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第一章 -22-

――数日後。




「はぁー……」


俺はとても疲れていた。


身体的にではなく、精神的に。




「詩音が“生きる屍”に見えるのはあたしだけ? てか、なんでそんなにやつれてんだ?」


放課後、疲れた様子で第一スタジオに入って来た俺に愛莉が苦笑いした。




「ファンと彼女の板挟みで大変なのよ」


俺の代わりに美穂が答える。




「ここんとこ毎日ファンクラブの会長と副会長が昼休憩に来ててさー……、


 しかも、日に日に他の子までくっついて来るようになって、二人でゆっくり話せないもんだから


 佐保が拗ねちゃって……」




「ファンだから無碍にも出来ないし、かと言って彼女にも我慢しろって強く言えなくて困ってんだ?」




「その通り……」




「“モテる男”は辛いねぇ~♪」




「笑い事じゃねぇよー……」




「でも、“彼女”にはちゃんと優しい言葉とか掛けてあげてるんでしょ?」


美穂にそう訊かれ、佐保に対する自分の行動を思い出してみる。




「うーん……“優しい言葉”ねぇ? 例えば?」




「『二人きりになれなくてごめんね』とか『ファンよりも大事なのは佐保だよ』とか」


ベタな台詞をさらりと言う美穂。




「そんな台詞、小っ恥ずかしくて言える訳ないじゃん」




「「えぇーっ!?」」


俺の言葉に驚く愛莉と美穂。




「お前……まさか、天宮さんにそういう事言ってねぇのかよ?」


愛莉が怪訝な顔で言う。




「詩音と天宮さんて付き合い始めてもう二ヶ月でしょ?」


愛莉に続いて美穂がそう言うけれど、俺はまだ佐保の事を“好き”になってはいなかった。




好きになっていれば、美穂が言ったような“ベタな台詞”の一つでも躊躇なく言えるのかな――?






     ◆  ◆  ◆






そして、さらに数週間が過ぎたある日の夜――。




……RRRRRR、RRRRRR、RRRRRR……、




バイトを終えて、風呂に入ろうと着替えを取りに自分の部屋に入ると携帯が鳴った。




(誰かな?)


着信表示は知らない番号。




「……はい、もしもし?」


少し警戒しながら通話ボタンを押す。




『こんばんは、詩音くん♪』


聞こえてきたのは――、




(……会長の声?)


「重村さん、ですか?」




『正解♪』




「な、なんで、この番号……っ?」


携帯番号はファンの子には教えていないはず。


それが何故……?




『天宮さんから訊いたのよ』




(佐保に……っ?)


しかし、佐保には絶対に誰にも教えるなと普段から言っておいたはずだし、


それに他のファンに俺の携帯番号を教えたりなんかすると“彼女”とファンの扱いの差が


無くなってくる事なんて当然わかっているし、誰よりもそれを彼女は懸念していたはずだ。




それなのに、何故……?




『ねぇ、詩音く……』


「重村さん、俺、ちょっと今忙しくて、申し訳ないんですが失礼しますっ」


俺は強引に電話を切った。




(佐保、なんで……?)






     ◆  ◆  ◆






――翌朝。


俺は早めに登校して佐保を第一スタジオに連れて行った。


部活じゃなくて完全な“私用”で部外者をここに入れるのはどうかと思ったけれど、


誰にも邪魔をされたくなかったからそうした。


昨夜、重村さんからの電話を切った直後にメールで呼び出しておいたのだ。




「……」


佐保は黙っていた。


俺が怒っているのがわかっているかのように。




「佐保、俺の携帯番号を重村さんに教えたのはなんでだ?」




「……」




「何か理由があるんだろ?」




「……」


俺がそう訊いても佐保は黙ったままだった。




「佐保? 怒んないから言って?」




「……」


それでも黙秘する佐保。


これでは話にならない。


だが、おそらく佐保だって教えたくて教えた訳じゃなくて先輩に訊かれ、仕方なくだったのだろう。


そう思った俺はそれ以上、彼女を責める事は出来なかった。




「……佐保、言いたくないならもう無理には訊かないけど、バイト先とか、俺の家の事とかは


 重村さん達に訊かれても絶対言わないでね?」


佐保には俺の実家の事もバイトの事も話していた。


だから、これ以上彼女の口からいろいろバレるのはマズいと思った。


特にバイト先がバレると本当にヤバい気がした。




「ごめんね、詩音……」


佐保は目に薄っすらと涙を浮かべていた。




「もういいよ。怒ってないし、重村さんの携帯番号は悪いけど着信拒否にしたから。


 あ、でも着拒にした事は誰にも内緒ね?」




コクンと頷く佐保。




「そろそろ教室へ戻ろう。ホームルームが始まる」


スタジオの中の時計を見ると予鈴が鳴る少し前だった。


俺と佐保は一緒に教室に向かった。




その途中――、


廊下で重村さんと谷中さんに出くわした。




「「あっ、詩音くん♪」」


俺を目敏く見つけ、駆け寄って来る。




「教室で待ってたのになかなか来ないから、どうしたのかと思ってた。


 ねぇ、二人でどこに行ってたの?」


二人は俺の隣にいる佐保を一瞥した。




「佐保とはすぐそこで会ったんですよ」


一緒に居た事がバレるとまた佐保がこの二人に何か言われる気がした。




「じゃあ、詩音くんはどこに行ってたの?」


谷中さんに追求され、ちょっと困った。




「……友達の所ですよ」




「誰?」


しつこく訊いてくる重村さん。




「それ、言わなきゃ駄目ですか?」




「だって気になるもん」


……と、重村さん。


なかなか困った人達だ。


いや、“やっかいな人”?


それとも“面倒臭い人”かな?




「じゃあ、正直に言います」




「「うんうん」」


頷く二人。




「俺にも内緒にしておきたい事くらいあるんです。特に友達から相談を受けてたりした場合とか、


 深刻な内容だったら会ってた事も誰にも知られたくないですし」


……と、俺が言ったところで予鈴が鳴った。




「失礼します」


俺はそれだけ言って教室に向かった。




(あれ? 佐保がついて来てない)


振り返るとやっぱりあの二人にからまれていた。




「佐保、早く戻んないと先生来るぞ?」


俺が呼ぶと、重村さんと谷中さんは顔を見合わせて踵を上げた。


同時に佐保が俺に駆け寄って来る。




「なんか言われた?」




「うん、詩音とどこに行ってたのかって」




「なかなかのしつこさだなー」


(つーか、『友達と会ってた』って嘘だってバレてたのか)




「……」


佐保は不安そうな顔で俯いていた。




多分……いや、絶対にまたあの二人に何か訊かれる。


かと言って、俺が四六時中一緒にいて守ってやれる訳じゃないし。




どうしたものか――。






     ◆  ◆  ◆






しかし、数日後の朝――、




佐保の突然の呼び出しで俺達の関係は終わりを迎えた。




「詩音、別れよう……」




「え……?」


(俺、なんか嫌われるような事でもしたのかな?)




「ごめんね……。あたし、これ以上黙っていられる自信がない……」




「それって、どういう……」




「重村先輩と谷中先輩に言われてファンクラブに入ったんだけど、それからずっと詩音の事、


 訊かれてて……最初の頃はいつも電話やメールでどんな事を話してるのか、


 詩音のお弁当のおかずは何がよく入ってるのかとか、そういう事だったんだけど……、


 そのうち、携帯の番号を教えてくれって言うようになって……勝手に教えたら詩音に怒られるから、


 駄目ですって言ったら……無理矢理、携帯取り上げられて、それで詩音の番号がバレちゃったの……」




「凡そそんな事だろうと思ったけど、まさか携帯を勝手に見たとは思わなかったな……。


 それで? 今度は何を訊かれたんだ?」




「……詩音のバイト先」




「え……もしかして、言っちゃったっ?」




「ううんっ、言ったら大変な事になるし、詩音、あたしの事嫌いになっちゃうでしょ?


 だから……まだ言ってないけど……でも、あたしが詩音と別れて離れない限りこれからもずっと付き纏われそうで……」




「そ、そっか……」


確かにバイト先までバレされたら佐保の事を“嫌い”にはならないかもしれないけれど、


今までみたいに彼女に対して“頑張る”事は出来なくなるだろう。




「……ファンクラブも抜ける」




「……」


普通ならここで『俺が守ってやる』とか言うものなのだろう。


だが、自分の知らないところで彼女が別れを決心しなければならない程の事態に


俺は佐保を守り切れる自信はなかった。




「でも……でも……別れても、時々、メールとか電話……してもいい?」


今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げる佐保。




「うん……もちろん」




「……ライブにも、行っていい?」




「うん……佐保が嫌じゃなかったら、来て?」




「“彼女”じゃなくなっても、あたしの事“佐保”って呼んでくれる……?」




「うん」




「あたしも“詩音”て……呼んでも、いい?」




「もちろん、いいよ」




「……マフラーも……」


そう言い掛けて佐保は大粒の涙を流し始めた。




「うん……佐保に貰ったマフラー、ずっとする」


ハンカチを出して、彼女の涙をそっと拭く。


すると、彼女が俺の胸に顔を埋めた。




「ありがとう……詩音……ごめんね、ごめんね……」




「なんで佐保が謝るんだよ? 俺の方こそ、ごめんな? 何にもしてやれなかった」




「そんな事ない……あたしと付き合ってくれただけで嬉しい。


 あたしの我が侭に付き合ってくれただけで嬉しかった……」




そうして、俺と佐保はバレンタインデーを目前に控えた朝に別れた。




付き合い始めてちょうど三ヶ月が経った日の出来事だった――。

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