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第一章 -1-

俺・神谷詩音かみや しおんは今、最高に気分が悪い。




それはつい五分前の出来事だった――。




今日、入学したばかりのこの高校に軽音楽部があると知り、さっそく入部しようと


部室を探し歩いていた時の事だ。


校舎の中の位置関係がまだよくわからず、ゆっくり歩きながら軽音部の部室を探していると、


ドタバタと騒がしい足音が背後から聞こえてきた。




(……ん? なんだなんだ?)


そのあまりに五月蝿い足音に俺はピタリと足を止め、振り返った。


するとその瞬間、すぐ後ろまで近づいて来ていた誰かが俺にぶつかった。




……ドーン――ッ!!




「「うわっ!?」」


俺の声と誰かの声が重なり合い、その誰かは俺に弾き飛ばされるように目の前に転んだ。




「いってぇーな!! もぅっ! 急に止まんじゃねぇよっ!!」




「あ……、ごめん」


俺はすごい勢いでぶつかって、すごい勢いで弾き飛ばされ、そしてすごい勢いで怒り始めた誰かを見下ろした。




(……て、え?)




その誰かは、スクッと立ち上がると思いっきり俺を睨みつけた。




(ぷっ……ちっちぇ~っ)


目の前には背が低くて茶髪でショートヘアの子が立っていた。


制服のスカートを穿いているから多分、女の子だ……よな?




「ったく、気をつけろよっ」


その女の子はチッと舌打ちをして捨て台詞を残し、またバタバタと足音を響かせながら消えて行った。




(なんだ? 今の)


彼女はあっと言う間に見えなくなった。




ちっちゃくて足が早いって……小動物みたいな女だな。


つーか、なんで俺が怒鳴られるんだよ?


フツー、誰かが前を歩いてりゃ、それを避けるように歩くなり走るなりするだろっ?




(あー、なんかムカついてきた!)


入学早々、最悪な女に出会った。


でもまぁ、あんな女と関わり合う事なんてもうないだろう。


それより、軽音部の部室を探さないと。




軽く息を吐き出し、気を取り直して再び軽音部の部室を探しながら歩いていると、


近くの教室からギターやドラム、ベースの音、歌声が聞こえてきた。


おそらく軽音部が教室を借りて練習をしているのだろう。


そして第一スタジオと第二スタジオと書かれている特別室の隣に軽音楽部の部室があった。




(ここか)




しかし、深呼吸をしてドアをノックしようとしたその時――、


「ざけんなっ! 一体、どういう事だよっ!?」


中からけたたましい声が聞こえてきた。




「俺は別にふざけてないけど?」


怒鳴った人物とは対照的に、至って落ち着いた声。




「俺はもうお前等とはやっていけない、だから抜ける」




「だからっ! それじゃ答えになってねぇだろっ? ちゃんとみんなにわかるように説明しろよっ!」




「愛莉、少し落ち着きなよ」


すると今度は別の人物の声も聞こえてきた。




「俺、実は別の高校の奴等に『一緒にやらないか?』って誘われてんだよ」




「なんだよ……それ」




「まぁ、俺は元々女なんかとバンドやりたくなかったし、向こうのバンドはメンバー全員男だし、


 そっちの方がいいから」




「……」


怒鳴っていた人物はすっかり黙り込んだみたいだ。




「んじゃ、そういう事だから」


怒鳴られていた人物がそう言った後、ドアに向かって足音が近づいてきた。


そして俺の目の前のドアが開き、中から茶髪にピアスの男子生徒が出て来た。




その男子生徒は俺とぶつかりそうになり、


「おっと……悪ぃ」


と言って体を避け、スタスタと廊下を歩いて去って行った。




「……」


俺が突っ立ったままその男子生徒の後姿を見つめていると、


「何か用ですか?」


中にいる人物から声を掛けられた。




「あ、えーと……入部したいんですけど」


部室の中に視線を移すと三人の女子生徒がいて、その中にはさっきの“小動物”もいた。




(うぁ……っ、よりにもよってこの女も軽音部だったのかよ……)


しかも、さっきの男子生徒を怒鳴り散らしていたのは多分……いや、間違いなくこの“小動物”だ。




“小動物”は入口に立っている俺に気付くと、


「あっ! お前……っ」


思いっきり指を差しやがった。




“お前”って……、いくらさっき一度顔を合わせてると言っても、


フツーほぼ初対面の奴に向かって“お前”って言うか?


しかも、指まで指して。




――そんな訳で俺は今、最高に気分が悪い。




「ちょっと愛莉……」


俺がムッとしたのがわかったのか、さっき怒鳴り合いをしていた時も宥めていたと思われる女子生徒が口を開いた。


そして「とりあえず、部長を呼んで来るから待ってて」と俺に言うと部室を出て行った。






その女子生徒は一人の男子生徒を連れてすぐに戻って来た。




「えっと……入部したいって言うのは君?」


部長だと思われるその男子生徒は俺の姿を認めると近くのイスに腰を掛け、俺にも座るように促した。




「俺は部長の田辺寛たなべ ひろ。んーと、まずこの名簿用紙に学年とクラスと名前……後、パートと連絡先、


 携帯持ってたら番号も書いてくれるかな」




「はい」


俺は部長から渡された用紙に言われたとおり記入した。




「お前がヴォーカルだぁ~っ?」


パートの欄に“Vo,Gu”と記入すると、あの“小動物女”が怪訝そうな声で言いやがった。




(何だよ……俺がヴォーカルじゃ悪いのかよ)




「神谷はヴォーカルか……んじゃ、ちょうど今コイツらンとこのヴォーカルが抜けたばっかだから、


 とりあえずココに入ってくれ」


部長はそう言うとあの“小動物女”の方を指した。




(げー、よりにもよってこの女のトコのバンドかよっ!?)


「あ、いや……俺……」




「コイツらもヴォーカルいなくて困ってるだろうし、まぁ、後から新入生が増えた時に


 また組み直すとして、それまではコイツらとやってて」




「え……」




「んじゃ、後は任せた」


部長はそう言うと軽く手を挙げ、さっさと部室を出て行った。




「え、ちょっ……あの……」


呼び止めようとした時には部長は既にドアを閉めていて、部室の中には俺と“小動物女”と、


その仲間達だけになった。




軽音部なんかに入るんじゃなかった……一瞬、いや……結構、後悔した。




(でも、早くバンドをやりたかったし……まぁ、いっか)


俺は中学の時から友達とバンドをやっていた。


だけど受験で一旦休止した。


メンバーはみんな別々の高校になって、そしてそれぞれの高校には軽音部があり、


当然みんな入部するだろうし、いろんな人と組んでみたいという事で結局、そのまま解散という事になった。




だから俺も早く新しいバンドを組みたかったんだけどなー。




「じゃー、まず自己紹介から。あたしはギターの真部千草まなべ ちぐさ


 一応、このバンドのリーダー。よろしくね」


俺がちょっとげんなりした顔をしていると、空気を変えるべく“小動物女”を宥めていた女子生徒が口を開いた。




(へぇー、この人がバンマスか)


あの女と違ってまともそうな人だ。




「私はベースの反町美希そりまち みき、よろしくー」


次にリーダーの少し後ろにいた女子生徒がにっこり笑って言った。




(この人もまともそうな人だな……てか、これが普通なんだよな)




「……ドラムの仲澤愛莉(なかざわ あいり)


そして、最後に“小動物女”が不機嫌そうな声で言った。


何がそんなに気に入らないのか……。




「神谷詩音です。よろしく……」


(俺……やっていけんのかな……)


でもまぁ、新入生が増えればメンバー替えもあるみたいな感じの事言ってたし、


とりあえずはこの“小動物女”のバンドで我慢するか。




「ちなみに軽音部は先輩後輩関係なくて、みんなタメ口で下の名前で呼び捨てにしてるから、


 詩音もそうしてね」


リーダーはそう言うと、


「じゃ、さっそく何か合わせてみようか」


俺にいくつか楽譜を手渡した。




「その中でどれか歌える曲ある?」


リーダーに言われ、手渡された楽譜を見た。


すると、その内の何曲かは前のバンドでもやった事のある曲だった。




「これと、これ……後、このあたりなら」


俺は机の上に歌える曲の楽譜をピックアップして並べた。




「じゃあ、まずこれやってみようか」


リーダーはそう言うと某メジャーバンドの楽譜を手に取った。




「いいけど、いきなりコレ歌えんのか?」


楽譜を見た“小動物女”は怪訝そうな顔で俺を見た。




確かにこの某メジャーバンドの曲は難しいし、ヴォーカルはギターも弾きながら歌っている。


だからって、やっても見ないうちからこんな事言われるとは……。




(なんか、ムカつくっ!)




「この曲ならKeyもそんなに高くないし、どのあたりの音域が綺麗に出るのか見るのに


 ちょうどいいと思うんだけど」


さすがはリーダー。


その辺の事も考えての選曲なのか。




「じゃ、最初はちゃんとした音域を聴きたいからギター持たずに歌ってみてくれる?」


“小動物女”の何か言いたげな様子を余所にリーダーの千草は既にギターのチューニングを始めていた。


そして、ベースの美希もチューニングを始め、小動物女”もドラムのセッティングをし始めた。




「マイクはそこ、シールドはこっちにあるから」


千草は部室の隅にあるいくつかのマイクスタンドを指差し、次に壁のフックにかけて束ねてある


マイクシールドを指差した。






マイクと各メンバーのセッティングも終わり、


「それじゃ、やってみようか」


千草がそう言うと“小動物女”のドラムスティックのカウントで曲が始まった。




(みんな思ったより上手いな)


特にドラムは正直期待していなかった。


と言うのも、まず女の子だし、それにコイツは“小動物”だからちっちゃいし、


“パワフル”なドラムではないと思っていた。




けど、実際には普通の女の子のドラマーよりちゃんとした音を出していた。


俺が今まで出会った女の子のドラマーはバスの音が弱いのがほとんどだった。


しかし、そのバスの音も男のドラマーと変わらないくらいの音だ。


あの小さな体のどこからこんな力が出せるのかと思うくらい。




ギターもベースも俺が前に組んでいたメンバーより上手い。




(このバンド、思ったよりいいかも……)

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