ココロ編02
デザイアと言うのは大体三十年ほど前から生まれる子供すべてに与えられた奇跡の可能性と言われている、いわゆる超能力とか異能力と呼ばれるものだった。
種類は様々で発現時期も人によって違う。
稀に二種類以上のデザイアに目覚める人もいるし、デザイアに目覚めないまま大人になっている人もいた。
三十年前以降に生まれた子供のほとんどがその可能性を秘めていると言われているが詳しいことはわかっていない。
何故か三十年前以前に生まれた人々にはこのデザイアがまったく発現していなかった。
三十年前に何が起こったのか警察や科学者などが調べても未だに何も判明しないまま。
デザイアは他人にはわからないほど極小のものから爆発を起こしたり放電することができたり磁力を操れたり、その種類は多種多様にあり、ただ一つとして同じものはないと言われている。
似たような現象を起こしてもその過程が違ったりするのだ。
ただ一つわかっているのはデザイアは脳の活動によってその現象の規模が変わること。
より複雑なデザイアを持つものほどその脳の活動が活性化しており、不規則な脳波が見られる。
通常では使われるはずのない部分が活動しているなどと言う説もあり、デザイアはもしかしたら人間の進化の可能性なのではないか、などと言われていた。
しかしやはりそういった異能力と言うのは犯罪を呼び込んでしまう。
デザイアを使用した犯罪者がどんどん増えていき、特に攻撃性の高いデザイアは取り扱いに注意しなければならないとして十年ほど前から学校でのデザイア検定や正しい使用方法などを教育し始める。
ただ、それぞれがあまりにも違いすぎるデザイアの教育は難しいもので、なかなか徹底できないのが現実だった。
歴史の授業に組み込まれているデザイアについての知識はそんなところ。
うわさでは警察にはデザイアに対応するための専門機関があるとかないとか。
あってもおかしくないよなとは思う。
実際に犯罪は俺たちの身近でも起きているのだ。
最近で言えば連続猟奇殺人事件。
この街の周辺で起きている事件だった。
先週三人目が出て、通り魔殺人とか殺人鬼とか呼ばれるようになっている。
同一の事件として見られている理由はその現場の残忍すぎる状況だった。
犯人は被害者の内臓を引きずり出して散乱させ、その周囲に血を撒き散らしてから忽然と姿を消してしまう。
状況が似通っているため同じ犯人だと思われていた。
そして、犯人は人目を気にしない性質らしく、現場は繁華街から一歩入っただけの路地で起きている。
そのため目撃者が余りに多すぎてうわさが一気に広がって俺たちの耳にも入ったのだった。
犯人自体の目撃情報はない辺り用意周到なのか偶然なのか。なんにしろ危険なのは間違いない。
午前の授業が終わって昼食までのほんの少しの空いた時間で教室のテレビから流れるニュースを見ながらぼんやりと考え込む。
なんで人を殺すんだろうか?快感でも感じているのか?
無差別殺人なんてそれ以外にありえないとは思うのだが。
人を殺すのってどれだけ労力を使うのか、考えたくもない。
だって俺がキズハに飛び乗られてそれに対する抵抗で抑え込むだけでも正直かなり疲れる。
あんな細腕で小さな女の子を抑え込むだけであれだけの労力を使うのに殺すだなんて、どれほどか想像もできなかった。
いやまぁ、したくもないけど。
『――によりエルドヴァイ家の当主が亡くなり、次の当主選別の大会が開かれることに――』
連続猟奇殺人事件の報道が終わって次のニュースが流れ始めた辺りで目をそらす。
隣の国の出来事なんて聞いたって仕方がないしな。
当主交代の度にバトルロイヤルをやるとか言う馬鹿げた制度があるらしい。
正直信じられなかった。合法で殺し合いとか冗談じゃないだろ。
人が人を殺していいわけがない。
命はそんなに軽いものじゃないんだよ。
簡単に失われていいわけがない。
そう思って視線を横にやると楽しそうな顔が目の前にあった。
「……近ぇよ」
お前の顔を見ようとは思ったがそんなに近くで見たいとは思ってなかったんだよ。
少しだけドキッとしてしまったではないか。
「お弁当なのだよお兄ちゃん」
「あぁ、そりゃお昼休みだしいつも通り弁当の時間だよな」
「実は今日は驚きの中身!心してごらんあれ!」
いつも楽しそうだな、そう思いながら付き合ってやる。
コノカも興味津々といった様子で後ろから覗き込んできていた。
「わーお、ふるーてぃ☆」
「ふるーてぃ☆、じゃないよな!?もっと驚くべきよね!?果物しか入ってないよ!?」
そう、コノカのツッコミの通り、弁当箱の中身は果物だらけだ。
正直わけがわからん。
ついに頭が沸いたかこのアホ妹。
ジト目でキズハをにらむと何を勘違いしたのかキズハははにかむ。なんだそれ。
「説明ぷりーず」
かもーんと大げさに身振り手振りでキズハに合図を送ってみた。
「果物おいしいから行けると思った!後悔はしているが反省はしていない!てへぺろ☆」
その返事なんだかなんかわからんがキズハは両方の頬に指をむにっと当てて舌を出して笑う。反省しろよ。
しぐさはやたらかわいかった。しかしその程度では陥落せんぞ。昼メシがかかっているのだ。
「んーぷりちー♪」
つんつんとキズハの頬をつついていく。
だんだん強く、だんだん強く、だんだん強く!!
「痛い、痛いよお兄ちゃん!?」
「うちの妹様はご乱心なさったようだがコレマジでどうすんだよ!昼飯抜きかコラ!」
「シズクが久々にキレた!理由はうなずけるだけに止めがたいがとりあえず落ち着け!?」
コノカに羽交い絞めにされるまでうちのバカを突付き続けていたせいでキズハの頬は真っ赤になっていた。
「ごめんなさい、冗談がすぎました」
事情を聞いてようやく落ち着いた俺はキズハに謝られてちょっと居心地が悪くなる。
「いや、こっちこそやりすぎた。すまん」
「ううん、お兄ちゃんは悪くないよ。用意するの忘れちゃったわたしが悪いんだもん」
要するに弁当の用意をするのを忘れたキズハはとっさに机にあった果物を弁当箱に詰めてきたと、そういうわけらしかった。
食事とかキズハにまかせっきりで朝も起きれない俺が責められるような内容ではないので少しばつが悪くなってしまう。
「いや、俺なんか朝起きてすらいないんだから言えたもんじゃねぇよ。けど、どうする?今から言ってもムゲンは空いてないだろうし、購買行くか?」
ムゲンと言うのは正式名称が『夢幻泡影』と言い、この学校の食堂みたいなものでオープンテラス式のお店だった。
食堂が四つほど存在しているのがこの学園の一つの特徴である。
『夢幻泡影』がオープンテラスで一般解放もしているレストランのような店。
値段は少し張るが味は確かで何より俺たちがアルバイトしているため店員割引してもらえると言うのが大きい。
しかし、人気が高いため時間が遅いと席が埋まってしまうのだ。
「ごめんね」
「いや、気にすんな。コノカはどうする?」
「ぼくは弁当があるから待ってるよ」
「ん、じゃ行くか」
「おー♪」
「いってらっしゃい」
コノカに見送られて教室から廊下に出る。
そこでばったりとブロンドの髪の少女と鉢合わせになった。
「おっと、すまん。大丈夫か?」
転びかけた少女の肩を捕まえて支えながらたずねる。
そこで気付いた。
「あ、お前レンじゃないか」
「おー、レンちゃんだー。大丈夫?」
「あ、え?あわわっ、ご、ごめんなさい!?ぜ、前方不注意でぶつかってしまった上助けていただいたのにこんな根暗な女の子でごめんなさい!がっかりしましたよね!わ、忘れていただいて構いません、本当にごめんなさい!わたしの教室じゃないのに部外者なのに我が物顔で毎日来ちゃってごめんなさい!みんなとは釣り合わないってわかってるのにやさしさに甘えちゃってごめんなさい!わたしなんてもういっそ――」
ビシ
まくし立てるように三つ編みを揺らして謝り続けるレンの額を突付いて黙らせる。
キョトンとした彼女はメガネの奥の明るいグリーンと淡いブルーのオッドアイをぱちくりとさせた。
「あ、シズクさん、でしたか」
「おぅ」
「キズハもいるよー?」
見ての通り自己嫌悪に走って何かあるとすぐ謝りまくってしまう少女、レン。
彼女はセイソウ学園に付属幼稚園の頃から通っている少女で今年初めて同じクラスになって俺たち三人と仲良くなった女の子だ。
「そんなに卑下すんじゃねぇよ。俺たちの友達は素敵な女の子だぜ?」
「そーだよ。レンちゃんはかわいくて愛しいわたしたちの大切な友達なんだよー?」
「うぅ、ありがとうございます~」
出会った頃は友達になることすら恐れ多いといった感じですぐ逃げられてしまったのだがキズハと俺がずっと声をかけ続けてようやくこうして仲良くなることができた。
いろいろと家庭の事情とかで自分にまったく自信の持てない環境だったためにこうなってしまったらしい。
「コノカが中で待ってるけどどうする?先に入るか?」
「二人きりだと緊張するようならわたしたちについてくー?」
「え?お二人はどこかに行くんですか?」
「ちと弁当忘れちまってな。今から購買」
「ドジっちゃった」
ぺろりと舌を出して笑うキズハは本当にかわいかった。
それに対して苦笑いするレンは大人しい印象。
押しに弱く、自分の意見を表に出すのが苦手なレンは引っ込み思案な性格が表に出てしまっていて、いつも腰が低い。
それでも最初の頃に比べると本当にずいぶん俺たちと話せるようになっていた。
「つ、ついていってもいいですか?」
「いいぞー」
「やっぱ二人きりは照れちゃう?」
「うー、もっと近付きたいけど難しいですよ~……」
「ま、ゆっくりがんばれや」
ぽむぽむとキズハの頭を撫でながら笑う。
キズハはなんでわたし?と言った感じで首をかしげているが直接レンを触ったらさすがに逃げられるので仕方がないだろう。
いくら慣れてもスキンシップには弱いのだ。
ちなみにレンはコノカのことが好きだった。
いつも自然体で生真面目でやさしくて、気遣いのできるあいつはまさに完璧と言っていいほどの存在だからわからないでもない。
何かとそばにいてサポートしてあげたりしてくれていたコノカのことをレンは好きになったのだと言う。
しかし、自分に自信を持てないレンはコノカとうまく話すことすら難しいようだった。
そんな自分を変えたい、コノカにふさわしい人になって、告白したい。
そう、勇気を振り絞って俺たちに告げてくれたレン。
俺たちはそんなレンに協力してやりたいと思って手助けしているのだった。
「あ、おかえり。レンもいらっしゃい」
微笑んだコノカに迎えられて、俺たちの後ろから教室に入ってきたレンがびくりと身体を震わせたのがわかる。緊張しすぎ。
「う、ん、こんにちは、コノカ君」
「こんにちは、レン。あ、リボン替えたんだ。似合ってるよ、かわいい」
「あ、うん、ありがとう。ちょっと、気に入ってしまって衝動買いしたんです」
「いいね。レンにぴったりな気がするよ」
顔を真っ赤にしてレンが顔を伏せてしまう。
「コーノーカー、お前さ、よく気付いたな。俺気付かなかったぞ」
「わたしも気付かなかったー……。あんなに細いリボンなのによく気付いたね」
「え?気付かない?」
「よく見てんな。さすがコノカだ」
「愛だね!ラブだね!わたしとお兄ちゃんみたいな感じだね!」
「俺はキズハの変化なんて気付かないけどな」
ちらりとレンを見るとようやく復活してきていた。
一旦照れモードに入ってしまうと黙り込んでしまうのだ。
コノカはいつもこんな感じで天然なのか狙ってなのかレンを照れさせるようなことをよく言う。
おかげでいつもこうやって意味のない無駄話をしてフォローに回っていた。
「ひっどーい!わたしはお兄ちゃんの変化ならいち早く気付くよ!体重だって五〇グラム単位で気付くよ!」
「なにそれこわい。ストーカーかよお前は」
「キズハは行きすぎだと思うけど、女の子の変化はきちんと気付いてあげるべきだと思うよ」
「へーへー、気を付けて見ますよー」
実際は気付いても恥ずかしくてあんまり言えないからだったりするのだが。
やっぱり伝えた方がうれしいんだろうか。
俺だったら気付いてもあんまり言われたいとは思わないんだがな。
心の内に秘めておいてほしい。
気付かれなかったらそれはそれで寂しいとは思うが、言われたいとも思わないのだ。
「そーだよ!お兄ちゃんはいつも鈍感なんだから」
「シズクさんは確かに鈍感ですね」
「ちょ、レンまで言うか?」
「シズクの鈍感さにはあきれ果てるよ」
「お前には言われたくねー」
「コノちゃんほどじゃないけどねー」
「コノカさんもかなりの鈍感さんです♪」
「なんで一転してぼくが責められてんの!?そこまで言われるほどぼくって鈍感か!?」
驚いて何故だと納得できない様子のコノカを見て全員で顔を見合わせる。
そしてみんなで笑いながら声を合わせて、
『鈍感すぎるよ』
「納得できないんですけど!?」
がーっと叫び声を上げるコノカを見てまた、笑う。
元気なコノカを見ていると本当に安心できた。
こうしてなんでもない普通の毎日がいつまでも続けばいいと思う。
変化なんて望んだりしない。
ただただいつまでも変わらずに、みんなで笑っていられれば。
それだけでいいと思っていたんだ。




