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浅葱の吟唱  作者: 霧間ななき


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ココロ編04

家に着く頃にはもうすでに十時半を過ぎていた。

「ただいま」

「おかえりー、ただいまー」

「おかえり」

隣にいるけどなんとなく言い合う挨拶。

ただいまとおかえり、何故か言わずにはいられない言葉だった。

なんとなく『家族』を感じる瞬間なのだ。


「先に入っていいぞ」

「ん、ありがとー。一緒に入るー?」

「入らねー」

入るわけないだろ。わかってるくせにキズハは笑いながら聞いてくる。

いつものことだった。

俺は取り合うこともなく居間のソファに腰掛ける。


キズハも気にした風でもなくそのまま風呂場のほうへ向かっていった。

「のぞいてもいいよー?」

「いつも思うけどそれはどうなんだよ?」

そう聞くとキズハはきゃらきゃらと笑ってそのまま戸を閉める。

本気で言ってないんだろうがなんだかな。


いや、本気かもしれないから俺は困っているのだ。

何かと無用心なキズハ。

誘っているかのように無防備な姿を俺にさらしてくるのだが。

健全な高校男児にとってそういう姿と言うのはかなりまずい。

キズハはそれを理解した上でやっていそうなのが恐ろしいところなのだった。



うちの妹さまは普段天然でほんわかしたタイプだ。

しかし時々そのままの顔でとんでもないことをしてくることがある。

家の中限定ではあるのだが突然抱きついてきたりキスをしてきたり。

あからさますぎる上俺自身嫌じゃないってか正直うれしいが故に拒めない。


要するに俺たちは兄妹だがどうも両想いらしかった。

お互いに気持ちを確かめ合ったわけでもないし、口にすることはたぶんこの先もないんだろう。

兄妹で、いい。

けど、どこの誰よりも愛おしく想っていた。

何よりも大切なのはキズハといつまでも隣にいられること。

キズハもたぶん、ほとんど間違いなくそう思ってくれている。


それがうれしくて、幸せで、けれど悲しい。

それでもその関係が誰にも祝福されることがなく、誰にも許されることがないことは自分たち自身がよくわかっていた。

兄妹は結ばれてはいけない。

たとえどれだけ愛し合っていようと、俺たちは恋人や伴侶になったりすることは不可能なのだ。


いっそ兄妹じゃなかったら、と何度か思ったことがある。

けれど、兄妹じゃなかったらこんなに仲良くなれただろうか?

愛おしく思えただろうか?愛し合うことができただろうか?

正直なところ否であると思えた。

この距離だったからこそ、これだけ想い合うことができる。

そう思うと兄妹だったことに感謝すら覚えるのだ。



ぼんやりと考えながらテレビをつけた。

例の連続猟奇殺人事件に進展はないだろうかと思ってチャンネルを回す。

犯人が早く捕まってくれないとなかなか安心できない。

正直なところ今、夜に一人で歩くのが恐ろしくて仕方がないのだ。

キズハが一人で外に出ようものなら日中ですら気が気でない。

できるだけ俺も一緒に行かせてくれとキズハに頼んであった。

キズハはうれしそうに笑ってうなずいてくれたので今のところ外に出る時は毎度一緒である。


びくりとチャンネルを回す手が止まった。

『昨日未明、四人目の犠牲者が出てしまいました。現場はシオトミ市アラド町の駅前商店街の路地裏で――』

オイオイ、四人目だって?

待ってくれよ、おかしいだろ。

三人目が出て警察は夜間見回りとか始めたって聞いてたのにまた事件が起きたのかよ?


しかも現場は同じ市内である。

間に一つ町があるとは言え、もはや近隣といっていいレベルの距離。

先週までの事件は隣のシキタニ市で起きていた。

ニュース内で表示されている地図を見てみると事件現場はバラバラな地点で起きている。

法則性はないように見えた。


しかし、一つだけ気になるのは、距離である。

気のせいだと思いたい。

そんなわけがないだろう、そう思うのだが一度気になってしまうとなかなか頭から離れてくれなかった。

現場はセイソウ学園を中心とした距離で換算すると徐々に近付いてきているのだ。

距離の移動はまちまちであり、意図があるのかないのかわからない。

それでも、間違いなくセイソウ学園に近付いてきている。


もし本当にそうなら俺たち自身や俺たちの身の回りの人々に危害が及ぶ可能性もあるのだ。

ぞっとしない想像だった。

ありえない、そうであってほしい。

俺たちの人生には関係のない存在。

殺人鬼とかそんなの、関係ないんだと思いたかった。




「お、に、い、ちゃんっ!」




がばり、と後ろから抱きつかれて俺は心臓が飛び出るかと思うほどに驚く。

ぱくぱくと口が動くが声が出ない。

人ってマジで驚くと本当に言葉をなくしてしまうのだと初めて知った。

テレビに集中してしまっていたのか、キズハが出てきたことにまったく気付かず、本気で驚いている。

動悸がなかなか治まらない。

いや、動悸の原因は驚いただけじゃない気もした。


キズハの身体は火照っていてとてもあたたかくて心地がいい。

肌は俺のものとは比べ物にならないくらいやわらかくて気持ち良かった。

そして慎ましやかだがしっかりと存在の主張をしている胸。

心臓がバクバク言っている。

「キズ、ハ、お前、なんで何も着てないんだ!?なんか着ろアホ!!」


そう、キズハは素っ裸だった。

理性で抑え込まなかったら今マジでやばかったぞ。

好きな女の子に背後から裸で抱きつかれて平気なやつがいたらそれは不能だ!!

落ち着け自分。気が動転しすぎて何を考えているんだかよくわからなくなっている。

「タオル巻いてるよー?」

「そういう問題じゃねー!!とりあえず早く離れろ!?」

「えー?もー、ちょっとー♪」

ぎぅーとさっきよりも強く俺に抱きついてくるキズハに俺は理性が吹っ飛びそうになった。


スバッ、とソファから力づくで立ち上がり、キズハから距離を取る。

背を向けたままキズハを見ないようにして、

「次、俺だから、風呂入ってくる!」

一気に風呂場に向かって走り出した。

「あーぅー、なんでー?いいじゃんかー」


ぶーぶー言ってるキズハを置いてそのまま風呂場に飛び込んだ。

荒い息を整える。

あいつ、男をよくわかっていないのか、よくわかっているからやっているのか、どっちにしろ性質悪いぞ……

兄としての理性が辛い。男としての本能が走りたがっていた。

欲望に負けそうだ。

そうなったら、俺はきっとキズハのそばにいられなくなるだろうな。

それだけは嫌だから、なんとか我慢しなければ。

決意を新たに風呂に入る支度をしていった。





「あ、おかえりお兄ちゃん」

「うぃ、ただいま。つーかまだ起きてたんか」

風呂から上がって今に戻ると笑顔のキズハに迎えられる。

さすがにもうネグリジェに着替えていた。

ピンクでふりふりのネグリジェはキズハの黒髪に対して派手すぎるような気はしないでもない。

しかし、ピンクが好きらしいこいつはいろいろなものがピンクに染まっていた。

部屋もピンクで埋め尽くされているのだ。

ぬいぐるみたくさんの部屋は壁紙もカーテンも机もイスもピンクと言うピンク尽くし。

目が痛くなるくらいのピンクのあふれる部屋だった。


「まだいつものやってないしねー?」

「自分でやってもいいと思うんだがなー?」

「お兄ちゃんにやってほしいの」

「さいですか」

「さいですよ」

仕方がないので向かい合う。

キズハはうれしそうな顔で笑っていた。

何がうれしいんだか。

しかし、こういう顔を見ているといたずら心が沸いて来てしまうのが俺である。

期待すんな、期待されるとやらかしたくなるのだ。


「じゃあ行くぞ」

「うんー」

目を瞑ったキズハの顔に手を伸ばしていく。

キズハの顔はほんの少しだけ上気しており、色白の肌を紅く染めていた。

少しだけ惜しくなる。俺ってなんでこうバカなんだろうなと少し思って、それでも、


キズハの頭をするっと撫で上げた。


「どうだ」

手鏡を差し出す。

「ねぇ、お兄ちゃん?いたずらに使わないでっていつも言ってるよね?」

そう言って凄みを利かせた笑顔を見せながら俺に迫ってくるキズハの髪形はポニーテール。

それまではツインテールを解いた緩いウェーブのかかったストレートだったのだが替えてみたのだ。

「んー?かわいいと思うが?」

「そーゆー問題じゃないからね?どうやって寝るの、これ」

寝る前に毎日俺に髪の毛の手入れをさせるのがうちの妹さまと俺の日課だった。


元々俺から言い出したことだったのだが最近では俺が言い出すまでもなくキズハに頼まれる。

俺に手入れしてもらうと髪質が良くなる気がするとかなんとか。

別に俺は特別はことなんてやっていないのだがキズハは気に入っているらしい。


「横向きで寝ればイケル!」

「そういう意味じゃないし!てゆーかこれじゃ傷んじゃうからなんとかしてよ~」

「悪かった悪かった。今度は真面目にやるよ」

「最初から真面目にやってよねー?」

「善処いたします!」

「なんかそのセリフまったく信用できないんですけどー?」

「ふっ、そりゃこのセリフは誰が言っても気持ちがこもっていないからな」

「なにそれ酷い。心込めてよねー」

「じゃ、始めるぞー」

「返事はー?」

と少し振り返りかけたキズハの髪を軽く手で押さえ、ヘアブラシを取り出して見せる。

ようやく真面目にやる気になったのが伝わったらしく、キズハが大人しくなった。


最初からやってあげるつもりではあったのだ。

俺もこの時間、なんだかんだでやっぱ好きだし。

キズハの髪は艶やかで美しい。

この髪に触れて整えていくこの時間。

気持ち良さそうにたまにキズハが上げる声が聞こえる度幸せな気持ちになる。

これをやってようやく一日が終わるという気持ちになるのだ。


たぶん、あぁやってキズハをからかってしまうのはいつも、その日の終わりが来てしまうのが寂しいからなのだろう。

毎日思う。こんな日々がいつまでも、いつまでも続けばいいのに、と。

幸せすぎる今。

きっと永遠ではないことを俺たちは知っている。


連続猟奇殺人だとかそういうのだけではなく、日常の中にはどうしようもない終わりと言うものが存在しているものだ。

それは避けようのない現実と言うやつで。

そんな時間が怖くて、俺はいつも時間を止めたくなる。

そんなこと、できるわけもないのに。

そんなことに、なんの意味もないのに。


ありえないことに思い馳せ、今日という一日が終わる。

あっという間にすぎてしまう楽しくて幸せな時間。

どうか、どうか、明日も同じように幸せな日々を。


そうやって、いつも俺はベッドに入りながら願う。

有限なる平穏の中で、毎日、毎日、変わらずに。

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