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第1話 いちばん安い方法

この世界では、魔法が“進歩”を止めた。

正確に言えば――止めたように見せただけだ。


火は呪文で灯せる。水は紋で引ける。病は祈りで抑えられる。

だから人は考えなくなる。工夫しなくなる。

「便利」がある場所で、「理由」は痩せていく。


けれど魔法は万能じゃない。

代価がいる。形がいる。反動が来る。

それでも人は、都合の悪い部分を“儀式”という言葉で包み、正当化してきた。


そしていつからか、街は気づいてしまった。

結界ドームを維持するには、石でも金でもなく――

人間の人生が必要だということに。


うつわ」と呼ばれる者がいる。

祝福され、称えられ、選ばれた者。

その実態は、ただの“燃料”だ。


俺は英雄じゃない。

剣の天才でも、偉大な魔術師でもない。


ただ、子どもの頃から頭が回った。

物事を順番に並べ、因果を切り分け、最短の道を探すのが癖だった。

殴るより、倒れる理由を奪う。

魔法より、棒のほうが速いなら棒を使う。

それだけだ。


――その日、俺は初めて知った。


世界には「物語のふし」がある。

誰かが望む結末へ向かって、人の運命が束ねられる場所がある。

そして、そこに触れた者には――反作用が返ってくる。


広場の光の中で、彼女は“器”として立っていた。

レイア・ソリン。

笑わない目をした、優しい人。


俺が一歩踏み出した瞬間、見えるはずのない文字が浮かんだ。


《実利のシステム:起動》


――世界が俺に言った。

「お前のやり方でやれ」と。


なら、やる。

ただし、派手にじゃない。

正しく、安く、速く。

誰かを“物”にする仕組みそのものを、壊すために。


これは、魔法の天才の物語じゃない。

これは、実利で世界を曲げる物語だ。

そして同時に――

誰かを救うために、自分が何者であり続けるかを問い続ける物語だ。

街が新しい「希望」を選ぶ日、俺は広場の群衆の中にいた。

祈りでも旗でもなく、俺が数えていたのは――


衛兵が門から壇上まで歩く歩数。

首を振る間隔。

槍の長さ。

視線が流れる速度。


滑稽だと思うか?

白衣の司祭たちが杯を掲げ、音楽が鳴り、光が踊る日だ。

そんな日に、俺は“時間”と“角度”を数えている。


石の円環の中心に、レイアが立っていた。

動かない。まるでまだ火を点けられていない蝋燭みたいに。


周囲がささやく。


「器だ」

結界ドームの器だ」


――“器”。

その言葉が、どうしてこんなに軽いのか俺には分からなかった。

人を、物みたいに呼ぶな。


俺は彼女を一度だけ見たことがある。薬師の列で、彼女は自分の順番を子どもに譲った。

その笑顔は、優しさというより“習慣”だった。


今の彼女は笑っていない。


司祭が手を上げる。

空気が震え、もんが鳴った。光が糸のように円環へ集まっていく。

群衆が息を呑む。――いつもそうだ。綺麗な魔法を前にすると、人は理由を忘れる。


俺は一歩、前へ出た。

誰かが肩を掴む。


「おい、どこへ――」


力で振りほどく? 叫ぶ? 殴る?

違う。そんなのは高い。余計な損耗だ。


俺は、いちばん安い方法を選んだ。


腰の袋を落とした。


銅貨が石畳に散り、鍋いっぱいの釘をぶちまけたみたいな音が広場に広がった。

人が反射で動く。屈む、避ける、よろける。

衛兵の視線が――俺が数えた通りの時間だけ、下へ吸われる。


それで十分だった。


俺は肩と肩の隙間を滑り、壇の裏へ回り、円環へ続く階段に足をかけた。


その瞬間、目の前に“文字”が浮かんだ。

光でも幻でもない。見えるはずのない文字だ。


《実利のシステム:起動》

評価:効率的な攪乱かくらん

報酬:実利ポイント+3

提案:スキル《支点》Lv.1 を取得しますか?


俺は階段で、ほんの一拍だけ止まった。

心臓が跳ねたからじゃない。

理解したからだ。


――これは偶然じゃない。

世界が、俺の“やり方”を正しいと認めた。


上から、儀式の光が落ちてくる。

群衆の歓声が遠い。


俺は息を吐き、足を進めた。

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