なんだと思うし、直んないと思う」




「……それって、つまりは俺の短所なのかな?」




「寧ろ敢えて長所って事で」




「でも、それだと傷付く人がいるんだろ?」




「詩音が傷付けようとして傷付けてる訳じゃなきゃ別に問題ないと思うよ?


 あたしだって、それがわかってるからこうやって詩音の隣の席に平気で座っていられるの」




「……んー?」




「要するにね、辛い思いもした事はあったけれど、それでも詩音があたしに対して一生懸命になってくれた事が


 嬉しいし、その行為に恋愛感情が絡んでいないとしても詩音の気持ちが伝わってきたから


 詩音に傷付けられたなんて思った事はなかったし、これからも多分、あたしは詩音の事嫌いにならないと思う」




「……」




「そりゃ、詩音があたしの事を好きになってくれたら最高に幸せな事だけど……でも、詩音は


 優しいからファンも大切にするのをわかってる。だけど、あたしはそれに対してきっと一々やきもちを妬くんだと思う。


 そうなったら、詩音にいっぱい嫌な思いをさせるから、このままの関係がいいのかな? って思うようになった」




「このままの関係って?」




「“元カノ”として特別扱いされてる事。詩音に“彼女”が出来るまでは特別でいられるなら、それでいいって


 思うようになったの」




「……」




「それでも、相変わらずやきもち妬いて余計な事訊いちゃってるけど……」




「……」




「それに、詩音がこんな事を話すのもあたしくらいなもんでしょ?」




「うん、まぁ……」


確かにこんな事を話せるのは佐保くらいだ。


まさかHappy-Go-Luckyのメンバーにこんな事話せないし。




「ふふ、だからそのままの詩音でいてね?」


佐保はそう言って笑っていた。




なんだかよくわからないが、俺はとりあえずこのままでいいらしい。


かと言って、考えたところでどう変われるか、どうすればいいのかなんてわかるはずもなく。




気が付けば、昼休憩の終わりを告げる予鈴が鳴っていた――。






それから、俺は昼休みに第一スタジオに行く事はなくなった。


そして、そのまま夏休みへと突入し、陽子とは顔を合わす事はなかった――。

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