表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咎に咲く、暁の華  作者: 月嶋ネス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/18

第7話 目醒めの鼓動

 ノア連邦がざわついていた。

 街頭ビジョンは一斉に昨日の「リエル暴露生放送事故」を流し、SNSのトレンドは彼女の名で埋め尽くされている。

 政治家も芸能人も、そして市民までもが騒ぎ立て、あの天使のような歌姫が見せた“素顔”に衝撃を受けていた。


 だが、その騒動の渦の中で――一人だけ、何も知らぬ青年がいた。

 暁月シュウはセラフィア大学・二年生だ。


 この国では、二十歳を迎えると同時に、アルカ・セラフィム教の教義に従い、それぞれが国と平和のために勤めを果たすことが義務づけられている。



 しかし、シュウは二十歳を迎えても何もこれからやりたいことがなく、未だ途方に暮れていた。



 昼下がりの教室に、まどろむような空気が漂っている。

 窓際の席で、シュウはぼんやりと黒板を見つめていた。

 教授の声は遠く、ノートの上にはほとんど何も書かれていない。


(……俺、このままでいいのか?)



 やがて講義が終わり、学生たちがぞろぞろと講義室を出ていく。

 ひとり残ったシュウは、机に肘をつきながらため息をついた。

 進路、将来、夢――どれも答えの出ない言葉ばかりが頭を巡る。


「おーい、シュウ! 生きてるかー?」


 聞き慣れた声に顔を上げると、ドアの向こうから陽気な笑顔がのぞいていた。

 友人のタクト・ハーヴィスだ。

 栗色の髪を無造作に立て、いつもどこか軽いノリを漂わせている。


「タクトか。講義、終わったのか?」


「とっくに。てか、お前、昨日のリエルの生放送見ただろ? あれ、ヤバすぎだろ!」


「……リエル? いや、見てないけど。」


「はぁ!? お前マジで世捨て人か!? この国内全体がそれで大騒ぎなんだぞ!」


 タクトは大げさに両手を広げながら言う。


「アイドルのリエルだよ! あの超人気歌姫! 昨日、生放送で芸能界ぶっ壊すレベルの暴露したんだって! もう“放送事故”どころじゃないんだよ!

 しかも共演者の、あのミナがリエルにブチギレ。

 本当の修羅場だったぞ!」


「そんなことが……。」


 シュウは驚きながらも、どこか現実感がなかった。


(リエル……紅咲ルナ。彼女が……。)


 心の奥で一瞬、彼女の微笑みが蘇る。

 だがその記憶を振り払うように、シュウは首を横に振った。


「ま、世の中ってどうでもいいことで騒ぎ立てて、肝心なことに無関心だからな。

 リエルがマジの暴露したのに、そっちじゃなくてミナの豹変ぶりに注目されてるからな。」とタクトが笑う。


 その時――後ろから軽やかな声が響いた。


「ふたりとも、何の話?」


 振り返ると、そこに立っていたのはローズ・ヴァレンタイン。

 薄桃色の髪を後ろでまとめ、上品さ漂う彼女は、同じ学部の中でも際立つ存在だった。

 父親はノア連邦騎士団・近衛隊の親衛隊長。

 その気品ある姿勢からも、育ちの良さと覚悟が滲み出ていた。


「お!ローズか。まあ進路の話とか、昨日のリエルの生放送の事とかな。」とタクトが言う。


「そういやローズ、お前はやっぱ騎士団に入るのか?

 もしそうだったらこの路頭に迷うシュウを騎士団に推薦してくれないか?」


「え、俺が?」とシュウは思わず聞き返す。


「いいじゃん、困ってんだろ? なら神に忠誠を誓う、正義の味方って感じでカッコいいし、やってみろよ。」


 ローズは小さく笑い、真面目な口調で言った。


「騎士団は、ただの正義の味方じゃないし、“戦う”だけじゃないの。 守るための力を磨くところよ。

 ――人を守りたいって気持ちがなきゃ、務まらない。

 もちろんシュウは地頭も良くて、優しい人だけど強い信念がなくちゃね。」



 その言葉に、シュウは一瞬、胸を突かれた。

 守る――誰を? 何を?

 そんな問いがふいに浮かぶ。



 講義室の窓から射し込む午後の陽光が、彼の心に静かに差し込んだ。


 ローズの真っ直ぐな言葉――「人を守りたい気持ちがなきゃ務まらない」――が、いつまでも胸の奥で反響していた。


(……人を守る、か。)


 その言葉は、確かにまぶしかった。

 けれど同時に、どこか遠く感じた。


 シュウはゆっくりと息を吐く。

 彼の脳裏には、色んなところで流れている噂では騎士団の汚職、政治家や犯罪組織との癒着の話が浮かんでいた。


(“正義”なんて言葉、ただのキレイごとだ。

 あの連中の中に入ったところで、俺に何ができる?

 裏では平然と嘘をついて、弱い人間を踏みつけてるような連中だっているのに。)



 窓の外では、学生たちが笑い合いながら校舎を出ていく。

 その穏やかな光景の中で、シュウはひとりだけ別の世界にいるような気分だった。


(ローズには悪いけど、俺が騎士団なんかに入ったところで、腐った組織の歯車になるだけだ。

 “守る”なんて、そんなキレイなこと言える立場にはなれない。

 それに俺には生まれ持って運が全くない……そんな人間がこれからも上手く行くわけがない。

 しかも俺はつい一昨日にリエルに間近で会って握手して、感謝されたことで、人生の全ての運を使い果たした……。)



 胸の奥がざらつく。

 何かを信じたい気持ちはあるのに、信じられない現実が、それを押し潰していく。



 そんな思考を振り払うように、タクトの明るい声が響いた。


「おい、そろそろ飯でも行くか? 頭の中が干からびそうだ!」


 シュウは苦笑し、立ち上がる。


「……ああ、行こう。」


 軽い笑みを浮かべながらも、その瞳の奥では、何か小さな棘が残っていた。


(――騎士団。正義。守る力。

 そんなもの、信じられる日は……来るのか?)


 彼の視線は、無意識に遠く、光の向こうを見つめていた。



*****


 夕方、セラフィアの街は人波でごった返していた。

 仕事帰りのサラリーマン、学生たち、街頭ビジョンに映るニュース。

 どこもかしこも昨日の「リエル暴露生放送事故」の話題でもちきりだ。


 そんな喧噪の中――暁月シュウは、ひとりイヤホンを耳に、坂道を歩いていた。

 タクトと別れ、胸の奥ではさっきの言葉が渦を巻いていた。


(騎士団、ね……。守るための力、か。)


 思わず小さく笑ってしまう。

 ――この国の騎士団が“正義”であるなんて、誰が本気で信じている?

 汚職、癒着、権力の盾。

 理想とは裏腹に、腐敗の臭いは街の隅々にまで染みついている。


(俺は、あんな場所に身を置く気にはなれない。)


 ため息をつきながら、夜風に襟をすくめたその時――

 視界の先に、見慣れた後ろ姿があった。


 ファストフード店の前で、制服姿のローズ・ヴァレンタインが友人と並んでいた。

 いつもの凛とした姿とは違い、少し笑みを浮かべながら会話している。

 その柔らかい横顔に、一瞬見惚れる。


 だが――違和感が走る。


 店の影。通行人の流れに紛れるようにして、

 ひとりの男がローズの方ををじっと見つめていた。


 作業服のようなつなぎに、キャップを深くかぶった男。

 顔の半分が影に隠れて見えない。

 ……だが、その目だけが異様に濁っていた。


(……あいつ、何を。)


 胸騒ぎが走る。

 男がゆっくりと懐に手を入れ――次の瞬間、銀色の刃が覗いた。


「ローズッ!!」


 考えるより先に体が動いた。

 地面を蹴り、全力で駆ける。

 ナイフが振り下ろされる瞬間、男の身体を突き飛ばした。


 カシャンと金属の音が響き、ナイフが地面を転がる。

 ローズは倒れ込む二人に驚き、目を見開いた。


「し、シュウ!? な、何!?」



 その間に、男は舌打ちをして後ずさり、路地裏へと駆け出していった。


「待てッ!」


 シュウはローズを振り返ることなく、すぐに追った。

 追わなければ、またローズは狙われるかもしれない——そう直感したからだ。



 路地に足音が響き、夕闇の中へと消えていく。

 狭い裏路地の奥で、男は壁際に追い詰められていた。息を荒げ、震える手でナイフを構えている。



「なぜローズを狙った!」


 シュウの声に、男の肩がびくりと震え、やがて不気味な笑いが漏れた。


 そして、背後から足音が重なる。

 暗がりから同じ作業服を着た五人がぞろぞろと現れる。顔は無表情で、瞳はどこか濁っていた。まるで同じ“命令”を受けて動くコピーのように見える。


(やっぱり……ただの通り魔じゃない。)


 鉄パイプ、バット、ナイフ。男たちは無言のまま、じりじりと距離を詰めてくる。


「……上等だ。」


 自分は戦闘の経験はもちろん全くなかったが、逃げる理由はなかった。ローズを狙った時点で、こいつらは絶対的な敵だ。


 街灯の光が刃に鈍く反射する。背後の男たちの表情は薄笑いを浮かべ、どこか不安と焦りを隠している――安っぽい虚勢だ。


「……フンッ、頭の悪いクズな上に、マヌケな臆病者共が。」


 シュウは静かに呟いた。男たちは顔を見合わせ、ヘラヘラと笑う。


「お嬢ちゃん一人刺せば二十だ。楽な仕事だと思ったんだけどなぁ。」


「邪魔しやがって。テメェが代わりに死んどけや!」


 その軽薄な笑い声を聞いた瞬間、何かが切れた。胸の奥にどす黒い熱が滲み出し、心臓の鼓動が耳の奥で鳴り響き、世界の音が遠ざかる。


(……こいつら、何の覚悟も、信念も、情もなく命を奪おうってのか。)


(ふざけるな。そんな“ちょっとした小遣い稼ぎ”みたいな感覚で、大切なローズの命を踏みにじるな。)


シュウは拳を固く握る。関節が小さく軋む音が、自分の怒りを肯定するかのように響いた。



 前に立つ男の笑顔が、もう人の顔に見えなかった。

 ただ、薄汚れた“害悪”の塊にしか見えない。


 胸の奥で、確かな言葉が形を持つ。


(……殺してやる……! こいつらに生きる価値はない……。 殺す…殺す…殺す。 ……ゴミ共め!!)


 それは憎悪なのか、純粋な強い怒りなのか自分ではわからなかった。

 わかっているのは、目の前のゴミ共を殺すことしか考えられなかった。


 拳が震えたが、恐怖はない。

 むしろ全身が妙に冴え渡り、相手の動きがはっきりと見える。

 足元の砂の粒さえ、風の流れさえ、すべてが異様に鮮明だった。


 男たちは依然、笑っている。

 自分たちが今、何に火をつけたのかも知らずに。


(――こいつらだけはここで潰す!)



 次の瞬間、シュウは一歩、静かに前へ出た。

 その足音だけが、路地裏に重く響く。


 そして――空気が張り詰めたまま、戦いの幕が上がる。

ご拝読ありがとうございます。


暁月シュウが戦いになりますが、彼は強い怒りを宿して、恐怖を握り潰し、正しい事のために暴力を振るいます。

シュウというキャラは世の中の常識に人一倍疑問を感じて生きてきました。

暴力のない世の中は、良き者や善を食い潰す悪を野放しにしているのと一緒だと考えているのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ