ココロ編10
―― ――
街を歩いていく。
街中はやはり歩く人が少なくなっていた。
それでも駅前のアーケード街は結構な賑わいを見せている。
ゲーセンやカラオケショップ、映画館など様々な施設が集まるこの辺はやはり遊ぶ場所に最適だからだろう。
いくら殺人鬼なんかが現れていようと遠い世界の出来事。
自分とは関係ない他人事。
そりゃそうだ。自分が殺されたりするところを誰が想像できる?
できるわけがない。今ここで生きていられるのに死ぬところなんて、想像したくもなかった。
ナルシストとかでなくともやはり自分自身を特別視してしまうということはあるのだ。
自分だけは殺されるわけがない。
そう思ってしまうことに罪があるわけもなかった。
そりゃ誰だって死にたくない。
ましてや殺されるなんてごめんに決まっている。
それに安穏とした日々を送る毎日の中から見る非日常と言うのは現実感が乏しくて身近に感じられないものだ。
自分の世界の中に受け入れられないそれは未処理のまま心の中に浮かんでいるだけ。
せいぜい知り合いと話をして怖いなぁと言う程度。
テレビやうわさで伝えられたその事実はまるでフィクションのようにぼんやりとしか認識できない。
現実に感じられず、危機感などほんの少しも抱けないのだ。
だからこそ今日も人々は街を歩く。
抵抗もなく、恐れを抱くこともないままに。
見回すとそこには普段と変わらない笑顔があふれていた。
それ以外の表情も当然多い。
しかし、それでもこういう場所はやはり皆笑顔になりやすいものだ。
笑顔はいいものだと思う。
心が癒されていくのを感じた。
それが誰に向けられたものでも、笑顔に罪などない。
願わくば、その笑顔がまた、誰かの笑顔を呼び寄せてくれるように。
自分の顔に笑みが浮かんでいくのがわかる。
子供の笑顔のかわいさについつられて笑顔になってしまっていた。
あぁ、幸せだなぁと思う。
生きているって、なんて素晴らしいことだろうか。
こんな晴れ渡る空の下、笑顔になれると言うことはどれだけ素敵なことなのだろう。
わずかに心が満たされるのを感じた。
あぁ、幸せだ。
こんな時はもっと強い幸せを求めたくなる。
もっと、もっと心を満たしたい。
気付くと路地裏にいた。
アーケード街からほんの少しだけ中に入った場所。
喧騒の裏ではやはり採算が取れなくなってしまったのか、潰れたゲーセンがある。
そこに一人の少年が立っていた。
そのゲーセンが好きだったんだろうか。
「入らないのかい?」
「入れないよ」
彼は寂しそうに笑う。
やさしそうな目をした少年だった。
どこか、誰かを思い出しそうになる雰囲気を感じて少し頭がイタくなる。
「こんなところにいると危ないよ」
「あぁ、例の猟奇殺人のこと?」
「そう。ヒトリでこんな人気のないトコロにいたら襲われても文句言えない」
「あはは、そうだね。でもさ、それはアンタも一緒じゃない?」
違いない、少しだけ笑って頬をカリカリとかく。
「もし、ぼくが犯人だとしたらどうするの、アンタ」
彼はそんなオレの様子を見て何を思ったかそんなことを言った。
目をそらしたから油断したと思われたのだろうか。
「ダイジョーブだよ、それはナイから」
「あはは、酷いなー。ぼくには人を殺せそうもないからとか言いそうだ」
「チガうよ?」
確かにキミにはヒトをコロせそうにないけどな。
クスリとワラう。
「え?」
彼はナニかを感じたのかカオがアオざめていった。
「キミがあの事件のハンニンなわけないじゃない。だって――」
ぞぶり、
彼のハラから銀色のものが生えてくる。
「――オレがハンニンなんだから」
彼の耳元でささやきながらハラを貫いたカタナでそのまま上に向かって切り裂いていった。
「――――っっっ!!??」
彼のカオがクツウにユガむ。しかし、コエは出せない。
それも当然、オレはあんまり断末魔のコエとかは聞きたくないからのどはすでに切り裂いた。
のどからヒューヒューと空気が途切れるオトがする。
バシュン、と空気のヌけるオト。
肺が割れたらしい。
そこで彼は絶命した。
「キレイだなぁ……」
その血を手にすくって空に掲げる。
手を開いて血を撒き散らした。
ココロが満たされていく。
幸せな気持ちだった。
彼のはらわたは思っていたよりもっとキレイで。
引きずり出してそのヌクモリをゼンシンで感じる。
キモチがイイ。
シアワセすぎて死にそうだった。
息ができなくなる。
あぁ、これこそがオレが生きているリユウってやつなんだと、そう思った――
―― ○ ――
気付くとキズハの部屋で二人で寝ていた。
どうやらあのまま寝てしまったらしい。
キズハの腕は俺の頭を抱き寄せたまま。
寝息が聞こえている。まだキズハは起きていないようだ。
部屋に差し込む明かりは少し紅く染まっている。
時計を見てみるとまだ寝ていても大丈夫な時間だった。
起こすのもかわいそうだしこのまま寝かせておいてあげよう。
抱き寄せられているせいでキズハの顔を見ることは叶わないがきっと安らかな顔をしているのだろうな。
見れないのは惜しいがそれを崩してしまうくらいなら見えなくて構わない。
ふと冷静になった途端にキズハの身体から伝わってくるぬくもりに少し動悸を感じた。
キズハの肌のやわらかさに気付いてしまう。
男の自分の皮膚とはまったく違うものでできているのではないかと思うほどにやわらかい。
眠っているからかキズハの体温は普段よりも熱く感じる。
それと一緒に自分の体温も上がっていくような気がした。
照れているんだろうか。
さすがにこの状況は寝る前も思ったけどヤバい。
さっきはキズハの言葉で冷静に戻れたけど今そのキズハは眠ってしまっている。
止めるものは俺自身以外何もなかった。
俺の理性は頑丈にできている、と信じたい。
「ん……」
逃げられないものかと身じろぎしてみる。
しかしむしろ悪化してしまった。
キズハはさらに自分の胸の方に俺の頭を強く抱きしめたのだ。
オイ、またさっきみたいに起きてるんじゃないだろうな?
キズハの顔を見ようと自分の顔を動かそうと思った。
しかし、なんかキズハの胸に自分の顔を押し付けるような感じになりそうになって止める。
「……起きてくれよ、キズハ」
それでも本気で起こすほど大きな声は出せず、泣き言のような小さな声しか出ない。
結局キズハが起きたのは日が沈み始めた頃だった。
「起こしてくれればよかったのにー」
むっとしたキズハに責められつつ、とりあえず俺は自分を褒める。
よく耐え切った……!お前偉いよ!
「何ガッツポーズしてるの?」
「あ?俺ガッツポーズなんてしてないんだが?」
「思いっきりしてますがそれはわたしの目の錯覚でしょうか」
「これはガッツポーズじゃなくて理性の勲章だ!」
「否定したいだけなんですねわかります」
わからんくてよろしい。つかわかられても困る。
「今から晩ご飯作るから寝ちゃダメだよー?」
「さすがに今からすぐ寝ることはないわ。俺も下行くし」
立ち上がったキズハに言われながら俺も立ち上がって返した。
どの道自分たちの部屋にはテレビもないから居間でニュースとか見たりするくらいしかすることがない。
「手伝ってくれたりしない?」
「手が必要なら手伝うが俺の料理の腕とかは期待すんなよ?」
「期待してるわけないじゃん」
「にべもなく言われるとさすがにお兄ちゃんへこむよ……」
「フライを作るから手伝ってほしいんだよね」
「わかった。手伝おう」
揚げ物はやっぱり好きだし。
そのためなら手伝いくらいどうってことない。
「しかし俺が手伝わなかったらどうするつもりなんだ?」
「他にもやりようはあるけど手伝ってくれる方が早く終わるんだよー」
「ふむ。まぁ必要なときは呼んでくれ。どの道ほとんどは暇だ」
だと思ったよー、キズハはそう言いながら部屋を出て、俺もそれに続く。
この家は二階建ての一般的な住宅だった。
一階にはかなり広い居間と、そこから繋がっている食事室兼キッチン。
トイレと浴室や客間三部屋が廊下を挟んで並んでおり、廊下の階段を昇って二階。
向かって右側に俺の部屋があり、左側がキズハの部屋。
そして正面には俺たちの部屋とも繋がっている大きなウッドデッキベランダがある。
俺も手伝って完成したフライ各種を先ほど平らげ、今キズハは風呂に入っていた。
現在俺は居間のソファでまたニュースを見ている。
昔から暇なときはニュースを見ていたせいか俺にとっては普通なのだが俺の性格でニュースを見るのは意外らしかった。
周りのやつにデザイアの知識やら時事ネタで普通に会話しているシズクを見るとどうしても違和感があると言われてショックを受けたのは記憶に新しい。
俺、いったいどんなやつだと思われてるんだ……?
まぁそれはさておきニュースは新しい進展もないまま今までの情報を整理していた。
俺もそれに倣ってわかっていることをまとめてみる。
まず被害者に共通点はない。
年齢も性別も職業も宗教も何もかも接点はなかった。
そのため怨恨などではないと考えられている。
そして、事件現場にも共通点はないとされていた。
しかし俺の観点から見るとセイソウ学園に徐々に近付いているように見える。
もし次の事件が起きるとしたらまたシオトミ市内だろうか。
セイソウ学園を中心に考えて今までの距離を考えてみるとシオトミ市内で起きる可能性が高い。
下手すれば俺たちの住むキリト町って可能性もある、か?
あと二件くらい起きたらうちの近くにまで来るかもしれない。
それまでに事件が解決してほしかった。
お願いだから俺たちとは関係のない存在であってくれ。
まぁ、そんなの誰もが願っているだろうが。
早く警察になんとかしてほしいと願うことしかできない自分が口惜しい。
デザイアに対策するのは難しいかもしれないがデザイア対策機関とかが本当にあるなら早く解決してくれよ。
じゃないと安心して家の外に出ることもできない。
明日、本当に家を出て大丈夫だろうか?
デート、本当にするのか?
もちろん俺もしたいのではあるがこの危険かもしれないタイミングに出かけるのか。
今までの距離移動を考えれば明日はまだ来ない可能性が高いとは思う。
けど、予想が間違っていたら、どうする?
俺にキズハを守りきれるだろうか?
俺自身も死にたくなんかない。
何事もなければいいが。
「お兄ちゃん、出たよー」
「ん、よし、今日はちゃんと着てるな」
「だって逃げるじゃんー」
「着てないお前が悪いんだっつの。んじゃ俺も入ってくるわ」
「逝ってヨシ」
「なんか不吉な言葉に聞こえるんですが?」
「キノセイ」
げんなりとしてキズハを見るときゃらきゃらと笑い声が聞こえた。
嘘だって言ってるようなもんじゃねぇかよ。
まぁどうでもいいけどな。
いつものアレをやってからキズハはなんだかご機嫌そうに階段を昇っていく。
「ん~、んっん、ん~♪」
鼻歌まで歌ってるし。
「ご機嫌だな」
「まぁね~。あ、お兄ちゃん、明日ちゃんと起きてよ?」
「あー?マジで行くのかー?」
「マジで行きまするよ」
ぐっと親指を突き出されて俺はため息を吐いた。
十中八九このハイテンションはそれが理由だろうなぁ。
こんなキズハに心配だからやめよう、なんて言えるわけもない。
仕方がない。覚悟を決めるしかないだろう。
「しゃーねぇな。ま、明日は楽しもうぜ。久々の外出だしな」
「ふっふー、夜まで付き合ってもらうから覚悟するのだー♪」
「お手柔らかに頼むわ」
「そんじゃま、おやすみー♪」
「おやすみ。夜更かしすんなよー」
「そっくりそのまま返すよー」
ほにゃっとやわらかく笑ったキズハの笑顔がまぶしくて俺は目を細めながら笑う。
あぁ、もう悩んでいる自分がバカらしくなってきた。
そうだ、いいんだよ。俺たちはそれでいい。
たとえ明日が最後の日になろうと、最後まで笑って一緒にいられれば、それでいいのだ。
もう細かいことは気にせずに明日は楽しもう。
あとから後悔しないように、全力で。




