第9話 偽りの騎士たち、真実の使徒
この9話になり、展開はどんどん社会の闇へと繋がっていきます。
暁月シュウはその渦中に足を踏み込むことになります。
ノア連邦セラフィアシティの中心街――
昼下がりの雑踏の中、ファストフード店〈スターダイン〉の前、その群衆の中を一人の女騎士が静かに歩いてくる。
銀色の鎧にノア連邦の紋章。
一見して正式な騎士団員――誰もが振り返る美しさで穏やかな雰囲気だが、その瞳だけが異様に冷たい。
ユミナ・クロフォード。
死隠部隊の“影”に生きる女性が、今日は騎士団員を装って現場に立っていた。
店の前には、まだ呆然とした様子の少女が二人。
一人は薄桃色の髪を結い上げたローズ・ヴァレンタイン。
もう一人はその友人で、ローズの肩を支えている。
ユミナは彼女たちに歩み寄り、優しく穏やかに声をかけた。
「あなたがローズ・ヴァレンタインさんね? ノア連邦騎士団の者です。話を聞かせてくれる?」
ローズは少し驚いたように顔を上げた。
その頬にはまだ怯えの色が残っている。
それでも、しっかりと頷いた。
「……はい。襲ってきたのは、つなぎの作業服を着た男でした。
見た目は……普通のノア人に見えました。」
「武器は?」
「ナイフを持っていて……私に向かって走ってきたんです。
でも、そのとき……。」
ローズは言葉を詰まらせた。
代わりに隣の友人が、少し早口で続ける。
「ローズを刺そうとしたところを、ローズの友達が助けてくれたんです!
男の子で……たしか、名前は――。」
「暁月シュウ。」
ローズが静かに言った。
その名を口にする声は、小さく震えていた。
「彼が……私を庇って、襲ってきた男を止めてくれたんです。
それで、犯人は逃げて……シュウ君はそのまま追いかけていきました。」
ユミナのまつげがわずかに揺れる。
その名――覚えがあった。
つい数日前のカイルが立ち合った“街人ゾンビ化事件”。
紅咲ルナと共に、ゾンビ化しなかった青年。
(奇遇だね……これも何かの運命かな……。)
ユミナは視線をローズに戻し、柔らかな口調で言った。
「ありがとう。よく話してくれたね。
ローズさん、このあと自宅には騎士団の護衛をつくはずです。
しばらくは外出を控えて。あなたの安全が最優先です。」
「……わかりました。でも……シュウ君は?」
ユミナは一瞬だけ目を伏せ、すぐに答えた。
「大丈夫。すぐに捜索に向かうわ。
それに彼なら無事だよ、きっと。」
その口調はあくまで穏やかだったが、瞳の奥には別の色が宿っていた。
ローズは不思議と安心したように頷いた。
ユミナは小さく一礼し、人混みの中へと姿を消した。
*****
それから数十分後。
本物の騎士団が現場に到着した。
「ローズ・ヴァレンタインさんですね? 怪我は? 我々が対応に当たります。何がありました?
話してもらえるかな?」
ローズとその友人は不思議そうに眉を寄せた。
「え? さっき女性の騎士の方に全部お話ししましたけど……?」
「女性の騎士? この現場の初動対応は我々が最初のはずですが……?」
騎士たちが顔を見合わせる。
ローズはその様子を見ながら、静かに俯いた。
――あの女性。
確かに“本物”の騎士のように見えたけど、何かが違った。
鋭い眼光。
あの人は、ただの騎士じゃない。
ローズの胸に、説明のつかない不安が残った。
*****
その頃。
ユミナは既に人気のない裏路地に立っていた。
足元のアスファルトには、戦闘の跡がはっきりと残っている。
割れたガラス片、複数人の血痕、焦げた壁、そして――地面に淡く光る魔力の痕跡。
ユミナは膝をつき、指先でその輝きをなぞった。
「……これは……魔導石を通していない……?」
魔導石を通さず人間が魔法を使えるはずがない。
あるとすれば、魔導石自体を身体に埋め込むか…しかし魔導石を移植したからといって、これほどの魔力を使えるはずがない。
だが、確かに強力な“魔”の気配が残っていた。
暁月シュウは特殊な人間かもしれないが、この性質は感じたことがない。
人間ではない、高位の悪魔の力かもしれない…。
ユミナは片耳に手を当て、小型通信を起動する。
繋がったのはカイルだ。
『あっ、あーあー……こちらカイル、聞こえてますか? どうぞ。』
通信越しに暇そうに少しフザケているカイルの声が聞こえた。
「ふざけてる場合じゃないの、昔の無線じゃないんだから。
それより今私がいる現場に高位の悪魔クラスの魔力の痕跡を発見したよ。
この現場にあの暁月シュウがいたはず。」
『なんだと!?ホントか! それは面白そうな話じゃないか。で、その暁月シュウってガキは?』
「行方は不明。でも、まだ生きてるはず。
周囲に複数人の血痕があるけど、彼のじゃない。
血の性質が彼のとは違う。」
ユミナは自分が開発した、目につけているコンタクト型情報分析器を青く光らせながら周囲の状況をよく見ていた。
『んんん、で、どうすんだ?』
「ちょっと待って、本部にいるセラに連絡する。
このまま繋げるね。」
そういうとユミナはすぐさまセラに通信を繋げる。
「あっ、セラ? いますぐ暁月シュウの居場所を見つけてくれる?」
『あーはいはい、暁月シュウ君ね。
それで見つけたらどうする?』
「見つけたら、ノア連邦騎士に扮してシュウ君のサポートをお願い。
会えば状況がわかるはずだから。」
『わかったぁ、今から出るね。じゃあね。』
少し気の抜けたやり取りだが、死隠部隊の面々は互いの信頼と空気感、そして何より個々の能力の高さと思慮深さを知っている。
この会話でもそれぞれが何をすればいいのかはすぐに理解出来る。
「聞いてた、カイル? シュウ君はセラに任せて、私はこのままシュウ君の家に向かう。
もし敵がダカン帝連なら、見せしめに家族を狙うはずだから。」
『だろうな。だったらきっちりあのクソ共を殺してやれ。』
ユミナは口角を上げた。
「もちろん!」
『で、俺は?』
「ローズ・ヴァレンタイン。ノア連邦騎士団の親衛隊長の娘だよ。
そっちの家に第二波が来る。――"売国奴"ごと、始末して。」
『おぉぉぉうよぉ! 任せとけ!』
通信が切れる。
夜風が彼女の茶髪を揺らし、冷たい月光が鎧に反射した。
「――さて、シュウ君。どこまで踏み込むのかな。」
ユミナの呟きが闇に溶け、街の灯りが遠くで滲んでいった。
*****
夜のノア連邦騎士団本部。
街の中心にそびえるその建造物は、まるで古の城塞のようだった。
白亜の外壁を照らすライトが夜気を切り裂き、無数の窓が冷たく光を返す。
その前で、ひとりの青年が駆け込んできた。
暁月シュウ。息を荒げながら、胸の奥で脈打つ焦りを抑えきれずにいた。
(ローズを襲った奴らの裏に、ダカン帝連がいる……。
あのルシアンって人の話が本当なら、時間がない。早く隊長に――)
正面出入り口を抜け、重厚な自動扉が開く。
内部は厳かな静寂に包まれていた。
騎士たちが行き交う中、シュウはまっすぐ受付へと向かう。
「すみません!」
カウンターの奥にいた中年の受付係が、面倒そうに顔を上げた。
眠たげな目、緩んだネクタイ、机の上にはコーヒーの紙カップ。
「……学生か? どうした?」
「ノア連邦騎士団・親衛隊のヴァレンタイン隊長にお会いしたいんです!
娘のローズ・ヴァレンタインさんが――ダカン帝連から雇われた暴漢に襲われました! 一刻を争う話なんです!」
受付の男は、わずかに眉を上げただけで、ため息をついた。
「あー、さっきの事件のことね。
それならもう我々が対応してる。報告も上に上がってるはずだ。
それに君みたいな学生が隊長に直接面談なんて、無理だよ。アポもないでしょ?
あの方はお忙しいんだ。」
「でも――!」
シュウはカウンター越しに身を乗り出した。
拳を握り、声を震わせる。
「大事なことなんです! 隊長に伝えなきゃ――ローズさんが、また狙われるかもしれない!」
受付は露骨に顔をしかめた。
「……騒ぐな。ここは騎士団本部だ。学生の意見で動くほど――。」
「その学生を、私が呼んだの。」
背後から、澄んだ声が割り込んだ。
受付の言葉が途中で止まる。
振り返ると、そこに立っていたのは、黒髪を後ろで束ねた女性騎士だった。
銀と黒の鎧にノア連邦の紋章。
だが、その瞳にはどこか鋭い光が宿り、ただの騎士とは思えぬ雰囲気を漂わせていた。
「あなたが暁月シュウ君ね?」
女性は穏やかに微笑んだ。
その表情にはどこか人を安心させる優しさを感じさせるが、得体の知れない圧が同居していた。
「こっちへ。案内するわ。」
「え……あなたは?」
「ノア連邦騎士団の……まぁ、裏方よ。」
彼女は受付に視線を向け、冷ややかに言い放つ。
「この件は私の管轄。あなたはもういいわ。」
受付の男は唇を歪めたが、何も言わずに黙り込んだ。
シュウは戸惑いながらも、セラの後を追う。
磨かれた床に足音だけが響く。
廊下を進むごとに、空気が冷たくなっていく気がした。
(……この人、ただの騎士じゃない。)
シュウは歩きながら、セラの背中を見つめた。
鎧の隙間から放たれる微かな妖しい気配。
それが彼の心臓をかすかに震わせる。
「ん?緊張してる?」
振り返ったセラが、少しだけ柔らかく笑った。
その笑みには、どこか人間離れした美しさがあった。
「…あ…いえ。」
「ならいいわ。――さぁ、ついてきて。
ヴァレンタイン隊長はすぐそこ。」
廊下の奥。
重厚な扉の向こうから、かすかな声と光が漏れていた。
シュウは足を踏み出す。
胸の鼓動が、ひときわ強く鳴り響く。
――その扉を開けたとき、彼の運命は大きく動き出すことになる。
ご拝読ありがとうございます。
暁月シュウは闇の深いダカン帝連とその息のかかったノア連邦社会の中で、これから命を賭して戦うことになります。
まだ普通の学生でしかないシュウにとってそれは、自殺行為ですが、死隠部隊という存在が正しきを成すシュウをサポートし、物語は動いていきます。




