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第3話 悪役の名前

逃げる、という言葉が好きじゃない。

逃げると言った瞬間、負けたみたいに聞こえるからだ。


でも現実は、もっと単純だった。


――今ここで捕まったら、レイアは“器”のまま終わる。

俺は“邪魔者”として、広場の見世物になる。

そして司祭たちは、何事もなかった顔で儀式を続ける。


それだけは許せない。


衛兵が踏み込んでくる。鎧の金具が鳴り、靴底が石を叩く音が近づく。

俺は棒を握り直し、壇の縁へ走った。


目の端に、システムの淡い表示が残っている。


罪状“儀式妨害”――付与

影響:周囲の認識補正(敵意増加)


認識補正。

つまり俺は、ただ走って逃げても、追われる側の“役”を背負わされる。


なら、俺がやるべきは一つだ。


役を利用して、道を作る。


「そこだ! 捕まえろ!」


衛兵の叫びに、群衆が沸く。

顔が興奮で赤くなる人。怖さで固まる人。

そして――目を逸らす人。


目を逸らす人間は、たいてい“分かっている”。

でも分かっていても、声は出せない。


俺はその“沈黙の層”を見つけるように走った。


壇の端。下は広場。飛び降りれば足を折るかもしれない。

だが、折れるのは足でいい。今折れて困るのは未来だ。


俺は跳んだ。


着地の瞬間、膝が痛んだ。

痛みが脳に走る前に、棒で地面を突いて体を支える。


――支点。

システムが提案していたスキルの名が、頭の中で響いた。


《スキル:支点 Lv.1》発動

姿勢補正:微

損傷軽減:小


痛みが“少しだけ”軽くなる。

それだけで十分だった。


俺は走り出す。


背後で、衛兵が壇から降りる音。

群衆が割れる。

割れるたびに、俺の進路が狭くなる。


見える。

この流れは、誰かが書いた“追跡劇”だ。


そして追跡劇には、いつも一つの結末がある。


――角を曲がった先に、袋小路。


だから俺は、袋小路へ行かない。


路地の入口に、露店の荷車があった。

果実と布が積まれ、車輪が石に噛んで動かない。


露店の男が青ざめている。衛兵が来る。群衆が押す。

次の瞬間、荷車ごと倒れる。


俺は男の目を見る。

「動かす。いいな」


返事を待たない。待つのは高い。


俺は荷車の角に棒を差し込み、てこの原理で持ち上げる。

男も反射で押す。

荷車が一息で回り、路地の入口を塞ぐ。


衛兵が角を曲がってきた瞬間だった。


「どけ!」


どけるわけがない。

どけたらレイアが終わる。


衛兵が荷車に突っ込む。

鎧の重さで車輪が滑り、果実が転がり、布が絡む。


群衆が叫ぶ。誰かが笑う。誰かが怒鳴る。

混乱は、いつも“安い”。


システムが淡々と加点する。


評価:環境利用による遮断

効率:中/消費:低

実利ポイント+4


俺は路地を抜け、さらに細い裏道へ入った。

ここからは知っている。子どもの頃、腹が減るとここを通って市場の残り物を探した。


息が切れる。喉が焼ける。

でも走れる。


走りながら、俺は考える。


レイアをどうやって連れ出す?

“器”という身分をどう崩す?

証拠? 前例? 誰が味方になる?


――味方。


その言葉が浮かんだ瞬間、背中が冷えた。


味方は、作るものじゃない。

守るものだ。


俺は立ち止まり、振り返った。


レイアが――いた。


白い衣が汚れ、息が荒い。

それでも彼女は走ってきた。

追ってきた衛兵を避けながら、群衆の隙間を縫って。


「来るな!」と叫びそうになって、飲み込んだ。

来るなと言ったら、彼女は一人で戻る。

戻ったら、儀式が再開される。


俺は歯を食いしばる。

「……なんで」


レイアは肩で息をして、でも目を逸らさない。


「あなたが言ったから」

彼女は言った。

「“払うのが君なんだ”って。……あれ、誰も言ってくれなかった」


言葉が胸に刺さった。

刺さって、あたたかい。


俺は彼女の手首を見る。

紋はまだ消えていない。淡く光って、彼女を縛っている。


「これがある限り、あなたは逃げても追われる」

俺は言った。

「俺と同じだ。……認識が変わる」


レイアが眉をひそめる。

「認識?」


俺は短く息を吐く。

説明するなら、分かる言葉で。


「街が、俺を“悪い奴”だと思い始めてる」

俺は笑う気もなく言った。

「そういう“仕組み”がある」


レイアは少し黙り、やがて静かに言った。


「……じゃあ、私も悪い人になればいいの?」


その言い方が、彼女らしくなくて――でも、強かった。


俺は首を振った。

「悪い人じゃない。……選ぶ人だ」


路地の先で、遠くに笛が鳴る。

追手が増える合図だ。


システムが、また表示を出す。


推奨:味方の確保

候補:2名(近距離)

条件:信頼値の獲得


候補?

近距離?


俺は周囲を見回す。

薄暗い裏道。壁の影。

そして――半開きの扉。


そこから、誰かがこちらを見ていた。


若い女。作業着。手には薬草の束。

目が鋭い。逃げ腰じゃない。

それどころか――“値踏み”している。


彼女は小さく言った。


「あなたが噂の“儀式妨害者”?」

口調が軽い。だけど目が軽くない。

「街中があなたを悪役にしたがってる。……面白いね」


俺は棒を握ったまま、一歩前に出る。

「誰だ」


女は肩をすくめた。


「名乗るほどの者じゃない」

そう言ってから、にやりと笑う。

「でも、あなたが今欲しいものは分かる。――逃げ道と、証拠」


証拠。

その言葉に、俺の思考が一段深くなる。


女が扉を大きく開いた。

中は暗い。薬の匂いがする。


「入る? 入らない?」

女は言った。

「迷ってる暇はないよ。もう来る」


遠くの足音が、近づいてくる。


レイアが俺を見る。

怖いはずなのに、目に迷いが少ない。


俺は決めた。

決断が遅いのは、いちばん高い。


「入る」


俺が言うと同時に、システムがひとことだけ表示した。


《分岐:味方ルート(暫定)》


扉が閉まる。

外の世界が、音だけになる。


暗闇の中で、女が囁いた。


「ようこそ。――“物語”を壊す側へ」


(つづく)

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