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第一章 -26-

「うぃーす」


数日後の放課後、第一スタジオに入ると千草の姿がなかった。


今日は掃除当番だった俺が一番最後に来たんだと思っていたが。




「千草は?」




「部室行ってる。また新入生が入って来たっぽい」


美希がベースのチューニングをしながら答える。


部長になった千草はここんとこ新入部員が入る度、部室に行って入部手続きなんかの対応をしている。




「へぇー、だけどパートによってはあぶれるかもなぁ?」


と言うのは、入学式があった日にドラムとベースが一人ずつ入り、その翌日にギターが二人と、


さらにその翌日にヴォーカルが来た。


しかも全員男。


みんな俺と同じ様に中学からバンドをしていたらしく、そのまますんなりと新入生だけで組む事になった。


だから、今日来た新入生がキーボードなら出来立てホヤホヤの新入生バンドに入る事になるだろう。


別に三年生バンドやTylorに入る事も有り得ない訳じゃないが、三年生は受験体勢に入ると


部活には出なくなってしまうから一緒に出来るのは後半年くらいだし、Tylorはジャンル的に加入するのは難しいからだ。




「うーん、千草の戻りが遅いって事はそのあたりの事で揉めてんのかもな?」


愛莉がドラムのセッティングをしながら口を開いた。




そんな話をしていると……、


「遅くなって、ごめーん」


千草が戻って来た。


しかし、何故かいつも部室においてある誰も使っていないギターを片手に持っていた。




「おかえりー……て、その子は?」


しかも、千草の後ろには女の子がついて来ていた。


胸のリボンの色からして新入生のようだ。




「新入部員の戸村陽子とむら ようこちゃん、バンドとか楽器の経験はないんだけど、


 ヴォーカルとギターがやりたいんだって。でも新入生バンドはみんな中学の時からバンドをやっていて、


 ついていけるかどうか不安だって言って、結局ソロでやる事になったの」


千草は彼女がスタジオの中に入ると俺達に紹介した。




「そっか……でも、楽器とかの経験がないって事はギターも触るの初めて?」


俺がそう訊くと彼女はコクンと頷いた。




「それでね、この先まだ新入部員が来るかもしれないし、その子達と組む事になるとしても、


 少しでもバンドの雰囲気とかギターなんかに触れておいた方がいいと思って連れて来ちゃった」


千草は彼女を放って置けなかったようだ。




「ギターはあたしが教えるから、詩音、ヴォーカルの事とか教えてあげてくれる?」




「うん、いいよ。てか、発生練習するなら美穂に鍵盤弾いて貰いながらの方が助かるんだけどいいかな?」




「うん、私も協力するよ」


美穂は二つ返事で引き受けてくれた。




「発声練習するなら私も付き合うよ。コーラスの練習にもなるし」


「もちろん、あたしも協力するぞっ?」


すると、美希と愛莉もそう言ってくれた。




「やっぱり、ここへ連れて来て良かった♪」


千草は安心したように笑った。




「俺だってみんなだって、最初は誰かに教えて貰ったんだし、それに誰かに教える事だって


 自分の練習にもなるんだから。という訳で、俺はヴォーカルとギターの神谷詩音、よろしく」




「あたしはドラムの中澤愛莉、よろしくー♪」


「私はベースの反町美希、よろしくね♪」


「私はキーボードの渡瀬美穂、よろしく♪」




「え、と……戸村陽子です。宜しくお願いします」


俺達の自己紹介の後、彼女は少し緊張した面持ちでおじぎをした。




「あ、そうそう、軽音部は上下関係はないから、陽子もみんなの事は下の名前で呼び捨てにしてね?」


千草に言われ、陽子は小さく笑みを浮かべながら頷いた。




「それじゃあ、まずはギターに触ってみようか」


千草はそう言うと持っていたギターを陽子に持たせた。


既に部室から持って来ていた事を考えると、どうやら俺達が陽子の面倒を見る事を断らないと踏んでいたようだ。




「ほい、ピック」


俺は制服のズボンの左ポケットからピックを出して陽子に差し出した。




「詩音ていつもポケットからピックが出てくるよね?」


美穂が笑いながら言う。




「右のポケットには使い掛けの、左のポケットには新品のを入れてるんだ」




「「「「「へぇ~っ」」」」」






それから、俺達は陽子にギターのチューニング方法からタブ譜の読み方、コードの押さえ方なんかを


一つ一つ教えていった。


パートは違うけれど美希や美穂、愛莉も一緒になって聞いていてなかなかいい刺激にはなったようだ――。






     ◆  ◆  ◆






――四月下旬。




「今日も入部希望者はなし……か」


第一スタジオの中、練習を終えてそれぞれ楽器を片付けている最中、愛莉が言った。




「このままじゃ、陽子、六月の打ち上げは一人で出る事になりそうだけど大丈夫かな?」


心配そうに美穂が言う。




「うーん……バンドで出るならともかく、いきなり一人はねぇ……」


と、同じく心配そうな美希。




陽子は入部以来、最初に発声練習を三十分程俺達と一緒にやった後、目の前にある教室に移動して


そこで一人でギターの練習をしているのだが、まだステージに立てる程にはなっていなかった。




「俺等と一緒に出るってのは?」




「それってコーラスとかで入ってもらうって事?」


ギターをケースに収めていた千草が顔を上げる。




「うん、コーラスとサイドギター。アレンジはあまり変えずに陽子には簡単なコード進行だけ弾いてもらってさ。


 せっかく入部して一生懸命練習してるんだし、せめてライブの雰囲気だけでも味わえたら


 いいんじゃないかなぁー? って、思ったんだけど」




「それいいんじゃん!」


すぐにそう言って賛成してくれたのは愛莉だった。




「うん、いいんじゃない?」


「あたしもいい考えだと思うよー」


「私も賛成」


美穂と千草、美希も賛成してくれた。




「じゃあ、陽子に訊いてみよっか」


千草はそう言うと陽子がいる教室へ向かった。


気になるので俺もその後をついて行く。


すると、みんなもついて来た。




「陽子ー」


千草を先頭に陽子の所へ行くと、彼女は女性ソロアーティストのメジャーなヒット曲を練習していた。




「この間話した六月の打ち上げの事なんだけど、どう? 一人でも出られそう?」




「うーん……」


千草の問いに自信なさそうに声を発する陽子。




「陽子が一人で出るのが嫌だったら、あたし達と一緒に出ない?」




「えっ」


千草の言葉にハッと顔を上げた陽子。




「ただ……問題はね、それまでにドラムかベースの新入部員が入って来たらどうするかなんだよねー。


 キーボードかギターなら陽子と二人で出られるんだけど……」




「それなら問題はないよ。ドラムが入って来たら俺がヘルプでベースを弾く、ベースが入って来たら


 俺が持ってるサンプリングマシンを貸すから」




「「「「「……へ?」」」」」


陽子を含め、そこにいる誰もが驚いた。




「俺が何も考えずに言ったのかと思ってた?」




「うん」


即答する愛莉。




「おい……」




「でも……、詩音が大変なんじゃない?」




「大丈夫、大丈夫っ、詩音は去年も掛け持ちしてたからっ♪」


心配そうな顔をした陽子に軽く言ったのは愛莉だ。




「そうそう、去年も誰かさんのおかげで掛け持ちするハメになったからなぁ~?」


そんな愛莉にちょっと嫌味気に言ってみた。




「まぁまぁ、詩音なら大丈夫だって思ってるから愛莉も言ったんだよ」


じゃれ合いのケンカが始まる前に俺と愛莉の間に入る千草。




「そうは思えんが、そういう事にしておこう」




「という訳だから、後一ヶ月ちょっとの間に新入部員は入って来ないと思うし、入って来たら


 その時にまた考えればいいよ。だから、あたし達と一緒に出よう?」


優しい笑みを陽子に向ける千草。




「うんっ」


陽子はとても嬉しそうに返事をした。




「なぁなぁ、そうなると今年は四バンドで一バンド三曲ずつになるんだろ?」




「うん、そうなるね」


愛莉の質問に答える千草。




「だったら、一曲陽子に歌って貰うのはどう? せっかく一生懸命練習してるんだし」




「おぉっ、それいいかも! 今回はコラボなんだし」




「だろ~っ?」




「なんか詩音と愛莉って、仲が良いんだか悪いんだか……」


千草が苦笑いする。




「で、でも……後一ヶ月でまともにギターを弾きながら歌えるようになるかなぁ?」


陽子が不安そうな顔をする。




「じゃあ、歌だけにするのは? どうせ詩音もギターを弾くだろうし」


愛莉は『そうだろ?』という顔を俺に向けた。




「うん、今回は歌に集中して、他の二曲はギターに集中したらいいと思うよ。


 特に陽子は今回が初ライブなんだし、無理なく、な?」


俺が彼女に『無理なく』と言ったのは、いきなり最初のライブで失敗してトラウマになって欲しくないからだ。




「……うんっ」


陽子は笑顔で返事をした。




「よしっ、そうと決まれば、さっそく明日にでも陽子のやりたい曲を一曲持って来てくれ」




「あ、それなら……」


愛莉に言われ、陽子はさっきまで練習していた曲のタブ譜を差し出した。




「この曲なら、CD持ってるから明日からでも出来るぞ」


愛莉はタブ譜を受け取り、曲名とアーティスト名を見て言った。


横から千草達も覗き込む。




「うん、私は音源持ってないけど曲は知ってるからコード進行さえわかれば出来るよ」


「あたしも」


「私も」


美希、千草、美穂も同じのようだ。




「詩音もいけるよな?」


愛莉は当たり前のように言った。




「あぁ、バッチリ♪」


俺は親指を立てて答えた。




そうして――、


俺達Happy-Go-Luckyは二年目を迎えた年の打ち上げで“戸村陽子”というゲストを迎え、


コラボレーションする事になった。

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