天狗と魔法の水鉄砲
神社の裏山には、あまりの暑さにぼんやりして、自分の羽をうちわ代わりに使いすぎてボロボロにしてしまった天狗のクラマが住んでいました。 クラマは、少しわがままで食いしん坊そうな、ぷっくりとしたお腹をしています。真っ赤な顔は日焼けのせいではなく、すっかりのぼせ上がっているせいです。
いっぽう、小学生のケータは、夏休みの宿題よりも「自分がどこにも馴染めていないこと」に頭を悩ませていました。塾の帰り道、誰もいない神社の手水舎で、百円ショップで買った水鉄砲を虚空に向けて撃つのが、彼の唯一の儀式でした。
ある午後、ケータが放った水が、誰もいないはずの空間でパチャリとはねました。 「冷たっ。……ちょっと君、いま僕の眉間に命中したよ。天狗の眉間に水をかけるのは、立ち食いそば屋で隣の人の七味唐辛子が目に入るのと同じくらい失礼なことなんだよ」 水の中から、ぐっしょりと濡れたクラマが姿を現しました。
クラマは理屈っぽくて、でもどこか寂しげな口調で語りかけます。 「僕はね、暑いのが嫌いなんだ。冬の冷たい空気の中で、きりっとした顔で立っているのが天狗の仕事なのに。今の僕は、溶けかかったソフトクリームと同じ。かっこがつかないんだ。誰も見ていないところで、僕は僕を諦めているんだよ」
ケータは謝る代わりに、クラマに水をかけ続けました。 シュッ、シュッ、と水鉄砲が音を立てるたび、太陽の光を浴びた飛沫が、細かなダイヤモンドの粉のように二人の間に舞い散ります。 「ほわああ……」 クラマは、なんとも言えないマヌケで幸せそうな顔をして、その虹色の飛沫を眺めました。
「ねえ、クラマ。学校にいると、僕だけが白黒のテレビみたいに見えることがあるんだ」 ケータは水鉄砲に新しい水を補給しながら、ぽつりと呟きました。 「みんなはカラーで、キラキラしてるのに。僕はただ、そこに置いてあるだけの椅子みたいだ。あってもなくても、変わらないんだ」
クラマは、濡れた羽を重そうに揺らしながら、ケータの目を見つめました。 「ケータ。光っていうのはね、何かにぶつからないと光っていることが分からないんだよ。透明な空気の中では、光はただ通り過ぎるだけなんだ。君という椅子にぶつかったから、今、この水しぶきはこんなにキラキラしてる。君がいないと、この虹は誰にも見つからなかったんだよ」
夏休みの終わり、クラマの羽はすっかり乾き、空へ帰る準備が整いました。 クラマは別れ際、ケータの水鉄砲をそっと指でなぞりました。 「このプラスチックの筒の中に、この夏のキラキラを全部閉じ込めておいたから。冬になって、君が自分のことを白黒だと思ったら、こいつを空に向けて撃ってごらん。そこには君にしか見えない色が生まれるから」
クラマが大きな羽を羽ばたかせて去った後、ケータの手元には、一本の水鉄砲と、真っ赤な天狗の羽が残されました。 羽の脈の一本一本が夕陽を浴びて、神々しいほどに輝いています。
ケータはもう、自分がただの椅子だとは思いません。 いつか誰かの光を反射して、一緒にキラキラするためにそこにいるのだと、この夏、天狗に教わったからです。




