「パーティー勇者」は魔王討伐するようです
「なあ、あの噂聞いたか⁉︎あの『勇者パーティー』のだ‼︎」
酒場の喧騒はうるさい。しかし酒が入っているせいもあるだろうその大声は、僕の耳に届くには十分だった。
「ああ・・・?どの勇者パーティーだ?・・・ああ、あれか。男二人っきりで女を取っ替え引っ替えパーティーに入れてるって言う。確かに奇妙なとこだが、そこがどうかしたか?」
大声を出した奴と同じ席に座っていた人がそう答えた。
聞き捨てならない認識だ。僕らは来る者拒まず去るもの追わずで、男も女も基本的に受け入れるし、パーティーを抜けるのは、向こうが勝手に抜けていくのだ。
「おい、ほんとに知らねーのか!」
男は一段と大きな、しかし呂律の周りきらない声で叫んだ。自分が話をできるというので、気分が良くなっているのだろう。
「あいつら、ダンジョンに挑むってよ‼︎」
周りがざわつく。確かにダンジョンに挑むと言うのはなかなか無謀な話に聞こえるだろう。ここ数十年、ダンジョンが制覇されたことはない。
ちなみにこの噂の情報源は僕だ。確かに僕らのパーティー、「パーティー勇者」は明日、ダンジョンに挑む。
「随分噂になってるなぁ、アイル」
目の前でソーセージを噛みちぎりながら僕に話しかけてきたこの男は、このパーティーのリーダーであり、正真正銘「勇者」の、カイだ。奴はどこか不敵な笑みを浮かべている。この北の国では珍しい黒髪というのも雰囲気をより怪しいものにしていた。
僕は後ろの席の酔っ払いから目の前のカイに意識を移す。
「何かご不満でも?」
「いいや。上々だね」
そりゃどうも、と僕は軽く返す。予想通り、噂は大々的に広まるだろう。 僕はベーコンをかじる。しょっぱい。やはり微妙な味だ。大衆酒場ということを鑑みれば、まだマシな部類ではあるが。僕はそう考えつつ、あたりを見回す。
そんな安かろう悪かろう的な店にわざわざ来て、さらにこちらの情報を開示したのには理由がある。
「ねえ、あんたらが『パーティー勇者』?」
見知らぬ女一人が話しかけてきた。橙色の短めの髪。西側諸国の出だろうか。服はとてもいい趣味とは言えないような物だったが、目を凝らせば魔物の皮が使われていることがわかる。魔法耐性の高い優れもので、見た目より実用を重視している。
早速来たと僕は思った。この酒場には、冒険者もよく訪れる。
「そうだ」
女は問いかけに軽く返すカイに少し驚いた様子だったがすぐに顔色を戻すと、さらに質問を重ねた。
「明日、『氷竜の巣』に挑戦するってほんと?」
「ああ」
ふむ。僕が流した情報はダンジョンに挑むということだけだ。ここから一番近くて最上級の難易度を誇る「氷竜の巣」に挑むだろうということは想像に難くはないが。カマをかけられるのはあまりいい気分ではない。しかしうちのリーダーはそんなこと気にもしていない様子だ。
「私はB級のリアナ。スキルで炎の魔法が使える。ダンジョン攻略に私を連れてってくれない?」
B級といえば実質上から二つ目、一人前のランクだ。ランク分けはギルドが行なっていて、基準はギルドの判断という正直曖昧なものではあるのだが、それでもある程度実力は間違いないだろう。
ちなみにこの「パーティー勇者」もBランクだ。
「ああ、いいぞ」
リーダーは即答した。こういう誘いは基本断らないのがうちの、カイの方針だが、ダンジョンの挑戦にも見ず知らずの人間を連れていくというのは、正直異常だと僕は思う。
「おーいリアナ、お前とやってけるパーティーなんてねえから諦めろよう」
近くの酔っ払いがヤジを飛ばした。
Bランクほどの実力があるのにか?僕は少し疑問に思ったが、考えるのをやめ、カイの判断に従うことにした。あいつの直感はいつも正しい。
前衛のカイと後衛の僕だけのバランスの悪いパーティーにもう一人攻撃役が加わることと、その攻撃が氷竜に有効な火の魔法だというのは明日の攻略にあたって大きなメリットだ。
リアナは驚きを隠せずにいるようだ。少しの間をおいて、
「やっぱりあれはほんとだったんだ、女だったら無条件にパーティーに入れてくれるっていう噂」
そんなことを言った。
「役に立つ人なら男女構わず受け入れますよ」
僕は鍛えられた表情筋でおそらく完璧な作り笑いで以て答えたが、リアナは信じないようだ。
「ふーん?じゃあリーダーさんはそういうことに興味ないの?」
「俺たちはそんなしょうもないことにかける時間は、あいにくだが持ってないんでね」
相変わらず不敵というか、何を考えているかわからない発言だと僕は思った。思考が僕ら一般人とはかけ離れている気がする。正直ちょっと怖い。いや、単に何も考えていないのか?
「それじゃ、相棒さんは?」
相棒か。確かにそう見えるのかもしれない。
「僕は故郷に付き合っている人がいるので」
リアナは心底驚いたような顔をした。失礼な。
「明日の戦いが終わったら久しぶりに帰郷して、正式に婚約を申し込むつもりです」
リアナとカイが僕のことを笑った。本当に失礼な奴らだ。
「さて。詳しい話をしようか」
三人は、「パーティー勇者」の泊まる部屋にやってきた。三人いても全く窮屈に感じないなかなか広い部屋だ。物が少なく殺風景なせいもあり、更に広く見える。
今この部屋には、酒場の時も使っていた、他者の認識をある程度阻害する魔法が発動されている。盗み聞きなどされないようにするためだ。僕らはそこそこいい宿に泊まってはいるが、念の為だ。高価なスクロールを追加で消費してしまうが、やむを得ない。
「俺はカイ。このパーティーのリーダーだ。前衛で、スキルで身体能力が上昇しているのと強力な術耐性を持っている」
「うちの火力担当ですね。持ってる大剣で叩き斬れば大体の敵は死にます」
僕が補足した。スキルでカイはとんでもないフィジカルを得ている。
勇者と呼ばれる、あるいは自称する人は世界に何人もいるのだが、このスキルの強さは「勇者」の中でも上から数えた方が早いだろう。
「僕はアイル。回復系の魔法を使えます」
「ふーん、噂は本当だったんだね。回復以外は使えないって本当なの?」
リアナが聞いてきた。そこまで知られているとは。この情報は公にした覚えはないが、元パーティーメンバーが漏らしたのだろうか。
「いえ、治癒以外にも、再生や浄化なんかも使えますよ」
「聖の魔法ね。攻撃魔法は使えないの?」
「使えないですね。攻撃魔法が使えない代わりに聖魔法を強化される。よくある代償型のスキルですよ」
スキルは何かの強化の代わりに何かの代償をもつことも多い。そういう意味ではデメリットのないカイのスキルはなかなかイカれた強さをしている。
「やっぱ驚きだわ、そんな偏った二人しかいないパーティーなんてね」
リアナは息をついた。確かにその通りだ。だからこそメンバーを引き入れているわけだが。
「じゃあ、私のことを話そうかな。炎の魔法が使えるって言ったけど、実はスキルで火力が底上げされてる代わりにあんまり制御が効かないんだ。そのせいで他の人とパーティーを組みづらくてね」
「なるほど、それで僕らのような奇特なパーティーに声をかけたと。まあでも相手は氷竜です。火力はいくらあっても足りませんから問題ないでしょう」
威力が上昇するが制御が難しくなるタイプのスキルは珍しい。それを扱いきるだけの技量を身につければ、非常に強力だ。
「うん、火力だけは自信があるんだ。実は私はB級の実力はないんだけど、魔法の威力だけで特別に昇級させてもらったんだ」
なるほど。あのギルドがそんな特例を出すとは、威力は信頼しても良さそうだ。
「氷竜の攻略だが、基本的には俺が戦う。お前らは後ろにいてくれ。俺がなんとかチャンスを作るから、リアナ、そこでお前の最大火力をぶっ放してくれ」
カイは自信げに言ったが、その実は考えなしに突っ込むと言っているのと大差はなかった。
「え、それだけ?他にもっとないの?」
「・・・まあいいです。いつものことですから。明日、詳しいことは話しましょう」
その後も僕たちはリアナの質問にいくつか答えてリアナは帰り、僕たちは眠りについた。
次の日。僕とカイとリアナは、ダンジョン「氷竜の巣」、その入り口に来ていた。大きな山にこれまた大きな穴が空いている。洞窟といった感じだ。
この巣の最奥には氷竜が居り、そこから漏れ出る魔力でこの巣は魔的要素に満ちている。表層では危険も少ないため、魔力から生じた豊かな資源を回収するため多くの人が集まっていた。あの酒場にいたような奴らの大半はここで働いている。
三人は奥へと歩みを進める。進めば進むほど、人数は減った。平坦な道で、特に魔物と遭遇することもなかった。隠密魔法の効果もあるだろうが、運が良かった。他の人にちょっかいをかけられると面倒だ。
洞窟内はヒカリゴケが生えていて、うっすらと明るかった。僕らは暗いところでもよく見える魔法をかけているのでこの程度でも視界に問題はなかった。
「へえ、なんだかあっさりついちゃったね」
リアナが言った。目の前には大きな扉があり、閉まった扉から冷気と圧倒的な魔力が漏れ出していた。この奥に、氷竜がいる。
「このダンジョンの挑戦がなされるのはこれが初めてではないですからね。先達の発見した最も安全な道を通ってきました。さて、入る前にちょっと話しますか」
僕はそう言って背負ってきた荷物を床に下ろした。
荷物の中からサンドイッチを出して二人に渡す。
「え、やたら大きな荷物だと思ったらそんなもの入れてたの?」
リアナはサンドイッチに驚いた様子だった。
「ええ。腹ごしらえは非常に大事です」
僕もサンドイッチを取り出してかぶりつく。燻製肉と香草の相性が素晴らしい。
「こいつは食には細かいんだ。でも、そういえば前、当たったとか言って一日中トイレにこもってたことがあったな。文字通り一日中な。あの日は朝から晩まで顔合わせなかったな」
「食事中にそういう話はしないでください」
僕はカイに注意した。品がない。まあでも変に緊張するよりはいいか。リアナもリラックスしているように見える。
全員が食べ終えたところで、僕は戦術を説明する。
「さて、戦法ですが、僕の回復魔法が要になります。これで大抵の傷は治せますが、スキルで効果だけでなく消費魔力も増大しているので、細かい傷をいちいち治していたら非効率ですし、あっという間に魔力切れになってしまいます。回復魔法は最後の手段と捉えて、基本攻撃に当たらないようにしてください」
「魔力回復の手段は無いの?」
「あるにはありますが、一定量回復なので魔法を連発できるほど魔力が増えません」
「じゃあ、何回くらい治癒できるの?」
リアナが矢継ぎ早に質問する。不安になっているのだろうか。
「一定時間少しずつ傷を癒す再生の魔法をカイにかける予定なので、それを考えると通常のヒールは四回、上位のグレートヒールに換算して一回と半分ってとこですかね」
「四回⁉︎す、少なくない・・・?」
「まあそう思われるかもしれないですが、基本治りますので」
「コイツの回復力は信頼していい。俺も何度か死んだからな」
「そう、なら・・・」
カイの剣幕に押されたのか、リアナは受け入れたようだ。しかし少し顔色が悪い。
詳しい戦術を再確認したところで、
「食べ終わったことですし、行きますか。細かい指示は僕が都度出すのでよろしくお願いしますね」
僕らは立ち上がって扉の目の前に進んだ。
「開ける前に、この耐冷の術式のスクロールを使います。効果は三十分ですが、元から短期決戦で臨むつもりなのでそこまで問題ないでしょう」
そう言って僕はカイにスクロールを渡して、魔力を込めて発動してもらう。カイが魔力を使う場面はほとんどないので、少しでも僕の魔力を温存するためだ。
スクロールというのは特別な紙に術式を書いたもので、魔力を込めると書かれた術式が発動するものだ。だから、僕みたいに聖魔法しか使えないような人でも魔力さえ込めればどんな魔法も発動できる。しかしその術式を扱える人が寸分の狂いもなく術式を刻まなければならないため、かなり貴重なものとなっている。
「リアナさん、後衛の僕らには隠密の魔法をかけます」
そう言って僕はもう一つスクロールを取り出した。昨日、酒場でかけていたものより高位のものだ。これも非常に高価だが、致し方ない。
「じゃあ最後に、カイ、再生魔法をかけるよ」
カイは軽く返事をして、僕は魔法をかけた。
カイが扉を押した。重い音を立てて扉は開いた。
非常に大きな空間だった。人が千人は入りそうな面積に、天井も五十メートルはあった。
その上空に、氷竜が遊弋していた。
氷竜は僕らに気づいたようで、僕らに氷の魔法を放ってきた。
僕らは作戦通りに散開する。隠密の魔法で、氷竜の攻撃の大半はカイに集中するだろうから、攻撃に巻きこまれないようにするためだ。
氷竜はこの広い範囲に満遍なく氷塊を降り注がせた。僕の頭より二回りは大きい氷が降り注ぎ、地面に当たって割れる。
《っ、作戦変更です!あいつ、僕らの姿が見えなくても当たるように攻撃してきてる!》
僕は魔道具を通してみんなに呼びかけた。この魔道具は瞬時に思った言葉を相手に伝えられるものだ。戦闘中は声を届かせるのが難しいため重宝する。
どうやら氷竜は後衛の厄介さを理解しているらしい。特にこのパーティーでは、回復役の僕が柱だ。やられてしまったら立て直しはきかない。しかし、このままでは直撃するのも時間の問題だろう。
《俺が止める》
そう言うや否や、カイの持つ大剣の鞘が氷竜めがけて投げつけられた。
鞘は見事に氷竜の顎に当たり、攻撃がカイの方に集中し出した。
そしてすぐ、僕らへの攻撃も凪いだ。
《さすがに全方位への攻撃はそう長く続けられるものではないようですね》
少し離れたところでは、リアナが肩で息をしていた。緊張によるものだろうか。怪我は特になさそうで安心した。後衛二人ともあの攻撃を無傷で抜けるとは運がいい。
カイは氷竜のいる高度まで跳び上がると背中にのり、翼を攻撃した。飛ばれてしまっては攻撃が当たらないので、まずは地に落ちてもらおうということだ。
カイが大きく溜めた力を解放して、一撃を放った。氷竜が高度をいくらか落とした。
カイは何度か氷竜の背から振り落とされつつも、順調に攻撃を重ねていった。
そして、ある時、氷竜の翼が止まった。
《やった⁉︎》
リアナが叫ぶ。
僕は氷竜から魔力の揺らぎを感じた。まずい、そう言おうとしたが、間に合わなかった。
地に着く寸前、大量の魔力が解放された。大量の氷塊が飛来する。またあの全面攻撃か。しかし、僕に当たりそうはない・・・?
僕は直感的な恐怖を覚え、咄嗟に防御魔法を展開した。
この防御魔法は特殊な魔力の壁を構築するものだ。魔力を分散し相殺させ、魔法を打ち消すことができる。魔力の使用量が段違いに大きいのでなるべく使いたくはなかった。
「ぐっ・・・」
いくつかの氷弾を止めた感触はあったものの、一発被弾してしまった。魔力を少しでも節約しようとしたのがまずかった。
この攻撃の正体は、かなり小さく透明な氷粒だろう。魔法的な攻撃というよりも、速度を上げて物理的な威力を重視した攻撃になっている。大きな氷塊はブラフで、僕らを動かせないようにするための囮だ。そこに不可視の攻撃か。
そんな攻撃をしてくる当たり、隠密魔法は解析されてしまったのだろう。そのことをみんなに伝える。
傷は、腿の肉がえぐれていて、かなり血が出ていた。
荷物から湿布を取り出し、傷ついた腿に貼る。シダの花弁をすりつぶして魔的溶媒に溶かしたものに漬けたもので、止血と鎮痛の効果がある。これくらいの傷なら、魔力を消費してまで治すほどではない。
《アイル、こっちの治癒を頼む》
「ヒール」
僕はカイを治した。カイがこうして言ってくるというのは、かなりの傷なのだろうか。スキルの効果で、ある程度の距離があっても問題なく魔術をかけられるため、回復が非常にやりやすい。
自分の処置が終わると、僕はリアナのもとへ駆ける。
リアナは僕よりも損傷が大きかった。僕と違って防御魔法を使えないからだろう。目に見える傷だけでも、左肩からかなりの出血をしていて、脇腹の肉もえぐれているようだったが、幸い致命傷ではなかった。防具が良かったのだろう。
リアナは震えて歯を鳴らしていた。耐冷の効果が切れてしまったのだろうか・・・いや、まだ戦闘開始から十分ほどだ。まだ切れるほどではないはず。
「あ、アイル」
リアナは僕に気づくと、安心したような顔を見せた。
僕は同じ湿布を取り出し、患部に貼った。止血作用ですぐ血も止まるだろう。
「か、回復、は?」
「先ほどの攻撃でだいぶ魔力を消費してしまいました。残りはなんとかヒール一回使えるか、ってところです。すみませんが、ここから先を考えると今使う余裕はありません」
僕は早口に言った。リアナは魔道具を使うのも忘れていた。経験則だが、そんな時は僕も口で言ったほうがいい。
「そんな・・・」
リアナは泣きそうだった。しかしどうしようもないことなのでやめてほしい。
「回復魔法に鎮痛作用は無いです。湿布にはあるので、すぐ効きますよ」
僕はそう言うと、リアナから離れようとした。後衛が固まっていては、二人とも一度にやられてしまう危険がある。
「僕はカイの援護に行きます。このまま後ろにいてもジリ貧だ」
「い・・・行かないでよ・・・」
「リアナさん。僕らが攻撃のチャンスを作るので、その時に備えて最高火力の術式を組んでおいてください」
僕は腕を掴んできたリアナの手を払いのけると、カイのところへ駆けた。
カイは、いつも信じられないような闘い方をするが、今回も例にもれなかった。
カイは一切の防御を捨て、全力で攻撃を仕掛けていた。氷竜がこちらに魔法を放つ余裕がほとんど無くなるほどに、だ。魔法の威力を低下させるスキルの加護と、僕の再生魔法があって初めて成り立つ荒技だ。
氷竜は地面に立って、魔法より爪を主体に戦っていた。岩も豆腐のように切ってしまう竜の爪だ。どんな装備でもまともに喰らえば一撃で死輪切りだろう。こちらからの攻撃をもらう覚悟で氷竜も物理攻撃を交えることにしたようだ。
「第二ラウンドってとこですかね」
僕はつぶやく。
まずは観察だ。相手の動きを徹底的に分析しろ。
攻撃の主体は前足の二つの爪。たまに尻尾。翼は先ほどの攻撃で使い物にならないだろう。魔法は使う余裕が無いのと、スキルの影響でカイには効果が薄いから使っていないのというのもあるだろう。
僕は荷物から袋を取り出した。
《カイ。あの文献通りなら・・・》
《わかってる。今は耐えだ》
カイは爪を避けると同時に爪に攻撃を入れていた。離れ業だ。カイが攻撃に当たる気配はなく、華麗に攻撃をかわしていた。
数分間の攻防が続いた後、氷竜が魔法の術式を構成し始めた。氷竜が口を大きく開けて——
《今!》
僕は荷物から取り出していた袋を大きく投げる。カイが袋を空中でキャッチすると、氷竜の口の中へ放り込んだ。
轟音と、氷竜の呻き声がする。
袋の中身は火の魔石だった。あの酒場で仲間が見つからなかった時の保険だったが、持ってきて良かった。
《リアナさん!》
リアナはこちらに来ていて、しかと氷竜を見つめた。
僕らは離れた。魔法の巻き添えになるのはごめんだ。
リアナから十メートルほど離れたところで、熱風が通り抜けた。凄まじい威力だ。
「やったか⁉︎」
僕は叫んだ。
「てめ、縁起悪いこと言うんじゃねえ‼︎」
カイも叫んだが、強力な火炎魔法を食らった氷竜が再び動く気配は無かった。氷竜は討伐された。
「やった・・・やったよ・・・私でも・・・」
リアナは半泣きだった。
「ええ、これは確実にあなたの手柄です。この威力の魔法が無ければ厳しかった。そうですね、報酬はこの氷竜の死体でどうでしょう」
「そ、そんなに?」
僕はうなずいた。リアナがいなかったら、氷竜討伐は一段と難しいものになっていただろう。
「ありがとう・・・実は私、今までいろんなパーティーを追い出されてきて、役立たずって言われて・・・ありがとう・・・」
こちらこそ、と僕は言うと、笑顔を作り直した。
リアナの鼻をすする音が続く。
そろそろかなと僕は思った。
「あれ、なんか魔力が」
リアナがつぶやいた。
僕はリアナから三歩離れた。
「アイルさん、私、魔力が、動かない」
「呪いですね。あなたが氷竜を殺したので」
リアナの表情がさらに変わった。
「治して・・・治して下さい!浄化魔法なら・・・」
リアナが一際大きな声を出したが、後の方はかろうじて聞き取れる程度の声量にまで落ちていた。
確かに浄化魔法は毒や身体能力低下の魔法など、かけられているあらゆる魔法の効果を消すが、今は例外だ。
「無理ですね。もう呪いは発動してしまっているので」
起動してしまった呪いの術式を止める手段は無い。それこそ、おとぎ話に出てくるような神でもなければ不可能だ。
「騙した、の?」
リアナの表情には笑みが少し混じっていた。こんな状況の人にはままあることだった。それが僕にはどうしても理解できない。
「嘘をついたつもりはないです。それに見合った報酬だと思いますし」
「私、死ぬの?」
「はい」
質問に僕は答えた。
リアナはそれから下を向いて、ぶつぶつと何やら呟き始めた。
僕はリアナから距離をとった。
「えぁ」
リアナの頭が爆ぜた。辺りに血や肉が飛び散る。汚い。
「リアナさんは運がいいですね。僕に魔力が残ってて」
僕は肉の塊に近づき、唱える。
「グレートヒール」
肉が再度形を成し、リアナが蘇った。リアナは、眼を覚ますのに一時間ほどかかるだろうか。
「やっぱり呪いがあったな」
僕はええ、と軽く返事をした。
氷竜の持っていた呪いは、倒した者を道連れにするものだ。だが、「グレートヒール」なら助かろうが助かるまいが、蘇生することができる。
「しかし、魔力を使いすぎじゃないか?氷竜戦で使うのはヒール四回分って決めたろ。リアナを蘇生する必要、あったのか?」
「ええ、彼女は有能ですからね。なんならこの後も連れて行きますか?」
「昨日といい、やっぱりお前の冗談はつまらないな」
僕は苦笑した。
「そうだ。これ持っとけ」
そう言ってカイはスクロールを僕に渡した。
カイが巣の奥に進み、壁を大剣で叩いた。
奥に空洞が見える。
「ことごとく文献の通りですね」
「ああ。それじゃ、魔王討伐と洒落込むか」
「いや・・・死ぬかと思いましたよ」
「それは相手と掛けてるのか?面白くないぞ」
僕の愚痴にカイは真顔で応えた。こっちは死ぬ思いをしてるっていうのに。
「別に冗談を言っているつもりはないですが・・・」
僕は近くにあった瓦礫に腰を下ろした。
上の階の天井が全て崩れており、月がここまで届く。
僕は荷物からチョコレートを取り出した。贅沢品だが、心を癒すにはこれくらいの贅沢が必要なのだ。
「なあ、アイル。『ダンジョン』の定義は知っているか?」
チョコレートを齧っていた僕に、カイは唐突に質問を投げかけた。
「どうしたんですか急に・・・そうですね、僕の認識は、高難易度なところは大体そう呼ばれているってとこですが」
「ああ、一般にはそうだろうな。しかし、大賢者ノヴァの定義によれば、『ダンジョン』は四つだ」
僕は息を呑んだ。そんな話は聞いたことがないし、大賢者ノヴァというのも架空の存在とされている偉人だ。
「一つ、エルフの森林。
二つ、吸血鬼の不夜城。
三つ、巨人の集落。
四つ、氷竜の巣」
カイは順々に四本の指を立てた。僕はチョコレートを食べるのもやめ、話に聞きいっていた。
「難易度が高いというだけなら、他にもたくさんある。帝国を抜け出した半人半鬼の討伐。荒波に包まれた孤島の調査。それに、今は亡き聖教国の死者の軍勢の討伐と遺跡の調査、ってのもあるな」
カイが挑発するように言った。僕はため息をついた。
聖教国の死者の軍勢は、さっきまで僕たちが相手にしていた。
魔法によって操られた死者は死体になって百年は経っているというのに元気に僕らに襲いかかり、一撃で首を刎ねる程度の致命傷を与えないと死なず、その上大量に湧いてきて、物量で僕たちを押してきた。
「難易度が高いってものじゃないですよ。僕の浄化魔法が死者を操る魔法を打ち消すとわからなかったら、僕ら今ごろ軍勢に仲間入りですよ」
カイはそうだな、と言った。人の苦労も知らないで。
実際、浄化魔法を使うと死者を操る魔法が途切れてただの死体に戻るなんてこと、運が良くなかったらそう見つかるものじゃない。僕らが生き延びたのは単なる幸運ってことをカイはちゃんと理解しているのだろうか。
「で、その四つは、ダンジョンなんですか?それに氷竜の巣とエルフの森林はともかく、巨人や吸血鬼なんて聞いたこともないです」
カイは笑みを浮かべて、
「『ダンジョン』って名称は、おそらくノヴァのブラフだ。お前みたいに聞いた奴を惑わすためだろう。東西南北に位置する『ダンジョン』は、魔王との繋がりがある」
今、この大陸の東には聖教国の後釜のイースト共和国、西側にはかつて大国があったが既にバラバラになっており、南にはサウス帝国、北はノース帝国があり、そして中心にはセントラル王国が位置している。つまり、このかつての東西南北の大国に一つずつ「ダンジョン」が位置しているということだろうか。
そして、それらと「魔王」とのつながりがあると。僕はにわかには信じられなかった。
「魔王?そんなものが実在するんですか?」
僕は訝しんで聞いた。魔王なる存在とはなんなんだ。
「『魔王』というのもノヴァの命名だがな。やつは、世界の調停者だ」
「・・・意味がわかりません」
カイの説明は要領を得なかった。
「はは、俺もわからん。千年前の大天才様の言ったことだからな。俺たち程度は遥かに凌駕しているな」
カイは笑って言うと、歩き出した。
「どこへ行くんですか?」
「研究室だ。死者の軍勢を生み出していたのは実験室。奴らの研究の成果は、実験が失敗しても影響の少ない、実験室から少し離れたところに保管しているはずだ」
カイはそう言うと、僕らがいた部屋の扉を開けた。
「僕らも死者の軍勢を作ろうっていうんですか?僕はごめんですよ」
僕はうんざりして言った。さすがに死体を操って喜ぶような高尚な趣味は持ち合わせていない。
「いいや。おそらく奴らは、他の理論だけ完成させつつも実践はできないような研究をたんまり溜め込んでるはずだ。研究者ってのはそういう生き物だからな」
カイは言った。随分と自信があるような言い切り方だ。
「奴らが死者を操る魔法を開発したのも、別に軍隊を作るためってわけじゃなくて単に死者を蘇らせる魔法を見つけたかったんだろ。奴らの目標ってのはどこまでも知的探究心ってやつを満たすことだからな」
僕は納得した。魔法使いである僕にもそういう側面はある。人を犠牲にしてまでやることでは無いとは思うが。
「それじゃあ、この食料も水も空気すら必要ない、魔力だけで動く死者は、たまたま実験の副成果として開発されたと?」
「いや、研究者と言っても霞を食ってるわけじゃないからな。資金提供してるお偉いさんの命令には逆らえないんだろう」
確かに、圧倒的な軍事力に繋がる発明を国が見過ごすはずもないか。
僕はカイについて廊下を進む。戦闘中は気づかなかったが、確かにここは研究所らしく所々に書類や試験器具が置いてある。
棚に置かれていた魔道具が目に留まった。これは使えそうだと思い、それを取って鞄にしまった。
聖教国はその昔栄華を極めていたが、一日にして滅んでしまったと聞く。神の怒りだとか言われているその理由の真相にも興味があるが、カイの話を聞いてここまでの技術にも関心が湧いてきた。明らかに現代では再現できない、ロストテクノロジーだ。
「ここだな」
カイはそう言うと、廊下の、変哲のない扉を乱暴に開け放った。強固な魔法で閉ざされていたであろうが時が経って劣化しており、カイの馬鹿力を防ぐことはできなかった。
カイに続いて部屋に入って僕は思わず息を漏らした。
天井に、非常に緻密な魔法陣が刻まれていた。ここを守る術式だろうそれは、異様なほどに練り込まれていた。これがもし正常に発動していたなら、誰がここへ入って来れようか。カイの直感は当たり。ここが研究の成果を保管していた部屋だろう。
部屋には大量に本棚が置かれており、中には紐でまとめられた書類が乱雑に放置されていた。保存状態がいいのも、何か別の魔法が作用していたためだろう。
カイは本棚には目もくれずに、奥の方に置かれた机へ向かった。おそらく理論的な研究をしていたのだろう、机には乱雑な文字が刻まれた紙が放置されてあった。
「こういう所だろ」
カイはそう言うと、机の引き出しに手をかけた。木が割れるような音がして引き出しが取り出される。
「大当たりだな」
カイは言った。中には紙束とスクロールが入っていた。また当たりだ。
「どうやらお目当てのブツらしい。確認するから少し待ってろ」
カイはそう言うと、紙束に目を向けた。食い入るかのように紙束の字を追っている。
「僕は本棚を見てますよ」
カイが軽く返事をした。
これだけの技術を誇った聖教国だ。魔法を齧ったことのある者なら、誰もが興味をそそられることだろう。
僕は端の方にある本棚を見た。他の本棚にはぎっしりと紙が置かれているのに、その本棚だけは際立って紙が少なかった。
僕はそこから紙束を一つ取り出した。「呪い」と一番表の紙にはシンプルにそう書いてあった。僕は紙をめくった。
呪いとは、西の部族を起源とする魔法の一種で、魔法が起動したら最後、発動の阻止が極めて難しいという特徴がある。そして発動すれば対象は基本死ぬ。非常に凶悪な魔法だ。もちろん、それ相応の代償が必要なのだがこの威力は代え難い・・・
「おい、アイル」
僕は声をかけられて、カイが近くまで来ていることに気がついた。かなり集中して読んでしまった。
「何読んでたんだ?」
「いえ、一回復魔法使いとして気になる内容でして。そちらは何か発見が?」
僕ははぐらかして質問を返した。カイは特に僕が読んでいるものには興味が無いようだった。
「ああ。こいつは本物だ」
「というとそれが?」
「聖教国の開発した、氷竜を殺すための魔法だ」
カイが挙げた四つの「ダンジョン」のうち、一般にもダンジョンとして知れ渡っている「氷竜の巣」、その氷竜を殺す魔法だという。
「そしてこの紙束が、詳しい内容だな。氷竜の行動様式から弱点まで記載されてる」
カイは紙をこちらに見せた。
「まあ詳しいことは省くが、この魔法を使えば氷竜の魔力回復の大半を封じることができる。そして狙うべきは顎だ。火属性の魔法ならさらにダメージが通る」
竜の魔力回復を封じる?そんなことが、いったい可能なのだろうか。今の常識ではまず考えられないことだ。聖教国の技術の底が見えない。
「詳しいことは帰って話そう。ここにいたんじゃ落ち着いて話もできないからな。それと、こっからもうちょっと書類を失敬するか」
僕はその言葉に頷いて、部屋から他にも役立ちそうな書類をいくつか持って帰った。
宿に戻った後、カイは氷竜の討伐方法が書かれた書類を僕に読ませて討伐の話をした後、魔王について話し始めた。
「魔王はこの世界の調停者。それが大賢者ノヴァの言葉だ。しかしその実態、やつは単なる殺戮者だな」
カイは滔滔と語り始めた。
「ノヴァによれば、やつの目的はこの世界をこの水準に保つことだ。だからやつの仕事は、まあ出る杭を打つ、ってことになる。とはいえ最近は人間が圧倒的な存在として君臨し始めてる。魔法が人類に手に渡ったのが大きな原因だな。そこで、聖教国みたいな技術が劇的な発展を遂げた国を、やつは滅ぼすってわけだ。まあ、実際あの国がそのまま暴走してれば、今ごろ死んでるやつが跋扈する世界になってたんだろうが」
「では、人類を守るためにその魔王は聖教国を滅ぼしたと?」
僕は尋ねた。魔王の正体が全くわからない。
「そいつは結果論だな。たまたまそういう機構なのかは知らんが、少なくとも奴に人類を守る、なんて崇高な思想はないはずだ。いつどんな動きをするかはわからん」
「では、調停者というのは?」
「俺の推測だが、本来は過ぎた力を持った者を滅ぼす役割なんだ。正直詳しいことはわからん。賢者ノヴァにも分かってなかったと聞く」
多少は分かったが、魔王という存在は未だ闇の中だ。僕は話を変えた。
「それで、魔王と氷竜の関係はなんなんですか?」
聖教国の研究所を攻略したのは、氷竜を討伐するためだとカイは言っていた。竜を殺すための魔法は手に入ったが、それと魔王がどう繋がるのだろうか。
「氷竜は、魔王の配下だ。魔王の命令通りに動くコマにすぎない」
なるほど。だから「ダンジョン」は東西南北に設置されるのか。魔王の手の届かない場所に強力な配下を置く。筋は通っている。
「もしかして、氷竜討伐の理由は報酬では無いですか?」
カイが口角を上げた。いつにも増して得体の知れない笑みだった。
「ノヴァの推測によると、全ての『ダンジョン』と魔王の住処は、繋がっている」
「全ての・・・繋がっているというと、転移魔法?」
カイは黙って頷いた。
転移魔法。現代の魔法体系では実現不可能とされている魔法だ。魔術を消す魔法や時間に干渉する魔法と同様、お伽話の中だけの存在。
「では、目標は魔王討伐、ですか」
「ああ。俺たちならできるさ」
心臓の鼓動が速まるのを感じる。相変わらず、カイは僕を退屈させてくれない。
氷竜の巣に隠されていた空洞に入った。
「ここは・・・」
僕は呟いた。そこは何もないただの空洞に見えた。
「ここだな」
カイが空洞の側面の一部に手を置いて言った。
目を凝らすとそこには線らしきものが走っていた。
僕は荷物からスクロールをいくつか渡した。
カイが覚悟はいいかと聞いてきた。僕は黙って頷いた。
カイがスクロールの魔術を発動し、再びそのカモフラージュされた魔法陣に手を当てて目をつぶると、線が光った。
カイの予測が正しいなら、この魔法が失われた転移魔法だ。しかし僕には魔法陣の機構を全くと言っていいほど理解できなかった。現代魔法と根本から違う魔法だった。
魔法が発動する直前、僕は防御魔法を展開した。
視界が暗転した。
その直後に、防御魔法が貫かれる感触と共に、カイの首がはね飛ぶのが見えた。
僕はグレートヒールを発動した。すると、僕の頭と体がくっついた。
続けてカイにもグレートヒールをかける。暗闇の中でカイの肉体が元に戻っていくのを見た。
予想通り不意打ちを食らった。しかし、防御魔法を貫通してくるとは。
カイは体が戻るや否や、大剣を振った。
なんとも形容し難い音と共に、暗闇が開かれ、明かりが入ってくる。
僕らは攻撃を分散させるため、お互い違う方向に飛び出した。
広い、直方体の地下室のような部屋だった。いや、岩で囲まれた密室で出入り口は見当たらないため、部屋というのも少し変か。僕らは転移魔法でこの箱の幅の短い壁の側に来たようだった。
箱は瓦礫が散乱していて足場が悪い上に辺り一面は燃えていて、部屋の向かいに白髪の、少年とも少女ともつかないような誰かが佇んでいた。
「あいつが、魔王」
僕はひとりごちた。
周りは煙で視界も悪かった。
僕は感心した。魔法で回復しにくい、魔術によらない煙の毒での攻撃。そして当の魔王は人型をしてはいるが、本質的に全く別の生物だろう。人の形もデコイだ。あそこに急所は無い。
しかし空気を吸わせないとは、なかなか凶悪だ。僕らには通じないが。カイが魔王の攻撃方法を、人を殺すための、「殺人の魔法」だと呼んでいたのも頷ける。人は空気を吸えなければ死ぬ。
二撃目が来た。
黒い触手のような何か。召喚直後に僕らを覆って視界を塞ぎ、不意打ちで首を刎ねたのだろうそれは、恐ろしい速度でこちらに何十本も迫って来た。
初撃の感覚からして、この触手による攻撃は魔術要素と物理要素が組み合わさっていて、魔法を打ち消すことに特化された僕の防御魔法では防げそうに無い。それに加え、確実に急所を狙ってくるコントロール。シンプルながら非常に厄介だ。それに加え、自由に伸縮して全方位に動く触手は変幻自在で、攻撃が来るタイミングも非常に計りづらい。
僕はここはいつも通り、防御はせずに回復魔法で耐えに徹して——
カイがこちらに走り、目の前に迫っていた触手を剣で弾いた。
その直後、僕は急激な不快感に襲われた。
——回復阻害の魔法だ。
背筋が凍った。この魔法がかかると、回復魔法をかけても一切回復しなくなってしまう。回復魔法を使う寸前に回復を封じるとは。危ないところだった。
しかし回復魔法を使えないのは非常に苦しい。ヒールによる継戦能力がこのパーティーの一番の強みだというのに。
カイは攻撃よりも相手の観察に注力しているようだった。魔王の急所を探しているのか。しかしあの触手を操っているように見えるヒトガタは、おそらく操り人形のようなものだろうから、それを抑えてもジリ貧だ。
《抑える、何とかしろ》
・・・どうやら僕に丸投げのようだ。
カイが、力ずくで突破できないような状況の打破を僕に全部任せるなんてことは今までもしょっちゅうあった。僕は戦闘へ割く意識を、考えを巡らす方に移した。
僕は回復阻害の魔法がかけられているため、今は防御魔法しか使えないので決定的な攻撃をすることができない。今僕が持っている荷物は、ちょっとした魔道具とナイフなどのサバイバル用具に、スクロールがいくつかある。スクロールに刻まれた術式は、聖魔法が回復と浄化、死体を操る魔法、暗いところでも見える魔法、着火の魔法、各魔法属性の最上位魔法、それと氷竜の巣でカイに渡された、霧散の魔法だ。
最上位魔法は威力が高いが、あの操り人形は遠隔で操作されていて、本体はここにいない可能性すら十分ありうる。そうなると、アレをどうこうするってのは得策じゃない。
霧散の魔法は、ここに来る前にカイに手渡されたものだ。なんでも魔力を分解して、魔法を消す、らしい。そんな魔法を使えて、さらにそれをスクロールにまで落とし込んだのは、一体どんな奴なのだろうか。一度お目にかかりたいものだ。っと、思考が逸れた。
この魔法がキーになるだろう。カイがこの土壇場まで出し渋ったスクロールなんだ。そしてこのスクロールは特殊な加工がされていて、非常に幅の広い使い方ができる。今までこの加工がなされたスクロールは一度だけ使ったことがあるが、すごかった。なんたって、火の魔法で空を飛んだんだからな。
だからこの魔法は今ここでスクロールを使えば、数十メートル離れた所にいる魔王の人形に発動させることはできるだろうが、すぐに操る魔法をかけ直されて終わりだろう。この密室を抜け出さないことには・・・
突然、大きな音が耳をついた。カイの持つ大剣が触手に払われ、勢いよく壁にぶつかった音だった。
そうしてできた一瞬の隙に、触手の容赦のない攻撃がこちらを襲った。
僕は咄嗟に防御魔法を展開する。それを貫きつつ、なお勢いを保った触手が僕の脇腹を抉る。
さらに触手が襲ってきた。僕は荷物から出して手に持っていたスクロールを発動する。
岩の魔法。周りに岩壁が生えて僕を覆い、更にこの壁に防御魔法を被せる。これなら物理的攻撃にも強く出れるが、こちらが逃げることもできない苦肉の策だ。それに防御魔法を常に展開するのは魔力消費が多すぎる。持たせるとして十秒程度が限界だろう。
残りの魔法属性は火、水、雷、風、氷。カイが復帰するまでこれらで凌がなければ。
《おい、返事しろ!どうなってる!》
アレからカイの返事が無い。武器を払われてそのままやられたか、それとも単に返事の余裕がないだけで生きているか。
壁のせいで真っ暗闇だ。状況はどうなっているんだ。
いや、一旦考えを戻せ。打開策がなければどのみち終わりだ。
どうやってこの箱から出る?
壁は、カイの大剣があの勢いでぶつかって傷一つついていなかった。床と天井も同様、破壊は難しいだろう。なぜ壁がこんなに硬いんだろうか・・・
突如として光が差し込んだ。慌ててそこを見ると、岩壁に亀裂が入っていた。攻撃に耐えきれなかったようだ。
壁のせいで逃げられない。いや、逃げたところで触手に捉えられて終わりだ。
氷の魔法を発動する。壁を貫いてくるだろう攻撃をかわすのではなく、威力を殺すことを優先する。残っている属性魔法は四つ。
亀裂が入ったところだけでなく、岩壁の周りを覆うように氷を生成する。触手は、僕の背中を貫いた。
やはりあの亀裂はフェイントだった。
追撃が迫る。依然として動けない僕を、カイが壁と体を貫いた触手を壊して引き上げた。右手にはあの大剣も持っている。なんとか戦線復帰したようだ。
カイはかなり息を切らしており、体は傷だらけだった。回復魔法を使えないのが本当に痛い。
《壁の破壊は?》
《無理だ。硬すぎる》
いよいよ本格的にここを抜け出す手段がなさそうだ。
カイが迫り来る触手をなんとか払い落とす。カイの体力も限界に近い。
その時、僕に一つの仮説が浮かんだ。
この空間の壁は、魔法がかけられている、あるいは魔法によって作られている。それによって強度を底上げしている、というものだ。
触手の魔力に紛れて壁に魔力がこもっているかどうかはわからないが、そうでなければカイの力でも傷つかないことを説明できない。
僕は一か八か、天井に向かって霧散の魔法を発動した。そこに、更に風の魔法を発動し、一直線に穿つ。やはり、壁には魔法がかかっていたようだ。カイの力には劣るこの魔法で壁を貫けた。
すると数メートルの穴ができたところで、空洞にあたった。
魔力を使いすぎたのだろう、めまいがする。体が言うことを聞かず、崩れ落ちそうになる。そう思ったところで、カイが僕の体を抱えてそのまま僕の作った穴へと跳んだ。
凄まじい跳躍力で、一気に穴を過ぎてその空洞まで到達した。
そこで僕の視界に入ったのは、豪華な装飾。床には絨毯が敷かれており、壁にはランプの火が灯っている。何かの部屋だった。
部屋の机に誰かがいる。僕が見たのはそれまでだった。
僕は部屋の床に叩きつけられ、次の瞬間、顔を上げると部屋の奥に座っていたその人物は、頭を潰されて死んでいた。すぐそばに剣を振り切ったカイがいた。カイが天井を蹴ってそのままあの人物に攻撃をしたようだった。
「こいつが魔王だ」
カイは言った。しかしその人物は、とても魔王には見えなかった。白髪で体がしわになっている、ただの爺さんだった。何より、その人物は、
「そいつは、セントラル王国の・・・」
「ああ、王様だな」
カイはなんて事ないように答えた。予想はしていたが、当たって欲しくはなかった。
「魔王の魔法は俺が使える。死んだかいがあったな」
僕たちは既に死んでいる。
聖教国の遺跡から持ち出した、死体を操る魔法の刻まれたスクロール。僕らは氷竜の巣でこちらに転移する前に、それぞれが自害し同時にスクロールを発動することで、自分で自分の死体を操るようにしていた。念の為グレートヒールをいつでも使えるようにはしていたが、一発で決まったのは幸運だった。
そんなことをしたのは、殺人の魔法の対策のためだった。詳細はわからないが、人を殺すのに特化した魔法。それなら生きていないならば与しやすくなると踏んだが、それは正解だった。生身だったら煙にやられて死んでいただろう。
「これで俺たちの冒険も終わりだな」
僕は何も言わず、背負っていた荷物を床に下ろした。
カイがこちらに歩み寄る。歩きながら、カイは剣を振って、刀身についた王の血を飛ばした。僕の顔にそれが少しかかった。
僕は立ったまま、動けなかった。
カイは僕の前に立って一瞬止まった。カイに触れるには、三歩ほど前に進まなければいけないような距離。
長く思えた一瞬は去り、カイの姿がぶれ、鈍く光る銀色が、僕の首筋に迫るのを見た。
アイルの頭が首から滑り、床に落ちた。
カイはそれを見届け、更にアイルの体を袈裟斬りにした。
カイは、は、と息を漏らし、王のいた所へ向き直り、
そして倒れた。
「ばか正直ですね。こんなに上手くはまるとは思いませんでした」
カイの斬撃が無かったかのように、アイルが立ち上がってそう呟いた。
アイルは動かぬ死体を尻目に、置いていた荷物を取る。
アイルは攻撃魔法を使えず、また肉体能力もカイに遠く及ばないため、カイは絶対に反撃を受けないと思い込んでいたのだろうと、アイルは考えた。
アイルは荷物から魔道具を取り出した。瓶の中に、死んだ線虫が入っている。アイルはそれを投げ捨て、玉座に向かって歩き出した。
その線虫は、アイルが聖教国の遺跡から持ってきたものだった。通称、奴隷虫。魔法技術によって命を加工されたその虫は、他者と魂を共有することが可能だった。つまり、その虫が死ねば、魂を共有した者も死ぬ。かつて奴隷は強制的に奴隷虫と魂を共有させられ、管理されていたためそう呼ばれる。
奴隷虫が入っていた瓶は魔道具で、中の生物が死んだ時、生き物が死ぬ際に発せられる微小な魔力を検知できるようになっていた。
アイルはカイが魔王を倒した後、あらかじめ瓶の魔道具に入れられた奴隷虫と魂を共有した。
魔道具が奴隷虫が死んだことを検知した時に、浄化の魔法のスクロールが周囲に発動されるよう回路を組んでおき、その直後に蘇生の魔法と死体を操る魔法のスクロールを同時に発動させるようにしていた。
アイルがカイに殺されると同時に奴隷虫も死に、自動で浄化の魔法が発動し、カイは「死体を操る魔法」が解け、死体が死体に戻った。直後、蘇生の魔法と死体を操る魔法が同時にアイルにかかり、アイルが生き返った。
(それにしても、こんな荒技が成功してしまうなんて、)アイルは考えた。
(僕のスキルは、「グレートヒール」は一体何なんだ?)
アイルは王の死体から服を剥ぎ、内ポケットをまさぐった。中には莫大な魔力がこもった宝石が入っていた。
直感的に、これが魔王の魔法だと感じられた。
(時間を遡る魔法は)
アイルはその宝石に自分の魔力を込めた。魔王の術式がアイルの魂に刻まれる。
「無い、か」
アイルの作り笑いが少し歪んだ。
少しの間その場にとどまった後、アイルは玉座に腰掛けた。
「今日から魔王、始めますか」
おわり




