ココロ編13
ミヤト駅に着いたのは七時半頃だった。
キリト駅からは四駅先と言うことになる。
ここもまだシオトミ市内だった。
シオトミ市はこの国でも有数の大都市と言っていい人口と広さを誇っている。
産業とベッドタウンがともに存在しているためだろう。
もちろん距離は離れている。だからこそ大きいのだが。
この土地から大きくなっていった大企業もあった。
そして人口も多ければやはりサービス産業も発展するわけで。
ここミヤト町は駅前のアーケード型商店街がかなり大規模に発展した街である。
駅前からかなり広い範囲にアーケードが広がっているのだ。
おかげで悪天候であろうと問題なく遊べる。
駅東側に出るとこんな時間だと言うのにすでに人が集まり始めていた。
「お兄ちゃん、あっちねー」
「あぁ、行き先は大体わかったよ」
キズハに引っ張られつつ人ごみとまではいかないがはぐれたら見つけるのが難しそうな道を進んでいく。
この景色は俺にとってもずいぶん見覚えのあるものだった。
キズハのやつ、ここをデートの場所として選ぶとかあざといな。
思わず顔がほころんでしまう。
そして、キズハが立ち止まったのはやはり俺の思っていた通りの場所で。
「懐かしいなぁ……」
「でしょー?やっぱデートするとしたらここ行っておかないとねー♪」
見覚えのある大きな銀の球体。それはプラネタリウムだった。
俺とキズハが初めて二人で出かけた時に来た場所。
セイソウ学園に入ってすぐの頃、シオトミ市に来たらまずミヤトに行っておかないとねー、と言うクラスメイトたちの勧めもあって二人で出かけたのだ。
とは言え中学生であり、ノープランで行くのはさすがにまずいだろうと思って俺がいろいろと調べてキズハをエスコートした。
キズハの行きたそうな場所と俺の行きたい場所を混ぜて時間内で回れそうなプランを立てる。
中学生の頃の俺にしてはうまくやったと思うくらいに時間オーバーせずに回れた。
キズハもかなり楽しんでくれて、また来たいねーなんて言っていたほどだ。
それから何度かミヤトには足を運んでいる。
ここならば本当になんでもあるから遊ぶことに関してミヤト以上に最適な場所はない。
クラスメイトたちと遊びにいくとしてもやはりここが多かったし。
ライカやナルカミたちと来た時は散々だったがそれでも楽しめた。
中二の夏、ヒトミさんたちの手伝いでバイトを始めるまでは結構行っていた気がする。
バイトを始めてからは節約するようになっていたし、出かけるのも買い物かせいぜいキリト駅裏の映画館とかその辺くらい。
ミヤトに来てもよかったとは思うんだがなかなかそういう気持ちが起きなかった。
遊ぶことが自分の中であまり強く求めることではなくなっていたからだろうな。
それでもこうしてキズハに誘われてミヤトに来てみると気持ちがわくわくとしてくる。
そんなミヤトでもプラネタリウムはかなり人気のあるスポットだった。
そのためキズハが時間前に並ぼうとした、と言うわけだ。
キズハの予想は当たっていたようですでに十数人の人が並んでいた。
始まる頃になればもっと増えるだろう。
結構大きなプラネタリウムで収容人数が確か三百人とかだった気がする。
新技術で作られた投影機で再現率から遠方から来る客もいるらしい。
中学生の頃、星に興味があったわけでもなかったのに感動した覚えがあった。
それから星が大好きになっていろいろと調べるようになったのだ。
キズハも感動していて、俺に何度も連れてきてくれてありがとうと言い続けていたっけか。
キズハのために選んだ場所だったので本当によかったと思う。
こうして今回も選んでもらえるくらい気に入ってくれたのだから。
「ホント久々だよなぁ」
「中二以来だもんねぇ。ずっと来たかったんだよー」
「俺もまた来れたらいいなとは思ってたんだがな」
「お兄ちゃんが星に興味を持ってくれたきっかけなんだもんね」
「ま、それもあるけどな。ここに来るとお前も喜ぶだろ」
キズハの頭を撫でながら笑う。
そんな俺を見てキズハも照れくさそうに笑った。
「こういう時さ、お兄ちゃんってずるいなーって思うよ」
「なんだそりゃ?どういう意味だ?」
「わかんなくていいですよーだ」
「意味がわからねぇよ……」
つーんと顔を逸らしてしまうキズハに戸惑うしかない。
今のタイミングでずるいってどういうことなんだよ?
女ってのはよくわからん生き物だな……
まぁ、男はちょっと単純すぎる気もするが。
足して二で割ったくらいがちょうどいいんじゃないか?
ふと気付くともう後ろに結構人が並び始めていた。
「早めに来て正解だな」
「初回で見れないと結構待たないといけないもんねー」
「キズハの采配のおかげだな。サンキュ」
「まだわたしたちの戦いは始まってすらいないよ!」
「いきなりなんのネタだそれ……」
該当しそうなのがいくつか思い浮かぶんだが元ネタがどれかわからない。
って言うかそれに対して反応する言葉はない気がする。
スルーした方がよかったのか?
ノリだけでしゃべってるなこいつ。
まぁそれだけテンションが上がってるってことか。
俺とこうして一緒に出かけるだけで喜んでくれると言うことがまた、うれしく思う。
そう考えるとたまらなくかわいく思えて、外じゃなかったら抱きしめてしまいそうだった。
俺も大概テンション上がりすぎである。
「あ、開場するみたいだよー」
キズハの声にプラネタリウムの方を見ると係員の人たちがゲートを開いていくところだった。
そんなに時間が過ぎた気がしなかったがどうやらもう八時になっていたらしい。
やっぱり時間って相対的なんだなと少し感じる。
意識次第でずいぶん過ぎる速度が変わっていくものだ。
こういう楽しみだったり幸せに感じている時間は本当に矢のように早く過ぎて行く。
もっとゆっくり、すぐには終わらないように、そう願っていればいるほど時間は早く過ぎるのだ。
そしてつまらない、早く時間が過ぎればいいのに、そんな風に思っていると時間はなかなか進まない。
面白いものだな、時間ってのは。
いや、世界そのものがそうなんだろうか。
まぁなんにしろ、願った通りにはなかなか行かない世界なんだろう。
開場から間もなく俺たちも案内される。
キズハのおかげで席を選ぶ余裕すらあった。
とは言え席同士の間隔がそれなりにあるので隣や前後が邪魔で見えない、なんてことはなさそうだ。
「どこにする?」
「あ、えーっと、確かあの辺に……」
キズハにたずねると突然俺の手を引いて背伸びをしながらとある方向へ向かっていく。
見やすい穴場でもあるのか?
そう思いつつついていくと、近付くにつれて見えてくる大きめの球体のようなイス。
「なんだ、ありゃ?」
その一角は似たような卵形の結構大きなイスが並ぶ区域だった。
「ふっふー、今日はここに座るのです」
「こんなのあったのか……」
「最近できたみたいだよ。二人で座れるカップル席なのです♪」
びく、と俺自身の身体が驚いて硬直するのがわかる。
カップル席、だって?何そのスイーツ(笑)的な場所は……
確かにイスは結構大きくて二人が座れるくらいのスペースはあった。
「え、マジで?」
「マジマジ。いいでしょー?」
「い、いや、まぁ、いいけど……」
しかし、そのイス大きいとは言え明らかに二人で座ったら密着するのは間違いない構造をしている。
ついでに周りから見えづらい形になっているんだがこれ大丈夫なのか?
あまりのラブ臭っぷりに挙動不審になって周りを見渡してしまう。
見渡すと他のカップル席に男女が座り込んでいくのが見えた。
こう、もう明らかに恋人同士ですといった感じでいちゃいちゃし始める。
オイ、公衆の面前でやめろよ、恥ずかしいだろ。
突っ込みたくなるくらいだが恥ずかしがってるのは俺くらいのもので他の席に着くカップルたちは堂々としたものだった。
「座らないのー?」
キズハがすでにその席にちゃっかりと座った状態で聞いてくる。
どうする!?どうする俺!?
「つ、続きはWebで!」
「CMじゃねーです」
「う……」
座らなきゃ変だよな。
それはわかっている。
だがこの気恥ずかしさはなんだ?
え、何?カップル席ってマジでなんなの?なんのためにあるの?プラネタリウムって星を楽しむ場所であっていちゃいちゃする場所じゃないよね?
混乱に思考が霧散していく。
要するに、彼女いない歴=年齢な俺にとってあまりに耐性がなさすぎて絶賛現実逃避中なだけだった。
本音を言おう。
キズハと密着はしたい!だが理性が持たなさそうだ!
お兄ちゃんな俺はもうそろそろ負けそうだった……
てかなんでキズハはこんなに落ち着いてるんだ?
カップル席だぞ?カップルが座って密着するような場所に俺たち兄妹が座っていいわけ?
兄妹で座ってたら変に思われないか?
日曜日のミヤトなんて言ったら知り合いが見てる可能性もあるし、大丈夫だろうか?
「嫌、だった?なら席替える?」
しょんぼりと顔を曇らせたキズハの言葉に俺は我に返る。
何バカなこと迷ってんだよ。
周りの目?知り合いがいるかも?兄妹だから?
そんなもん気にするより大切なもんが目の前にあるじゃないかよ。
昨日決めたし今日も朝意気込んでただろ?
今日はキズハと二人で楽しむって。
「ん、すまん、ちょっとバカなことで悩んでただけだ。ここでいいよ。っつーか、ここがいい。一緒に見ようぜ。他の席じゃ隣でもちょっと離れすぎだしな」
キズハの頭を撫でながら、今度こそ本心でそう言う。
そうだよ。デートなんだよ。
あんな離れた席で、触れられない距離で見るよかずっといいじゃないか。
こうして触れ合える位置で一緒に。
その方がずっと、楽しめる。
「うん、だよね!こういう席ができたって知ってからずっとお兄ちゃんと一緒に座りたいなーって思ってたんだよー♪」
キズハの表情が一気に満面の笑みに変わっていった。
その顔を見て俺の顔にも自然と笑みが浮かぶのがわかる。
そしてキズハの隣に腰を下ろすと目線が合った。
あぁ、この距離は本当に、うますぎるんじゃないだろうか。
理性の抑えが利かなくなっていく。
そんなことより、自分の気持ちの方がどんどん膨れ上がっていた。
キズハの頬に触れる。
その手にスリスリと顔を寄せて気持ち良さそうに笑うキズハがとても愛おしく思えて、胸がいっぱいになって行った。
「……キズハ」
「お兄、ちゃん……」
視線が絡み合って、
近付いていく。
キズハが目を閉じた。
その顔をもう一度撫でて――
距離がゼロに、
『ピンポンパンポーン、ただいまより、プラネタリウムの上映を――』
ずっこけた。
俺は右手で額を押さえて少しうつむく。
キズハも顔を真っ赤にして下を見ていた。
今、明らかに行ってたな。
アナウンスがなければ間違いなく。
タイミングが悪い!いや、いいのか?
しても、よかったんだろうか。
キズハの方に視線を送る。
キズハもちょうど俺の方へ視線を送ってきていた。
視線が絡み合い、また、
なんてことはなく二人で一気に視線を逸らしてしまう。
うわー、最悪のタイミングだったな。
これ当分気まずくなってしまいそうだ……
今行っておかなかった自分に対してのちょっとした怒りと、むしろ良い雰囲気だったからと言って行きそうになっていた自分に対しての呆れがごちゃ混ぜになる。
あー、ヤバい、顔熱い。
だが、そんな俺の右手の裾を、キズハがつまんできた。
「ん?」
そのまま俺の視線はキズハへ。
――ちゅっ
「――っ!?」
「えっへへー」
ぺろりと舌を出したキズハが笑っていた。
やられた。
これは俺もうダメだ。
キズハには敵わない。
だって、こういうのは惚れさせられたもんが負けってのが相場なのだ――




