第一章 -24-
その日の放課後――。
「ねぇねぇ、あたし達の『公式ブログ』を作らない?」
メンバーが第一スタジオに集まったところで、千草からそんな提案が出された。
「公式ブログ?」
「それって私達の“オフィシャルブログ”って事?」
「なんでまた?」
愛莉、美希、美穂が首を傾げる。
「ずっと考えてた事なんだけどね。今までファンの子にライブ情報を流す時ってほぼ詩音の携帯から
一斉にメールを送ってたでしょ? でも、それだといつか人数的に限界が来ると思うんだよね」
「確かに、メモリーの登録件数には限界があるからなぁ」
……と、携帯を出してアドレス帳を開く。
高校入学と同時に買って貰った時は中学の友達と、Happy-Go-Luckyのメンバー、後は軽音部の
部員くらいしかメモリーの中にはなかった。
しかし、今じゃ名前とメアドだけしかないものが随分有る。
「今回の事もあるし、なるべくファンの子には個人情報を流さないようにした方がいいと思って」
「でも、メール配信を止めたらライブの情報はどうやって伝えるの?」
そう訊ねた美穂に千草はにっこり笑って答えた。
「そ・こ・で、“オフィシャルブログ”の開設よ♪ 実はね、今日の昼休憩にシンの所へ行って
訊いてきたのよ」
「「「「シンに?」」」」
俺達は同時に声を発した。
「シン達のバンドもすごく人気があるでしょ? ファンもいっぱいいるし。
でも、シン達はいつもライブの情報をどうやってファンに伝えてるのかなー? と、思って」
「「「「なるほどー」」」」
確かに言われみれば、あれだけの人気があるバンドだ。
今のシンならともかく、以前のシンがいくら一斉送信するだけと言ってもご丁寧にメールをファンに
送信していたとは思えない。
「シン達のバンドはね、シン以外のメンバーがそれぞれブログをやってるんだって。
ライブの情報だけじゃなくて、日々の出来事とか。
ファンの子にはそのブログのアドレスを教えておけばOKだから楽だって言ってた。
ただ、もしブログをやるつもりなら一つのブログをみんなで更新する方がいいんじゃないかって。
バラバラだといろいろ面倒臭いみたいよ」
「てか、今、“シン以外のメンバー”とか言ってたけど、シンはやってないの?」
美穂が更に疑問をぶつける。
「シンの性格上、ブログを更新する暇があったらギターの練習とか曲でも書いてるんじゃない?」
千草が苦笑いで言う。
「あいつがブログをやったところで、ライブ情報しか載せなそうだもんなー」
「逆にシンがブログを更新してる姿が想像できない」
愛莉と美希もシンの性格がよくわかっているからか笑っている。
「とにかく、あたし等もメンバー全員でブログをやってみない?」
千草の提案にみんなはどう? と、お互い顔を見合わせる。
「やってみたいけど、あたしは自分専用のパソコンがないから更新は携帯からになると思う」
「私も。それでも大丈夫なのかなぁ?」
愛莉と美希は興味はあるようだ。
「私は自分のパソコンはあるんだけど、ブログとかよくわかんないし……でも、
ややこしくなければやってみたいかな」
美穂はどうもパソコンは苦手なようだ。
「俺は自分のノーパソあるし、更新するのとか抵抗ないよ?
うちのライブハウスのホームページも俺が更新する事があるくらいだから。
どこのブログが使い易いとかも、いろいろ比較してみればいいんじゃないかな?
管理画面が見やすいとか、記事の投稿は携帯からでも出来るのかとか」
「じゃあ、あたしも自分のパソコン持ってないし、出来れば詩音か美穂のどっちかの
家にみんなで集まってアカウントを作りたいんだけどいいかな?」
「私の家でもいいんだけど、いろいろ設定した後、なんか操作を間違って
消したりなんかしないか不安なんだけど……」
美穂は本当にパソコンが苦手なようだ。
それなのに何故自分専用のパソコンなんか持っているのだろう……?
「んじゃ、俺ん家でいいよ。今度の日曜日の昼は?」
「「「「OK!!」」」」
こうして、週末の日曜日に俺の家にみんな集まる事になった――。
◆ ◆ ◆
週末、日曜日――。
「「「「こんにちは~♪」」」」
午後二時。
Happy-Go-Luckyの女子メンバー四人が仲良く『God Valley』にやって来た。
ここに来て貰った方が一番早いからだ。
「「こんにちは♪」」
オーナーとママが奥のキッチンからにこにこしながら出て来る。
「メンバー来たから、俺バイト上がるよ?」
「あぁ、お疲れ様」
「みんな、ゆっくりしていってね。詩音、おやつにケーキ買ってあるから忘れずに出してあげてね」
「はーい、んじゃ、お疲れっしたー」
オーナーとママ、他のバイトのお兄さんとお姉さん達に手を振って俺はHappy-Go-Luckyのメンバーと一緒に
すぐ裏手にある自宅マンションへ向かった――。
みんなをリビングに通してとりあえずお茶を淹れる。
「みんな、コーヒーと紅茶、どっちがいい? あ、ココアもあるけど?」
「あたし、手伝うよ」
愛莉はスクッと立ち上がった。
「いいよ。一応お客様なんだし、ゆっくり座ってて?」
「いいって。それより、カップとかソーサー、適当に使わせて貰うぞ?」
そう言うと愛莉は食器棚から人数分のカップとソーサー、ティースプーンを手際良く並べ始めた。
(愛莉って普段、男っぽいからこういう事は苦手なんだと思ってた。なんか意外かも)
「詩音、小さいケーキ皿かなんかある?」
「あぁ、あるよ。これでいい?」
愛莉に言われ、食器棚にある白い小皿を出す。
「うん」
愛莉は返事をすると、その上にパウダーシュガーが掛かったドーナツを一つ一つ丁寧に置いた。
「あたしがバイトしてるパン屋の物だけど、お土産」
「へぇー、ありがと」
「あたしからはプリン。お父さんとお母さんと一緒に後で食べてね?」
千草はそう言うと俺に小さなケーキボックスを差し出した。
「私もバイト先の物だけど、蜂蜜と蜂蜜キャンディ」
……と、小さな紙袋を差し出した美希。
(蜂蜜?)
「てか、美希のバイト先って何屋?」
「蜂蜜専門店」
「へぇー」
「私からは実家が経営してるお店のおせんべい」
そう言って最後にせんべいの詰め合わせが入っていると思われる大きな紙袋を差し出したのは
美穂だった。
「え、美穂の実家ってせんべい屋なの?」
「うん、『渡瀬屋』っていうおせんべいとか、あられなんかのお店、知らない?」
「「「「し、知ってる……」」」」
それは、老舗のせんべい屋で有名なところだった。
(美穂って本当に“お嬢様”だったんだ……)
「ちょっとパソコン持って来るから待ってて」
みんなにお茶を用意してドーナツを食べた後、俺は自分のノートパソコンを取りに自室に向かった。
しかし、気が付くと女子四人が後ろをくっ付いて来ていた。
「わー、詩音の部屋だーっ」
「……大人しく座って待ってると思ったのに」
「だって、詩音の部屋なんて興味あるじゃん?」
と、携帯で写メを撮る美希。
「こらこら、なんで写メる必要がある?」
「私の第一回目のブログ記事は詩音のお部屋リポートにしようかと思って♪」
「おぃっ」
バシバシ携帯で俺の部屋の中を撮っている美希に突っ込む。
しかし、止めたところで美希が大人しくなるはずもなく……。
「まぁ、いいけど……俺の部屋なんか撮ったってそんなに面白くないと思うけどなー?」
そして、ノートパソコンをリビングに持って行き、みんなで美穂が持って来てくれたせんべいをかじりながら
ブログの設定をした。
「……うぅー、全然わかんないー」
……と、泣き出しそうな声で言ったのは、やっぱり美穂だ。
「美穂、そんな難しく考えなくていいんだよ。みんなで同じノートに日記を書く為に、
他の人に邪魔されないようにみんなで共通の名前、つまりIDと合言葉になるパスワードを決めたんだ。
ここまではわかるな?」
俺の説明にコクンと頷いた美穂。
「じゃ、次は記事の投稿のやり方……そうだなぁー、今、とりあえずアップしたい記事ってある?」
俺がそう訊くと美希は、
「さっき写メった詩音のお部屋リポート!」
……と、言った。
「う……」
いきなり俺の部屋を晒すのはどうかと思ったが、他は特にネタがない。
俺達はまずはその“お部屋リポート”の記事を試しにアップしてみる事にした。
パソコンの方で一つ一つの手順を確認しながら画像のアップロードや記事の投稿のやり方、
後は携帯からの記事の投稿方法を美穂が理解するまで確認しながら行なった。
その甲斐があって、美穂は少しずつ理解して行き、なんとか自分でパソコンからも携帯からも
記事を投稿出来るようになった。
そして、また休憩。
今度は母さんが「みんなでおやつに食べなさい」と買っておいてくれた五種類のショートケーキだ。
「記事はメンバーそれぞれカテゴリーを作って、後は『ライブ情報』っていうカテゴリーを作ればいいね」
リーダーの千草がショートケーキを口に運びながら言った。
「『詩音のぼやき』とか、『千草の日常』とか、『愛莉の独り言』とか?」
美希もショートケーキを美味しそうに食べながら言う。
「うん、無理のない程度にみんなでブログを更新していって……そうしたら、お互いメンバーの事も
わかるんじゃないか?」
そんな事を口にしたのは愛莉だった。
「特に詩音は私生活が謎だしね♪」
美穂は意地悪そうな顔でニヤッと笑った。
俺としてはまったく隠しているつもりはないが、晒し出すつもりもないのは事実だ。
「俺の日常なんて、たかが知れてると思うけどなー?」
「それでもファンはどんな些細な事でも知りたいって思うものなのよ」
千草の言葉に一々しつこく俺に質問していた重村さんや谷中さんの姿をふと思い出す。
「……まぁ、今日はみんなでブログをアップ出来るかどうかの確認の為でもあるし、
それぞれ理解出来たならそれでいいよ。
わかんない事があればIDとパスはもう設定してあるし、昼休憩にでもまたPCルームに集まって
いろいろやってみようぜ」
「「「「うんっ」」」」
こうして俺達五人の『Happy-Go-Lucky 公式ブログ』が開設された――。