第5話 紅き真実の片鱗
投稿するまで長くなってしまいましたが、世界観やキャラクターの背景もしっかり固まっているので、進みは早くなっていくと思います。
騎士団の本拠を支える荘厳な石造りの城。その地下深くに、騎士団の存在そのものと同じくらい長い年月を、ひたすら闇に閉ざされてきた場所がある。
表の騎士たちが光の中で正義を掲げるなら――そこは、正義の名の下に“裁けぬもの”を葬るための暗部。
死隠部隊の本部が存在する。
その場所はごく僅かな者しかその存在を知らない。
無機質な鋼と魔導石に囲まれた作戦室。
中央の円卓に五人の影が集う。蒼井レイモンド、エリック、ユミナ、セラ、そしてカイル。
「……ってわけで、昨夜はとんでもねぇ騒ぎだった。」
カイルが腕を組み、乱暴に椅子へ腰を下ろす。
黒革の軽装鎧はまだところどころ擦れており、彼がただの酔っ払いやチンピラの喧嘩を止めていたわけではないことは一同は見てすぐに理解していた。
「街の奴らがいきなり黒いオーラに呑まれて、理性を失った。いくら殴っても、立ち上がってきやがってな。」
彼の報告に、エリックが眉をひそめる。
「ゾンビ化か……。十六年前、アルザフル戦線で確認されたきりだったけど、まさかよりによってこの国でか……。」
「おぉぉよ! だが、あの時はシエラがいたからなんとかなったものの、今回は急に紅い魔素が出てきてよ! それで――」
カイルが言いかけたところで、ユミナが静かにモニターへ向き直る。
「ねぇねぇ。 まずは、実際の映像を観てもらった方が早いと思うよ。」
白い指が滑らかにキーを叩く。精密コンピュータが、都市の監視網を瞬時に突破していく。
ユミナは魔導の知識や技術もそうだが、ハッキングに関しても超一流だ。
数秒後、壁一面のスクリーンに、昨夜の大通りの映像が再生された。
街のざわめき、次々と人々が倒れ込み、呻き声を上げながら立ち上がる。
黒いオーラが街人達だけでなく、この街頭カメラにも纏わりついているのか、映像全体がじわじわと侵食するように広がり、画面は何度も砂嵐のように乱れた。
「……やっぱり、はっきりとは映らないな。」
ユミナが口元に手を当て、息を呑む。
それでも輪郭はかろうじて確認できた。
暴れ狂うゾンビ化した群衆と戦うカイル、そしてそこから少し離れたところに立つ二人の若者。
「……この子は……。」
蒼井が小さく呟いた。
「リエルじゃないか!」
その言葉に、部屋の空気が張りつめた。
「はあ!? 今なんて言った、レイ?」
エリックが椅子から身を乗り出す。
セラは冷静に映像を凝視し、「どう見ても、普通の女の子にしか見えないけど。」と首を傾げる。
カイルが鼻で笑った。
「ああそうだぜ。 リエルって言ったら、今や知らねぇ奴がいないくらいの人気歌手だろ? 俺だって何度かテレビで見たことある。
あの時目の前で見たが……あれがリエルだなんて、あり得ねぇ。確かに可愛い娘だったが、別人だぜ。」
だが蒼井は揺るがなかった。
「いや間違いない。 リエル本人だ。本名は紅咲ルナ。」
低く、確信を込めた声音。
蒼井の眼差しが、スクリーンに映る少女を射抜いていた。
エリックが蒼井を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「そういえば二年前、お前はリエルの護衛についてたよな。ずっと付きっきりで。
あの時の事はあんま教えてくれなかったけど。
実際に付き合いのあったレイだから間違いはないのかもしれないな……。」
蒼井は短く頷く。
セラは肩を竦め「でも僕らにはただの一般人にしか見えない。」と冷めた声で返す。
カイルも腕を組み、映像を睨んだまま首を傾げた。
「レイが嘘つく奴じゃねぇのは知ってる。
だがよ、だったら何で俺達にはわかんねえんだ?」
「……待って。」
ユミナの声が響き、全員の視線が一斉に彼女へ向けられる。
彼女は指先でキーボードを叩き、映像を数秒巻き戻す。
「これを見て!」
映像の中――ルナの後ろ姿から、淡い光がふわりと揺れ出していた。
やがてそれは紅く強く輝き、周囲を覆っていた黒いオーラを押し返すように広がっていく。
「……っ、これは……!」
エリックが思わず息を呑んだ。
セラもさすがに目を丸くし、画面に身を乗り出す。
「げ!……人間が……自力で魔法を……?
魔導石でも身体に埋め込んでんのか?」
カイルが低く呟く。
その言葉に、部屋の空気が一気に重みを増した。
蒼井は腕を組み直し、静かに言った。
「は、二年前の護衛任務の時から感じていた。
あの娘は……普通ではなかった。」
ユミナがモニターを操作しながら、興味深げに蒼井へ顔を向ける。
「……普通じゃなかった、ってどういう意味? 体術が優れてたとか、魔力を隠し持ってたとか?」
蒼井は少し黙り込み、映像に映るルナの横顔を見つめた。
「説明が難しい。ただ……人間離れした何かを隠している、そう直感したんだ。」
「で? なんでその時の話はあまり話してくれないんだ?」
エリックが真剣な眼差しで蒼井の方を向いて言った。
だが、蒼井はあまり口を開こうとはしない。
「すまない。 俺とルナとの約束事でな……。」
「おいおいそんなことはもう良いだろよ!
レイが嘘は言わねえ、やましい事がねぇってのは確かな事なんだ。
今はこの姉ちゃんの…いやリエルが何か凄え力持ってることがわかったんだ。
俺達が認識出来ねぇのはその力の影響かもな。」
セラが表情を崩さずモニターのルナの隣の青年をじっと見つめる。
「それにしても、このリエルの隣の男の子……可愛いね。」
セラの言葉に一同が目をやり、この部屋の空気は一瞬で彼女に持っていかれた。
*****
白い照明の下、鏡に映る少女の姿は、誰が見ても「天使」と呼びたくなるほどの美しさだった。
リエルの向かいに立つのは、芸能界では“ケビンちゃん”の愛称で知られるメイクアップアーティストだ。
黒いトレーナーに包まれた肩や腕は無駄のない筋肉で形作られ、短髪に整えた頭と、オシャレに整えられた髭が精悍さを際立たせている。
けれど彼が口を開けば、雰囲気は一変する。焼けた小麦色の肌は艶やかに輝き、その中性的な仕草と艶っぽい声色が、周囲の空気を一瞬で柔らかく変えるのだ。
「リエルちゃん、聴いた? またあのSionが女子アナ喰ったらしいのよ。」
ケビンちゃんが口を尖らせると、リエルはわずかに肩をすくめて答える。
「……嫌でも耳に入りますよ。事務所の社長やマネージャーから、あの男には気をつけろって散々言われてますから。」
「ほんっと気をつけてよ、リエルちゃん。
あなたみたいな天使ちゃんが、あんなゲテモノに汚されるなんて考えたくもないわ。」
リエルは鏡越しに自分の青い瞳を見つめ、ふっと口角を上げた。
「ゲテモノ……良い呼び方ですね。確かにゲテモノです。元人気アイドルだろうと、やってることは醜悪。……まさに、ね。」
ケビンちゃんは満足そうに笑い、手を止める。
「でしょ? そうでしょう? ほんと芸能界の醜悪さったらないわよぉ。
しかも知ってる?? この間聴いたんだけど、今売り出し中の女子ユニットが性交渉でダカン帝連国に行ったらしいのよぉ。
はぁぁ!! ほんっと一般人に暴露してやりたいけど、そんなことしたら私の首がちょんぱされちゃう。
命がいくつあっても足りないわよぉ。」
「……ケビンちゃんは本当に良い人です。
自分の身の安全を守ってください……。
私はメッセージを歌に乗せて伝えたいだけ。
この世界に、長くいるつもりはありませんから。」
リエルの声音は穏やかで、けれどどこか遠い。
ケビンちゃんは軽く肩をすくめて笑った。
「ありがとうね……。
天使ちゃんは本物の清純な女の子だからより腕を振るうからね。
ホラ、完成。これでリエルちゃん、ますます完全無欠よ。」
リエルは静かに立ち上がり、深く一礼した。
「ありがとうございます。」
そのとき、控え室の扉がノックされ、スタッフが顔を覗かせる。
「リエルさん、出番です。」
「はい。」
リエルは柔らかく答え、扉に向かって歩き出した。
――だが、ドアを開く瞬間、ほんのわずかに表情が翳る。
彼女の瞳が一瞬だけ、紅に染まりかける。
(……そろそろ、この世界も綺麗にしないとね。)
心の中で呟いた声は、誰にも届かない。
再び青に戻った瞳で、リエルはいつもの笑顔を浮かべ、スタジオへと足を踏み出した。
ご拝読ありがとうございます!
紅咲ルナと蒼井レイモンドは二年前に大きな事件があったのですが、その出来事によって二人の方向性は定まっています。




