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第一章 -25-

――三月。




卒業式が終わった数日後、俺達Happy-Go-Luckyのメンバーは珍しく五人で帰っていた。


いつもは誰かがバイトで早く帰ったりしているから、こんな風にメンバー全員で帰る事なんて


あまりないのだ。




「なぁ、みんなまだ時間あるならちょっと寄り道して行かね?」


俺はせっかくのチャンスだから誘ってみた。




「うん? あたしはいいけど?」


「私も平気」


「私も大丈夫だよ?」


「あたしもOK」


すると、みんなは二つ返事でOKした。




「んじゃ、駅前にあるカフェに行こうぜ。バレンタインのお返しに今日は俺が奢るよ」




「「「「わぁ~い! やったぁ~っ♪」」」」


四人は嬉しそうに声を上げると、俺の両腕を引っ張って歩き始めた。


傍から見れば正に“ハーレム”だ――。






     ◆  ◆  ◆






「ねぇねぇ、みんなのケーキの写メ撮らせて?」


……と、オーダーしたケーキが来るなり、そう言って携帯を出したのは美希だった。




「ブログ用?」


美穂が訊くと、美希はうんうんと頷いて答えた。


すっかりブログにハマったらしい。




「でも、これ“バレタインのお返しで詩音の奢り”って書かない方がいいね。


 書いたら詩音にチョコをあげた子が『私も!』って来るだろうから」


美希はきれいにデコレーションされたケーキを携帯で撮りながら苦笑いをした。




「うん、その方が助かるよ」




ブログは美希だけじゃなくて、なんだかんだと言ってみんなほぼ毎日記事を投稿していた。


美穂も最初は苦手意識はあったみたいだけれど、自分が投稿した記事に対してみんなから


コメントを書き込まれたり反応がある事が面白いのか、今ではすっかりブログを楽しんでいるようだった。




そして俺はというと、学校の帰りに遭遇した野良猫の画像とか、駅前で見つけた梅の花とか、


そんなのを気まぐれ的にアップしていた。




「なんか、去年の今頃はこうやってホワイトデーの前日にみんなでケーキを食べてるなんて、


 全然想像出来なかったよね?」


千草がなんだか懐かしそうに言った。




「確かに。シンは甘い物は苦手だから私達もバレンタインのチョコはあげなかったし」


「あたし等だけでケーキを食べて帰る事はあっても“メンバー全員”ってのはなかったしな」


美希と愛莉も楽しそうだ。




「シンて、甘い物苦手なんだ?」


俺と同じ事を思って口にしたのは美穂だった。




「うん、あいつは甘い物全般が苦手なんだよ。だから、バレンタインのチョコも誰からも


 まったく受け取らなかったし、ライブの差し入れでシュークリームとか貰っても全部あたし等で食べてた」


愛莉が笑いながら答える。


流石に元メンバーなだけあってその辺については詳しい。




「だから、こんな風にメンバー全員でケーキを食べて帰るのなんて初めて」


「詩音が甘い物好きで良かった♪」


千草と美希も笑いながら目の前のケーキを口にする。




確かにこんな風にメンバー全員でまったりケーキを囲むのも結構楽しいもんだ――。






     ◆  ◆  ◆






そうして――、




あっと言う間に四月。


俺と美穂は二年生に、千草と美希と愛莉は三年生になった。




「詩音、何組になった?」


入学式の前日、第一スタジオに入ってギターのチューニングを始めたところで美穂に訊かれた。




「まだクラス分けのプリント見てないから知らない」




「「「「えー、自分が何組になったか気にならないのーっ?」」」」


女子四人が口を揃えて言う。




「そりゃ、好きな子がいる時は気になるけど」




「気にならないって事は、今好きな子いないんだ?」


美希がにやりと笑う。




「天宮さんの事は? もう好きじゃないの?」


……と、千草は言うが、そもそも俺から告って付き合っていた訳じゃないし。




しかし……、


「でも、詩音、今度はその天宮さんと同じクラスみたいよ?」


美穂がクラス分けのプリントを見ながら言った。




「え……マジで?」




「うん、ほら、C組」


美穂が俺にプリントを差し出す。


それを受け取ってC組の名簿を見ると、確かに俺の名前と女子の一番最初に“天宮佐保”と彼女の名前もあった。




「……」


(これはまた……何かの試練か? 元カノと同じクラスになるのって正直ビミョーだなぁー)




「『元カノと同じクラスになるのって正直ビミョー……』って顔してるね」


美穂に言われ思わずドキッとした。


こいつは読心術が使えるのか?




「でも、席が隣にならなきゃいいんじゃないか?」


愛莉は苦笑いをしている。




「ねぇねぇ、詩音」


そして再び美穂がにやりとして口を開く。


この顔は何かまたゴシップ的な質問だ。


流石に一年も一緒にバンドをやっていると段々わかってきた。




「ぶっちゃけ天宮さんとは何回くらいキスしたの?」




(ほら、やっぱり……)




「三ヶ月付き合ってたから、十二回くらい?」




「それは何を元に算出した回数だ?」




「週末にデートしてたって言ってたから、やっぱり別れ際に“おやすみのチュー”とか♪


 それで一ヶ月四週あるでしょ? 掛ける三ヶ月で十二回」




「なるほどね……てか、午前中にデートしてたから“おやすみのチュー”なんかしてないし」




「じゃあ“またねのチュー”?」


……と、ここで黙って俺と美穂の会話を聞いていた美希が加わった。




「……それもない」




「じゃ、何チュー?」


しかも千草まで。




「……」




「ま、まさか、お前……」


するとついには愛莉までが話に加わってきた。




「まさかとは思うけど、天宮さんとはキスまでいってなかったとかっていうオチか?」




(そう、その“まさか”だよ……)




「『そう、その“まさか”だよ』って顔してるよーっ?」


で、また美穂の読心術によってバレる……と。




「「「「マジでーっ?」」」」




「……マジ」




「天宮さんの方からもして来なかったの?」




「……う、うん」


どうせ何を訊かれてもバレると思い、俺は美穂の質問に素直に答えた。




「女の子の方から告白するだけでもすごい勇気なのに。


 最初のキスはやっぱり男の子の方からして欲しいよねー?」


美希に言われ、


「ホントだよ。彼女、詩音からキスしてくれるのずっと待ってたんだと思うよー?」


千草に言われ、


「天宮さん、可哀想ー」


美穂に言われ、


「お前、どんだけヘタレなんだよ」


最後は愛莉に止めを刺された。




「いや、まぁー、もちろん、好きなら自分からするさ!」




「「「「ふぅ~ん?」」」」


にやにやしている四人。




「……て、てか、そろそろ練習始めるぞ!」


俺は嫌な予感がした。


この流れに乗って他の事までついでにいろいろと訊かれ、美穂の読心術によってバラされる気がしたのだ。




(練習が始まったら、流石に曲に集中するからゴシップ話は忘れるだろ)




そういう意味では練習前でよかった――。






     ◆  ◆  ◆






――翌日。




C組の教室に入ると、廊下側の一番前の席に佐保が座っていた。


ドアを開けた瞬間、いきなり彼女と目が合ったからかなりびっくりした。




「お、おはよ。一番前?」




「おはよう。黒板に出席番号順に座るように書いてあったから」


佐保がにこっと笑う。




「あ、そうなんだ」


(苗字が“天宮”だから出席番号順で座るとこうなるのか)


黒板には佐保が言ったとおり、出席番号順で座るよう書いてあった。


わざわざ出席番号と名前入りの座席表まで書いてある。




「げ、俺も一番前の席だ」


座席表では佐保の隣の隣の列の一番前に俺の名前が書いてある。




「でも、後でちゃんと決めるんじゃない?」




「そうあってほしい……」




「一番前は嫌なの?」




「だって、授業中寝れないじゃん」




「そんな理由っ?」




「まぁ、どこに座ってたって授業中は寝れないんだけどな。


 なんか一番前ってちゃんと授業を受けてなかったらすぐにバレそうな気がするじゃん?」




「確かにね」


クスッと笑う佐保。


彼女とは別れてから一週間に一度くらいのペースでメールはしていたけれど


学校でもほとんど顔を合わせる事はなかったし、こうして話をする事もなかった。


元カノとの生の会話は自分が思っていたよりは、すんなり出来た――。






     ◆  ◆  ◆






入学式と対面式が終わった後――。




再び教室に戻り、いよいよ“席決めタイム”。


基本的にはくじ引きだが、視力の弱い生徒や背の低い生徒は優先的に前の席になる。




男子と女子、それぞれ別々の箱から出席番号順にくじを引いていく。




そして、俺の番になり箱に手を突っ込んでくじを引いた。


小さな紙切れを開いて番号を確認すると、“36”と書かれていた。


黒板に書かれている座席表を見ると、真ん中の列の一番後ろの席だった。




(ラッキー♪)


さっそくカバンを持って席へ移動。


すると、俺の席の隣に佐保が座っていた。




(え……)


嫌な予感がした。


とても。




「詩音、何番になったの?」




「36」




「……じゃあ、隣?」


黒板の座席表に視線を移した佐保。




「佐保は何番?」




「あたし、24番」




「じゃあ、やっぱり隣だ」


(元カノが隣の席って……どーなんだ? これ……)




「……あたしは嬉しいけど、詩音はやっぱり嫌だよね? なんとか理由付けて変えて貰おうか?」


俺が微妙な顔をしていたのか佐保が苦笑いしながら言った。




「いや、いいよ」




「本当に?」




「本当」


確かに俺と佐保はもう別れているけれど、嫌いになって別れた訳じゃないし。


とは言え、またこんな事を口にしたら佐保を“その気”にさせるだけだから言わないでおいた。






     ◆  ◆  ◆






――その日の放課後。




「おーい、詩音!」


部活へ行こうと第一スタジオに向かって廊下を歩いていると、後ろから愛莉の声がした。




足を止めて振り向く。




「ぅわっと」


すると、愛莉はすぐ後ろまで近づいて来ていて、もう少しで危うくぶつかるところだった。




「……そう言えば、一年前のあの時もちょうどここでぶつかったんだよな」


“あの時”とは、愛莉と初めて出会った時の事だ。




「そうだっけ?」




「そうだよ、なんかやけにドタバタ五月蝿いのが後ろから近づいて来てるヤツがいるなぁーって思って、


 振り向いてみたら愛莉がぶつかって来たの」




「あの時は千草からシンが辞めるって言ってるって聞いて、とにかく焦ってたから……」


愛莉はばつが悪そうな顔をした。




「けど、もう一年が経ったのか……早いな」


(……という事は、このメンバーでやれるのも、後一年もないのか)


そう考えるとちょっと寂しい。




だが……、


「何おっさん臭ぇ事言ってんだよ」


愛莉はプッと吹き出した。




(コノヤロー)




一瞬でも“寂しい”と思った俺がバカだった――。

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