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浅葱の吟唱  作者: 九音さゆさ


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12/16

ココロ編12

ハイテンションなキズハは俺の手を引いたまま前を歩いていく。

俺はバッグに詰められた弁当を背負いながらそんなキズハを見つめていた。

こうして二人で出かける、それそのものは珍しいわけでもない。

買い物とかは二人で行くし、例の猟奇殺人事件が起きる前はたまに行くことがあった。

だがデートと言う名目を口にして出かけるのは初めてである。


親子二人で出かけるのとかもデートと言う人もいるらしいし兄妹でデートするってのは別段おかしいことではないのかもしれない。

しかし、俺たちは互いに想い合っていることを知っているわけで。

まぁつまりこのデートは、なんだ、好き合うもの同士が二人で出かけるものなのだ。

気分的にやっぱりいつもと違っていた。

そのせいか、キズハがいつもよりもかわいく見える。


いや、たぶんキズハ自身気合を入れてきたからなのだろうな。

キズハが前から一番お気に入りだと語っていた白いノースリーブワンピースの上にカーディガンを羽織っている。

白いワンピースは無駄な装飾はなく、腰元と胸元、そしてスカートの先に左右二つ、かわいらしい黒のリボンが映えて見えるものだ。

これは俺が中学の頃、誕生日に買ってやったものだった。

大切にしていることと手入れを欠かしていないことからか今でも純白を誇り、綺麗なままである。


これだけ気に入ってもらえると買ってあげたかいがあるってもんだな。

俺の給料で初めて買ってあげたものだったかもしれない。

その時のキズハの喜びようは本当に筆舌に尽くしがたい、と言った感じだった。

飛び跳ねて喜ぶとか初めて見たし。


このワンピースは絶対にキズハに似合うと思ったのだ。

キズハの綺麗な黒髪にはこういう純白で飾りの少ないものがよく似合う。

互いに映えるというのか、高めあっている感覚。

色白で黒髪のキズハにぴったり合っていた。



そうこうしている内に駅にたどり着く。

「電車で行くのか?どこに行くつもりなんだ?」

「ふっふー、わたしたちのよく知ってる場所だよー♪」

「ふむ。まぁまだ内緒ってんなら考えないようにしとくか」

「楽しみにしておくのです!」

「りょーかい」

なんとなくどこに行くのかわかってきたが考えないようにしておいた方が楽しめるだろう。

今日はキズハのエスコートで楽しむのだ。


浮き足立った心持でキズハとともにホームに入る。

キリト駅は結構大きな駅だった。

平日は結構混み合う駅なのでホームもそれなりの大きさがある。

と言うのも住宅街の集中するこの辺りはベッドタウンとして機能しており、通勤や通学で利用する客が多いためだ。

セイソウ学園もあるので降りる客も少なくない。


セイソウ学園まで歩いて四十五分ほど、距離で言えば二.五キロ程度か。

うちまでは十五分ほどだった。

この駅からセイソウ学園までの道にうちはある。

そのため朝通学してくる生徒たちと会うことも多い。


セイソウ学園は少し高いところにあり、この駅前からまっすぐ一本道になっているのだが緩い上り坂になっていた。

角度はないのだがこれが意外と体力を奪われる。

延々二キロもの間緩い上り坂を歩くのは思っているよりもきついものだった。

最後の方になると結構バテるので遅刻ギリギリで走ったりとかは正直賢明ではない。

途中で力尽きる可能性が高いためだ。

俺は幸いキズハのおかげでそういった事態にはいたったことがないが。



そんなキリト駅も日曜日のこんな時間では閑散としている。

しかしまったく人がいないと言うわけでもなく数人の人がちらほらと左右に分かれて電車を待っていた。

始発が四時半ほど、それから二時間半ほどすぎた今の時間を考えると多いのか少ないのか。

スーツ姿の人もいる辺り仕事なんだろうか。

日曜日も仕事なんて大変だな。


スポーツバッグを提げた学生もいた。

部活動だろうな。ジャージ姿で身体を動かしている。

よほど熱心なんだろうな。

あぁやって熱中できるものがあると言うのは素晴らしいことだと思う。

俺にはそんなものがあるだろうか?

正直思い浮かばなかった。


髪型の勉強などは結構しているし学校でスケッチしたりもしている。

しかし熱中しているというほどだろうか。

美容師になるためにがんばってはいた。

それは俺の昔からの夢であり、必ず叶えてみせる。

すでにいろいろな手は打っているし、なれる可能性は高かった。


だがそれ故にだろうか。

手が届いてしまいそうな夢に俺はそれほど執着できていない。

バカだなぁとは思う。

まだなれていないのだから確実ではないし、なれるのならそれは喜ぶべきだ。

なること自体が目的ではないのだからそれからも努力や鍛錬は必要である。

それを今も怠ることなく続けているからこそその可能性が開けたのだ。

いいことだと思うんだけどなぁ。


俺はどうも手が届かないものがほしいらしい。

それでキズハに想いを寄せているのだろうか?

いや、さすがにそんな理由ではないが。

しかし、そういう意図もないとは言い切れない。

それはキズハに対しても俺自身の想いに対しても失礼だ。


禁忌だから、ではなく、キズハのことが好きだから、結ばれたいと願うのだ。

その願いは叶わない。それでも強く、想う。

この胸に抱いている執着心は偽物ではない。

それを誇っていいのかわからないがそれだけは本当だ。

人間としてどうかと自分でも思うけどな。



キズハの方を伺うと鼻歌交じりに首を揺らしていた。

「最近その歌はまってんのか?」

「んー?あぁ、うん。なんか歌詞がすごく好きでさー」

「好きだけど想いを告げることができない、みたいな感じだっけ」

「そうそう。作ったのが高校生の女の子らしいんだけどねー」

『その指先』というタイトルのその歌はネット上で最近結構人気の出てきた歌手の新作だった。

確か名前は『neR』(ネル)だったか。

元々動画の投稿サイトで人気の出始めた歌手だったのだがプロデビューの可能性も騒がれている。

しかし確か本人はブログで否定していたはずのでどうなのかわからない。

そもそも当人の姿も今のところ表に出していないし顔を出したくないのではないかと思うのだが。

動画も基本的にイラストなどだった。


「俺もたまに聞くけどなんか切ない歌詞が多いよな」

「そだねー。なんか手が届かない感じがすごくリアルで好き」

「歌詞とかあんな短い文章で表現するの難しそうなのにな。素人なんだよな、あれで」

「うん、プロデビューはしてないしする気もないみたい」

「ま、高校生じゃそうだよな」

「学校も行きたいだろうしねー」

そういった才能と言うのは時期的なものもある場合が多いからプロデビューするなら早めの方がいいとは思う。

しかし、恐らく歌詞の感じから言ったら学校に行っているからこそ、と言う感じがした。

片想いの相手が学校にいるからそういう歌詞が書けるような気がするのだ。

だとすれば今のままでなければ書けないだろうな。



ふと空を見上げると鳥が飛んでいく。

夢を翼に例えた人がいた。

人は皆翼を持っているのだと。

しかしその翼は飛ぶためにだけあるわけではないし、皆が飛べるわけではない。

何かをつかむために翼を進化させるものもいる。

泳ぐために翼を変化させたものもいた。


その用途は様々で皆一様にそれをうまく使って生きていく。

使い方はそれぞれだ。

同じものを持っていようと使い方次第でその生き方も変わる。

夢とはそういうものなのだと。


neRと言う彼女もきっとそうなのだろう。

その才能の使い方はそれぞれだ。

どう使ったって構わない。

それは誰かに口出しできることではないし、そんな権利はないのだろう。

その一端を表現して、それがたまたま誰かの心を震わせた。

それだけで十分だ。


それが彼女の望んだことだったのかはわからない。

しかし、こうしてキズハのように気に入ってくれる人がいると言うだけでうれしく思ってくれていればいいなと思った。

自分の歌が評価されて嫌な人は少ないだろうし。

帰ったら俺もまた聞いてみよう。




少しして下りの電車が駅に滑り込んでくる。

電車の中にはまばらな人々。降りる人はいなかった。

そのまま乗り込んで二人で並んで座る。

「時間的にまだ結構早いけど行くのに結構時間かかるのか?」

「んー、そうでもないよ。ただ、八時から開くからそこに間に合うように行きたいの。並ぶかもしれないけど早めならたぶん大丈夫」

「なるほどな」

「今日はキズハ企画デートをお楽しみください♪」

「おぅ、楽しませてもらうな」

デート、やっぱりその響きに少し胸が高鳴った。


キズハも同じなようで顔をほころばせながら頬が少し紅く染まっている。

そんなちょっとしたことだけでなんだかうれしくなってきていた。

自分のテンションが嫌が応にも上がっていくのがわかる。

これ夜まで俺の理性とかもつだろうか。

ふとした拍子に我慢が利かなくなりそうで怖い。


電車が走り出して景色が流れていく。

「加速のデザイアとかあったら面白そうだよねー」

「加速のデザイア?どんなんだそれ?」

「んー、こう、電車みたいにすごい速さで動けるようになる!とか」

「あー、確かに便利そうだが」

けど実際にあったら直線にしか動けないとかそういう制限がありそうだ。


加速、ねぇ。

どの程度の能力なのかによってはもしかしたらかなり使いようのある能力ではありそうだ。

もしかしたら例の猟奇殺人事件はそういうデザイアによるものだとか?

いや、しかしもしそうだとしてもさすがに誰にも見えないほどの速度に加速できるのだろうか?

できたとしてもその加速に人の知覚は追いつけるか?


って、オイ。

俺はバカなのか?自分で決めたことも守れないのかよ。

今日はそのことは考えないと決めただろうが。

デザイアも猟奇殺人事件も今日はなしだ。


キズハと一緒に楽しむ。

久々に遊べるこの一日を無駄にするつもりかよ。

さっきまで浮き足立ってた俺が正解なんだ。

俺自身だって楽しみにしてたんじゃないか。

だからこそきっと、今日は早く起きることができたのだろう。


キズハだってプランを考えてまでこうして俺をエスコートしてくれているのだ。

その想いを無碍にしないように、俺は今日楽しまなくちゃならない。

嘘偽りのない俺自身の気持ちで。

だから今日だけは全部忘れてしまえ。

そして、キズハと思いっきり笑ってやろう。

何があろうと俺たち兄妹は変わらないのだと、自分にも言い聞かせてやるためにも。



ふと横を見るとキズハもこちらを同時に見てきていた。

お互い目をぱちくりさせる。


そして、どちらともなく吹き出して、笑い合った。

なんの意味もなくただ笑える。

俺たちはお互いがこうしてそばにいられるだけで幸せになれるのだ。

こういう時間を大切にしよう。

誰もに否定されようと、誰もに許されまいと、俺たちは想い合う。

今はそれだけでいいじゃないか。

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