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浅葱の吟唱  作者: 霧間ななき


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ココロ編03

本日木曜日。放課後のバイト。

ムゲンで働く俺たち兄妹のシフトは火木金である。

ここでの収入と両親からの仕送りで学費と生活費をまかなっていた。


セイソウ学園は学費が公立校よりかなり安く設定されている。

それ故に俺たちやコノカはここに入ったのだ。

と言うのもセイソウ学園は私立だが元々セイソウ医療科学研究所というデザイアの最先端研究所が設立した学園だった。

そのため、デザイア研究に協力すると言う条件付で安くなる、ということである。

研究協力自体は命や肉体に関わることを合意なく強要するなどと言うことはなく、基本的にデザイアがどういう状況で発現し、どういったデザイアがあるのかを調査していくためにある、と言う感じなのであまりはっきり何かをするなどと言うことはなかった。


月に一回ほどデザイア検査があり、デザイアが目覚めているかどうかを確認したりデザイアに変化があるかなどを調べる程度。

しかしそれだけでも十分に役に立つらしく、セイソウ医療科学研究所は日々デザイアに関する新たな発見をしていっているらしい。

デザイアが脳の活動によるものである可能性があることを発見したのもそれによるものだとか。

まぁ特に難しいことや身体をいじられたりするわけでもなくこうして安い学費で設備のいい私立学園にいられるのは非常にありがたいことだった。



「うぃーっす」

「こんにちはー」

キズハと連れ立ってムゲンへ入っていく。

ムゲンは研究施設も要したセイソウ医療科学研究所の敷地内でも側面に位置する場所にあり、外からの客も受け入れていた。

そのため営業時間は午前十一時から午後二時半までと午後五時から午後八時半までとなっている。

昼食時は外から来る客はあまり多くないが夜はほとんどが外の客だった。


「よしよし、時間前にちゃんと来たね」

「遅れたのは一回だけじゃないっすか」

「一回でも遅れたんだから反省しなさい」

こつんと俺の頭を軽く小突いてからからと笑うのはオーナーであるヒトミさん。

結構繁盛するこの店のオーナーにして二人だけの料理人の一人。

昼に関しては一人で調理を行っているにも関わらず六十席程度あるこの店の席がすべて埋まっている状態でもきちんとこなしてしまうほどの腕の持ち主。


耳に三連ピアスをして金髪を頭の高い位置で乱雑に人くくりにしたままほとんど手入れもしていないようなぼさぼさ感を出している外見からは想像もできなかった。

口にくわえているのはシナモンだろうか。

たまにシナモンとかバニラビーンズとか喰ってるのを見たことがあるのだが正直信じられない。

あんなもん素で喰うもんじゃねー。


じっと見つめていたからか、ヒトミさんはん?と首を傾げて楽しげに笑う。

何を考えているんだかよくわからない笑みだった。

どうしてそこで笑うんだろうか?

よくわからんが笑み返しておく。


「シズクはよくわからない子だね」

「ヒトミさんに言われたくないっす」

「言うねぇこのー」

「つつかんでください。俺よりでかくて怪力のヒトミさんにつつかれると冗談じゃなくマジで痛いんで」

ツンツンとつつかれてイラッとしたのでジト目で見つつ言うと、ヒトミさんはいじけ始めてしまう。

「どうせでか女だよ……。この歳になってまだ結婚できてないのはこの身長のせいだよ。でかく生まれたくなんかなかったのに……」

「お兄ちゃん~?」

でかいことを結構気にしているヒトミさんにそれは禁句に近かったのだがキズハに困った顔で見られるまで忘れてた。

まずったと思ったときにはもう遅くてうずくまっていじいじしてしまっている。


「いや、まだヒトミさん二十六歳じゃないっすか。大丈夫ですって」

「でも身長はまだ伸びてるんだよ……」

マジかよ。むしろ羨ましいんだが。

俺一六八センチで止まったしなぁ。

ヒトミさんはすでに一八〇後半に見える。

まだ伸びてるってその内一九〇とかになるのか?

恐ろしいな。

「身長高いのが好きな人もいますって」

「でも少数派だよ。見下ろされて気分のいい男なんてめったにいない……」

よく理解できるので否定できない。

だって限度があるだろう。一八〇後半って。

見上げなきゃ顔見えないんだぞ?

ヒトミさんがいくら綺麗系ですらっとしたスレンダー美人だからと言って、正直劣等感しか抱けない。

生まれ持ったもんだから仕方がないがちょっとかわいそうではあるな。



「こんにちは、遅れてすみません」

どうしたものかと思っていると駆け込んでくる緑髪。

コノカだった。

日直で片付けなどがあったので別々に来たのだ。

コノカのシフトは月水木である

ちょうどいいタイミングで来てくれたおかげで気を取り戻したらしく、ヒトミさんが起き上がった。

「今日は調子いいのかな?」

「あ、はい、昨日はご迷惑をおかけしました」

「いーよいーよ。コノカのせいじゃないし気にしない気にしない。それに今日だって遅れてないんだから」

「ありがとうございます」

安心したように笑ったコノカを加えて四人。

夜の勤務は五人体制でやっているためもう一人いないといけないのだが。


「あいつ、まさか遅刻っすか?」

「あっはっは、そんなことはないから安心していいよ、シズク」

そう言いながらヒトミさんは俺の肩を叩いて親指でくいっと自分の後ろを指す。

その指先を追って視線を移動させると、そこに老人がいた。

「おいコト、お前教室にいた時とまた違う老人になってんじゃねぇかよ!」

そこにいた老人はにやりと笑い、

「いつでもどこでも誰にでもなれるオレにのみ出来る芸当さ。ちなみに、お前たちより早く来ていたのであしからず」

くくく、とのどを鳴らす紳士風の白髪の老人はその外見に合わない少年の声を上げる。


彼はコト。姿かたちをランダムで変更できるというデザイアを持つ少年で、俺たちのクラスメイトだった。

今日の授業中はよぼよぼな老人の姿をとっていたのだがいつの間にか変化したらしく、まったく気付かなかったのだ。

しかもまだ電気のついてない奥の方の暗がりにいたため人がいることすらまったくわからなかった。


「さって、全員そろったところで今日の夜のディナータイム、準備開始だ!とっとと動く動く!」

パンパンパンと三度ヒトミさんが手を打ち、その瞬間全員の空気がぴりりと仕事用に切り替わる。

気付くとコトの姿は少年の姿に変わっていた。

青髪に金と赤のオッドアイ。

入学当初に見たコトの姿だがこれが本来の姿ではないと言っていたことを覚えている。

コトが普段仕事用で使う姿ではあるのだが本当はどんな姿をしているのか、もうすでにコト本人ですら覚えていないのだと言う。

それはどうなんだよと思うが本人が気にしていない以上他人が口を出すようなことではなかった。






「「「ありがとうございましたー」」」

フロアに出ていた三人で最後の客を送り出し、本日のディナータイムが終わる。

ヒトミさんとコトがこの店の料理人だった。

二人でこの店を経営していると言ってもいい。


「みんな、おつかれさまー」

「おつかれ。まかない用意しといたから食ってけー」

厨房から二人が出てきて近くのテーブルにオムライスが乗せて手招きする。

「お疲れっす。サンキュ」

コトにおしぼりを投げられて受け取りながら席に着いた。

キズハが左隣に座り、コノカが右側に座る。

「お疲れさま~、ありがとー」

隣のヒトミさんからおしぼりを受け取ったキズハ。

「お疲れさまです。ありがと」

コノカもコトからおしぼりを受け取って全員が席に着いたとたんに全員がため息を吐いた。



「今日もすごかったっすね」

「毎週木曜はシズクとキズハとコノカって言うお目玉メンバーだからすごいんだよ。おかげさまで助かってる」

ヒトミさんがからからと笑いながらオムライスに取り掛かる。

おいしそうに食べるので俺もおなかが空いてきて手を合わせてがっついた。

他のみんなもそれを見て同じようにおなかが空いたのか食べ始めて今日の疲れを癒す。


「これ姉さんが作ったからうまいだろ」

「コト、そういうこと言わなくていい、って言うかアンタもうまいじゃないの」

スパシ、と軽くコトの頭をはたきながら照れたように笑うヒトミさん。

コトとヒトミさんは姉弟だった。


元々ムゲンは二人の両親が経営していたお店で、彼らは手伝いをしていたのだ。

しかし、母親の方がデザイアの事件に巻き込まれて殺されてしまう。

父親はショックで現在も病院に入院中だった。

もう三年も前の出来事で、父親はもう店をやれないかもとたまにヒトミさんが弱気なことを言っている。

店を継ぐために調理師の免許などを取っていたヒトミさんは結局準備の時間もないまま店を切り盛りしていかなくてはならず、最初は苦労していたがコトが手伝い始めて今ではこうしてかなりの繁盛を見せるお店になっていた。


強いなと思う。

俺だったら両親が殺されてしまったらどうなってしまうかわからない。

現在一緒に住んでいないとは言え、大切な家族だ。

生きていてくれる、この空の下にいてくれるからこそ俺たちは安心して自分たちの好きなことをやっていられる。

こんな風に笑いながら店をやっていくなんてとても真似できそうになかった。


けれど、ほんの少しでも力になれればと思って始めたバイトである。

両親の負担を減らすためにも元々やろうと思っていたし。

コトとはあーだこーだと言い合う仲ではあるが友達だと思っているのだ。

支えてやる、なんてことは出来なくてもこうして力になることくらいはできるだろう。

役に立てていればいいなと思っていた。



ふとキズハを見るとキズハもこちらを見ていて、少し笑う。

双児だからなのかなんなのか、こうして偶然同じ行動をしていることが多い俺たちだった。

いや、二卵性なんだから関係ないとは思うが。


たぶん、それでも、俺たちは同じことを考え、同じことを思っていた。

俺たちもこの姉弟のように支え合って生きていきたいな、なんて、そんな他愛のないことを。

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